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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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インデペンデンス

 
前書き
すみません。時間が無い、文章がまとまらない、キャラが喧嘩してる、などで難産になってしまい、ここまで経ってしまいました。
今回はあまりうまく書けませんでしたが、よろしくお願いします。 

 
新暦67年9月19日、14時22分

「――――つぅわけで少し時間がかかりそうだから、ヘリの迎えは後で要請する。捕らえた連中は手筈通りに……ああ、集結していた局員どもはSOPの干渉で半壊したから、援軍が来ない限り当分は攻めてこないと見て大丈夫だろう。んじゃ、通信切るぞ、ジョナサン」

「ぅ……ん……? ここ、は……私は一体、何を……?」

「やっと目を覚ましたか、この寝ぼすけめ」

先程の戦いからしばらく経ち、フェイトはようやく本来の意識を覚醒させる。通信していたビーティーの声が真っ先に聞こえた事で一瞬硬直するが、それより自分の頭を支えていた柔らかい感触に気付き、彼女はまさかと思いながら振り返ると――――、

…………ワニ顔の魔導師がいた。

「いやいやいや!? もう顔バレしてるんだから、また被る必要ないよね!?」

「ん~それがね、実はあったりするんだ。局員の中で私の顔をしっかり見たのは今の所フェイトちゃんだけだし、隠してるのは皆のためだからまだ言及しないでほしいんだ。……さっき判明した裏事情を聞いてから実はあんまり意味が無かったような気はしてるけど、万が一って事もあるからよろしく」

「だ、だからって……いやそれよりも、生きてたなら生きてたって教えてよ! なのはが死んだと思って皆、ずっと後悔してたんだよ……! 私も、姉さんも、はやても……! 特にヴィータは最も近くにいたのに守れなかったって、未だに自分を責め続けてるんだよ……!」

「うん、それ聞くとますます皆の所に駆け付けたくなるね。でも私の生存を公にするのは核兵器とか“裏”の問題とか、色々片付けた後にするつもりだった。諸々の危険を取り除いてから、堂々と会いに行くつもりだったんだ」

「そんなに待たなくても、今からでも行こうよ……! 一緒に皆の所へ帰ろうよ……!」

「ごめん、私は帰る訳にはいかない。まだ、やる事が残ってるんだ。それを終わらせてからじゃないと、皆だけじゃなく次元世界全てを巻き込む終焉が訪れちゃう」

「次元世界全てを巻き込む終焉? 悔しいけど私達はまた蚊帳の外にいたようだから詳しい内容は知らない……。けど、それだけ大きな問題なら皆で立ち向かった方が……!」

「そしたら相手も手段を選ばずに闇討ちとかで、ねちねちと追い詰めてくるだろうな」

フェイトの言葉に被せるように、ビーティーが否定の声を上げる。彼女の足元でまだ気を失ったままのアーネスト達の姿を視野に入れながら、フェイトはどうして否定されるのかと不快な視線を向ける。

「……なんでそんな事を言うの。私達じゃ無理だって言いたいの?」

「そのつもりで言ったんだが、納得出来なかったか?」

「出来ないに決まってるよ! せっかく再会できた友達をもう失いたくないだけなのに、どうしてその気持ちすらも否定されなきゃいけないの!?」

「どっちかっつぅと気持ちじゃなくて気構えの問題だな。お前やお前の周りにいる連中は、ぶっちゃけるとヌルすぎる。“裏”と戦うには、他人への警戒心が弱すぎるのさ」

「警戒心が弱い? そんな事は……」

「じゃあ例えばの話だ。もしお前の知り合いや身内、仲間の中に敵が潜んでいた場合、お前はそれに気づけるのか? いつどこで誰から襲われるかわからない状況で、来る日も来る日も気を張り詰め続けられるのか? 出会う人間全てを疑えるのか? 仲間と思っていたのが自分だけだった事実に耐えられるのか? そして……敵になった知人をその手で倒せるのか?」

「ッ……!」

「それが出来なきゃ裏相手に戦う事なぞ到底無理だし、お前は一生甘ちゃんのままだ。つぅかお前のような温い奴でも確実に敵を葬るために、連中はSOPによる絶対兵士化なんて考えたんだろうな……。ま、普通に考えてもSOPの支配下にある奴にペシェを任せられるかっての」

事実、暴走した記憶も色濃く残っているため、ビーティーの暗に一緒にいられたら迷惑だという言葉に説得力があるのが余計フェイトの無力感を膨らませた。言い方にトゲこそあるがビーティーの言葉は至極真っ当なため、なのはも擁護の言葉が浮かばずに俯いていた。そんな気まずい空気の中、見かねたジャンゴが仲介に入る。

「ビーティー、そこまでにしておいてあげたら? ほら、彼女もまだ暴走から解放されたばかりだし、少しでも落ち着く時間が必要だと思うからさ」

「ン? あ~立て続けの出来事を受けて、すぐに頭の混乱が収まるとは言い難いか。俺としてはまだまだ言い足りないんだが……しゃあない。ほんの少しの間だけ黙っとくぜ」

ため息をついたビーティーはその場を離れ、今回の出撃で回収した局員のデバイスを種類ごとに整理する作業に入った。地面に並べられた数多くのデバイスを見て、なのはは一応素手でフェイトを抑える事が出来たものの、やはりレイジングハートのような武器があった方が戦いやすい気がしていた。

「マキナちゃんに借りたお金を返すのも良いけど、先に新しい装備でも買ってみようかな? でも今持ってるお金で買える奴あるかなぁ……」

『その装備の性能如何ではレイジングハートの立場が無くなってしまうぞ……』

「確かエラーとかシステムトラブルが起きてるんだっけ? 僕はデバイスの事はよくわからないけど……バルディッシュのおかげでイモータルを見つけられた事はわかってるよ。ありがとう」

『お褒めに預かり恐悦至極だ、ジャンゴ殿』

「いつの間にか、バルディッシュとジャンゴさんが仲良くなってる気がする……」

「あの状況を打破するのに協力してくれたからね。自己紹介は一応したけど、もう一回やった方がいいかな、フェイト?」

「いえ、暴走してた時の事は覚えてるので、わざわざ二度やらなくても大丈夫ですよ」

「わかった。まぁ改めてよろしく、とは言っておく。それと敬語は使わなくても気にしないから大丈夫だよ」

「あ、はい。あの、ジャンゴさん。お兄ちゃん……サバタさんの事は……」

「サバタの話は今度ゆっくり落ち着ける時にでもしよう。今は現状の事を優先して相談しておこう」

「現状……?」

「うん。管理局がヴァランシアと繋がっていると判明した以上、今後はより慎重に行動する必要があるからその指針を決めておきたいんだ。あと、ヴァランシアが管理局のどこの連中と繋がってるのか、それも大まかに推測しておきたいし」

「え? えぇっ?? か、管理局がヴァランシアと繋がってる!? その話は本当なの!?」

実は自分達の所属する組織がイモータルの味方だったという衝撃的な事実を聞いて、フェイトは仰天する。ビーティーの傍で彼女に監視されながら意識を取り戻したアーネスト達も、その事実に目を白黒させていた。彼女達にとって受け入れがたい真実を、なのはは肯定する。

「……残念ながら本当なんだよ、フェイトちゃん。ヴァランシアの一人、ストーカー男爵が直接そう言ったんだ。さっきの暴走も実は、SOPによる局員の絶対兵士化っていう管理局がヴァランシアに製作を依頼したプログラムによるものなんだって……」

