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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第十九話 コーヒーも捨てたものではありません。

 
前書き
 今回は試験的な更新です。また次話まで時間を置くかもです。

 ヤン・ウェンリーはシトレ中将の幕僚となっております。やっぱり卒業して何年たっても、かつての校長閣下の下に就くのは緊張する!? 

 
帝国歴482年10月18日――。

自由惑星同盟 首都星ハイネセン――。

 先にイゼルローン回廊に向けて出兵(シャロン曰くパフォーマンス。)していた一個艦隊が首都星ハイネセンに帰還してきた。前線部隊の哨戒艦隊を除けば、それほど戦闘らしい戦闘もなかった。イゼルローン回廊に侵入したものの、メルカッツ艦隊の出撃によって、戦わずして撤退したことくらいである。
 ただ、同艦隊において、一人の人間が憤怒を覚えていたが、表向きはそれを隠し通して軍務に精励していた。他ならぬシャロンである。ラインハルトを抹殺する機会を手にしながらも、ムーア准将の指令で部隊を引き上げざるを得なかったことを彼女は決して忘れてはいなかった。


ハイネセン メガロポリス 艦隊司令部――。
■ シャロン・イーリス中佐
 やはり、ムーアは鬼門だわ。他の邪魔な人物ともどもどうにかして始末しなくてはならない。ヨブ・トリューニヒト派というけれど、そのトリューニヒトも将来的には自由惑星同盟にとっては、邪魔ものだわ。ここまで私は有力議員やブラッドレー大将の力を借りてきたけれど、そろそろ動きを見せて盤石体制を築く頃合いね。
 自由惑星同盟は、軍部と政治家、双方の改革が必要になるわ。そしてフェザーン資本に拠らない同盟独自の財力を有しなくては帝国には勝てない。何しろ同盟と帝国の人口だけでも、130億対250億と、2倍近い差があるのだから。
 また、これから先に待っているであろうイゼルローン要塞をめぐる攻防戦もネックだわ。同盟側は無駄に戦力を削り取られるだけなのだから。これについては、私の方に一案があるから、それをブラッドレー大将に送ってみることにしましょう。
 どうもブラッドレー大将は転生者ではなさそうね。もう半世紀近く生きてきているのに、自由惑星同盟をこれといって変革させていないのだから。原作に出てこなかったその他大勢の人なのかしら。でも、あれほどの才幹の持ち主が、どうして・・・・?
 さて、どうしようかしら。私一人ではさすがに限界があるわ。願わくば、この自由惑星同盟にも私同様の転生者がいればいいのだけれど。それも私に同調してくれる人が。
 


帝国歴482年10月18日――。
第八艦隊 旗艦ヘクトル ランテマリオ星域
■ ヤン・ウェンリー少佐
 どうも、艦隊勤務というものは窮屈だな。好きな歴史研究の代わりに、何度も繰り返し艦隊運動やその訓練に付き合わされるのは、正直あまり好きではないのだがなぁ。日常のことは、艦隊司令官と副官たちで充分だと思うのだけれどな。参謀というものは、非常時の作戦立案や艦隊の進退に対して意見を言えばいい存在なのだから。いや、そういう意味では軍隊も日常にはさほど必要のない存在なのかもしれない。
 残念ながら、司令官は私の士官学校時代の校長なのだから、サボることはできそうにない。そんなことは校長、あ、いや、シトレ中将もお見通しなのだろうから。私にできることと言ったら、こうやって艦橋の後ろに立って、司令官の指揮ぶりを眺めることくらいだ。ま、これも給料のうちと思って我慢するかな。

■ シドニー・シトレ中将
 またヤンが退屈そうな顔をしているな。まぁ、無理もない。平素の勤勉な勤務というものは、彼には向かない仕事なのだからな。ヤンもかわいそうに。ご両親が生きていれば、きっと軍隊に入ることはなかったのだろうが。いや、今はヤンのことにかまけている暇はないな。
 ここの所平穏だが、第六艦隊がイゼルローン回廊から帰還したことで、いつまた遠征の話が持ち上がるかわからん。願わくば我々軍人がそうそう出番がないように願いたいものだが・・・・。



