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象牙

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3部分:第三章


第三章

 その中の草原でだ。彼等は話すのだった。
「何度も何度も牙取られてな」
「痛くはないけれどね」
「それでも。伸びたそのそばから取られるし」
「鬱陶しいよね」
「そうだよね」
 それで嫌なのだった。牙を切られるのがだ。
「何でこんなのが欲しいのかね、人間ってのは」
「そこがわからないよね」
「本当にね」
 象達にはわからないことだった。しかし実際に何度も取られている。それが鬱陶しくて仕方がないということなのである。
「取られるこっちはたまったものじゃないよ」
「幾ら痛くないからって」
「それでもだよ」
 こう言い合う。牙には痛覚がない。そうした意味でも鹿の角と同じだ。その辺りも博士はしっかりと考えて遺伝子操作をしたのである。
「嫌だよね」
「牙取られなかったらいいのに」
「そうだよ」
「だから取るなっていうんだ」
 しかし彼等の言葉は人間達には届かない。博士はこの時牧場に来ていた。そしてそのうえで牧場の管理人と話していた。
「いやあ、よかったですよ」
「そうですね」
 太って茶色の顎鬚を生やしたその管理人が博士に言葉を返す。
「こうして。象を殺さずに象牙を手に入れられるようになって」
「象も喜んでいるでしょうね」
 博士はこうも言った。
「殺されずに済んで」
「そこまで考えて動かれたのですね」
「はい」
 博士はにこやかに笑って管理人の言葉に頷いた。
「その通りです。本当に成功して何よりです」
「博士のお陰で多くの象達が救われました」
 管理人の言葉は明らかに博士を褒め称えるものだった。
「こうしてです」
「そうであれば何よりです」
 博士はいささか謙遜して言葉を返した。
「象達が助かれば」
「そのうえで象牙が手に入る」
「本当に誰もが得をすることです」
 博士はそう確信していた。
「成功して何よりです」
「全くですね」
 幸か不幸か彼等は人間であり象の言葉はわからなかった。だが象達は言っていた。しかし彼等が殺されることはなくなったのは事実である。そして人間のエゴが残っているのもだ。それも事実だった。


象牙   完


                 2010・8・5
 
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