「そんな……! ロキの時と同じ過ちを、管理局はまた犯したの……!?」

「またというか、そもそもこのフェンサリルの戦いすらも管理局が情報操作して、フェイトちゃん達みたいな何も知らない局員に侵略行為を無自覚に行わせてるんだけどね」

「侵略行為!? ちょっと待って、なのは! この世界に大規模なテロリストがいるって事で私達は……」

「あ~その辺から既に事実との齟齬が生じてる。まず、この世界にテロリストは最初から来ていないんだよ」

「最初から来ていない? じゃあ管理局がここで戦ってる相手は一体何なの?」

「いきなり事だらけで混乱してると思うけど、とりあえず先に私達が把握しているこの世界の真実を教えるよ。その中に私達がここにいる理由とかもあるから、色々理解しやすくなるし」

それからなのははフェンサリルの真実をビーティーに時々補足されながら、フェイト達にひとしきり語った。その後、死んだはずのなのはがどうしてここにいるのか、という疑問に対してはジャンゴがこちら側に来てからの経緯を説明する事で、フェイト達も大まかに把握する事は出来た。そして自分達が知らず知らずのうちに戦争の火種を作り出す手伝いをしていた事実に、フェイトだけでなく118部隊の面々は激しい後悔に襲われる。

「核兵器の密輸……エネルギー資源の搾取……管理世界化を拒まれた事の紛争……ミーミル首都ノアトゥンの占領。管理局から聞いた話とまるで違う……!」

「しかも裏では聖王教会も噛んでるみたいだから、どこに敵がいてもおかしくないんだ。体内のSOPだけでなくXOFの手が回っている可能性がある以上、たとえ友達でも無自覚のまま“裏”に利用されてるかもしれないから、心から信頼できる味方とは言い切れないんだよね」

「なんで……なんでこんな事に……! ファーヴニル事変を乗り越えた今の管理局なら、不正が起きても自浄できる力があると思ってたのに……! なんか手酷く裏切られた気分だ……」

「まあ、あの戦いは絶対存在から生き残るためのもので、別に“裏”と戦って倒した訳じゃないから、管理局の腐敗した部分は残ったままだったみたい」

「そういえばあの時、暗黒物質を操れるからと言って勝手にお兄ちゃんを指名手配した勢力がいたね。今思い返しても腹立たしく思うな」

「しかも戦いの後に本人が消滅しちゃったから、指名手配を撤回させた意味が無くなってるし。まぁ、マテリアルズ曰く指名手配の事はサバタさんは全く気にしなかったみたいだけど、とにかくそうやって自分達の都合だけで誰かを陥れる人達が今もいる事はわかるよ」

「はぁ……当時はストッパーだった帝政特設外務省やラジエルの人達が頑張ってたからある程度の妨害……まあSEEDとかをある程度で済ませるのもどうかと思うけど、とにかくあの人達がいなくなった途端にここまで腐敗が進むなんて……」

「『次元世界の守護者』どころか、『次元世界の破壊者』と言っても過言じゃないぐらい、隠れてやってる事がアレだもんね。もういっそのこと管理局も聖王教会も解体しちゃった方が世界は平和になるんじゃないかな?」

「あはは……なのはの境遇を知った以上、そう言いたくなるのもわかるけど、それはちょっとオーバーな気がするよ。一部がどす黒くても他は一応綺麗なんだし……」

「その一部のどす黒さは綺麗な部分を簡単に塗り潰してしまうほど濃いから、こうして厄介な状況に陥ってるんだけどね。管理局の闇をもっと知りたいなら私よりもマテリアルズやマキナちゃんの方が詳しいから、今度情報交換とかしてみたら?」

「そうしてみるよ、向こうが話を聞いてくれたらだけど」

「皆優しいから、時間に余裕があれば多分フェイトちゃんなら大丈夫だと思うよ。私もリハビリや義手の製作、訓練で色々助けられたし、今もマキナちゃんのおかげで色々融通してくれてるもの」

「社員割引とかしてくれてるの? いいなぁ……アウターヘブン社製作の装備って、管理局じゃ手に入らない高性能かつ便利なものばっかりあるから、任務の時に雇ったアウターヘブン社のメンバーの装備を見るたびに羨ましいと思ってたんだ」

「まぁ質量兵器が多いのは地球生まれの企業だからしょうがないけど、魔法関連の装備もちゃんと充実してるし、管理局より実戦向けで頑丈に作られてるから信頼性も機能性も高いしね」

「なのはの義手もマキナが手配してくれたんだっけ? 何度見ても本物そっくりで見分けがつかないや」

「ドヤァ」

「いや、そこで胸張られても反応に困る……というか今、なぜかなのはの後ろにマキナの姿が見えたよ。彼女から変な影響でも受けてたりしない?」

「う~ん、そうなのかな? あんまりそういう自覚は無いんだけど、フェイトちゃんがそう言うなら少しは変わったのかもね」

ぽりぽりと頬をかいて苦笑するなのはだが、傍らに一応いたおてんこは「マキナとビーティーに散々いじられて垢抜けたというか、ある種の柔軟性がついたからじゃないのか?」と密かに呟いた。

「それにしても先日の戦いから何となくマキナがいるんじゃないかとは薄々思ってたけど、まさかこんな経緯があったとは考えもしなかった……」

「別の組織でしかも彼女に反感を持たれている管理局にいると、あんまり彼女の音沙汰は聞かないからね。アウターヘブン社に所属しているならともかく、こればっかりは仕方ないとも言えるかな」

「同じ組織にいても、まめに連絡しないと互いの近況とかわからないもんね。……4ヶ月前の私達みたいに」

「あ、あはは……ごめん、ほんとごめんなさい」

「もういいよ、生きていてくれたんならそれだけで十分だから。それでさ……マキナの現状も気にはなるけど、今の私の興味は実の所、そこにいるサイボーグに向いてるんだ」

「サイボーグ……ビーティーのこと?」

「呼んだか?」

久しぶりの再会で会話が弾んでいた矢先に、唐突に呼ばれた事でビーティーが反応し、顔を向ける。フェイトの訝し気な視線をビーティーは全く動じることなく受け止め、彼女を真正面から不敵な笑みを浮かべつつ見返していた。

「俺に話題を振るという事は、前に俺が言った意味でもわかったのか? ンン?」

「今回の侵略行為だけでなく、SOP干渉で暴走したせいでなのはと戦闘……確かにあなたの言う通りに大人しく帰っていれば、こんな事にならずに済んだかもしれない。でも……こんな事になったからこそなのはの生存に、ジャンゴさんやマキナが来ている事も知れた。なにも悪いことばっかりという訳じゃないよ」

「ポジティブシンキングも良いが、やはり危機感に欠けてるな。完全体のくせにそんな悠長に構えてるんじゃ、この先やっていけないぞ」

「そう、その完全体という言葉がずっと頭に引っかかってた。あの時、私の運命とか色々言ってきたけど、そもそもあなたは何者なの?」

するとビーティーから一瞬だけ鋭く冷たい殺気が放たれ、真正面から受けたフェイトは背筋に冷たい汗が流れだす。

「そんなに俺の事を知りたいなら、目ぇかっぽじってよく見ておけよ。自分から訊いた以上、決して目を逸らすんじゃねぇぞ」

これまで謎に包まれていたビーティーの正体や経歴に、皆の注目が集まる。誕生の所以は知っているなのは達も、肝心の部分をようやく聞けると思って意識を集中した。

いつもと異なる気迫で場を緊張させながら、徐にビーティーはこれまで一度も外さなかったマントの留め具を外し、隠していた首元を露わにする。そこにあった物を見た瞬間、フェイトは目を見開いて凄まじいショックを受けた。

「そ、そのチョーカーは……!」

“A-13”と刻まれた金属製のチョーカー。ビーティーの首元で砂漠の光を鈍く照り返してくるそれは、フェイトにとって2年前から決して忘れられない物体であった。ちなみに昔の身体でどうチョーカーを付けてたのかという疑問は、識別以外にも振動で脳髄が試験管に衝突しないために固定する器具として使われていたのが答えである。

