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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百八話

 
前書き
ユウキの誕生日に駆け込みセーフ。ギリギリギリギリ。 

 
「こんなもんか……」

 荷造りが完成した出張・リズベット武具店の内装を見て、一息つきながら内心で満足する。リズたちが妙にこなれたPK集団に襲われる、というトラブルはあったものの――今度は自分がいる時に襲ってきて欲しいものだ――何とか完成にこぎつけられた。

 イグドラシル・シティのリズベット武具店一号店で、浮遊城での売れ筋な商品を選別して輸送する担当のリズに、ひとまず内装と最低限の店としての機能は完成した――という旨のメッセージを打っておく。もう一度内装を満足げに眺めた後、出張・リズベット武具店について設定していく。

「エギル、そっちはどうだ?」

 慣れない手つきでシステムを設定しながら、向こう側にいる同居人へと声をかける。このリズたちが見つけてきた出張・リズベット武具店は、なんと店二つ分の敷地があった――のだが、どう考えてもそれは俺たちだけでは持て余す。そういう事情もあって、エギルの経営するダイシー・カフェと共同経営することとなった。

 メンバーが集合する場所というのも含んでいるので、出来るだけ広くて、かつ暇を潰せるところがいいのは確かだが。喫茶店と鍛冶屋が同時に楽しめるところは、確かにそう存在しないだろうが、そこをセールスポイントにするのは如何なものか。まあ、喫茶店というより雑貨店なので問題ないか――しかし、ニヤニヤして『お二人さんの邪魔はしない』とか言ってくるのは余計なお世話だ。

 そんなことを考えながら、ダイシー・カフェの方に顔を出してみると。

「このパフェ、美味しー!」

「ね! ……あ。ヤッホー、ショウキ!」

 そんな余計なお世話が趣味のカダイのいいノームが、二人の少女にクリームたっぷりのパフェを出していた。歓声と拍手を込めながらパフェを食べていく彼女たちが、こちらを向いてゆっくりと手を振っていた。……妙にハイテンションな二人の少女に、どう話しかけるべきか少し躊躇いながら。

「あら。プリヴィエート、ショウキくん」

「あー……どうしたんだ、セブン。ついでにユウキも」

 ついでにって酷い――というユウキの言葉を聞き流しながら、こちらに挨拶しながらもパフェから視線を外さないセブンへ、フットワークの軽いアイドルへ質問を出す。一心不乱にパフェを食す少女が、これでもこのゲーム最大級の戦力を誇るギルドのリーダーかと思うと、何が何だか分からなくなってくる。

「ユウキに呼ばれたのよ。話があるって」

「ごめんねセブン。忙しいのに……」

「ううん。友達の頼みだもの!」

「ひとまずお互いにパフェから手を離せ」

 せっかくのいい話がクリームパフェのせいで台無しだ。しかしてどちらも離す様子はないが、どのようにしてか、パフェを食べながらも楽しく談笑していた。女性のスキルは凄まじいと感服しながら、ひとまず同じ席へと座る。

「エギル。俺にもコーヒー」

「パフェでもいいんだぜ?」

 ふざけろ。愛嬌のある笑顔を見せながらコーヒーを運んできたマスターに、とりあえずそう返しておきながら。パフェのお供にミルクを飲むセブンが、ようやくユウキに本題を聞く。

「それで、お話って?」

「実は……ボクたちも、この浮遊城を攻略しようと思うんだ」

 言いにくそうにユウキはそう語ると、蚊帳の外だった俺もようやく、ユウキが何を語ろうとしていたのか悟る。迷宮区を攻略しているシャムロックに、そのリーダーであるセブンへの……宣戦布告。

「それなら……一緒に攻略すればいいんじゃないの?」

「ううん。ボクたちは、あの黒鉄宮に名前を刻みたいんだ」

 怪訝な表情を隠さなかったセブンだったが、ユウキがそう語ったら得心が言ったように頷いた。黒鉄宮に全員の名前を刻むためには、ユウキたちのみで攻略する必要がある――この時点で、セブンが率いるシャムロックとは相容れないのだ。

