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満願成呪の奇夜

作者:海戦型
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第1夜 数奇

 
『呪法教会』は大陸の民の秩序を1000年以上守護し続けた巨大な組織だ。

 その主な目的は一つ――『呪法(ブードゥー)』を極め、伝承し、その力で大陸の民を脅かす『呪獣(ザンヴィー)』を打倒すること。長い歴史の中でその活動は細分化されていったが、根本的な部分では何も変わっていない。そのため、教会に所属する全員がほぼ例外なく『呪法(ブードゥー)』の秘儀を習得した『呪法師(ヴォドン)』だ。

 『呪法』の力の源とされる『欠落』の呪いを抱えた戦士たちは、今では様々な意味で特別な存在だと見られている。1000年前は誰もが『欠落』を抱えていたので若者のほぼ全員が『呪法師』だったらしいのだが、『大地奪還(ラスタファリアン)』の休止以降の世では何故か『欠落』を持った呪われし人間が減少傾向にある。一部では大陸の民が悪魔の手から逃れた証拠だと言う者もいるが、因果関係は不明である。
 現在では『欠落』を抱えた人間は少数派だ。将来的にはいなくなるという試算も出ている。もし本当に『欠落』を抱えていない人間が大陸の民の10割を占めれば、『呪獣』に対抗する術は無くなるらしい。尤もそれはこれから何百年も後になるという話だ。まだまだ関係のないことなのかもしれない。

 ――話を戻すが、『呪法教会』は焦っている。

 教会の立場そのものは盤石だ。『五行結界』の維持、秘術の継承、更には治安維持や6つの都のパイプなど、どれをとっても重要な役職だ。しかし、教会が焦っているのは利害関係ではない。
 教会は、近い未来に二度目の『大地奪還(ラスタファリアン)』を行うための戦力集めに必死になっているのだ。

 そもそも『呪獣』は何故現れたのか、なぜ人を襲うのか、存在の根本的な部分が何も解明されていない。しかもその戦闘能力や行動パターンは少しずつ進化しており、将来的には『五行結界』を破壊ないしは無効化する術を得るかもしれないのだ。
 だから、教会は次の『大地奪還』によって完全な脅威の無力化を行わなければならない。もしそれをやらなければ、大陸はまた2000年前へと逆戻り――いや、今度こそ滅びるかもしれないのだ。

 だというのに、民たちは余りにも『呪獣』に無頓着すぎる。『五行結界』の恩恵で1000年近く『呪獣』の脅威から遠ざかって生きてきた彼等は、それが深刻な事態なのだといくら口で説いてもその本質を理解してはいないのだ。世論は態々危険な橋を渡る『大地奪還』を不要とする考えが過半数を占め、状況は思わしくない。
 しかも、肝心の戦士である『呪法師』は減少する一方だ。なにせ前述のとおり『欠落』を持たないがために『呪法』を行使できない人間はとうとう人口の9割を越えた。何故呪われたはずの大陸の民から『欠落』を持たない者が現れたのか、それすらわかっていないために対策を行う事も出来ない。

 結局、教会はこれ以上兵力が減って手遅れになる前に至急大陸全土を『呪獣』から取り戻すという選択を強行するしかない。そして、この強行的な態度の理由を民たちは理解できず、軋轢が生まれ、そこに多くの問題を生み落すこととなった。

 学者は今を『混沌の時代』と呼ぶそうだ。今までになかった物が大陸に流入し、今までにあった怖れが忘却され、敵を目の前にして醜く利権を奪い合う。確かに今、この大陸は未だかつてない混沌の最中を彷徨っているように思える。

 俺は、無事にこの時代を生きて行けるのだろうか――時々、ふとそんな不安に狩られる瞬間がある。しかし弱音ばかり吐いてはいられない。俺自身、この『呪法教会』の末席を汚す存在になったのだ。将来的にはこれらすべての問題とやらに立ち向かっていかなければならない。

 逃げられないと分かってはいるのだ。
 それでも内心、世界の問題は自分よりずっと後の世代に片付けてもらいたいと思っている自分がいる。

 そんな無責任な事を考えてしまうのは、人として何かが足りない所為なのだろうか。
 『欠落』しているのは勇気か?真剣味か?使命感なのか?
 自分では自分の何が欠落しているのかが分からないことが、余計に俺の不安をかきたてるのだ。



 4月2日 トレック・レトリックの手記――



 = =



 『呪法教会』の経営する呪法師育成組織『サンテリア機関』は、簡単に言うと呪法師を育成する学校だ。

 入学資格は最低限の基礎教養。正常と認められる人格。15歳以上であること。そして何より『欠落』があること。最も重要なのは最後の一つであり、残りはそのついでの選り好みだ。

 『欠落』は大陸の民が呪われた証であり、『呪法』の源でもある。魂に焼き付いた呪いを源に術を発動させるため、この呪いをエネルギーの単位として『呪素』と呼ぶこともある。つまり、『欠落』とは魂に組み込まれた『呪素』の塊が原因で起こるものであり、この『呪素』を薄めて抽出するのが『呪法』なのだ。
 『欠落』のない人間に『呪素』が存在しないことは、研究でその事実が統計的に判明している。だから『欠落』があるというのは、そのまま『呪法』を使う素養があることを意味する。

 しかし『欠落』は、具体的に何が『欠落』しているのか特定することが余りにも難しい。なにせ本人に自覚がない場合が殆どであり、生活を送る中で他人が『欠落』の疑惑を感じることがあっても具体的に何が『欠落』しているのかを特定しにくい。

 『欠落』はその人物の心や認識の内にある小さな空白だ。『欠落』を除く他の全ては正常であり、その異常性が表面化するのはごく限られた瞬間だけである場合が多い。その僅かな異常――ノイズにも似たごく限定的な違和感の連続を根気よく観察しなければ、『欠落』の正体は掴めない。