「あなたは……母さんが廃棄処分した、試作クローンだったの!?」

「驚いたか? そりゃそうだよなぁ、お前がぶっ倒した同族の生き残りがすぐ目の前にいる。それも全身が機械で出来てるサイボーグで、お前はこれまで何も知らずにただの敵として戦ってきたんだしな」

「で、でも変異体になってた試作クローンは、私と姉さんがこの手で……!」

「そうだ、1から12の試作クローンはアンデッド化し、お前とオリジナルが2年前にその手でトドメを刺した。だがな、試作クローンは全部で13体いたんだよ。お前達が倒したのはアンデッド化した12人の同族であって、そうならなかった唯一の生き残りがこの俺なのさ。ククク……」

嘲笑するビーティーを前に、フェイトは言葉が出なかった。自分の同族がサイボーグとなって生きていたという事実を前にし、かつて変異体となった同族を倒した時の記憶も鮮明に蘇り、フェイトは氷水をかけられたように全身が一瞬震えた。

「なのはは……彼女の正体を知ってたの?」

「誤解のないように言っとくけど、私も正体までは知らなかった。最初マキナちゃんに紹介されて知り合った時、フェイトちゃんと顔立ちがなんか似てるとは内心で薄ら思ってた。それでこの前過去を一部聞いて、もしかしたらと思ったぐらいで、確信までは至っていない。だから今の発言は私にとって、腑に落ちた感じなんだ」

「そう……」

「実際、一昨日に知り合ったばかりだから、もう少し時間が経っていれば自力で気付いてたかもね」

意外と短期間だった事にフェイトは驚かされるが、おかげでなのはがビーティーの正体を見抜けなかった事をすんなり納得できた。改めてフェイトはビーティーに向き合い、率直に尋ねる。

「ビーティー、と言ったっけ。その名前は自分で付けたの?」

「いや、本名は識別ナンバー“A-13”の1と3をくっつけてB、テスタロッサのT……その二つを頭文字にしている。―――“ベアトリクス・テスタロッサ”、それが真の名前だ。ビーティーは本名を略したあだ名のようなものさ」

「ベアトリクス・テスタロッサ……だからB・T(ビーティー)……」

「尤も俺自身テスタロッサ姓は嫌だし使いたくない。それに公に名乗ると色々不都合が多かったから、普段は略名の方を使ってる」

「テスタロッサ姓が嫌って……じゃあなんで本名に付けてるの? 嫌なら最初から付けなければいいんじゃ……?」

「閣下が割とマジ顔で説得してきたからな……無下には出来ん」

「閣下? もしかして……サルタナさんのこと?」

「ああ。んで、『そんなにテスタロッサ姓が嫌なら胸の内に溜まった物を全部親に吐き出してからにしろ』って条件を付けられている。だから言われた通り、あの女に怨みを全部ぶちまけた後に堂々と“テスタロッサ”を捨ててやる予定だ」

「テスタロッサを捨てる……!? そこまでの怨みがあるというの……?」

「当たり前だ! アリシア・テスタロッサの試作クローン13番として作り出された俺は、生身の部分が脳ミソぐらいしか無かった。閣下が見つけてくれるまで、俺には自由に動かせる身体が無かったんだよ」

「そ、そんな酷い状態で捨てられてたなんて……!」

「閣下に拾われた俺はサイボーグ手術を受けて、ようやく自らの意思で動かせる身体を手に入れた。管理局法ではサイボーグは違法なんだが、俺の身体を用意する方法が他には無かった。まさかクローンのクローンを用意して、脳を取り換えるなんて真似をするわけにもいかないだろう? だから閣下は違法覚悟で機械の身体を用意してくれたのさ」

「そうだったんだ……。エレンさんの事もあるし、サルタナさんってああ見えて何気に面倒見が良いよね……」

「しかし手術が成功したとはいえ、閣下は俺の存在を隠す必要があった。なにせサイボーグは管理局の嫌う質量兵器そのもので、尚且つ俺は失敗作とはいえプロジェクトFATEの産物だからな。当時から黒だったアレクトロ社や管理局上層部に気付かれるわけにはいかない。それで俺は公の場には姿を見せず、閣下に協力的な管理外世界に隠れ住んでいた」

「あ、だから私達がラジエルに行っても会う事がなかったんだ……」

「しかし不測の事態が起こらないとも限らない。そのため閣下は以降アレクトロ社やあの女の弱みを握るための情報収集を行ったんだが……何の因果かその過程でSEEDの情報を見つけ、お前達の裁判におけるジョーカー(切り札)になったんだよな」

「道理でサルタナさん達が管理局とアレクトロ社の裏に関わる連中を一網打尽にできた訳だ。いくら“裏”の相手に手慣れてるからと言っても情報の用意が良すぎると思ったら、こんな意外な所で繋がっていたんだね」

「俺としては非ッ常ォ~に不本意だがな。あの女は俺達の命を弄んだのだから、それ相応の罰を受けてもらいたかったぜ」

「母さんは……ただ姉さんを蘇らせたかっただけ。家族との幸せな時間を取り戻したかっただけだよ。確かに母さんの研究は生命倫理に反してたけど、ちゃんと償ったんだから罪はもう許されているはず……」

「は? お前それ本気で言ってんのか? ……オイオイ、なんておめでたい奴らだ! 当事者でもない裁判官から与えられた条件を終えただけで、もう許された気になってんのか!? グェハッハッハッハ!!!!」

フェイトの返答を聞いたビーティーは唐突にゲラゲラと笑い声を上げ、千鳥足で傍に置いてあった建築資材の下へ行き……、

「――――ふざけるな」

―――建築資材を殴り飛ばした。怒りに任せて振るった拳の、あまりにぶっ飛んだ威力のせいで建築資材が粉々に砕け散る。それによってアーネスト達の所にも破片の一部が飛んできたが、なのはが0.3秒プロテクションで防いで事なきを得た。
「意識するようになってから急に早くなったね」とジャンゴが称賛し、「それでもまだ0.2秒遅いや……」となのはが謙遜する隣で、フェイトはビーティーの逆鱗に触れてしまったのではないかと戦々恐々とする。

「俺は……俺達は許してなどいない! あの女を決して許しはしない! あの女は母親の資格を自ら捨てた。お前だって一度は捨てられたのに、それでもあの女を母親と慕うとは、まさに道化だな。あの女は自分の幸せ以外はどうでもいい、究極の自分勝手自己中心的理想主義者だろうが!」

「で、でも母さんはアレクトロ社の……イモータル・ロキのせいで姉さんの命を理不尽に奪われたんだよ!? 家族を救いたいと思う事が、そんなにいけない事なの!?」

「あのなぁ、あの女の擁護も大概にしとけよ。あの女は己の脆さに怯え、外界という死の臭いで満ちた海原から逆走して、プロジェクトFATEを築いた。複製、贋作……全ては脆い心の生み出した、生ぬるい幻想の世界だ。貞操帯に縛られた修道女の妄念に等しい屑なのさ。生命倫理をぶち壊す研究、魂の輪廻に逆らう所業……その研究に手を出した動機が娘を救いたいからと言うなら、なぜ娘の断片から生み出された俺達を捨てた? 本当に罪を償う気があるのなら、なぜ変異体となった同族を目にするまで俺達の事を黙っていた?」

「そ、それは……」

「結局あの女はオリジナルと完全体しか受け入れていない、失敗作は所詮失敗作に過ぎないと思っているのさ。隠していれば目の前に転がる幸せを享受できるから、過去から迫る俺達の怨嗟の声に耳を塞いだ! 俺達を生み出した責任から逃げ出した! 俺達を無視して充実した余生を送るとか、全然贖罪できてないだろうが!」