「VR博士だっていうセブンが攻略してるんだから、きっと何か凄い目的があるんだろうけど……ボクたちも、どうしてもあの黒鉄宮に名前を刻みたいんだ」

「なるほどね……わざわざ言ってくるなんて、真面目なんだから」

「セブンの目的ってのは何なんだ。どっちも解決する術があるかも……」

 いや、宣戦布告――というよりは、友人として言わずにはいられなかったというべきか。流石にパフェを食べる手も止まり、困ったようにセブンは笑う。そんな姿を見せる二人を見ていられずに、どうにか妥協案を見つけようと、話に割って入るものの。

「無理ね。わたしたちシャムロックの目的は、わたしたちによる浮遊城の攻略だもの」

 とはいえそんな俺の質問は、他でもないセブンによってすげもなく否定された。そのままセブンの言葉は続いていく。

「……といっても国家プロジェクトとかじゃなくて、あくまでわたしの趣味な扱いだけどね。でも、ユウキたちに目的があるように、わたしにも目的はある」

「そう……だよね」

 妥協案は全くというほど見つけられず、結局はシャムロックへの宣戦布告で終わる。せっかく友達になった二人だというのに、と俺が痛ましい気持ちをしながら見ていると――どちらからともなく、お互いに腕を突きだしていた。

「どっちも頑張りましょう?」

「うん! ボクたちだって負けないんだから!」

 がっしりと握手してお互いの健闘を祈る二人の姿に――慌てていたのは、俺一人だったということを悟る。喧嘩になるとか険悪になるとか、俺が危惧しているようなことは一切なく、再び嬉しそうにパフェを食べ始める少女たちに、ただの心配性の杞憂だったと思い知らされる。

「どうしたの?」

「……何でもない」

 そんなこちらの気持ちを知ることはなく、ユウキがパフェを平らげながら、首を傾げながらこちらに問いかけてきていた。苦々しげな表情で返していると、遠くから全てを悟っていたようにニヤリと笑うエギルと目があって、ヤケになってコーヒーを一気飲みしておく。

 ――思ったよりキチンと『友達』をしていて。つい先日の水泳の時ぐらいしか、まともに会ってはいないだろうに。

「……おかわり」

「ショウキくん……今の熱くなかった?」

 口の中が燃焼ダメージを受けたようになりながら、エギルにもう一杯のおかわりを頼む。新たなコーヒーが俺の前に出現しながら、ガリガリと髪の毛を掻いて気分をリセットする。ひとまずは、ずっと気になっていたことを彼女たちに問おう。

「……真面目な話をする時は、口のクリームを拭いてからな」

『――!?』

 揃ってガタッと音をたてながら立ち上がりつつ、驚いたように口を拭う二人の少女。エギル特製のクリームたっぷりなパフェが裏目に出たか。セブンが頬を少し朱に染めながらも咳払いして席に座ると、ユウキもそれに倣っておずおずと座り込む。

「……《クラウド・ブレイン》」

 そうしているとセブンは何やら呟いた。その表情はアイドルのセブンでも、ゲームを楽しむ少女の姿でもなく、VR研究者としての表情で――もちろん、顔についたクリームは拭き取っていて。

「それがわたしたちのしてる実験の名前。危険なことにはならないつもりだけど、このALOを実験場として利用してるわけだから、プレイヤーのみんなには申し訳ないわ」

 クラウド・ブレイン――もちろん門外漢な知識のため、名前だけ聞いてもまるで理解出来ないが。心の底から申し訳無さそうにしているセブンは、さらに自嘲するような笑みを見せて。

「二人は女兄弟っているかしら?」

「ああ、姉じゃないが従姉が一人。……ユウキ?」

 女兄弟などと聞けば矛盾しているようだが、要するに姉か妹がいるかという質問に、あまり会うことはないが従姉という答えを返していると。隣に座っていたユウキの様子が妙だった。まるでログアウトしたかフリーズしたかのような、身動き一つ微動だにしない状態で。

「あっ……うん。ボクもお姉ちゃんが……いるよ」

「わたしも。……向こうは、覚えてるか分かんないけどね」

 ようやく声を絞り出したようなユウキに怪訝な表情を見せながらも、セブンはそう語りながら小さく笑っていた。マスコミにも話してないんだから、オフレコよ――などと茶化しながら、セブンは言葉を続けていく。

