| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第八十三話 イゼルローン

■ 帝国暦487年2月15日   イゼルローン要塞 トーマ・フォン・シュトックハウゼン


「オーディンより通達が来たが卿はどう思う」
私は、ゼークト大将に通達文を渡し問いかけた。ゼークト大将は眉を寄せて通達文を読むと唸るような声で答えた。
「反乱軍がこの要塞を攻略しようとするか……十分有り得る事であろうな」

「制宙権の保持には固執する必要は無い……妥当な判断だな、シュトックハウゼン司令官」
「ゼークト提督、要塞が無事ならば、一時的に制宙権を奪われても回復は容易いと思うが」
「確かにそうだ。反乱軍は何時までもこの宙域にいることは出来ん。補給が続かんからな」

詰まらなさそうにゼークトが呟く。この男は一見粗野な猛将に見える、しかし実際は違う。積極的であり激しさもあるが用兵家としては安定した力量を持っている。そうでなければイゼルローン要塞駐留艦隊の司令官になれるはずが無い。

「それよりゼークト提督、オーディンは我々の事が大分心配らしいな」
「仕方あるまい。要塞司令官と駐留艦隊司令官の仲の悪さは伝統だ」
「違いない」
私はゼークトの言葉に相槌を打った。

四年前、私とゼークトがオーディンよりイゼルローン要塞に赴任した時、驚いたのは要塞司令部と駐留艦隊司令部の仲の悪さであった。顔を会わせればいがみ合う、相手の足を引っ張る、反乱軍より始末が悪い味方だった。

当初、私もゼークトも前任者のクライスト、ヴァルテンベルクの両大将が更迭される羽目になったのは当人たちの仲の悪さが原因だと思っていた。しかしそうではなかった。これは本人たちよりも周りの影響が大きいだろう。

こうも周囲がいがみ合っていては本人たちとて引き摺られる。帝国軍三長官から“協力せよ”と言われた事の困難さがこの時ようやく理解できた。この中でやっていけるのだろうか? しかし私たちが失敗すればその罰はクライスト、ヴァルテンベルクの両大将よりも酷いものとなるだろう。

この任務の困難さと周囲の環境が、私とゼークトの仲を近づけた。お互いに相手を信じるしかなかった。幕僚どもを叱り付け、渋々ながらも協力させる。常に厳しい態度で幕僚どもに接し、協力して要塞を守る事が大切なのだと言い続けた。

連中の前で弱みは見せられなかった。当然弱みを見せられる相手はゼークトしかいなかった。ゼークトにとっては私しかいない。時に酒を飲みながら、クライスト、ヴァルテンベルクを罵り、更にその前任者たちを呪い、イゼルローン要塞に派遣された事を嘆いた。

国防の第一線を任されるのだ。此処を無事に勤め上げれば上級大将は間違いないだろう。しかし、私もゼークトも二度とこんなところは御免だった。この四年で私もゼークトも随分と年を取った。ここは年寄りのいる場所ではない……。

「そろそろ交代の時期かな、ゼークト提督?」
「そうだな。今度、司令長官が出征するだろう。その時さりげなく言ってみるか?」
「そうだな、それが良いだろう」

私たちは顔を見合わせ頷いた。ここを凌ぎきればオーディンへ戻れる。昇進すれば、地位もそれなりに上がるだろう。軍務次官、統帥本部次長、幕僚総監、そのあたりか。願わくばそれまで何事も無く過ごしたいものだ……。


■ 帝国暦487年2月15日   フェザーン ニコラス・ボルテック

「自治領主閣下、自由惑星同盟が軍事行動を起そうとしているようです」
「ほう、懲りぬ事だな」
ルビンスキーの低い声には嘲笑の響きがある。俺はこの男の嘲笑が好きではない。何処か自分が笑われているような気がするのだ。

「なんでも、イゼルローン要塞攻略を考えているようで」
「イゼルローン要塞か、帝国軍が再編成中に落とそうというわけか。しかし、そう簡単に落ちるかな」
嘲笑は消えていない。しかし次の言葉を聞いても変わらずにいられるかな?

「動かすのは半個艦隊、指揮官はヤン・ウェンリー少将です」
「半個艦隊! ヤン・ウェンリー少将か……」
食いついたな、ルビンスキー。俺は出来るだけ神妙そうな表情を浮かべ言葉を続ける。

「まだ確定ではありません。シトレ元帥が動いているようですが、何分半個艦隊でイゼルローンを落とそうと言うのです。反対が強くなかなか難しいようです」
「……ボルテック、同盟に教えてやれ。ローエングラム伯が出征準備を整えていると」
ルビンスキーの声から嘲笑が消えた。

「では、帝国にも教えますか?」
「その必要は無い」
「やはり、要塞は落ちないとお考えで」
そうだろうな。あの要塞を半個艦隊で落とすなど無理だ。

「どうかな。シトレ本部長が何の成算も無しにティアマトの英雄に無茶をさせると思うか?」
「では落とせると」
「見てみたいものだな、あの要塞が落ちるところを。ティアマトの英雄、再びか……」

ルビンスキーは楽しそうに話す。落とせるのだろうか、イゼルローン要塞を……。
「イゼルローン要塞が落ちれば同盟も一息つけます。それをお望みで?」
「それだけではない。イゼルローン要塞を失い、国内は内乱の危機にある。帝国は混乱するはずだ」

「内乱の最中、同盟に攻め込まれれば帝国は滅びかねませんが」
俺は戦慄を覚えつつ問いかける。これまで優勢にあった帝国が滅ぶ?
「そう同盟に都合よく行くかな。帝国にはあの男が居るぞ」

