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まいどあり

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第七話 赤い疾風、緑の剛剣、唸る魔砲

 それは例えるならば風だった。
 狭い部屋の中から解き放たれ、大地を自由に吹き荒れる赤い疾風。
 既に黄昏色に染まったネリイの家の庭先で、夕日の色に溶け込むように吹き荒れる赤髪の動きに、対する緑髪の男は防戦一方だった。

「くっ!」

 既にその手にナイフは無く、手元に湾曲状の装飾がされた長剣一本で少女の攻撃を防いでいた。
 一方の少女──ミリーは小柄ながらも恐ろしい程のスピードで緑髪の男に対して駆け抜けざまの攻撃を繰り返し行なっていた。
 ある意味では短調極まりない攻撃だったが、とにかく動きが速い上に小柄な体を更に屈めて突進している為、標的が小さすぎてどうにも出来ていないのが現状だった。

「ちょこまかとっ……!」

 緑髪の男の方も防御の隙をついて攻撃を入れようとはしているようだが、とにかくミリーの動きが人間離れしていた。
 一度ミリーに向かって剣を振るおうものなら、その攻撃に合わせて綺麗にカウンターを合わせてくる。
 それを何度か続けるうちに、いつの間にか防戦一方になってしまったという所だった。
 つまり、一言で言うと。

「すごいな。全く勝負になっていない」

 ライドの感想そのままの状況ではあったのだが、ライドの隣で腕を組んで立ちながら二人の斬り合いを見ていたターバンの男は不服そうに眉を寄せて首をかしげた。

「妙だな」

「何が妙だっての?」

 共に店舗の外に出て、仲良く並んで二人の斬り合いを見始めた辺りから気安く砕けたライドの言葉にも特に気にした風もなく、ターバンの男は違和感を口にする。

「一見ミリーが一方的に責め立てているように見えるが、その実相手に届いた攻撃は一つもない」

「単に攻撃が単調すぎるからじゃないの?」

 見たままの結果を伝えたに過ぎないライドの素朴な疑問だったが、元から悪い目つきを更に険悪にしたターバンの男の流し目にそれ以上は続けられなくなる。

「貴様如き雑魚と一緒にするなよ魔道技師。ミリーは物心付いた頃から剣技のみに生きてきた狂人だ。剣はあやつにとっての玩具であり、友人であると語れる程に。そもそも、旅人であるのに地図の見方もわからず、代わりに人の殺し方は熟知しているような奴の攻撃が短調になろう訳もない」

「……それは彼女自身がどうというよりも親としてどうなのさ。そんな社会不適合者を育てておいてよく堂々とそんな事口にできるよね」

「この俺のどこをどう見たらあいつの親に見える? 文句なら俺達の親に言え」

 ライドの指摘にターバンの男は鼻を鳴らした後再び斬り合う二人の方に視線を向けた後、緑髪の男に指を向ける。

「俺にはミリーの動きの全ては速すぎて見えないが、動き出しと剣を振り切った後の形は見える。それを見れば形はその都度違うにも関わらず、当たり所が変わらないのがわかるはずだが?」

 言われてライドもミリーの動きに改めて注視してみる。
 すると、地面すれすれまで身を屈めて飛び込んでおきながら直前で起き上り様切り上げたり、飛びあがって頭上から振り下ろした剣を敢えて狙い難い緑髪の男の胴体まで落としている場面が何度もあった。

「何あれ。変じゃないか?」

「だから、最初からそう言っている」

 ライドの問いかけに「何を今更」とばかりに返すターバンの男。腕を組み、ため息のオマケまでつけてきたその態度に僅かに顔を歪めたライドだが、ふと、その不思議さと男の持っている剣の形状に見覚えがある事に気がついた。
 そして、それがどれ程危険な代物かという事も──