 そのシトレのもとに、惑星ハイネセン統合作戦本部に出頭するように指令がきたのが、帝国歴482年10月21日の事であった。シトレは艦隊を副司令官以下に預けると、100隻ほどの艦隊を率いて、副官とヤンを伴って、ハイネセンに向かった。



帝国歴482年11月1日。
惑星ハイネセン 統合作戦本部 本部長室――。

「よう!!来たか。まぁ、かけてくれ」

 ブラッドレー大将が席を進めてきた。

「今、コーヒーを淹れてやるからな」

 それを聞いたヤンが顔をしかめたのをシトレは横目で見て、笑った。

「顔に出ているぞ。本部長閣下の淹れてくださるコーヒーは絶品だ。私がお前をここにつれてきたのも、紅茶党のお前をぜひ屈服させたいという本部長閣下のご意向もあるのだからな」
「はぁ・・・」

 頭を掻いたヤンのもとに、本部長自らがコーヒーを運んできた。恐縮して受け取ったヤンにまぁ飲んでくれと進める本部長。

 恐る恐る一口飲んだヤンの顔が「おっ!」というように変わる。意外そうだった。

「どうだ?」
「正直、コーヒーなんか泥水だと思っていたのですがね、閣下の淹れてくださったコーヒーをいただいて考えが変わりました。いや、まだまだ世間は広いということですね」
「はっはっは!!シトレみたか!!やったぞ!!お前のいう『コーヒー嫌い』を屈服させた俺なら、退役後はコーヒー店を開けるだろう」

 シトレも本部長に和して笑う。

「ご冗談を。閣下にはまだまだ頑張っていてもらわねばなりません」
「そうはいっていられないのだ」

 本部長が一転、笑みをひっこめた。

「シトレ。残念ながら結論から言おう。同盟は新たな出兵計画の立案に入った。同盟はイゼルローン要塞に5度目の攻撃を仕掛けることとなる」
「またですか!」

 シトレは露骨に顔をゆがめ、ヤンはやれやれというように肩をすくめた。

 どうして同盟が出兵を決め込んだのか。

 これには政治的要素が絡んできている。現議長ピエール・サン・トゥルーデ自身と主だった幹部は保守派であるが、ここに一つのささやかな人事が起こった。その人事が今回の出兵の端緒となっている。
それまでの国防委員長が急きょ心不全で死亡した。彼自身も現政権の保守派であり、穏健派である。だが、ピエール側は国防委員長を新たに建てる人材を用立てできなかった。
 理由は、国防委員長のポストに就くべき有力者が「団栗の背比べ」状態であり、すぐには決められなかったのである。

 ここで――。

 自由惑星同盟の最高評議会は、この現世においては事実上の「内閣」と言っていいだろう。その内閣のポスト構成委員も一枚岩ではなく、構成員15名のうち、ピエール側9名、連立与党2名、そして野党4名という構図で有った。

 なぜ内閣に野党がいるのか?これは自由惑星同盟という国家の性格上必要なことであった。一惑星の国家はともかくとして、130億人という多大な人口を抱え、かつ様々な星系の統合国家である以上は、その思想も、欲するところも、一国家とは比べ物にならないほど多様な考え方が集結することは自明の理であろう。
 与党とはいっても全母体に比して少数であることは言うまでもなく、その限られた与党が全民衆をコントロールすることは事実上不可能である。いわば「ガス抜き」「要求を受け入れる体制アピール」という点から、野党が内閣に加わっているのである。むろん半々ではお互いにけん制しあって政策が進められないので、与党構成員は連立を含めて過半数、という規定が存在している。

 話は戻るが、死去した国防委員長のポストを巡ってピエール側が内部で争っている間に、野党と連立与党がいつの間にか手を組んで、新しい国防委員長を指名してきたのである。
ピエール側は臍をかんだが、まだ新しい国防委員長に対抗できるだけの人材を確立できておらず、やむをえず野党側の提案を受託した格好になってしまった。