「……! ……ごめんなさい。私はビーティーの境遇を味わった事が無いから、あなたがどれほど母さんを憎んでいるのか推し量れないと思う。……でも今の母さんは昔の過ちを認めて、ずっと後悔している。確かに昔は姉さんしか見てなくて、私も人形として扱われていた。多分、ビーティーはその時の母さんしか知らないから、思い出す度に憎しみが膨らんじゃうんだと思う。でもね、過ちはいつか正せる。人はいつでも変われるんだ。だから……ビーティー、お願いだから今の母さんと会ってくれないかな? 全てを受け入れられるようになった今の母さんとなら、もしかしたら仲直りできるかもしれない……」

「ハッ、言い返せなくなったら親に丸投げか。良い身分だな、完全体? 今更どんな言葉を聞いた所で俺は何も変わらん。この俺が、ぬるま湯に浸かったあの女の目を覚まさせてやる! 何が娘の蘇生だ! 何が家族との幸せだ! そんなもんは豚に食わせろ!」

「ッ!?」

「気に入らない奴はぶん殴る! これはあの女が教えた唯一の摂理だ! あの女は俺達が気に入らないから捨てた、なら俺はあの女が気に入らないからぶん殴ってやるのさ! あの女と会ったら、死んでいった同族に贖罪すらしない腐った根性をぶっ潰してやる!」

怒りのあまり、これまで溜め込んでいた鬱憤や恨みをぶちまけるビーティーにフェイトは圧倒されて身体が震える。“あの女”、即ち母親のプレシアを決して名前で呼ばない姿勢に、彼女の憎しみがどれだけ根深いものなのかを薄ら察し、フェイトは勢いに圧されて表情を歪める。

勝手な都合(ジュエルシード事件)で60億以上の人間が暮らす地球を壊しかけ、幸運が重なってオリジナルが蘇ったら何の躊躇もなく掌を返し、アンデッドとなった同族を見るまで試作クローンの事を黙っておきながら、裁判が終わっただけでこれまでの所業が勝手に許された気になり、それで何の気兼ねも無く暮らすなんて、わけのわからん根性をぶん殴ってやる!」

「ま、待って! 母さんはあなたにとっても母親だ。あなたも私と同じなんだから、ちゃんと話し合えばきっと分かり合えるはずだよ!」

「冗談じゃない! あんな奴、母親でもない! あの女は母親失格どころか人間失格だ、存在自体願い下げだ! 俺はクローンの垣根を超える、いつまでも存在の自由を奪われたままにはしない!」

「存在の自由? それって……」

「お前は“フェイト”という固有名詞をあの女から与えられた。俺は“ベアトリクス”という固有名詞を閣下に与えられた。だがお前も俺も、永遠に“アリシア・テスタロッサのクローン”という枠組みから逃れる事が出来ない。つまり俺達は、自らの証を100パーセント自分の物だと断言できない。オリジナルの影で構築された十字架で、存在の自由を磔にされているのさ」

「そ、そんな事は無い! 生まれがクローンでも、オリジナルとは違う。ちゃんと別人としてこの世に存在しているよ!」

「クローンは元となった人物に限りなく近い別人……お前はそう解釈しているようだが、あの女や普通の連中は果たしてそう受け取ってくれると思っているのか?」

「う、受け取ってくれるよ! だって今の母さんは私をちゃんと見てくれている……娘として愛してくれてる! 普通の人達だって、今はまだ偏見の目を持ってるかもしれないけど、いつかは……!」

「ならば訊こう。クローンとオリジナル、どちらかが犠牲にならないといけない状況になったらどうなる?」

「え……っ!?」

「もう一度言ってやる。……お前とアリシア、片方が死ななければもう片方も死ぬ状況になったら、あの女はどう選択すると思うか言ってみな?」

ビーティーの発言を受けたフェイトは、全身が一気に冷えたような感覚と同時に硬直する。周囲にいる人間が優しいからこそ、少し考えればすぐに出てくるこの問題に気づけなかった……否、考えようとしなかったのだ。

かつて狂気に染まっていたプレシアだが、それも彼女の側面である事を本能的に忌避してしまっていた。今の彼女が太陽の面を向けているとすれば、当時は暗黒の面を向けていたと言える。フェイトにとっては、覚えていたと同時に忘れていた記憶だ。これまで気付けなかったのは、太陽少女としてヒトの心の太陽を信じる気持ちが強く、そのせいで心の暗黒面に疎くなってしまっていた影響である。

「先に言っておくが、両方救うという選択は無しだ。死の要因そのものは何でもいい。とにかくすぐ決めなくては時間切れとなる状況で、あの女は腹を裂いて生んだ娘より試験管で生んだ別人を選んでくれると言えるのか?」

「そ、そんなの……すぐには選べないよ……!」

「はい、両方死亡決定~♪」

「な……!?」

「酷いか? だがこういう手をこまねいているだけで全てが終わる状況が現実に起こらないとも限らない。大体、本物と偽物を選ぶとなったら、普通に考えれば本物を取るものさ。なにせオリジナルは一人しかいないのに対し、クローンは作ろうと思えば何体でも作れる。俺達は女の胎を経てさえいない……何の痛みも無く生み出せるのだから、また作ればいいと簡単に思われてしまう。それが俺達クローンの……オリジナルの代用品として生まれた者の宿命だ」

「クローンの……宿命……」

「非ッ常ォ~に気分悪いが、眼を剥くほど特別な能力や特色がない限り、クローンの命は優先されない。オリジナル以下の存在価値しか見出されない。だから俺は、俺達クローンの一人一人の存在価値がオリジナルより上である事を証明してやるのさ」

「そんな事、一体どうやって……? ……ッ! まさか、そのために母さんを!?」

「ちょいと曲解する羽目になるが、創造主かつオリジナルの上位互換でもあるあの女に勝てば俺の信念に説得力が持たせられる。私怨もあるにはあるが、何より概念的に大きな意味がある。廃棄された失敗作が傲慢な創造主を打ち倒す……ありふれた内容だが、実に良い美談だろう?」

「どこが美談なの……。そんなの……ただの復讐劇だよ!」

「果たしてそうかな? 例えば俺達の知らないクローンが他にもいるとする。そいつがクローンだという事でオリジナル以下の糞みたいな扱いを受けていたら、当然自分がクローンである事に強い劣等感を抱くだろう。しかしこの時、オリジナルや創造主を越えたクローンがいると知れば、そいつの心にどんな影響が起こると思う?」

「そ、それは……」

「偽物が本物を越えられないと誰が決めた? むしろ偽物だからこそ、本物を倒せる。一つでも成功例があれば、それは全てのクローンに対するカンフル剤となる」

ここまで言われて、流石のフェイトもわかってしまった。アースラに身柄を確保される際、プレシアはプロジェクトFATEのデータを悪用されないように破棄したが、しかしプロジェクトFATE自体が消滅した訳ではない。自分達の知らない場所で未だに研究が続けられていて、その研究で生まれたクローンが非道な実験の犠牲になっている可能性は十分にあり得る。そして“クローンでもオリジナルを越えられる”事実が何らかの方法で伝われば、オリジナルのせいで歪められた彼らの心が立ち直るきっかけにもなりえる。

実際フェイトも本局にいる時、クローンという事で邪な眼で見られた事が多々ある。だからクローンが割を喰う世の中は、フェイト自身も否定したいと常々思っていた。そんな矢先にクローンの世間的立場を上げようとするビーティーの信念を聞いて、フェイトはある種の共感を抱いてしまった。

違法研究で苦しむ生命を助けたいと思うのがフェイト。
存在的弱者のクローンを助けたいと思うのがビーティー。

どちらも“救う”という目的は同じ。されど方法に難点があるのもまた同じだった。フェイトの場合は“小”を救い続けていくせいで終わりが見えず、ビーティーの場合は“大”を救える代わりに方法が強引すぎる。しかしフェイトのやり方でしか救えない者もいれば、ビーティーのやり方でしか救えない者もまた存在している。その事実を理解したフェイトは、クローンだからと嫌悪されるよりも深く心が動揺した。