「……まさか……」

 湾曲状の装飾を持った奇妙な剣。
 通常ならば有り得ない機能を有した武器。
 
 以前見たのは白銀の髪を靡かせた少女が手にした白く輝く『聖剣』──

「いけない!! 直ぐにそこから離れるんだ!! 赤い髪の女の子っ!!」

 丁度剣を振り抜いた直後にライドの声を聞いたのだろう。ミリーは駆け抜けながら一瞬目線を走らせて声を掛けてきたのがライドである事を確認すると、直ぐに緑髪の男から離れるべく重心を緑髪の男とは反対方向に切り替えた。

「りょーかっうにゃっ!?」

 しかし、そこで異常が起きた。
 緑髪の男から距離を取ろうと振り返りつつ後方に飛んだはずのミリーの体が、まるでロープか何かで引っ張られたように男に向かって引き寄せられたのだ。

「……ここまで好き勝手やられて……」

 緑髪の男は顔を上げると手にした剣を振りかぶる。
 鍔元に黒く輝く魔石を携えた『魔道剣』を。

「無傷で逃せるか!!」

 防ぐ事が出来たのはただ運が良かっただけか、それとも条件反射か、もしくは普段の訓練の賜物だったか。
 強引に引っ張りこまれて空中に浮いていたミリーだったが、振り下ろされた刀身を咄嗟に手にした剣で受け止める。
 しかし、その威力までは殺しきれず、弾かれたように吹き飛ばされ、ネリイの家の門柱に背中を強かに打ち付ける結果となってしまった。

「……うぅ…………いたいぃ」

「ミリー!」

 背中を強打したにも関わらずユラリと立ち上がったミリーに対して、ターバンの男が焦ったように声を上げる。
 先程の会話から察するに、2人は兄妹なのだろう。
 ミリーが攻撃を食らうまでは腕を組んで憮然としていた姿が崩れてしまっている事からも、肉親か少なくともそれに近い間柄だという事はよくわかる。

「……魔道剣……だ」

「何っ!?」

 だからだろう。思わず口から出たライドの呟きに全てを察すると、その視線を緑髪の男の持っている武器に向ける。

「……! “磁力”の魔石かっ!」

「? “磁力”の魔石?」

 ターバンの男の言っているのが、緑髪の男の使用している魔道剣の核になっている魔石の事だというのはライドにもわかったが、一目見ただけでそれと判断できる目利きに驚かされた。
 ライドなど今改めて見てもあれがどんな魔石かもわからないのに。

「金属を引き寄せる事の出来る魔石だ。ランクの高いものならば金属を身に付けた人間くらい簡単に……お前も魔道技師だろう!! これ位の事一目見て判断できんのか!?」

「し、失礼だな! 僕だって磁力の魔石の存在とその効力位は知ってるよ! ただ、あれがそうだと気が付かなかっただけで……」

「クソッ! 未熟者か! こんな未熟者の為にとんだ貧乏くじを引かされたものだ!」

「何でそこまで言われなきゃならないの!?」

 再び剣を交え始めたものの、今度は一転して不利な状況になっているミリーの様子を見ながらイライラと口にするターバンの男の言い草に、ライドも思わずムッとなって言い返す。

「そもそも僕は魔導技師だ。魔道具の事は分かっても魔石の事まで熟知しているとは限らないでしょ。それにあの男の使っている剣が魔道剣だと気がついたのは僕じゃないか。そっちは気付きもしなかったクセに!」

「魔道技師に目利きの能力がない時点で未熟者であると自ら語っているようなものだ! より良い魔石を選び抜いて取引する俺と同列に並べるでないわ!」

「僕だってより良い魔道具を選び抜き、作り上げる事くらいは出来るさ!!」

「ならばっ!」

 緑髪の男の剣戟を自らの剣で受けて吹き飛ばされるミリーを指さしながらターバンの男は叫ぶ。

「この状況を打破する事の出来る魔道具の一つや二つ位当然持ち合わせているのだろうな!!」

「当たり前だ!! 直ぐに持ってくるからここから逃げるんじゃないぞ!?」

「誰が逃げるか!! 貴様こそ逃げるなよ未熟者が!!」

「逃げる訳無いだろ!? この腐り目野郎!!」

 正に売り言葉に買い言葉であるやり取りを交わすと、ライドは自らの店舗であるボロ小屋まで駆け戻る。
 その足は真っ先に初めに少女と緑髪の男の激突で破壊された棚だった残骸へと向けられる。
 