「小さい時に離れ離れになっちゃって。でも、やっぱり会いたい……たった一人のお姉ちゃんだもの」

 だから、こうしてアイドルとか実験とか目立つことして、呼びかけてるつもり――と、セブンの言葉はそこまでで。生き別れになった姉に呼びかけるために、様々なことに手を出して自分の存在をアピールする。このALOで行っている《クラウド・ブレイン》という実験も、その一環であると。

「さ、わたしの話は終わり。……ユウキは、どうしてこのゲームを遊んでるの?」

「ボクは……」

 セブンは話し終わったと表現するように息をつくと、エギルに頼んでいたミルクを飲んで、今度はユウキが話す番だと促した。しかしてユウキは沈鬱そうな表情を見せていて、その視線は、机の上で湯気をたてる紅茶に注がれたまま動かない。

「……その。ごめんなさい、言いにくいことなら……」

「あ! その……そうじゃないよ! うん、ごめん」

 そんな様子のユウキを見かねたセブンに、取り繕ったような笑みをユウキは返す。一応は俺も『大丈夫か?』と聞いてみたものの、大丈夫、大丈夫――とはぐらかされてしまう。

「ボクたちのギルドは、そろそろ事情があって解散しちゃうんだけど、その前にあの黒鉄宮にみんなの名前を刻みたいんだ。……セブンの目的に比べたら、何でもないことかもしれないけど」

「そんなことないわ。素敵じゃない」

 ユウキたちの目的を聞いてはにかむようにセブンは笑っていると、出張・リズベット武具店の扉が強引に開かれた。そちらの方を見てみると、シャムロックの副リーダーこと、スメラギがいつもの仏頂面で立っていた。ただ立っているだけで威圧感を感じさせたが、本人は至って真面目に俺とエギルへ目礼する。

「失礼した。……セブン、時間だ」

「ええっ、もう? ……ねぇユウキ。あなたが気落ちした理由が、もしもわたしの邪魔をしちゃ悪いってことなら、余計なお世話なんだからね!」

 どうやら迎えに来たらしいスメラギにせっつかれると、セブンは慌てながら時間を確認しながら、立ち上がってユウキに指を向けて宣言する。確かにセブンたちには目的があるけれど、それでユウキたちが諦めるのは論外だと。最初に言った、お互いに頑張ろうというセリフを忘れるな、と。

「いい? 破ったら絶交なんだから! ……あ、マスター、パフェ美味しかったわ! ショウキくんもまたね!」

 そうして早口でまくしたてながら、セブンは走って店を出て行った。一瞬だけ見た店の外は、何やらプレイヤーでごった返しており――どうやらセブンのファンらしい――スメラギが入口で立って止めていたのか、それともファンの方に節度があるのか。

「……えへへ。怒られちゃったよ、ボク」

 大変そうなアイドルに苦笑していると、ユウキもまた小さく笑みを浮かべていた。その笑顔は先程までの取り繕ったような笑みとは違う、心の底からのユウキらしい笑顔で。今度はすっかりぬるくなってしまった紅茶を、不味そうに顔をしかめながら飲んでいた。

「いい友達だな」

「うん! 自慢の友達!」

 二人で過ごした時間はそう長くはないだろうが、皮肉も裏表もなしに正直に言ってみせると、ユウキも力強く頷いてみせていた。ぬるくなってしまった紅茶を何とか飲み干すと、保温ポットから新たな紅茶をコップに注いでいく。

「……そうだよね。リーダーのボクが諦めちゃ、みんなに申し訳がたたないし。あ、ショウキもいる?」

「あいにくコーヒーだ」

 コップに注がれる水を眺めながらユウキは呟く。こちらにも勧めてくるものの、手に持ったコーヒーカップを見せて断念させておく。どうやらセブンと同じくブラックなコーヒーは苦手なのか、うへぁ、としか形容出来ない表情をユウキは浮かべていたが。

「ボクは苦くてダメ……」

「そう言う俺もお茶派だったんだけど、気がついたらコーヒー派だ。……飲んでみるか?」

 アインクラッドに来る前や、攻略中はお茶ばかり飲んでいた気がするが。気づけば片手間に上げていた料理スキルの全てを、このコーヒー作りに費やしていた。……そんなことになった理由は、リズが好んで飲んでいたから、という一点で明らかだが。