「そりゃあ本来ならオリジナルを倒すべきなんだろうが、人間と精霊とでは明らかに性質が異なる。つまり“元々のオリジナルは既に存在しない”から、もはや相手にする意味がないのさ」

「それはそれで姉さんの価値を否定されてる気がする……。一応、太陽の使者の代弁者という結構すごい精霊に転生したはずなのに、この扱いって……」

「精霊じゃなくて人間のまま蘇ってたら、遠慮なく殴りに行けたんだがなぁ。全く、なんで精霊なんかに変わってるのやら」

「っ!? な、ならいいや、扱いが悪くても男女平等パンチされずに済むなら、そっちの方が断然マシだし……」

「まぁ、だからこそ俺はお前に少しは期待していたんだぞ、完全体?」

「え、私に期待? それはどういう意味?」

「なに、お前があの女を凌駕する実力を身に付けていれば、俺がやらずともクローンの社会的立場の向上が叶うのではないかと思っていただけの事さ。尤も、今のままでは色んな意味で弱過ぎて到底不可能だがな」

「わ、私……そんなに弱かった? でも生身でサイボーグに勝てる訳が……」

「オイオイ、俺が言うのもなんか変だが、やる前から諦めてどうする? それに生身がどうというのは実際大した問題ではない。なにせ閣下やエレンの他、ラジエル戦闘部隊の隊長クラスはタイマンで俺に勝ってるんだしな」

「いやいやいやいや!? あの人達は実力が文字通り化け物だから! 魔導師どころか人類の限界突破レベルを求められても私なんかじゃ到底届かないよ!」

「確かに閣下やエレン達は凄まじく強いが、だからって無敵な訳じゃないぞ。時と場合、状況次第では一矢報いるぐらいは可能さ。お前が敬愛する暗黒の戦士だってサイボーグでもないのに、ラジエルの面子でも折る事が出来なかったファーヴニルの角をへし折った。ま、要は生身だろうがサイボーグだろうが、どんな強敵が相手でも意志の力次第で不利な状況ぐらいどうとでも覆せるってことさ」

「意志の力……まあ、言わんとする事は何となく理解できるかな。でもビーティーの場合、それが母さんへの憎しみで培われているって考えたら辛いや」

とにかくフェイトはビーティーを母と姉に会わせるのはマズいと何だかんだで理解し、悔しいが説得は不可能だとも察した。遺伝子は同じなのに違う要素だらけという点、それはヒトの心の有り方を作るのは遺伝子よりも育った環境や周囲の人間の精神が大きく影響する事を意味する。フェイトとビーティーの間には、どうしても越えられない境目が存在していた。

なお、プレシアに対する怒りを露わにしているビーティーだが、実はこれでも随分マシになった方であったりする。というのもサイボーグになったばかりの頃の彼女は隙あらばプレシアへ放送禁止の暴言や呪詛を放っており、サルタナ達が約1年の時間をかけて徐々に常識面などの教育を施し、何とかここまでまともにすることが出来たのだ。

そんな訳でプレシアへの負の感情は未だ根強く残っているのだが、フェイトに関しては同じクローンのよしみか、ある程度の同族意識は持っているので手加減が出来ている。とはいえ性格は真逆で反りが合わないため、嫌悪感は抱かれてしまったが、そこは致し方あるまい。

「なのは。お前はビーティーを止めなくていいのか?」

傍目で二人のやり取りを眺めていたおてんこが、同じく会話を見ていたなのはに質問を投げる。「う~ん」と少し唸ったなのはは、自分の考えを素直に伝えた。

「正直に言うと止めたいし、仲直りしてほしいとは思ってるよ。だってフェイトちゃんもビーティーも大事な友達だから争ってほしくない。でもね、これは下手に他人が介入していい問題じゃないと思うんだ」

「つまりこれはテスタロッサ家の問題だから、部外者として身を引くってことか?」

「それだけじゃなくて今回はクローンのアイデンティティの問題も入ってるから、私情で口を挟んだら余計こじれちゃう予感がしてる。……昔の私達のように同じ道を一緒に往くのは、ただの仲間に過ぎない。別々の道を歩みながら、時には隣、時には正面、時には背中合わせで共に生きていくのが、“本当の友達”って事なんだと思う。確かに同じ目線に立つことは大事だし、理解してくれる人の傍にいる間は充足感が湧いてすごく気持ち良いけど、そんな風に隣にいるだけでは見えてこない真実が世の中にはたくさんある。現にマキナちゃん達と行動を共にした事で、フェイトちゃん達と一緒に管理局で働いていた時に気付けなかった真実(彼女の本音)を知ることも出来た。思考や思想を同一化させる間柄じゃなくて、それぞれが自分の考えを持って意見を交わしてこそ、心からの友達と言えるんだよ、きっと」

「そうか……」

「うん、きっとそう。だから今回はフェイトちゃんの隣には立たないで、場を見守る事に徹するよ。もう一度友達としてやり直したいからこそ、あえて擁護しない。テストの問題集を他人が代わりにやったら、本人のためにならないのは当たり前だもんね」

「まるで子供に自分で苦難を乗り越えさせようとする母親みたいな考え方だな。しかし、守るだけでは当人のためにならないというのは、人の成長の観点から見ても中々興味深い思考だ」

「まぁもちろん、一応度が過ぎるようなら止めに入るよ? でも……ビーティーに挑んで勝てるイメージが浮かばないや」

フェイト以外のアーネスト達空戦魔導師部隊を一人で倒したビーティーの実力を鑑みて、なのははなぜかビーティーが持つ巨大な蠅叩きでプチッと潰される自分の姿を想像して身震いする。彼女のそんな姿を見て、118部隊の面々が反応を表す。

「あの高町三等空尉でもそうなのか……確かに彼女は先日の戦いでもビルを投げてきたり、俺やカイのプロテクションを煎餅のように砕いたりしてきたからなぁ……。あの戦いで俺達はサイボーグの強さを身をもって思い知った。魔導師というだけで強者という認識は、もはや過去のものとなってしまったようだな。ははは!」

「今の管理局ないし次元世界の常識は既に古いと見て間違いないか。しかし隊長、仮にも敵対関係の人間と談笑してる場合ではないと思うのだが?」

「まあそうカタい事言うな、カイ。さっきの話を聞いてなかった訳じゃないだろう? 戦闘の最中で撃墜された部下二人も一応手当てしてくれたし、この者達は信用できる人間だ。今の管理局よりもな。全く……同胞の方が信用できないなんてどうかしている」

そう吐き捨てるアーネストにカイは正義の行方がわからなくなって渋面を浮かべ、部下二名はこれまでの戦闘に意味がないことから、ビーティーからの殴られ損でため息をついていた。そんな彼らにジャンゴが話しかける。

「えっと、あなたは確かアーネスト隊長だったね。局員を回収する理由はさっき話した通りで、本来ならあなた達も回収するべきなんだけど、118部隊は事情が異なるからあえて回収しない事にするよ」

「それはもしや、フェイト特務捜査官を任務中行方不明(MIA)にしないためか? 今後の事を見据えて」

「うん。知っての通り、なのはの友人達は非常に仲間意識が強い。友達や家族が危機に陥ったら何を差し置いても真っ先に駆け付けようとすると思う。だからもしフェイトがフルトン回収されて行方不明になったら、今度はアースラクルーや八神家などが一斉に押しかけてくる可能性がある」

「確かにあり得る話だ。高町三等空尉の生存を知っただけで会いに来る可能性も十分に考えられる。そんな調子でまんまとやって来たらその瞬間、今回の俺達のように絶対兵士にされるかもしれない」

