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青砥縞花紅彩画

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25部分:浜松屋奥座敷の場その二


浜松屋奥座敷の場その二

忠信「頭、御言葉通り押入れに放り込んでおきました」
日本「うむ」
南郷「そして締めておきましたので。もう何の心配もございやせんぜ」
日本「御苦労。手荒なことはしなかったであろうな」
赤星「それはもう」
弁天「まあきつく縛ってはおりやすがね」
日本「それは我慢してもらおう。さて(ここで幸兵衛と宗之助に顔を向ける)」
日本「お主等わしが誰だかわかったであろう」
幸兵「忠信利平に赤星十三郎、そして弁天小僧に南郷力丸を従えるといえば」
宗之「まさかあの」
日本「(不敵に笑って)そうよ、わしが日本駄右衛門よ」
二人「やはり」
 日本駄右衛門はここできっと身構える。
日本「駿遠三から美濃尾張、江州きっての子供にまでその名を知られた義賊の張本、天にかわって窮民を救うというもおこがましいが、ちっと違った盗人で小前の者の家へは入らず、千と二千有り金のあるを見込んで盗み取り、箱を砕いて包みから難儀な者に施す故、少しは天の恵みもあるが、探偵がまわってこれまでと覚悟を信濃の大難も、遁れて越路出羽奥州、積もる悪事も筑紫潟、凡そ日本六十余州盗みに入らぬ国もなく、誰言うとなく日本と肩名に呼ばるる頭株、二人を玉に暮合いからまんまと首尾も宵の中、時刻を計った今夜の仕事、有り金残らず出さっせい」
 ここで見得を切る。他の四人は彼の周りを固めるように位置して同じく見得。
幸兵「何と、五人男が一度に来るとは」
宗之「これは何ということじゃ」
日本「さて、我等の名を出したからにはわかっておろう」
忠信「早く有り金全て差し出すがよい」
幸兵「は、はい(宗之助に目配せする)あれを」
宗之「わかりました」
 彼は一旦右手へ消える。そして千両箱を三個持って戻って来る。かなり重そうである。
宗之「こちらに」
日本「むっ」
南郷「御苦労さんだな。さて」
 ここで南郷は駄右衛門に顔を向ける。
南郷「帰りやすか」
日本「そうじゃな。では者共」
四人「はっ」
日本「引き揚げじゃ。亭主、邪魔したな」
 五人は駄右衛門を先頭に立ち去ろうとする。だがここであるものに気付く。
日本「(左に顔を向けて)むっ」
赤星「頭、如何しやした」
日本「うむ。これじゃが」
 彼はここで足下に落ちている幼子の服を拾う。それは三つ亀甲の紋付がある黒地の袖の継布であった。
日本「おい亭主(幸兵衛に向き直る)」
幸兵「へい」
日本「これは一体何じゃ」
 ここで彼は中央に戻り彼にその服を見せる。四人はその後ろにつく。幸兵衛はそれを受け取る。
幸兵「これは倅のですが」
日本「そちらの若旦那のか」
幸兵「そうです。実は継子でありまして」
日本「継子!?」
宗之「はい、まことです(そう言って頷く)」
日本「おい赤星の」
赤星「はい」
日本「それは聞いておらんぞ」
赤星「私も今はじめて知りました」
日本「そうか。これは一体どういうことじゃ」
幸兵「そうでございましょう。これは私共だけの秘密でしたから」
日本「秘密とな」
幸兵「はい、私は恥ずかしながら三十路を越えるまで子がなく何とかして子宝を授かろうと初瀬寺の観世音に祈願をかけたのでございます」
日本「初瀬寺とな」
弁天「(ぎょっとして)何と」
幸兵「毎日願をかけましたところようやく一子を授かりました」
日本「してその子は」
幸兵「(悲しそうな顔をして)それが」
日本「亡くなったのか」
幸兵「なくなってはおりません。ですが」
忠信「ですが」
幸兵「その子を連れて寺参りをしたところ騒動に巻き込まれまして。そしてその間にその子を失ってしまったのでございます」
南郷「何てこった」
赤星「むごい話じゃ」
幸兵「そしてその時にすがりついてくる幼子を見つけまして。それを我が子として育てたのでごじあます」
宗之「そしてそれが拙者でございます」
忠信「そうであったのか。何ともむごい話じゃのう」
南郷「だが問題は御前さんの実の親だな(ここで宗之助に顔を向ける)」
宗之「はい。一体何処におられるのか。それが気になって仕方がありません」
幸兵「探せども見つからず。こうして月日が経つばかりでございます」
日本「お知りになりたいか」
幸兵「それはもう」
宗之「是非」
日本「(それを聞いて)わかった。では言おう」
幸兵「御存知なのですか」
宗之「それは一体」
 ここで駄右衛門は羽織を脱ぐ。そこに宗之助のものと全く同じ家紋がある。
 
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