「むむ……シウネーなんかは美味しそうに飲んでるし……よし、ボクも大人の女性への第一歩!」

「……おあがりよ」

 ストレージから苦さ控え目なコーヒーが入ったカップを取り出すと、ゴポゴポと重い音をたてながらコップへと注がれていく。吸い込まれそうな漆黒の水にユウキはゴクリと唾を飲み込みながら――もちろん美味そうだという訳ではなく緊張して――一気に飲み込んでいった。こういう事態を想定してアイスコーヒーにしておいたが、結果は聞くまでもないようだった。

「お粗末」

「…………うう」

 何とも言えない表情を隠さないユウキから、一気飲みしたコップを取り上げてストレージにしまい込み、エギル特製の甘い紅茶をさっと差し出しておく。コーヒーカップもしまい込んでストレージの整理をする俺を尻目に、ユウキはとにかく甘いものを貪るように紅茶を飲んでいた。

「こらショウキ。あんまイジメてやるな」

「そんなつもりはなかった」

 ……このオチが手に取るように分かっていても止めなかった、などということは決してない。エギルも大体店の改装が終わったらしく、いつものカウンターつきの雑貨店がそこには広がっていた。

「お前ら、まだここにいるか?」

「リズを待たなきゃいけないからな」

「ボクもアスナ待ち」

 リズベット武具店の売れ筋商品を整理して、この出張場に運んできている彼女待ちだ。ついでにそれを手伝っているアスナを待っている、目の前の回復したユウキも同様で。

「じゃあオレは落ちるからよ。まだ店員NPC配置してないし、店番頼む」

「ああ」

 あの世界と違っていつでもプレイヤーがいる訳にはいかないので、諸雑務を引き受けてくれる店員NPCが必要だったが、どうやらその設定はまだらしく。かく言うこちらもリズが来てからの予定のため、了承しておくとエギルはログアウトしていった。

「……そういえば、アスナの調子はどうだ?」

 ポリゴン片となってこの世界から消えていくエギルを眺めていると、スリーピング・ナイツとともに狩りをしている、アスナのことがふと気になって。

「大活躍だよ! アスナのおかげで凄い楽になって、その、ボクの出番がないくらいに……」

 最初は自分のことのように喜んでいたユウキだったが、徐々に言葉が小さくなって萎れていく。現リーダーとして譲れない何かはあるのだろうか、などと思いながらもアスナに比べれば相手が悪い。

「思う存分戦えるからいいんだけど……いいんだけどさ……」

「……まあ、ユウキに思う存分戦ってもらえば、アスナも指示出しやすいだろ」

 リーダーとしてちょっとさ――とぐずりだすユウキを慰めていると、突如として『あ!』と彼女は声をあげる。何か気になったことでもあったのか、急に立ち上がった勢いで髪の毛が揺れる。

「どうした?」

「内装の設定、終わったんだよね? ちょっと見せてもらっていい?」

 明るく表情がコロコロ変わって見ていて楽しいが、突如としてそう語り出すユウキに戸惑いつつ、とりあえず俺も机から立ち上がった。武器を眺めながら食べる甘いものもあるまいと、喫茶席からは武具店の方は見えないようになっているからだ。大分長い間座っていたため、身体を伸ばしながら歩いていく。

「……どうしたんだ、いきなり」

「ふふふ。リズからショウキがちゃんと内装出来てるか、っていうチェックを頼まれてたんだ」

 甘いものが自慢のエギル出張場の喫茶席から、ブラリと歩いて徒歩五秒。出張・リズベット武具店の開店前の光景が、俺とユウキの目の前に広がってきた。……などと大げさに言うまでもないのだが、リズに頼まれたとかでユウキは胸当ての前に腕を組み、真剣そのものな表情で出張場を見つめていく。

 正直イグドラシル・シティにある本店の内装を完全に模倣した作品のため、特に何があるわけではないのだが――

「……可愛くない」

「待て」

 ――ただし、審査員からは思いも寄らないコメントから寄せられた。内装はリズベット武具店の本店のコピーだとか、そのコメントに残る審査は何だとか、そもそも武具店に可愛さは必要なのかとか――様々なツッコミどころが駆け巡っていき、待て、と言われて本当に待つユウキが犬みたいだ、とか思いながら、ようやく口からコメントが出た。