 その残骸の中にあるのはよくわからない金属や回路だったが、その中でただ一つはっきりと形となっている物体が転がっていた。
 それは筒状になっており、一見するとパイプか何かのようだったが、端に付けられたグリップと蓋のような機構から辛うじて魔道具とわかるような代物だった。

「……まだ未完成だけどこれだったら……」

 ライドはパイプ状の魔道具を拾い上げると、ニヤリと笑う。

「見てろよ腐り目野郎。この僕の仕事ぶりを腐りきった目に焼き付けてやる」

 呟き、ライドは外へと飛び出す。

 ──魔道具を動かす上で最低限必要な物がある事をすっかり失念したまま。




「待たせたな!!」

 ライドがターバンの男の傍に戻った頃には既に戦況は当初と逆転しており、ミリーが防戦一方で緑髪の男の攻撃を辛うじて捌いている所だった。
 ミリーのスピードがあれば一旦距離を取って息を整える事くらいは出来そうだったが、魔道剣の能力がそれを許さなかったらしい。
 ミリーは表情こそ微笑んでいたが、その額には汗が浮き、足りない酸素を補給するように何度も大きく口を開いている状況だった。

「遅いぞ! 一体何をやっていたのだ!?」

「五月蝿いな! 今すっごいの見せるからびっくりしておしっこ漏らすなよ!?」

「誰が漏らすか!! いいから早くしろ未熟者!!」

「そっちこそその腐った目でよーく見ておくんだね! 腐れ目野郎!!」

 ライドは叫びながらも右手でグリップを握り、左手で筒を抑えて緑髪の男に魔道具を向ける。
 戦場はいつの間にかネリイの家のそばに移動しており、狙い次第ではネリイの家に多大な損害を与えそうではあったが、緑髪の男に当てさえすれば関係ない。

「見てろよ」

「早くしろ」

 しかし、一向に何かが起こる気配のない魔道具に、ライドとターバンの男の間に言葉が次第に無くなっていく。
 そこへ来てようやくライドは事の次第に気がついたのか、一筋汗を垂らしながらゆっくりとグリップ上部に取り付けていた蓋を開け、中身を見て思わず叫んだ。

「魔石がなぁい!!」

「アホなのか貴様は!?」

 魔道具を使用するのに魔石の有無を確認すらしていなかったライドに対して、自他共に呆れた声を上げた二人だったが、

「きゃあ!!」

 いよいよ捌ききれなくなったのか、鍔迫り合いの状態でネリイの家の壁に押し付けられたミリーの悲鳴で二人の首が同時に動く。
 ミリーの持ち味は小さな体格を生かしたスピードだ。
 それがあの状態では緑髪の男の次の行動に対応することは出来ないだろう。
 その証拠に緑髪の男は右手一本で魔道剣を持ってミリーを押さえつけ、左手を腰に戻していた短剣に伸ばしている所だった。

「何の魔石だ!!」

「は!?」

 顔の向きは変えずに腰から下ろした袋に手を突っ込んで叫ぶターバンの男に、ライドは素っ頓狂な声を上げる。
 しかし、そんなライドの態度に痺れを切らしたのか、ターバンの男はライドの持つ魔道具を指さしながら更に叫ぶ。

「そいつに必要な魔石だ!! 何があればそいつは動く!?」

「いや、これは汎用性が高いから何でも。でも、この状況だったら攻撃性のあるやつが──」

「こいつを使え!!」

 ターバンの男はライドの言葉を遮りながら袋の中から取り出した魔石をライドに向かって放り投げる。
 その魔石を受け取りながら、一瞬どうすればいいのか悩んだライドだったが、

「そいつは貸しだ!! 急げ!! 早くしないとミリーが──」

「いけぇ!!」

 ターバンの男の言葉に即座に反応し、照準もそこそこに魔石を込めた魔道具を緑髪の男に向かって起動した。
 すると、轟音を上げた筒状の魔道具の先から真っ赤な球体が射出され──

