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11年目の春

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少年探偵団

 「コナンくーん。そろそろ起きないと遅刻するよ。」
 食卓に出来たばかりの朝食を並べながら、ピンクのブラウスに白のジャケット姿の蘭は未だに部屋から出てこないコナンに声をかける。
 「ほっとけよ。高校生にもなって起こしてもらうなんて、情ねぇ………。」
 言いながら新聞に目を通す小五郎は食卓に置かれた湯のみに手を伸ばす。すかさず蘭はその湯のみを取り上げた。
 「お、おい。」
 「お父さんだって人のこと言えないでしょ。毎日毎日、競馬に麻雀にお酒。いい加減にしてよね!」
 「しゃーねーだろ。仕事の依頼が来ねーんだからよ!」
 そう言って蘭から湯のみを奪い返した小五郎はお茶をすすってから、再び口を開いた。
 「それによぉ、なんであのボウズたちが『少年探偵団』なんて呼ばれてチヤホヤされんだよ!」
 「そりゃあ、コナンくんは小さい頃から探偵ごっこやってたし。」
 蘭は席につくと両手を合わせ、小さくいただきますと言った。
 「でもよぉ、その割には新聞にはあいつらの写真しか出ねーじゃねーか。」
 小五郎は怪訝な顔つきで、持っていた箸の先を蘭に向けた。そんな小五郎を横目で睨んだ蘭だったが諦めたようにため息をつくと、箸を置いた。
 「あいつらって、元太君たちのことでしょ? ……そう言えばコナンくんも哀ちゃんも載ってなかった……。どうしてだろう、写真嫌いなのかしら?」
 そう言って蘭はおもむろに時計に目をやった。
 「やだ、もうこんな時間! コナンくん起こさないと。」
 そう言って立ち上がる蘭に小五郎は首を振る。
 「ほっとけよ。」
 「でも、もしかしたら体調が悪いのかも。」
 言いながら小五郎と同室になっているコナンの寝室の扉を開けるが、コナンの使っている布団は綺麗に畳まれていてそこにコナンの姿はない。
 「あれえー、コナンくんいないじゃない。」
 「もう学校に行ったんじゃねーのか?」
 のんきに味噌汁に口をつけながら言う小五郎に蘭は振り返った。
 「朝ごはんも食べずに?」
 「きっと急ぎの用でも思い出したんだろうよ。」

 車通りの多い幹線道路を通る通学路。青空の冴え渡る清々しい朝。コナンと灰原は一足先に学校へと向かっていた。
 「で、朝っぱらから押しかけて来たと思ったら、朝食中の私を無理やり連れ出していったい何の用なの?」
 「いや、蘭と顔合わせづらくってよ。」
 そう言って苦笑しながら頭をかくコナンに、灰原はため息を漏らした。
 「そんな事だろうと思ったわ。でも、どうするの? こんな時間から学校に行ったって――――。」
 右手首の腕時計に目を落としながら言いかけた灰原の言葉を遮るように、甲高い女性の悲鳴がとどろいた。交通量の多い四車線の道路の向こう側で二十代半ばのスーツ姿の女性が何か叫んでいる。
 「ひったくりよ!!」
 行きかう車の間から覗くのは黒いパーカーにニット帽姿の男。
 「逃がすかよ。」
 「ちょっと、工藤くん!」
 止める灰原に目もくれずコナンは歩道橋を駆け上がった。男はひったくった鞄を両手で胸に抱えながら、どんどんと遠ざかって行く。階段を駆け下りながらコナンは辺りを見回した。すると背後を振り返りながら走り去る犯人の前から見覚えのある背広姿の男性がのんきにあくびをしながら歩いて来ていた。コナンは思わず叫んだ。
 「高木刑事! そいつ捕まえてください!!!」
 「え、えぇぇ!」
 偶然通りかかった張り込み帰りの高木刑事に捕らえられた犯人はしばらくして駆けつけた犯人によって連行されていった。走り去るパトカーを満足げに見送るコナンに灰原は鋭い視線を送る。
 「相変わらずね、名探偵さん。」
 「まぁ、今回は何もしてねぇけどな。」
 そう言って背後に立っている高木刑事を振り返った。
 「助かりましたよ、高木刑事。ナイスタイミングでしたね。」
 ニコリと笑うコナンに高木刑事はため息をついた。
 「やっと二日ぶりに家に帰るところなんだから、邪魔しないでくれよ……。」
 「あら。刑事の言葉とは思えないわね。」
 灰原の嫌味に高木刑事は再びため息をついた。
 「あ、そう言えば、佐藤刑事は元気にしてるんですか?」
 「江戸川くん。」
 灰原が短くそう言うと、コナンは何かを思い出したように訂正した。
 「奥さん、元気にしてるんですか?」
 奥さんという言葉に顔を真っ赤にする高木刑事は、とても結婚八年目で、今年小学校に上がる子供がいるとは思えないほどに、その反応はとても初々しかった。そんな高木刑事に呆れ顔のコナンと灰原に誰かが背後から声を掛けてきた。
 「また、何か厄介事に巻き込まれているんですか?」
 聞き覚えのあるその声に、二人は振り返った。そこには光彦、歩、元太が立っていた。
 「コナンくんらしいね。」
 「コナンは事件を呼ぶ根っからの探偵なんだよな。」
 そう言って笑いあう少年探偵団の三人は今や世間では人気者であった。その推理力、そしてその人気はかつて東の高校生探偵とうたわれた工藤新一にも引けを取らないほどだと言われていた。それもそのはず。この少年探偵団の知恵袋は江戸川コナンに姿を変えたかつての名探偵なのだから。平たく言えば、隠れ蓑を小五郎から少年探偵団に鞍替えしたということ。
 「おめーら、ずいぶん早いんだな。歩や光彦はともかく……。」
 「何言ってるの?」
 「そうですよ。今日も遅刻ギリギリですよ。」
 光彦はそう言って腕時計に視線を落とした。灰原も自分の時計で時刻を確認すると、コナンの前に澄ました顔でそれを突き出した。上下逆さになったその時計によく目を凝らす。
 「何だよ、もうこんな時間じゃねぇか!」
 そう言って走り出す五人は高木刑事に別れを告げて学校へと急いだ。
 校門前には新聞や雑誌の記者たちが少年探偵団たちを待ち構えていた。中学に上がる前から何かと活躍し始めた彼らのことを未だに『少年探偵団』と担ぎ上げるメディアも多い。それが世間に定着しているようで、今では西の服部平次、東の少年探偵団というところだ。
 記者たちにいち早く気付いたコナンと灰原はサッと路地に隠れるとそのまま裏門から学校へと入った。元太たちは押し寄せる記者たちに目を輝かせていたが、今のところ少年探偵団は小嶋元太、円谷光彦、吉田歩の三人ということになっているし、歩たちには適当に理由をつけてそう言うことにしといてもらっている。
 「しっかし、あいつら遅刻ギリギリだって事分かってんのか?」
 別れ際のキラキラした三人の表情を思い出して言った。
 「分かってないんじゃない? あの子たち、ここのところ浮かれまくってるし。『工藤新一の再来』とか、騒ぎ立てるメディアって多いから。」
 「再来ねぇ~……。」
 「人気者で羨ましいわ。」
 人を馬鹿にしたような笑みを向ける灰原にコナンは答えなかった。

 
 

 
後書き
11年経った今でも小五郎はダメダメです。
おそらく毛利家は蘭ちゃんの稼ぎで成り立っているのだと思います。
 
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