「可愛いって……何だ?」

「なんかイグドラシル・シティの方のお店に比べて……うん、可愛くない」

 可愛いとはなんぞや、という質問に微妙に噛み合っていない答えを聞きながら、こちらも何が本店と違うのか頭を捻る。完全にコピーしたと思うのだが、女性から見るとまた違うのだろうか――と、そういえば本店の内装はリズが決めていたことを思いだす。俺は指示を受けて持ち運びしていただけで。

「じゃあ……ユウキならどうすればいいと思う?」

「え? ボク!?」

 ならば女性目線でどうすればいいか。それを聞こうと目の前の女性――ユウキに話を聞くと、驚愕に飛び退かれてしまう。そんなに驚くことかと苦笑してたが、文句をつけた手前か、ユウキも真面目に出張場の内装を見渡した。

「うーん、えっと――」


「ごめんください! ユウキちゃん――って、何してるの?」

「あ、レイン!」

「いいところに。助けてくれ」

 店内の目立つ場所にやたらファンシーなステッキを置こうとしている俺たちに、扉を開けたレプラコーンの少女が、その真紅の髪の向こう側から怪訝そうな表情をしていた。そのメイド服を彷彿とされるドレスを着ながら、レインは首を傾げながら店内に入ってきた。

「リズにこっちにいるって聞いたんだけど……何してるの?」

「その……可愛くしようと思って」

「はい?」

 俺の言葉を聞いたレインの『何言ってるんだコイツ』的な表情を、しばらく忘れることはないだろう。何せ自分自身で何を言っているか分からないのだから、今し方来た他人に説明しようが、分からないのは道理だろう。

「えっと、本店に比べて可愛くないなって……」

 とはいえ何を言っているか分からないなりに、ユウキと身振り手振りを交えながら説明する。二号店としてこの出張・リズベット武具店を作ったはいいものの、ユウキから見ると可愛さ? が足りないということ。とはいえ、ネタ的な売り物であるファンシーなステッキを置いてみても、ただ違和感しか感じなかったこと。

「うーん……分かった、ような。分からないような」

 微妙に釈然としないような表情を浮かべながらも、レインが同じレプラコーンの目線で、顎に手を置く名探偵の如き視線を内装に置く。その間に俺とユウキは、とりあえず配置してみたファンシーな何かを、特技である神速の動きで回収すると。

「んー……例えば、このカタナと細剣の場所入れ替えるとか」

「あ! なんか穏やかになった!」

 相変わらず感覚的な物言いなユウキの言だったが、なんとなく俺にも伝わった。カタナの纏う精錬な気配が場所を入れ替えたことで消え、少し内装の雰囲気が柔らかくなったのだ。

「ここのカタナとかもかな。あとここも。それにこのカタナも、あ、あそこの……ってショウキくん。これ、一番栄える場所にカタナしか置いてないからなんじゃ……」

「――なるほど」

 思ってもみなかった事実がレインの口から判明し、無意識に武器を並べた俺が全ての元凶だったと心底納得する。事実、レインの言うように武器を並べ直したところ、いつものリズベット武具店の雰囲気が完全に再現されたのだから。

「レインが来てくれて助かったよ!」

「……ユウキなんて可愛い武器を並べる、しか言わなくて」

「そもそもショウキのせいだったじゃん!」

 再びエギルの店の喫茶席を間借りして、お礼のミルクたっぷりなコーヒーを二人に出しながら、ひとまず一息をついて。目前で漫才のようなやり取りをしだす俺とユウキに笑っていたレインだったが、ふと、その笑みを浮かべていた表情に影が差していた。

「何か、ユウキに話があって来たんだろ?」

「……うん。ありがとう、ショウキくん」

 先日、ユウキがスリーピング・ナイツのみでのフロアボス攻略を提案した時、見るからにレインの様子はおかしくて。ユウキが狩りに行くために店の外に出て行った後、急用が出来たと突然ログアウトしていった。言いにくそうだったレインだったが、俺に促されてようやく小さく笑みを浮かべた。