 その国防委員長が第5次イゼルローン要塞攻略作戦を提案してきたのである。これは保守与党に対する事実上の「挑発・挑戦」であった。しかも野党側は徹底してマスメディアを利用して「積極攻勢!!」をあおったので、同盟市民は勇奮した。
 マスメディアの宣伝という「麻薬」によって、彼らはイゼルローン要塞を踏みつぶし、帝国に乱入し、皇帝の首を取り、血祭りにあげ、虐げられている民衆を開放する!などという甘いロマンチズムに酔いしれたのだった。大規模な会戦は数年来なく、同盟市民も怠惰な風紀の中で過ごしていたことも、この一要因であっただろう。

 シトレは顔をしかめたまま、本部長閣下の入れたコーヒーを一口飲んだ。気分を落ち着けようとしているようにヤンには見えた。だが、次に発せられた言葉にはまだ苦々しい響きが残っていた。原因はコーヒーではないだろう。

「またですか!あきれたものだ。あの要塞を艦隊の力だけで陥落させることは、不可能です。私の意見書は出していただけたのですかな?イゼルローン回廊同盟側出口付近に、イゼルローン要塞に匹敵する要塞を建設せよという」
「出した。お前以前にも、730年マフィアの故ブルース・アッシュビー元帥閣下も出しておられたな」

 730年マフィアとは、第二次ティアマト会戦において、帝国軍を惨敗の渦に叩き込んだ730年士官学校卒業組の艦隊指揮官からなるメンバーである。第二次ティアマト会戦以前にも帝国軍に度々敗北を味あわせてきたのだが、この第二次ティアマト会戦での戦いでブルース・アッシュビーは戦死し、死後に元帥となったものの、その後の同盟の力量は低下した。
 そのブルース・アッシュビーが、宇宙艦隊司令長官の職と引き換えに、意見具申をとりやめていたものが、イゼルローン回廊出口付近にイゼルローン要塞に匹敵する要塞を建設しようという案であった。

「だが、予算委員会から皮肉を込めた報告書と一緒につき返されてきた。これだ。読むか?」
「拝見いたします」

 シトレが書類を取り上げる。ヤンもそばから覗きこんだ。数十枚の報告書は多いのだか少ないのだかヤンにはよくわからないが、言っていることは一言に要約できる。つまりは要塞建設案は「却下」だった。

「なるほど・・・『要塞を建設する費用は、同盟軍20個艦隊の建設費用に匹敵するものである。』ですか、いささか誇張のような気がしますが。せいぜい数個艦隊規模だと小官は思いますが」
「俺もそう思う。たとえ数個艦隊の編成費用を犠牲にしたとしても、要塞を回廊出口付近においておけば、帝国軍の進行を阻止することはできる」
「いえ、あながち予算委員会のその指摘は間違っていないと小官は思います」

 ヤンが口を出した。

「ん?どういうことだ?」

 ブラッドレー大将が、そしてシトレがヤンに、どういうことかという顔を向けた。

「帝国がイゼルローン回廊に要塞を建設した際には、その情報が同盟側に渡ったのが非常に遅れていました。帝国が徹底した機密保持を敷いたからです。皇帝の意向一つで大予算を組める帝国ならではの体勢でしょう。ですが、今同盟側にはそういった機密保持を守れる体制にはなっていません。何故なら、これほどの要塞を建設するのには、すべて予算委員会の措置を、まず評議会で、ついで議会で可決させなくてはならないからです。いわばすべてが白日の下にさらされる結果になります。プライバシーも何もあった物ではありません。まぁ、重要事は皆で話し合って決める。それこそが民主主義なのですがね」
「ヤン少佐」

 シトレがたしなめたが、ブラッドレー大将は軽く笑った。

「ははは。面白いな、シトレ。幸いここには盗聴器はない。ヤン少佐、続けてくれ」
「仮にそれを予算費目を仮装して成功できたとしても、問題は要塞建設の間、帝国軍が手をつかねてまっていてくれるかどうかでしょう。当然護衛として数個艦隊は常備させなくてはならず、しかも完成までとなれば、よく見積もっても数年はかかると見なくてはなりません。そうすると艦隊の派遣費用やそれを運用する費用も要塞建設の費用にプラスされます。それらを合計すれば、20個艦隊を編成する費用にはなるかもしれません」
「・・・・・・・」