「理解が早くて助かるよ。とにかく今回のような事態を避けるためにも、彼女達には事がひと段落するまで来てほしくない。……イモータルが“裏”に協力していた以上、なのはの生存は向こうに知られている。今まで手を出してこなかったのは、多分僕達にはナノマシンの支配が及ばないからだと思う」

現になのはも最初はSOPにリンカーコアを封じられていたが、義手で無効化していたおかげで絶対兵士プログラムの影響も受けずに済んだ。ジャンゴはそもそも世紀末世界出身、マキナはアウターヘブン社の所属であるため、管理局製のナノマシンは投与してない。ビーティーは……サイボーグだから不明だが、影響下には無い事が判明している。つまり暗殺といった間接的なのを除いて直接的な妨害が可能だったのは、ヴァランシアかスカルズによる襲撃しかなかったのだ。……絶対兵士プログラムの存在を知るまでは。

「そういう訳だから言い方はちょっと悪いけど、回収しない代わりにあなた達はなのはの友人達がこの世界に来ないためのストッパーになってもらいたい。それと、放っておいたらすぐ友達に言いそうなフェイトの口止めもね」

「真実を知った以上、拒む理由は無いな。で、君達はこれからどうするんだ?」

「絶対兵士プログラムの影響で管理局の本隊が半壊し、ウルズもこれまで戦い続けた兵士達を当分の間回復させる必要があるから、結果的にだけど全面衝突は回避できた。それでしばらく両者の間で大きな戦闘は行われないと見込んでるから、次に大きな衝突が起こる前に諸々の問題を片付けてしまおうかと思ってる」

「密輸された核兵器の所在、管理局と聖王教会の裏の打倒、ヴァランシアの浄化……どれも簡単には解決出来そうにない難題だが、君達だけで大丈夫なのか?」

「相手が相手だから不安は尽きないけど、逆に言ってみれば今僕達が対面している問題の元凶がほとんどそれに集約してる訳だから、これらの問題さえ解決すればフェンサリルの紛争も止められるはずだし、なのはの立場の回復も叶う。これ以上被害や犠牲が拡大する前に、早く何とかした方が良いでしょ」

「同感だ。それで一つ尋ねておくが、俺達はストッパー以外にも何か協力できないのか? 君達だけしか対応できないというのは人数的にも戦力的にも少々不安に思えてしまうんだ」

「正直に言って、あんまり無い気がする。SOPの影響下にある以上、全ての局員は僕達から見て人質同然だし、迂闊に連絡を取ったらあなた達の身だけでなく、僕達のバックにいるアウターヘブン社にも何をしてくるか見当がつかない。そもそもなのはの生存を知ってしまった時点でかなり危うい立場だから、身を守るためにもあまり目立つような事はして欲しくないんだ」

「なるほどな……確かに君達が渡っている橋は俺達の想像をはるかに超える危険度を誇っている。俺達まで足を踏み入れたら、たちまち渡っている途中の君達まで巻き込んで崩壊するだろう。……あいわかった、なら俺達は君達の要求通り、その橋に他の人間が足を踏み入れないように入り口で見張ってるとしよう」

「ありがとう、そうしてくれると助かるよ」

「にしても困ったもんだ。仮にも治安組織の管理局に所属している俺達がほとんど何も出来ず、他者の思惑に翻弄されたエースとサイボーグ、本来関係が無い異世界の戦士に事態の解決を任せるしかないとは……まるで2年前のファーヴニル事変を思い出す」

「絶対存在の封印までは解かれてないけどね」

しかしラタトスクのような立ち位置の強敵が存在している事は間違いない。ジャンゴはこれまで遭遇したヴァランシアで唯一遭遇していないリーダーの脅威がどれほどのものか想像を巡らせたものの、何の情報も手掛かりもない事で対処法が一つも思いつかずにため息をついた。

「いい加減に言わせてもらうけど、母さんはもう病気が末期まで進行してる。瀕死の病人を殴るなんて真似をあなたは本気でするつもりなの!?」

「本気だよ。瀕死だからこそ今しかないのさ。あの女はまだ全ての罪を清算していない。俺達を生み出した責任を取っていない。勝手に衰弱死するなんて絶対許さん、この俺の手で最後のケジメをつけてやる!」

「最期くらい安らかに逝かせてあげてもいいじゃない! なんで今になって、死人に鞭打つような事を!?」

「黙れ臆病者! お前が聞きたくないと言って耳を閉ざしたせいで、死んでいった同族の存在までもが闇に葬られようとしている! 俺達の存在を忘却の彼方に送られてたまるか!」

「はいはい、もう抑えて抑えて。ちょっとヒートアップし過ぎだよ」

「ビーティーもフェイトちゃんもそろそろ落ち着いて。これ以上やったら手が出るかもしれないから、ここらで一旦ストップしよう。ね?」

「チッ、何だよペシェ。お前はむしろ納得いくまでやれと言ってくれるもんだと思ってたが……。……ああもう、わぁーったよ」

「なのはがそう言うなら……。あ、でも本当に母さんに手を出すつもりなら、先に私を倒してからにする事だね!」

「その貧弱なボディでよく言うぜ、この前なんか一撃でノックダウンしてたくせに」

「あれは不意打ちだったから対処が間に合わなかっただけ! 全力を出せていれば、ちゃんと戦えてたよ!」

「全力を出せていればと考えている時点で、お前はアウトなんだよ。“裏”を相手にするなら、どんなに不利な状況でも最善を尽くせなきゃ生き残れないんだぜ?」

「人には得手不得手があるんだから、それぐらい仕方ないでしょ!」

「表なら確かに自分に有利な領域へ敵を引きずり込むやり方で十分通じるが、裏では通用しない。大概見抜かれて逆に苦手な領域へ追い込まれるように思考を利用される。大体な、髑髏対策で不意打ちに対応できる術の一つもなきゃ、お前も4ヶ月前のペシェと同じ道をたどっちまうぞ」

「このタイミングで私を引き合いに出されたら、なんかすごく気まずいや……。でも髑髏対策に関しては尤もだから、フェイトちゃんも気を付けた方が良いよ」

「なのはまでビーティーの味方なんだ……。まぁ私にはミッド式ゼロシフトがあるから、もっと反射速度を鍛えれば十分対処できると思うよ。私の方はともかく、なのはこそどうなの?」

フェイトの追及になのはが答えようとした刹那、突如として一陣の風が吹く。そこにはビーティーが軽く突き出した拳を、なのはが0.3秒プロテクションで防いだ光景が残っていた。

「クックックック……いや驚いたな。まさにプロテクションのオートガードか。展開速度がマキナの言っていた0.1秒に達すれば、不意打ちが一切通らなくなるんじゃねぇの?」

「手加減してくれたとはいえ、話してる途中でいきなり攻撃してきた事の方が私は驚いたよ。まぁでも、不意打ちの対処という意味ではこれが私なりの答えかな?」

一般的にも普及している、強固な防御魔法プロテクション。マキナのアドバイスを受けたなのはは、それを最小限の魔力で反射的に発動できる全方位即時展開防御魔法に昇華させた。基本的な魔法だからこそ、極めればありとあらゆる分野に応用が効く。武道風に言えば“基礎にして奥義”と言った所である。

彼女がいつの間にか凄まじい成長を果たしていた事を知ったフェイトは、「そういえば、なのはは過去の失敗を反省しないような怠け者じゃなかったね」とぼやいた。

「展開速度0.1秒未満の全方位自動防御魔法『ビッグ・シェル』。まだ0.3秒で完全とは言えないけど、マキナちゃんのアドバイスを形にした結果がこの新魔法だよ」

「防御時の一瞬だけしか展開しないから、魔力消費も身体にかかる負担も普通のプロテクションと比べて段違いに少ない。昔みたく負荷が蓄積するような事はなさそうだね。問題は砲撃だけど……」