「……ふぅ。ユウキちゃん、ごめんね。私は、フロアボス攻略を手伝えない。……ううん、手伝えないどころか」

 ミルクコーヒーを一口飲んでから、レインは真剣な面持ちでユウキに語りかける。フロアボス攻略を手伝えないどころか、と言いながら、レインは一枚のアイテムを机の上に取り出した。

「あっ……」

 それはシャムロックのメンバーの一員である証の、現実で言うならば孔雀のような虹色の羽。セブン――七色という意味を込めた、虹色の髪飾りをレインが持っているということは。

「うん。私はシャムロックに入ったの。だから手伝えないどころか、敵ってことになるのかな」

 奇しくもそのギルドリーダーに、先程宣戦布告のようなことをしたばかりであり。沈鬱な表情をレインは隠さない――先日、ユウキからの提案を聞いてから今まで、どうするか悩んでいたのだろう。

 あのエクスキャリバー討伐戦を共にクリアした友人か、所属しているギルドの仲間たちか。

「だから、じゃあね。あんまり会えなくなると思うけど」

「そっ、か……ねぇレイン。一つ、聞かせてもらっていいかな?」

 シャムロックはもう敵みたいなものなんだから――と、立ち去ろうとするレイン手を掴み、制止しながらユウキは一つだけ質問する。

「……なに?」

「レインって……セブンのお姉ちゃん、なの?」

「――――」

 突如としてユウキが放った言葉は衝撃的なもので、俺とレインは揃って言葉に詰まってフリーズした。俺には知る由はなかったが、ユウキとレインがキャリバークエストで二人ではぐれた時、レインに妹がいると聞かされていたらしく。

「なんとなく……なんだけどさ。二人の感じが似てるなって」

「手、離して……ちょっと、勘が鋭すぎだよ。ユウキちゃん」

 なんとなくとは言いながらも、確信に満ちた視線と口調でユウキはレインに詰め寄っていく。ひとまず立ち去ろうとした時に掴んだ手を離させると、観念したようにレインは語りだした。

「確かにそう。私はセブン――七色の姉だよ」

「だったら! 早く名乗り出てあげてよ!」

 とつとつと語りだしていたレインに対して、大音量のユウキの声が店内に響き渡る。それはいつも朗らかなユウキから発せられた、初めて怒りの感情が込められた声色で。みんな――声をあげたユウキですら、驚愕に場の雰囲気が凍りついた。

「……ユウキ?」

「ごめん……でもレイン。姉だって言ってあげてよ。ああ見えて、セブンは――」

「――無理だよ。あんなに七色は立派になってるのに、私はまだ何も出来てない! お姉ちゃんなんて名乗れない!」

 生き別れた姉と再会するために、とにかく有名になろうとしたセブンの思惑とは裏腹に。妹とは違うという思いに駆られて、レインもまた大声でユウキのことを否定する。差し出されたミルクコーヒーを飲み干すと、レインはこれ以上話すことはないとばかりに、店の外へ出ようとする。

「レイン!」

「コーヒーごちそうさま、ショウキくん。……だから私は、私自身がセブンの姉だって名乗るに相応しい人間になるまで、あの子をこうして手伝うって決めたんだから」

 自分自身が納得出来るような人間になるまで、リアルの顔が分からないこのVRMMORPGで、妹であるセブンのことを手助けする――そう決意した彼女は知らない。妹は姉に名乗り出てもらうために、このVRMMORPGをプレイしているということを。

「なんでかな……こんなに近くにいるのに。いつでも会えるのに……ボクと……違って……」

「ユウキ……」

 レインが出て行った出張場の店内で、ユウキは手持ち無沙汰にコーヒーをスプーンでかき混ぜながら、うわごとのように何かを呟いていた。たまらず話しかけてみると――彼女の瞳には、涙がにじんでいて。それでもこちらの心配そうな表情を見たユウキは、無理やりにでも微笑んだ。

「ねぇショウキ……難しいね。VRMMORPGって」

 
 

 
後書き
そんなわけでメンタルにダメージを与える誕生日プレゼント。マザロザではアスナ視点ですので、いわゆる『強い』ユウキが主でしたが、たまにはこういうのも。

受けとれ、誕生日プレゼントをぉ!(ファンサービス感)
 
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