| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

青砥縞花紅彩画

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

22部分:雪の下浜松屋の場その七


雪の下浜松屋の場その七

南郷「ほらよ」
弁天「さあ、こうなったからにゃあ覚悟は出来ている。どのみち明日も知れぬこの身」
南郷「さて、こっからは俺の働きだ。何かさっきから俺が働いてばかりだがな」
弁天「兄貴、そりゃ気のせいだ」
南郷「気のせいかもんか。何でおめえみたいに男前に生まれなかったのか」
弁天「それは言いっこなしだぜ」
南郷「ちっ、まあいいさ。でだ」
 ここで二人はどっかりと座り込む。
南郷「さて、わし等も盗人とはいえ刻印打った頭分だ。これでも千人の手下がいてな」
弁天「俺らもこう見えてもそれなりの手下がいるんだ。これだけ言えばわかるな」
日本「むむ」
忠信「何というふてぶてしい奴か」
赤星「見上げたと言うべきか」
弁天「御前さん達もな」
南郷「へっ、確かに」
 ここで五人は互いに見やってニヤリと笑う。
南郷「だから覚悟は出来ているんだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
弁天「何だったら刺身でもいいぜ」
南郷「そうだな。どうせ一度はばっさりといかれる身、好きにしておくんあせいよ」
日本「(キッと見据えて)本気なのだな」
弁天「ここまできて嘘は言わねえよ」
南郷「俺達にも意地があるんでな」
日本「(前に出て)よかろう」
忠信「いえ、ここは拙者が(前に出ようとするが駄右衛門はそれを制する)」
日本「待て。わしがやる」
忠信「はっ」
日本「盗人ながらまことに見上げた度胸、ならばわしにも情はある」
二人「と言いますと」
日本「(刀を抜いて)せめて苦しまずに済ませてやろう」
二人「おお(これに応えて姿勢を正す)」
弁天「それなら有り難い」
南郷「続きは地獄でやりゃあいいからな」
赤星「地獄でか」
弁天「そうよ。地獄でも盗みをやってやるのよ」
南郷「閻魔も恐かねえぞ。後お侍様」
日本「何じゃ」
南郷「あの世で待ってますぜ。首だけになってもお迎えに参りやすぞ」
弁天「おう、悪党ってのはそう簡単に死なねえからな。きっと来ますぜ」
日本「ふん、その様な戯れ言をこのわしが意に介すると思うか」
忠信「では一思いに」
日本「うむ」
 いよいよ切ろうとする。ここで幸兵衛と宗之助が慌てて止めに入る。
幸兵「お待ち下さい」
宗之「店の中でその様な」
 慌てて二人の前に出る。
日本「そう思っておったのだがあまりにもふてぶてしい故」
幸兵「しかし鎌倉で刀を抜いて切ったとあれば御身は切腹ですぞ」
日本「切腹が怖くて武士はできぬ」
幸兵「しかし御自身の他のこともございましょう。ここは抑えて下され」
日本「(考え込みながら)ううむ」
宗之「どうかここは。お願いします」
 これを見て二人はあえて悪態をつく。
弁天「へん、所詮お侍なんざこんなもんさ」
南郷「切るなら切るで早くすりゃあいいのにな」
幸兵「お主達もそうして憎まれ口を」
弁天「憎まれ口を言うのが盗人の仕事なんでね」
幸兵「それわかった。だからここは早く立ち去るがいい」
弁天「嫌だね」
幸兵「何故じゃ」
弁天「俺達は盗人だぜ。そう簡単に帰ると思うてか」
南郷「ましてやこいつの額の傷のこともある。手ぶらで帰るわけにゃいかねえよ」
幸兵「それならこれで帰ってくれ」
 迷惑そうに十両を差し出す。だが二人はそれを受け取らない。
幸兵「むっ」
弁天「おいおい、この弁天小僧様にたった十両だぁ!?冗談はよしてくれ」
南郷「さっきも言ったが俺達は千人の中の頭分だぜ。それが十両で済むと思っているのかよ」
幸兵「ではどれ程ならよいのじゃ」
弁天「そうじゃのう(悪賢く笑いながら)」
南郷「まあいざという時の金蔓ではあるがな」
与九「ふざけたことを言うな」
幸兵「(そんな与九を抑えて)まあ待て」
与九「はい」
幸兵「ではどれだけやればこの場を収めてくれるのか」
弁天「そうだなあ」
南郷「さっきの百両でそうだ」
幸兵「(苦虫を噛み潰した顔で)わかった。持って行け」
 そして百両を差し出す。二人はそれをすっと懐の中に入れる。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