「最近は私の立場が危険という事もあってステルス優先だから、シューターやバインドを適材適所に使う戦術を主にしてる。だから砲撃はいざという時に備えて普段は使ってないんだ」

「それは確かに私も良いと思うよ。……ピンクの光に飲まれるのは一度だけで十分だもん」

「?」

砲撃に飲まれた時のトラウマが蘇り、ガクガク震えるフェイト。なのはは自分の魔法が他人にトラウマを与える事に無自覚なので、疑問に思いながらもとりあえず彼女の背中を優しくさすった。

「ある意味マッチポンプ……というより飴と鞭か? ペシェって実は無自覚系女王様気質なんじゃねぇの? さっきの妙な悟りっぷりといい、色々変な女だな」

「私、叩いて悦ぶ趣味なんて持ってないよ!? というか変な女じゃないから!? ただ昔、フェイトちゃんと分かり合うために砲撃を撃ち込んだだけだから!」

「(かなり危険な女だ)」

「(そうとうヤバい女だ)」

「(ぶっちぎりでイカれた女だ)」

以上、アーネスト、カイ、ビーティーの感想である。なのはの言い分を聞いて彼らはこの率直な感想を抱いた訳なので、変な女どころではなかった。というか性格的にアレなビーティーが混じってる時点で、かつてのなのはの砲撃魔っぷりが伝わるかと思われる。

それから話が落ち着いた所で、118部隊の面々を解放したジャンゴ達はウルズへ帰還、フェイト達は要求通りノアトゥンへ撤退していった。なお、フェイトは最後までなのはと別れたくない様子を見せていたが、「いつか帰るからそれまで待ってて」となのはが言い聞かせた事で渋々納得していた。

「何だか初めて幼稚園に行くバスを前にして、親に駄々をこねる園児みたいだったな、アイツ」

「幼稚園児のフェイトちゃん……な、なんか想像するだけで犯罪臭がしてきたよ」

「?」

「ジャンゴは意味がわかってないようだが、私としてはそのまま汚れないでいて欲しい」

「にしてもビーティーがサルタナさんの関係者だったなんて驚いたよ。もしかして行方不明のエレンさん達が今どこにいるのか、実は知ってたりするの?」

「残念だが俺は知らない。つぅか俺が知ってたらマキナから聞いてるはずだろ? 俺が知ってる事は大抵アイツも知ってるし」

「あ、言われてみれば……」

「閣下達がどこで何をしているのかはわからんが、野垂れ死んでるなんて事はまずあり得ないさ。むしろ俺達の想像もつかないような、とんでもない事でもしてるんじゃないか?」

「あの人達なら十分にあり得るから怖い」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新暦67年9月20日、21時50分

ミーミル首都ノアトゥン、ツインバタフライ2階の個室。

「あ痛たたたたた!!? ちょ、ちょっと待って!? こっち怪我人で病人! めっちゃ重傷だから!!?」

「馬鹿馬鹿馬鹿!! それがどうしたってんだ姉御! これぐらいあの時の痛みよりもはるかにマシだろうがぁ!!」

「ひぎぃっ!? だ、だからって痛くない訳じゃないっつぅの! 極限状態と通常状態の時とでは痛覚の感じ方も違うんだし、今は普通に激痛なんだってば! もうさっきから謝ってるんだから勘弁して!」

「い~や今回ばかりは許さねぇ! ずっと心配してたアタシの気も知らないで……姉御はもっと自分の命を大事にしろやコラァ!!」

「キレ過ぎてヤンキー口調になってるよアギト!? というか包帯キツイキツイ!! 巻くならもうちょっと優しくぅ!?」

「良い機会だ、アタシがきっちりヤキ入れてやるぅ!!! ぬぉりゃああああああ!!!」

「アババババァァァァ!!?」

「姉御がッ! 自分をッ! 大切にするとッ! 誓うまでッ! 締めるのをッ! 止めないッ!!」

「ギブギブギブッ!!? 誓う! 誓うからマジで緩めて!?」

「本当だな!? ちゃんと自分の命を大事にするって誓うか!!?」

「誓うって言ってるでしょ!? いいから包帯緩めて! マジで呼吸が苦しいから! ゲホッゲホッ!」

「あ、悪い……さっき起きたばかりなのに、ついやり過ぎちまった……」

「ぜぇ……ぜぇ……別にいいよ、心配してくれてるって気持ちはわかるからさ……」

敷き布団の上での乱闘が収まり、部屋にある程度の静寂が戻る。改めて全身ミイラ状態のマキナの包帯を取り換えるアギトだが、彼女の全身に痛ましく残る火傷と裂傷、胸元の銃創を目の当たりにし、悔しさのあまりに歯噛みする。

「ごめんよ……姉御にあんな無茶をさせてしまって……」

「アギトが謝る必要は無い。あの時は髑髏4体に囲まれていて、敵の大将まで揃っていた。アギトの力があったおかげで耐え切れたようなものだから、むしろ感謝したい程だよ」

「でも……アタシの炎はあの男に通じなかった。かすり傷一つ負わせられなかった……! アタシは……一人じゃダメダメの弱い融合騎だ……」

「一人じゃダメでも、二人でやれば次は通じるよ。ほら、たった一度の敗北ぐらいでくよくよしない!」

「あ、姉御……。……そうだな、次会った時に勝てば良いんだよな!」

「そうそう、元気っ娘のアギトに落ち込む顔は似合わないよ。……にしても防御魔法無しで50口径のデザートイーグルすら無傷で耐えるとは、あの男の身体には何らかのトリックがあるんだろうね」

「それも気になるけどさぁ…………あの男が二つの闇の書事件で糸を引いていたって事、姉御は大丈夫なのか?」

「……何が」

「何がって、そりゃあ当然……両親の事とか、故郷の事とか……」

「何を言うかと思えば、そんなの……」

一旦呼吸を置いたマキナは下を向いてギリッと歯を食いしばり、憤怒の形相を浮かべる。

「許せないに決まってるっての。あの男のせいで私やお父さん達、シャロンにアクーナの皆の運命が狂わされたのだから、あまりの怒りで身体が内側から焼け焦げそうだ……!」

「姉御……」

「でも……今回の件でよく理解した。怒りに憑りつかれた状態(ファントム・フォーム)で戦ったら、本当の意味での勝利は得られなくなる。かつてカーミラさんを犠牲にしたサバタ様のように、負の感情に飲み込まれて自分を破滅させるだけになる。私は……“もう一つの報復心”と向き合わなきゃいけないんだ」

「もう一つの報復心か……。姉御の人生は苦難の連続だな、ホント」

「だけど諦めないよ。サバタ様が自分の信念を貫き通したように、私も怒りじゃなくて自分の意思で戦う。生涯憧れているあの人の姿を、命ある限り目指し続けてみせる」

マキナが握り拳を作って決意を固めたその時、コンコンと扉のノック音が響き、家主のリスべスが部屋に入ってきた。

「マキナさん、お身体の調子はどうですか?」

「おかげさまでこの通り。残ってる傷も弱い治癒魔法を併用すれば早めに塞がるから、見た目はこんなんだけどすぐに治るよ」

「それは良かったです。あの時の治療の恩返しもしてなかったので、この際どうぞゆっくりしていってくださいね」

「まさに情けは人の為ならず、か。ちなみに本来の意味で言ってるからね」

姉御の友人(シャロン)を探して放浪してた旅が、こういう形で功を奏するなんてなぁ……面白い縁もあったもんだ」

そう言って彼女達はにこりと微笑みあう。なお、リスベスの言う治療とは、この紛争が起こる前……長年続いていた紛争の終戦間近の時期に、リスべスが突然の事故で大怪我を負った事があり、偶然通りがかったマキナが治癒魔法を使った事を言っている。以前なのはに伝えた“管理外世界で治癒魔法を使った怪我人”とは、実はリスべスだった訳である。

