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満願成呪の奇夜

作者:海戦型
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第10夜 触発

 
 何故自分は、パートナーで罪人な相手に髪を梳かれているのだろう。

(ほんっと、この人何考えてるのか分かんない……)

 マジボケなのか人で遊んでいるのかは全く理解できなかったが、予想以上に彼女の髪梳かしが心地よかったためトレックは抵抗を諦めて暫く為されるがままだった。
 やがて満足ゆくまで梳いたと言わんばかりに彼女が手を離した頃にはもう風にふわりと揺れるサラサラストレートヘアの完成である。

 盛大に無駄な時間を使った、とトレックは自分の髪先を指で弄りながらため息をつく。しかし、この試験のタイムリミットは夜明けなので時間には余裕がある。試験を見越して体内時間を夜型に合せてあるし、多少は無駄な時間を使っても特段戦闘に支障は来さない筈だ。

「ギルティーネさん、座って。あと櫛返して。今度は俺がするから」
「………………」

 ギルティーネはほんのわずかな時間だけこちらを見て停止し、またスイッチが入ったように櫛を手渡してベンチに座った。今の間は何なのかを問いたいが、問うて答えが返ってくるわけでもなし。トレックは立ち上がり、彼女の痛んだ髪をゆっくりと梳かし始める。

 鉄仮面のせいか、痛んでるだけでなく少し埃っぽい。今回の護送の影響かとも思ったが、もしかしたら入浴もある程度制限されているのかもしれない。彼女の髪はそれなりに長いから、洗うには時間がかかるだろう。しかし栄養状態には問題がないのであろう、指で掬い梳かすうちに、彼女の髪はあるべき美しさを少しずつ取り戻していった。
 髪を梳かしているこちらからではギルティーネの表情を把握できない。彼女は今、どんな表情をしているのだろうか。相変わらずの鉄面皮か、それとも少しは違った形になっているのか。出来ればよい方向へ変化していればいいな、と願う。

 それからしばらく、トレックは彼女の髪の量に少し苦戦しながらも梳かし続けた。
 どれほどの時間が経過しただろう。彼女の髪から乱れた部分が一通り消え去った頃、背後から掛かった男の声にトレックの作業は中断された。

「――君、少しいいだろうか」
「……?あ、いいけど。俺達に何か?」

 どことなく自尊心の強そうな、しかしそれを嫌味に感じない澄んだ声。振り返ったトレックは、そこにいた数名の呪法師の先頭に立つ男と相対する。そして、その釣り目気味の顔に見覚えがあることにすぐ気付いた。

「あれ、アンタもしかして馬車で隣にいた……?」
「あの時は名乗りもせずに失礼した。私の名はドレッド・リード。覚えておいて損はさせん」

 恭しい礼をしたドレッドは静かに友好の手を差し出す。仰々しい仕草や雰囲気からは上流階級特有の「上に立つ者」の姿勢が見え隠れするが、別段断る理由もないのでその手を取って自分も名乗った。

「トレック・レトリックだ。こんな所で再会できるとは思わなかったよ。俺とアンタ、何か縁があるのかもな」
「ああ、まったく。このような奇縁は大切にしたいものだ」

 ドレッドという男は恐らく誰にでもこうして接するのだろう。自然体で他人を尊重することが出来る、欠落持ちの中では政治や指導者に向いている性格だ。ただし、この手の人間には近くに必ず厄介な人が潜んでいる。この手の『欠落』持ちは、得てして誰も受け入れられないほど尖った『欠落』を持つ人間も受け入れてしまう。
 それが証拠に、彼の後ろにいた二人の仲間の瞳にはトレックに対する敵意にも似た感情が垣間見えた。友達に慣れるのは有り難いが、代わりに二人の人間に嫌われそうだ。トレックはそっと気付かぬふりをして本題に入る。

「それで……態々俺に話しかけてきたのは何も挨拶の為だけじゃないんだろう?」
「無論だ。実は、より確実にこの試験を突破するための協力者を探していてね……そんな折、仲睦まじそうな君達が眼に入った。試験に過剰な緊張も抱いていないし人数も丁度いいと考え、誘わせてもらった」

 よくは分からないが、どうやら俺達は彼のお眼鏡に適ったらしい。というかギルティーネとは仲がいい悪い以前の関係なのだが、確かにこの試験中に呑気に髪を梳かし合っていたらそうも見えるだろう。内心で少しばかりの羞恥を感じるが、今は気にしないことにする。

「それで、この状況で何を協力するんだ?」
「簡単なことだよ――二つのチームで徒党を組んで移動しようという誘いだ」
「なんだって?」

 トレックは少々驚いた。以前にも語った通り、この試験はチーム参加が原則だ。そしてチームとは『欠落』の決める運命的な相性が合致してこそ最大の効率を発揮する。下手に数を合わせるだけでは、強くなるどころか互いが互いの個性を相殺して戦いにくくもなってしまう。そんな状況下で、しかもチーム行動が原則であるこの試験で徒党を組もうというのは逆に効率の悪い話に思えた。
 ドレッドは直ぐにトレックの疑惑を察し、説明する。

「確かに完全に徒党を組んで集団行動すれば互いの個性を潰し合い、隊としての機動力も下がるだろう。だが、ある程度の距離を保ったまま並んで進めば、前方や後方で敵が現れた際に回り込んでの援護が可能………複数の呪法師チームが活動する際にはよく使われる手だよ。助けが必要な時だけ助けてもらえばいい」
「それは知ってる。だけど片方が戦闘をしている間、もう片方は足止めを喰うだろう?時間の無駄なロスになるぞ」
「多少時間は伸びてもいいさ。最終的に、確実にゴールに辿り着ければいい。二つのチームで活動すれば、仮に上位種の呪獣が来た際にすぐさまもう片方がフォローに迎える。そして素早いフォローを行う為にはなるだけ少人数のチーム……理想ではタッグチームが望ましい」

