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青砥縞花紅彩画

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1部分:新清水の場その一


新清水の場その一

                   一幕  新清水の場
小坊主一「おおい、待て」
小坊主二「どうしたのじゃ」(箒を手にしている)
小坊主一「そんなに掃除ばかりして。一体何があるのじゃ」
小坊主二「おう、実はある方がここに参拝されるのじゃ」
小坊主一「参拝!?一体誰がじゃ」
小坊主二「お主は何も知らんのか?」
小坊主一「ついこの前まで京におってな。昨日この寺に帰ってきたばかりじゃ」
小坊主二「そうだったのか。それでは仕方がないのう」(そう言いながら頷く)
小坊主三「おう、そこにおったか二人共」(彼も箒を手にしている)
小坊主一「お主も掃除か」
小坊主三「おう、何しろ今日は大切な方が来られるからな」
小坊主一「それは一体誰じゃ?さっきから聞いておるがどうもよくわからん」
小坊主二「千寿姫じゃ」
小坊主一「千寿姫」
小坊主三「そうじゃ。知らんのか?」
小坊主一「おいおい、わしだってそれ位は知っておるぞ。小山の判官様の姫君じゃろう」
二人   「うむ」
小坊主一「で、その姫様が何故ここに」
小坊主二「供養の為じゃ」
小坊主一「供養」
小坊主三「そう、供養じゃ。姫様のお許婚のな。信田家の御子息のな」
小坊主一「信田家というとこの前の北条光時様の謀反に加担しておったな」
小坊主二「そう、その咎で断絶したのじゃ。それは知っておろう」
小坊主一「おう」
小坊主三「それで小太郎様もその時にご自害されたらしい。まだお若いのに気の毒なことじゃが」
小坊主一「それでそのご供養にか」
小坊主二「そういうことになる。まだ祝言もされておらぬというがな」
小坊主一「それで姫様はこれからどうなされるのじゃ。ご供養の後は」
小坊主三「何でも寺に入られるらしい。頭を剃ってな」
小坊主一「まだお若いだろうにそれは惜しいことじゃな」
小坊主二「わしもそう思う。じゃが姫様はもう決心されたらしいぞ」
小坊主一「なにそれは何と。じゃがその千寿姫様がこの初瀬に御信心とはせめてもの救いかのう」
二人   「それはどういうことじゃ?」
小坊主一「いや、ここは千手観音が本尊じゃからのう。これがまことの千寿観音じゃと思って」
小坊主二「お主はまた何をいわっしゃる」(思わず吹き出す)
小坊主三「冗談も程々にしてお主も掃除をせんか。今は少しでも人手が欲しいのじゃ」
小坊主一「おう」
 三人は箒を手に掃除を再開する。だがすぐに場所を変える。そして舞台から消える。
 それと入れ違いに武士達が姿を現わす。先頭の二人はとりわけよい服を着ている。一人は千原主膳、もう一人は薩摩典蔵。その後ろに何人か侍女や侍達もいる。
典蔵「さて」(後ろに顔を向ける)
典蔵「姫様は如何為されておる」
主膳「はい」(彼が答える)
主膳「まだその御心は悲しみに満ち満ちておられる御様子です」
典蔵「そうか」
主膳「やはり小太郎様が亡くなられたのが相当な傷となっておられるようでございます」
典蔵「そしてあれを常に持たれておるのだな」
主膳「はい」
典蔵「胡蝶の香合、信田家から結納として贈られた宝を」
主膳「そのお手に大切そうに持っておられます」
典蔵「やはりな。今やあれだけが姫様と小太郎様の結び付きの証だからのう。致し方あるまい」
主膳「姫様の御心、察するにあまりますな」
典蔵「じゃが何時までも悲しんでおられるとかえってよくない。どうしたものかのう」(首を捻りながら言う)
女一「それでしたらお花なぞは如何でしょう」
典蔵「花、とな」
女二「はい、ここは花の名所でありますから。桜を見れば姫様の御心も楽しまれることでしょう」
典蔵「ううむ」
主膳「それもいいかも知れませんな」(女達の声に頷き)
典蔵「お主もそう考えるか」
主膳「はい、ここの桜は吉野のそれに勝るとも劣らぬものです。きっと姫様の御心も安んじてくれることでしょう」
典蔵「皆はどう思うか」(後ろを振り向き他の者にも問う)
一同「我々も主膳様と同じ考えです」
典蔵「では姫様にはその様にお勧めするか」
主膳「それが宜しいかと存じます」
典蔵「わかった。では私から申し上げてみよう。実はある噂話を耳に挟んでおるしな」
主膳「それは」
典蔵「後で話す。よいな」
主膳「わかりました」
 ここで籠がやって来る。そこから声がする。その中にいるのが千寿姫である。
 
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