 二人の指揮官は唸り声を上げて、黙り込んだ。ヤンの発言に不快ではなく、ヤンに指摘されてその可能性に気づかされたこと、己の見識の甘さを実感したことが原因だった。

「では、ヤン少佐は要塞をイゼルローン回廊に建設するという案には反対というわけか?」

 本部長閣下の質問に、ヤンは肩をすくめた。

「構想としては賛成しますが、今の同盟の現状では建設は不可能でしょう。もっとも、要塞そのものの予算措置さえクリアすれば、後はなんとかなるかもしれませんが」
「それはどういうことかね?」

 と、シトレ。

「イゼルローン回廊付近で要塞を建設するのではなく、辺境で要塞を建設し、それをワープさせて、イゼルローン回廊に引っ張ってくるのです。その時に駐留艦隊も要塞内に一緒に入れてワープさせてしまえば、後はそれを向こうで展開するだけ。そうすれば護衛の艦隊など必要ありません」

 おぉ、という表情を二人はした。

「ま、色々とリスクはあるでしょうから、そのあたりは専門家にお任せしますがね」
「ううむ・・・・」

 ブラッドレー大将がいつになく真剣な表情で考え込んでいるときに、ノックがした。

「入れ」

 入ってきたのは、副官だった。彼は書類をブラッドレー大将に渡すと、すぐに部屋を出ていった。

「やれやれだ。ヤン、残念ながら要塞建設についてはお前の専売特許ではなくなったようだな」
「と、いいますと?」
「シトレ、例のお前の先の副官、シャロン・イーリス中佐も同じことを提案してきた。もっともこっちの方は予算委員会をどうごまかすかまで事細かに記してきている」
「なるほど、ではそちらの方は彼女にお願いすればいいでしょう」

 と、ヤン。

「こいつめ、あっさりしたものだな」

 ブラッドレー大将は笑った。

「そうしてみよう。だが、どちらにしても今度のイゼルローン要塞への出兵には間に合いそうにない。いや、むしろ出兵は必要だと俺は思うようになった。それも大規模な出兵が。シトレ、俺の言う意味がわかるか?」
「大艦隊の力をもってしても、イゼルローン要塞は攻略できない。そのことを内外に宣伝すれば、要塞建設への賛成の票が集まりやすい。そういうことですかな?本部長閣下」
「そういうことだ。・・・・ヤン、そういう顔をするな。確かに今度の出兵は負けを前提にしての作戦だとお前は言うかもしれないが」

 いつの間にか本部長閣下はヤンをお前呼ばわりしていた。自分が胸中をひらいた人に対してだけ、そう呼ぶのである。

「必要な犠牲ですか。どうもその言葉は好きにはなれませんね」
「さげすむなら俺をさげすんでもいいぞ。だがな、ヤン。こうでもしなければ、後方ばかりに控えているお偉方の目を覚ますことはできないのさ。まてよ・・・・そうだ!!」

 ブラッドレー大将はパリッと指を鳴らした。

「何か思いつかれましたか?」
「あぁ、とっておきのアイディアだ。いいか、シトレ。俺は今度の作戦には最高評議会のメンバーも統合作戦本部のお歴々も、いや、政財界の有力者をこぞってご招待申し上げることにした」
「なんですと!?」

 愕然としたようにシトレは目を見張った。戦場に民間人を連れていく!?気でも狂ったのか、本部長閣下は!?だが、本部長閣下の次の言葉を聞いたシトレは、思わず感嘆の唸り声を内心出していた。

「ヤン、どうだ?後方にいてばかりの連中が、目の前の惨状を目にして、それでも奴らが威勢のいい吼え声を上げられると思うか?」
「さぁ、どうでしょうかね。ですが、アイディアとしては悪くはないと思いますよ」
「ヤン少佐!」
「はっはっは!!シトレ、お前の気に入りの副官から及第点をもらえたぞ。そうと決まれば早速作戦開始だ。俺は今から会議を開く。お前も艦隊司令官会議に後で出席してくれ。その間にこっちは草案をまとめておく。忙しくなるぞ!!!」