 故に大半の『欠落』持ちは自らの『欠落』の正体を知らない。
 知らないまま、それでも彼らは人と比べて自分がどこか『欠落』していると感じ、人知れずその風穴に苛まれる。だからこそなのか、彼らは同じ『欠落』を持つ者同士で助け合う。欠落した部分を仲間の優しさで埋めるかのように、手と手を取り合う。

 『欠落』のある人間に孤独な者は存在しない。
 それが、今までの常識だった。

 ――そんな中、サンテリア機関所属の呪法教導師たちはある問題に頭を抱えていた。
 
「彼には本当に『欠落』があるのか?」
「恐らくはあるのでしょう……なにせ彼は『呪法』を扱うことが出来るのだ。必ずどこかに『欠落』はある筈です」
「しかしこれは異例の事態だぞ………まさか呪法師候補生に爪弾き者が現れるとはな。何故栄えある教会に斯様な男がいるのだ?」
「試験では何の問題もありませんでしたから。ただ、調書によると本人も『呪法』の素養があることを知ったのはつい最近だそうです。よほどみみっちい『欠落』なのでしょうね」
「ミスターボッチだ。教会の歴史に残るボッチの誕生だ」
「やめてさしあげろ!可哀想だろ!?」

 議題に上がっているのは、今年『サンテリア機関』に編入されたばかりの少年の一人だった。

 名をトレック・レトリック。資料には緊張で若干顔が引き攣った少年の写真が張付けてあった。データによると年齢15歳、男性。成績は到って普通。生活態度も普通。特筆する点のない、ある意味模範的な生徒だ。にも拘らず、彼はたった一つだけ大きな問題を抱えていた。

 周囲に避けられている。

 人格に問題は見られない。むしろ社交的とさえ言える。チームを組ませればしっかり戦えるし、チームワークやコミュニケーションにも問題は見られない。課題達成率も全体で言えば高い方だ。なのに、彼は一度組んだ相手から敬遠されていた。嫌われているのとは違う。いじめのように意識的に除け者にされている訳でもない。なのに、避けられている。

 その理由を問うと、彼の周囲は口を揃えて同じことを口にする。


 『俺達と違う。まるで『欠落』のない、普通の人間みたいだ』


 『欠落』した人間特有の仲間意識、波長のようなものが、トレックからは感じられない。
 授業で教えている分には教導師たちは気が付かなかった。元々『欠落』のある人間とそうでない人間の違いはほんの些細な差異しかないから、接する期間が短い教導師たちはそれに今まで気が付かなかったのだ。だからこそ、教導師の気付かないままに彼は理由不明の孤立状態に立たされようとしていた。
 これは極めて異例の事態だ。『欠落』持ち同士は多かれ少なかれ常人より仲間意識が強いため、孤立者が発生することは1000年間ずっと発生しなかったからだ。その様はまるで狼の群れに紛れた一匹の羊だった。

「~~~っ、参ったなぁ。呪法師はペアやチームを組んで行動するのが大原則だってのに………」
「これも『混沌の時代』が生み出した新たな種という訳か?」
「この男を追い出す訳にはいかないか?」
「成績、人格共に問題がない候補生をですか?しかも既に『呪法』を一通り習得している。それを今更追い出すなど余りにも可哀想ではないですか」
「目の上のたんこぶだ。事故で死んでくれると有り難い」
「やめろと言っている。まったく、これだから思いやりが『欠落』した奴ってのは……」

 しかし、これは強引に解決できる問題ではない。
 今までも『欠落』の大きさ故に扱いが難しい人間は多くいたが、彼らは最終的に『欠落』と『欠落』の凹凸が一致する、互いを補い合えるパートナーを発見することでこの問題を解決してきた。性質の違うマイナス同士を組み合わせることによって結果的にプラスに転じる。これを『欠落の反作用』と呼ぶ。
 ところが彼は『欠落』持ち同士のシンパシーをまったく感じられない。これではパートナー以前の問題だ。決して他のパズルピースと組みあうことのない、凹凸ゼロのピースだ。

「まったく……もう一人の問題児の話し合いが後に控えているというのに早くもこの様か……」
「え?まだいるの?」
「いるんだよ。それも教団始まって以来のとんでもない『欠落』持ちが。今議題に上がっている彼が凹凸のないピースなら、次の子は他のピースを呑み込む大穴持ちだ」
「……それだな」
「何?」

 教導師の一人が、にやりと笑った。

「前代未聞の問題児と前代未聞のボッチ……『欠落』のなさすぎるピースとありすぎるピース……二つを組み合わせれば、『欠落の反作用』が起きる可能性は十分あると思わないか?」

 トレック・レトリックの名が記された書類の上に、ぱさりと乾いた音を立てて新たな人物の名が記された書類が落ちる。そこには、少女の顔写真と共に『ギルティーネ・ドーラット』の名が刻まれていた。

 大陸で生まれる全ての人間が呪われて生まれ、呪われて生き、呪われて死す。
 ならば、この二人の運命が資料の上でかちあったことも悪魔の呪いなのだろう。

「失敗しても教団に損はない。それでいいだろう」
「失敗したらどうする?」
「『大地奪還』は近い。劣等呪法師には結界外調査団にでも派遣して最前線で華々しく散ってもらうとしよう」
「やれ、まるで俺達は悪魔だな。将来有望な若者たちの運命を、書類の上で転がしている」
「似たようなものかもしれないな……なにせ我々は、どこまで行っても呪われた民でしかないのだから」

 例えそれがどれほど数奇な運命であろうとも――その出会いは、悪魔に魅入られている。
  
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