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青砥縞花紅彩画

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12部分:神輿ヶ嶽の場その二


神輿ヶ嶽の場その二

千寿「えっ!?それはどういうことでございますか」
弁天「(ニヤリと笑いながら)その弁天小僧とはこの俺のことなのさ(自分を指差しながら言う)」
千寿「では小太郎様というのは」
弁天「残念だったな。騙りよ」
千寿「ではあの時のお侍も」
弁天「あれが南郷力丸さ。俺らの兄貴分よ」
千寿「何ということ。小太郎様とお思いしたのに」
弁天「まあ運がなかったと諦めるんだな」
千寿「(ここで弁天の懐にあるものに気付く)ん」
弁天「どうした」
千寿「その笛は(ここで弁天の懐を指差す)」
弁天「(はたと気付き)おお、これか」
千寿「それは千鳥の笛ではありませぬか。我が家が結納の品として信田家にお送りした」
弁天「その通りじゃが」
千寿「それを何故貴方が持っておられるのでしょうか」
弁天「譲り受けたのじゃ」
千寿「(怪訝そうに)譲り受けた」
弁天「そうじゃ。去年の冬信州路から甲州への路である若者に遭ったのよ」
千寿「その若者とはもしや」
弁天「そうよ、それが信田の若様だったのじゃ。丁度路で倒れておってなあ」
千寿「そして」
弁天「介抱したのじゃがもう手遅れでな。俺にこの笛を渡してくれたのさ。これを小山の家に返してくれと言ってな」
千寿「では小太郎様は(さらに顔が青くなる)」
弁天「残念じゃが。胡蝶の香合をこれと交換して信田家の菩提円覚寺に収めてくれという言葉を最後にな。それを葬ってからここに戻ってきたのじゃ」
千寿「(嘆いて顔を伏せて)ああ」
弁天「悲しいか」
千寿「悲しくない筈がありましょうか。小太郎様がこの世におられぬというのに」
弁天「死んだ者は帰っては来ぬ。今日からは俺の女房にならぬか(そう言いながら千寿の手を取る)」
千寿「嫌(その手を振り払う)」
弁天「何と」
千寿「小太郎様がおられぬのならもう生きている意味はありませぬ」
弁天「どうするつもりじゃ」
千寿「決まっておりまする(そう言って立ち上がる)」
 そしてそのまま舞台の左手に向かう。弁天はそれを追おうとするが真ん中で立ち止まる。
弁天「待たぬか。何処にも逃げられはせぬぞ」
千寿「(首を横に振って)この世になければ他にも行く場所がございます」
弁天「それは」
千寿「こちらです」
 そして千寿は左手に飛び降りる。こうして彼女は自害してしまう。弁天はそれを見ながら残念そうな顔をする。
弁天「ちぇっ、惜しいことをした。綺麗な姫様だったのにな。まあそれも仕方ないか。実はその小太郎様ってのは俺に殺されてるんだからな(ここで凄みのある笑みを浮かべる)」
弁天「身の上を聞いた後でばっさりと切り倒してこの笛を奪ったのは流石に言えねえわな、まあこれで笛も香合も手に入ったし言うことはないがな。さて」(ここで後ろに向き直る)
弁天「それでは引き揚げるか」
日本「待たれよ」
 右手から日本駄右衛門が現れる。きゃはんに草鞋、旅の出で立ちに鼠衣、頭巾、腰には如意という出で立ち。
弁天「誰じゃ」
日本「はい、こちらへ来て下され」
弁天「見たところ旅の修験者の様でござるが何用ですかな」
日本「実はこの山に入って寝る場所を探しておったのですが」
弁天「はあ」
日本「この辻堂はどうでしょうか」
弁天「そこは拙者が仮すまいですが」
日本「おお、そうでしたか。では仕方ありませんな」(ここで去ろうとする)
弁天「(それを引き留めて)あいや、待たれよ」
日本「(向き直る)はい」
弁天「泊まって行かれよ。この山は何かと物騒ですからな」
日本「よろしいのですか?」
弁天「はい、どうぞどうぞ。(ここで独白)寝ている間にこっそり金でもすってやろうぞ」
日本「それでは。ところで」
弁天「はい」
日本「ここにはどうしておられるのですかな」
弁天「まあ色々と事情がござって」
日本「左様ですか。見たところ卑しからぬ相のようですが」
弁天「(笑いながら)人の顔なぞあてにはなりませぬぞ」
日本「左様でござろうか。あいや」
弁天「どうなされた」
日本「どうやらそこもとはかなり身分のある御方のようでござる」
弁天「(笑いながら)またその様な戯れ言を」
日本「いえ、そこもとが持たれているものが何よりの証拠でござる」
弁天「拙者が?何を?(とぼけるがここで駄右衛門をあやしむ目で見る)」
弁天「(独白)こやつ、まさか」
 疑う目になる。
 
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