 その後、紆余曲折はあったものの、ブラッドレー大将の根回しと、巧妙な理論建てで、第五次イゼルローン要塞攻略遠征軍の派遣は決まった。これには、日頃あまり実績を上げられていない宇宙艦隊司令長官のロボスが賛同したほか、軍の功績を上げて自由惑星同盟の公債発行高を増やしたい政治・財界の思惑、支持率アップを狙いたい政治家たちの思惑など、様々なものが絡み合った結果だった。
 なお、最高評議会メンバーは前線に出ることについてだいぶ渋ったが、ブラッドレー大将が「前線に出る勇敢な評議会メンバーと世間に知れれば、なお続投のチャンスになるではありませんか。それに前線と言っても旗艦にいていただくので、砲弾が飛んでくることなどありませんよ」などと言いまくったので、しまいには承知したのだった。

 原作と違うところは、シドニー・シトレが遠征軍指揮官ではない事である。原作では51400隻を率いて、シトレは大将として出撃したのだが、この世界ではそうではない。これについては、シャロンもひそかに首をかしげていた事だったが。
 もっとも、この後シトレはブラッドレー大将から、内々に大将への昇格を言い渡されるのであり、その後人事部局から正式に大将の昇格を言い渡され、帝国歴482年11月15日、大将になり、宇宙艦隊副司令長官となることとなるのである。
 派遣が決まったのは、以下の面々である。

 宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス大将 直属艦隊10000隻。
 第八艦隊 シドニー・シトレ大将(副司令長官) 14000隻
 第九艦隊 バール・ビュンシェ中将 14000隻
 第六艦隊 ヴィラ・デイマン中将 14000隻
 第四艦隊 ドワイト・グリーンヒル中将 14000隻
 
 このほかに、統合作戦本部長ブラッドレー大将や最高評議会のメンバー、有力政治家、財界のメンバーなども乗り込んでいた。66000隻にも上る艦隊は、あの第二次ティアマト会戦を上回るものであった。
 派遣艦隊は3月末に出立し、帝国歴483年5月に、イゼルローン要塞に達することとなるのであった。



惑星ハイネセン 高級住宅街ベルモント地区――。
 ここはもっぱら自由惑星同盟に亡命してきた高位の貴族や有力者たちがひっそりと暮らしている地区であった。何もそんなところに十把一絡げにしないでもいいのではないかと思う向きもあったが、同盟側にしてみれば、監視がしやすい事、また、反帝国主義の人間から亡命者を守るのに、一か所の方が都合がいいことなどから、そのように処置していたのである。もっとも下級貴族や官吏などは、また違った地区に住まわせているので、彼らが接触することはなかった。
そのベルモント地区のはずれ、白い3階建ての屋敷に、ことさらひっそりと住まう数人の人々があった

「そうか・・・いよいよ行くか」

 薄暗いカーテンで覆われた書斎にあって、12歳のカロリーネ・フォン・ゴールデンバウムがアルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンをまじまじと見ていた。

「はい」

 アルフレートは亡命後、自由惑星同盟士官学校に特進入校し、主席で卒業し、いよいよ少尉として前線に出ることとなっていた。卒業の日は3月10日であったが、ちょうどこの時に遠征軍がイゼルローン要塞に出撃することになる。原作から二人はそのことを知っており、まだ正式には何も発表されていないものの、前線に出ることを志望しているアルフレートがどこかの艦隊に配属されるのは間違いないとみていた。

「世話になったの。色々と。妾なぞこうしてここでなにをするでもなく無為に過ごしているというのに、そなたは勉学に励んでおった」
「なにをおっしゃるのですか。皇女殿下も4月から士官学校にお進みあるのでしょう?」

 カロリーネ皇女もまた士官学校に進む道を選んでいた。年齢に制限はあったものの、アルフレート同様特進入校を果たし、合格している。特進入校とは、年齢が達しないものの学力その他で非常に優秀な者に認められる特別入校の事である。ファーレンハイトやシュタインメッツからはだいぶ反対があったものの、最後にはカロリーネ皇女の説得で折れたのだ。