 確かにその案を受け入れれば時間はロスしてもより安全性の高い行動が可能だろう。
 しかし、トレックはその提案を安易に受け入れるつもりはなかった。

「………悪い考え方をすればこうも言える。上位種の呪獣が来たら手伝わせ、相手の方に上位種が行った場合は相手を囮にその場を脱出。体よく利用すると言う訳だ」

 呪法師は助け合いが基本とは言うが、同時に欲望のある人間だ。目の前の戦いに対しては誠実でも、他人の戦いにまで誠実になれる人間は多くない。所詮この試験一度きりの隊列だ。自分が一度目を乗り切れればどんなに背信的なことをしていようが結果だけが残り、相手が死んでも失うものはない。
 つまり、ドレッドがいい子のふりをしてトレック達を体のいい使い捨て援軍にしようとしている可能性が否定できない。
 トレックの疑いが混じった瞳にドレッドは気分を害した様子もなく顎に手を当てる。

「『普通』の人間的な疑問を呈するな……こちらの言い分を正当化するような言い方だが、そんなものは実際に起きた時に冷静に対処すればいいのではないか?結局元々は別のチームだ。自分に振りかかった火の粉は自分で払えなければならない事に違いはあるまい?」
「………つまり、裏切りがあろうがなかろうが俺達の取る行動に変化はないと言いたいのか」
「違うか?私は同じだと考えるが」

 確かに、元々は1チームで行く道のりなのだ。仮にドレッドたちがこの約束事を破っても、最初から助けてもらえると思ってないのであれば、それは当初の予定通りに進んでいると言うだけの事。

「つまりこの協定は無料のクジのようなものって事か。当たればラッキー、外れても懐は痛くない……と」
「出来れば協定には互いに誠実であった方が望ましいがね」

 と、ドレッドの後ろで黙っていたうちの一人、ショートヘアの女の子が我慢の限界を迎えたように前に一歩出る。

「……貴様、さっきから黙ってきていればドレッド様に不敬な発言ばかり――!!」
「落ち着きたまえ、ステディ君。彼の疑いは正当なものであると私は考える。こちらが頼んでいる側であることを忘れるな」
「くっ……!」

 素早く手で制され、女の子は歯を食いしばりながらも踏みとどまった。その表情には依然としてこちらに対する憤怒の感情がありありと込められているが、ドレッドにかなり陶酔しているのか彼の言葉には逆らえないようだ。
 「それに」――と付け加えたドレッドが、その釣り目を更に細めて低い声で漏らす。

「どうやら彼の後ろの『獣』を刺激してしまったらしい。敵意を鎮めたまえ、あれと戦う気か?」

 何の事だ――と告げようとした刹那、視界の端をしなやかな黒髪が躍る。

「………………」

 静かに、ひたすら静かに、それはトレックの前に躍り出る。
 灯薪が微かに立てるパチパチという音だけが響く空間を塗り潰す、首筋にカミソリを添えられたような鋭い敵意が『トレック以外の全員』に向けて突風のように叩きつけられた。そして、その凄まじい敵意はたった一人の人間から放たれている。

 ギルティーネ・ドーラットだ。

 何の音も言葉も前触れもなく、しかし彼女は剣の柄に明確に手をかけて。その瞳は灯薪の生み出す陰影のせいか、まるで飼い主に危害を加える敵に牙を剥いているかのように鋭く、そして見る物の恐怖を掻きたてる。余りの威圧感に、ステディと呼ばれた少女も控えていたもう一人も手にかけた武器を抜けないまま凍りついた。
 ただ、ドレッドは違った。彼女の凄まじい敵意を浴びて尚、彼はそれを受け流したうえでごく自然体で話を続ける。

「………ドーラット嬢の腹の虫の居所が悪いのなら、この誘いは断ってもらっても構わない。我々だけでは試験を突破できない道理がある訳でもない以上、無理強いをする権利もない。こちらは頭を下げる側、そちらは是非を選ぶ側……駄目なら大人しく引き下がろう」

 不気味なまでに紳士的なドレッドに、トレックはふと疑問を覚えた。
 彼にはまだ、ギルティーネの名前を紹介していない筈だ。なのに彼は「ドーラット嬢」と確かに呼んだ。その理由は俺が見ていた書類から推測したか、或いは予め知っていたかの二つが考えられるが、確認も取らずにいきなり姓を言い当てたり彼女の事を『獣』と称していち早く反応したりしていたことを考えると「予め知っていた」と考えるべきだろう。
 そして彼は「彼女に関わらない方がいい」とも口にしていた筈だ。なのに、このタイミングでどうしてこちらと行動を共にしたいなどと告げたのか。

 考えを纏めるには時間が足りない。だが、一先ずギルティーネの剥き出しの敵意を鎮めなければ平和的な話し合いは望めないだろう。

「ギルティーネさん、剣から手を離して俺の横に」
「………………」

 ギルティーネはこちらの言葉を素直に聞き入れ、剣にかけた手を引いて静かにトレックの横に移動した。押し付けられていた重圧から解放されたドレッドの仲間たちが大きく息を吐きだし、額の汗をぬぐう。
 当のドレッドは相変わらず余裕のある表情をしているが、微かに感心したような目線を送ったのをトレックは見逃さなかった。

(まさかこいつ………今のでわざと揉めさせて、俺とギルティーネさんの関係に探りを入れたのか?)

 もしそうなら――こいつ、相当の食わせ物なのかもしれない。
  
 

 
後書き
連続更新はここまでです。
第二次更新はつぶやきの本編の進行度次第ということで。 
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