「ところでリスべス、同居人達は今何してる?」

「ロックは一階で帳簿の記入をしています。それと先日、マキナさんを運んできた彼女ですが、この時間は屋根の上で月光浴をしているはずです」

「あぁ、暗黒チャージ中なのね。彼女、暗黒転移を頻繁に使ってるみたいだから、ちゃんとチャージしないとエナジー切れになるんだっけか」

「つぅかアタシ達を助けてくれたとはいえ、いい加減名前くらい教えてくれても良いのにな。なんで教えてくれないんだろ?」

「返答。マキナの回復を待っていただけ」

「うわぁ!? い、いきなり転移してくるなよ!? 驚くだろうが!」

唐突に耳元で彼女の声が聞こえたため、アギトはたまらず鳥肌が立って後ずさる。若干ミステリアスな雰囲気を纏う彼女はその様子を見て口の端が僅かにつり上がり、アギトの反応を密かに面白がっていた。

とりあえず話の渦中である少女が現れた事で、マキナは佇まいを正して向き合った。

「え~改めて、私達を助けてくれてありがとう。色々訊きたい事はあるけど……まず先にお礼が言いたかった」

「安堵。無事ならそれで良い」

「そっか。それで早速深い所を訊くけど……あなたがあの“黒き戦乙女”なら、サバタ様とどういう関わりがあるの? 加護とかそんなのが預言には書いてあったけど」

「宿主。私は彼の魂の断片……彼が消滅した事によって現世に具現化した対存在」

「対存在?」

「時が満ち、半覚醒状態となったアニマの器の導きによって、あの場に集った3人の少年少女、サバタ、ザジ、エレン。接続認証を受けてアニマを宿す者となった少女二人と、唯一無二の導く者アニムスとして認定された少年一人……彼らの心にあった女性像をアニマの器が結合し、サバタの魂の一部に組み込まれて構成されたのがこの私、ネピリム」

「え? ちょ……ちょっと待って。いきなりトンデモ情報が出過ぎて頭が混乱してる。え~と、ん~と……とりあえずアニマとかアニムスとかの意味不明な単語は置いといて、要するにサバタ様と同様の力が使えるのは、ある意味あの人の一部だったからってこと?」

「正解。私はサバタが生きた道のりを、ずっと眠りながら見ていた。だから彼の考えた事は私も知っているし、力の使い方も身体が習熟している。彼自身は知らなかったとはいえ、彼の経験は私を育ててくれた。その対価として、私は秘密裏に彼が受けた負担を肩代わりしていた事もある。例えば彼の身体に巣食っていた原種の欠片による浸食を抑制したり、寿命が近づくにつれて増えていく細胞崩壊を止めたりと……先程マキナが言った加護とは、つまりそういう事だと推測する」

「確かに末期のサバタ様は見た目では変化が無くても、中身は感覚が鈍くなったりして痛ましいぐらいボロボロだった。今思い返してみれば、あの身体であそこまで戦えていた事自体が奇跡に近い。……そっか、私達のようにネピリムもサバタ様を支えてくれてたんだね。なんか一気に親近感が湧いてきたよ」

サバタの味方であるかが判断基準のマキナの言葉に、ネピリムは若干呆れて苦笑を見せる。隣で見ていたアギトは「姉御にとってサバタはそれほど大きな存在なんだなぁ」と呟く。

「しっかし何というか、生まれ方こそ特殊だけど、まるであの3人の子供みたいな存在なんだね。暗黒槍を持った姿はサバタ様を思い出すし……ってこれは関係ないか。それじゃあ次の質問。ネピリムは以前、八神を遠くから見ていた時もあるみたいだけど、何が目的で飛び回っているの?」

「返答。サバタが見出した者の心を観察していた」

「はぁ……つまりは人間観察してたってわけね。話に聞く限り、育った経緯がアレだから人見知りになるのも無理はないけど……まぁ見ていてくれたおかげで助かったようなものだし、変に追及はしないでおこう。……さて、こうして話が出来るまで私の回復を待ってくれてた訳だけど、ネピリムはこれからどうするつもり?」

「離脱。私にはやらなければならない目的がある。マキナが回復した以上、この話が終わればまた旅立つつもり」

「目的ねぇ……私も世紀末世界にいるシャロンを迎えに行くって目的があるけど、現状がなかなか許してくれそうにないからなぁ。まぁともあれ、その目的が悪い事じゃないなら私は応援するよ。もし何か入り用になったら、マウクランにあるアウターヘブン社のマザーベースに来ると良い。マテリアルズの皆にも事情は説明しておくから、気楽に訪れても大丈夫だよ」

「感謝。……マキナ・ソレノイド、あなたの行く末に月の導きがあらんことを」

「サバタ様の遺志で十分間に合ってるよ」

そう返答したマキナに何か通じ合うような含み笑いを見せ、ネピリムは暗黒転移で姿を消した。あまりに独特な空気にアギトは口を挟めず、リスベスはほとんど意味が解らずに呆けていたが、彼女がいなくなった途端に緊迫していた肩の力が抜ける。

「なんか……不思議なヤツだったな。掴み所が無いというか、目の前で会話してるのになぜか違うステージにいるみたいな感じだったぜ」

「私なんて最初からさっぱり意味不明です。まさに完全な部外者でした」

「話した時間こそ短かったものの、丸二日見守っててくれてたんだから、良い人なのは間違いないよ。ただ彼女とまともに会話するには、向こうが歩み寄るのを期待するんじゃなくて、知識面も含めてこちらから追いつく気概を持たなきゃダメっぽいけど」

逐一説明してくれない姿勢に対してアギトは若干の不服を抱くが、マキナはマキナでそれはネピリムの挑戦状のようなものだと受け入れていた。相手を理解するには、相手の知っている事も理解する必要がある。自分達はまだ、彼女の求めるステージにたどり着いていない。故にマキナは優先すべき事を選んだ。

「まぁ、向こうが会いに来ればまた話せるだろうし、ネピリムの事はひとまず置いておこう。それよりあの男の目的を早く伝えないと……リスベス」

「はい、なんでしょう?」

魔力回線で通信したら管理局か聖王教会に位置を逆探知される危険がある。そのためアギトはあの時の会話記録をジャンゴ達の下へ送れずにいた。マキナはそれを見越し、リスべスへ要件を伝える。

「すまないけど、レジスタンス用の通信回線を使わせてくれないかな?」

聖王教会にXOFの戦艦が訪れていた事などの情報は、ミーミルに潜伏していたレジスタンスとウルズの協力者が利用しているこの回線によってもたらされていた。機密度なら信頼できるこの回線を利用すれば、XOFに発信源を知られずに情報を伝える事が可能だった。

「向こうの思惑がわかったんだ、そろそろ反撃に移らないとね……!」
 
 

 
後書き
ベアトリクス:ボクタイDS ビーティーの本名から引用。この小説ではサルタナが名付けています。ただ育った経緯がアレなので某上院議員のような思想も混じっていますが、無印のプレシアと似た狂気や執着の強さがあるのは、あくまで彼女もテスタロッサである事を意識しています。
意志の力:ゼノサーガ アルべドの台詞より。
ビッグ・シェル:MGS2 プラント編の舞台となる場所の名前。ある意味アーセナルの部分はなのは本人です。
アニマの器:ゼノギアスではギアと融合するユニットのようなもの。ゼノサーガではESの動力源のようなもの。ディナ、アシェル、ダン、ガド、ヨセフ、ゼブルン、ユダ、ナフタリ、ルベン、イサカル、レビ、シメオン とありますが、この小説では現状は二つだけの予定です。
ネピリム:ゼノサーガより名前を引用。ジャンゴとは見事にすれ違っていますが、本格的に関わって来るのはもう少し先です。


設定云々の話もある程度くくりがついたので、そろそろ次の展開に進めたいです。 
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