 音に反応して真横に飛び退った緑髪の男と、解放された事で反対方向に跳んだミリーの丁度真ん中で。
 端的に言葉で表すならば、大家さんの家。それもその一人娘であるミリーの部屋の壁に魔力の弾が突っ込んだ。

 直後に起こる大爆発。

 真っ赤な火の粉が辺り一面に爆散し、粉々になった板や、ベッドから飛び出したと思われる羽毛が庭先にヒラヒラと漂い落ちる。
 幸いにも火事にはなっていないようだが、ネリイの部屋の半分は綺麗に吹き飛び、ライドの居る位置からネリイの部屋とリビングを繋ぐ扉がはっきり見えた。

「…………よし。色々と誤算はあったが直近の危機は回避できたからよしとしよう。未熟者。もう一発だ」

「………………」

 突然の横槍で動くに動けなくなった緑髪の男と離れて息を整えたらしいミリーの様子を見て一息付いたターバンの男の言葉だったが、言葉を向けられた筈のライドの表情は固まったまま動かない。
 他人の家を破壊してしまった事にショックを受けてしまっているのかと思ったが、どうもその視線は先ほど使った魔道具──魔砲とでも言うべき物体に注がれたままだった。

「おい。何を黙って──」

「……」

 流石に不審に思ってライドに近寄ったターバンの男に対して、ライドはようやく動き出すと魔道具の端に取り付けられた蓋を開けると中身をターバンの男に見せて一言。

「魔石がなぁい」

「何故だぁぁぁぁぁ!?」

 ターバンの男には視線を向けようともせずに言い放ったライドに対して、ターバンの男は強引に自分の方を向かせるように両手でライドの肩を掴むとガクガクと揺らす。

「何故魔石が無くなっている!? 俺は貸しだと言ったはずだぞ!? 貸しだ!! 貸・し!! 提供したのでは無い!!」

「そ、そうは言ってもこの魔道具は使用した魔石の全魔力を砲弾として打ち出すタイプの魔道具だから。確かに一発限りだけどその威力は超ド級。名づけて──」

「欠・陥・品!! というのだそれはぁぁぁぁぁぁ!!」

「いいえ。欠陥品ではありません」

 今にも噛み付かんばかりの勢いでライドを揺すっていたターバンの男だったが、背後から聞こえた声に動きを止めた。

 そこにいたのは一人の少女だった。

 白いレザーアーマーを身に付け、長い銀髪は後ろで纏めて一つにして背中に流している。
 右手には長剣。
 その長剣は湾曲した装飾を持つ奇妙な形の形状をしており……。

「……貴様は?」

 それだけを見てターバンの男は気がついた。
 
 何故ライドが緑髪の男の武器を見て魔道具だと気がついたか?
 
 何故魔石の力を変換放出するタイプの魔道具を作る事が出来たのかを。

 何の事はない。

 同じタイプの武器を持っている人間を既に知っていたからだ。

「私の名前はバシリッサ。そこで目を回しているライド様をお守りする傭兵です。この度はライド様が上げた『狼煙』を見て馳せ参じた次第です」

 随分金のかかった狼煙だな。
 ターバンの男はそう胸中で呟いたが、直ぐに先程のバシリッサの言葉に合点がいった。

「欠陥品ではない……か。成る程。確かに狼煙としては合格点かもしれんな」

 そんなターバンの男の言葉にバシリッサはクスリと笑うと右手の『魔石食い』を構えながら歩み寄る。
 ライドとターバンの男の横を通り抜け、ライドを守るようにライドと緑髪の男の間で足を止めて。

「さて。これで2対1ですが、まだ続けるつもりですか強盗さん? いえ、こう言った方がいいでしょうか」

 白銀と呼ばれる傭兵は優雅な微笑は崩さず、しかしはっきりとした敵意を言葉に乗せて。

「──獣の血を引いた……ハンターさん?」

 緑色の髪の自分と同様の武器を持つ相手を挑発した。
  
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