楽しげに話すルビンスキーに反発を覚えながらも“あの男”のことを考える。
「ヴァレンシュタイン大将でしょうか?」
「ヤン・ウェンリーが英雄ならエーリッヒ・ヴァレンシュタインも英雄だろう」

確かに二人とも英雄と言っていい。
「英雄とは不可能を可能にする漢たちを言うのだ。イゼルローン要塞が落ちればヴァレンシュタインは明確にヤン・ウェンリーを敵と認識するだろう」

ルビンスキーは顔をほころばせつつある。この男がこんな表情をするのか?
「ボルテック、英雄たちの戦いが見られるかもしれん」
「英雄たちの戦いですか……」

「激しい戦いになるぞ。同盟、帝国、そしてフェザーンも巻き込む大きな戦いになるかもしれん。己の足で立つ事が出来るものだけが生き残ることが出来るだろう」
己の足で立つ事が出来るものだけが生き残る……。

「立てなければどうなります?」
答えはわかっていた。それでも問わずにはいられなかった。
「踏み潰されるだけだ」

ルビンスキーは楽しそうに話している。この男に敵わないと思うのはこんな時だ。フェザーンは、俺は生き残れるのだろうか? ルビンスキー、お前は生き残れるのか? 一度でいい、お前の蒼白な顔を見てみたい……。


■ 宇宙暦796年2月25日   自由惑星同盟統合作戦本部 ワルター・フォン・シェーンコップ


「これはこれは、ティアマトの英雄が小官に会いたいとは光栄ですな」
俺は目の前の男を見た。ごく温和そうな何処と言って特徴の無い青年だ。この男がティアマトの英雄? とてもそうは見えない。

「貴官に相談があってね」
「小官でよろしいのですかな」
「貴官でなければ駄目なんだ」

妙な事を言う男だ。俺でなければ出来ない? 冗談ではないようだが……。
「まだ正式発表はされていないが、今度イゼルローン要塞攻略作戦が発動される」
「ほう、上層部も懲りませんな」

「兵力は半個艦隊、司令官は私なんだ」
「!」
この男が半個艦隊でイゼルローンを攻める? 何かの冗談かと思ったが本人はいたって真面目な表情だ。

「貴官の協力が必要なんだ」
「それは一体どういう……」
ヤン・ウェンリーは俺に協力して欲しい内容を説明した。はっきり言ってペテンだろう。しかし、上手くいくかもしれない。後は俺の決断しだいか……。

「閣下、ひとつ伺ってよろしいですか?」
「ああ」
「何故イゼルローンを落とすのです?」
「?」

「実行の技術面ではこの作戦があったからでしょう。ですがその底には何があったか知りたいものです。名誉欲ですか、出世欲ですか」
「出世欲じゃないと思うな」
まるで他人事のようだな。

「三十歳前で閣下呼ばわりされれば充分だ。第一この戦いが終われば退役するつもりだ」
「!」
退役? この情勢下に退役するだと?

「理由は二つある。一つは平和が実現するかもしれない」
「平和ですか」
今度は平和? この男は一体何を考えている?

「イゼルローン要塞が落ちれば帝国は同盟への侵攻ルートを失う。それに帝国では内乱の危険がある。一方同盟は疲弊しきっている。外交交渉次第では和平が可能だと思う。和平は無理でも自然と休戦状態になるかもしれない……」

「しかし、恒久的なものになりますか」
「恒久平和なんて人類の歴史に無かった。そんなものは望まない」
「?」

「しかし、何十年かの平和な時間は持てた。私の家に十四歳の男の子がいる。その子が戦場に出るところを見たくない」
「……」
本音か? それとも……

「もう一つの理由はこの国が滅ぶところを見たくないからだ」
「滅びますか?」
不思議な事に、俺は“滅ぶ”という言葉に何の驚きも感じなかった。もしかすると俺自身何処かでそれを感じていたのかもしれない。

「滅びるよ、あの男の前にね。貴官も知っているだろう、ヴァレンシュタイン大将だ」
「……」
「先日の第三次ティアマト会戦の詳細が判った。あの男の恐ろしさに震えが走ったよ」

ヤン・ウェンリーはそう言うと第三次ティアマト会戦で何があったか話し始めた。新規二個艦隊を編制したのは誰か? 指揮官を選んだのは誰か? ミュッケンベルガーが重態になったとき指揮をとったのは誰か? 彼を艦隊に配置したのは誰か?

「判るだろう大佐、私の感じた恐ろしさが。まるで真綿で首を絞められるような息苦しさだ」
「……」
判る。俺自身言葉が出ない。

「ヴァレンシュタイン大将は、あの時指揮権に介入したことで一階級降格の処分を受けた。しかし一ヵ月後には二階級昇進し大将になり、宇宙艦隊副司令長官になっている」
「……」

「帝国の上層部もわかっているのさ。彼が帝国を動かす力量を持った男だとね」
「……」
「不思議な男だ。貴官も会ったことが有るだろう」

「知っているのですか?」
「あの時、旗艦アイアースに私もいた」
「……」

俺を必死で説得した男。真っ青な顔をしてふらつきながらもリューネブルクを守ろうとした。一瞬だがリューネブルクが羨ましかった……。

「リューネブルクもあの女性士官も彼に付いて行った。人を惹きつける力が彼には有る。その彼の元に力の有る男たちが集まりつつある。私はこの国が、民主主義が滅ぶのを見たくない……」

そう言うとヤン・ウェンリーはじっと眼をつぶった。彼の言うとおりヴァレリーはあの男に付いて行った、放っておけないと言って。リューネブルクはあの男に希望を見つけた。俺自身一瞬心が動かなかったと言えば嘘になる……。さて俺はどうする? 目の前の男に付いて行くか? それとも……。


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