「シュタインメッツよ、どうかアルフレートを頼むぞ」
「はっ!」

 シュタインメッツは、自由惑星同盟において少佐待遇で軍属になっていた。もっとも軍服は相変わらず帝国軍のものであったし、無任所属の身であるので、アルフレートの護衛役ということになっている。シュタインメッツもアルフレートとともに艦隊に配属されることとなっていた。これはファーレンハイトのほうも少佐待遇という形で同様である。もっともこちらは、皇女付きの侍従武官という姿勢を崩していなかったが。

 少年少女はともかく、シュタインメッツ、ファーレンハイトはだいぶ同盟の軍部から取り調べを受けていた。それはそうだろう。彼らにしてみれば、現役の帝国軍人が亡命してきたのだ。内情を知る絶好のチャンスに食いつかないわけがない。
 だが、脅されても、すかされても、シュタインメッツやファーレンハイトは頑として話さなかった。武人の矜持である。
 だが、カロリーネ皇女殿下やアルフレート殿下の「滞在許可」を取り消すとほのめかされ、やむなく二人は話した。だが、機密事項については言葉を濁し、必要最小限の程度で帝国軍の内情を語ったのである。最初はいらだった同盟側も、二人の清廉剛直な人柄に、納得もし、あきらめもし、ついにはそれ以上手を出すのをやめてしまったのだった。
 
 最も監視の目は怠りなかった。アルフレートやカロリーネ皇女殿下が軍属になったのも、ファーレンハイトやシュタインメッツが彼らの護衛という形で軍属になったのも、監視がしやすくなるという動機からだろうと4人は見ている。
 だが、同盟側の意向がどうであろうと、こうして同盟に居住し、かつ職業に就けることを幸運だと思わなくてはならないと4人は思っていた。

「そうじゃ。出立まで間もないことゆえ、ファーレンハイトと共にでかけてくるが良い」

 カロリーネ皇女殿下が提案する。

「それはなりません。皇女殿下。小官たちの不在の間に何かあれば――」
「無用の心配じゃファーレンハイト。それにここにはまだ侍女たちがおるでな」

 亡命中、バウムガルデン公爵の事、さらにカロリーネ皇女のことを知ったハイネセン在住の亡命貴族たちが、そっと自分たちの娘や姪、侍女たちを幾人かつけてくれたのだ。皆とても素直な人柄ですぐに4人とも打ち解け、また、それらを訪ねてくる親たちもいたりして、時にはあまり目立たないようにパーティーなどを催したり、郊外にピクニックに出かけたりしたものである。
 そのささやかな幸せの時も、終わりに近づいてきていた。

「行ってくるが良い。ただし、あまり遅くなってはならんぞ」

 まだ10時過ぎである。夕方までには十分帰ってこれるだろう。そう思ってのカロリーネの言葉だった。

「では、ありがたくご厚意を承ります」

 二人は敬礼して、部屋を退出していった。暫くして二人が邸を出ていく姿が見えた。相変わらず人が見ていないところでもきりっとした歩き方である。文字通りの生粋の軍人なのだ。

「あ~~しんどかった。これでやっと落ち着いて話せるね」

 うって変わって砕けた言葉でカロリーネ皇女殿下が話しかけた。

「そんなに疲れましたか?」
「全然なれないわよ。それにたまにはこうしてタメで話さないと、言葉遣いが妾口調のままになるもの」
カロリーネ皇女殿下はそこまで言って、急に黙り込んだ。

「でも、それも終わりなのよね・・・・。後少しで。もう今後はこうやって話せる人はいないもの・・・・」
「皇女殿下・・・・」

 この人の本名は知らない。アルフレートは自分の本名も名乗らなかった。この世界に生まれた以上は、前世の名前などどうでもよかった。だが、やはり自分たちは前世の人間なのだ。そのことから逃れることはできそうにもない・・・・。

「いいの。終わりが来ない日などない。そのことはよくわかったから」

 庭に出てみましょうか、と皇女殿下は言った。外はまだ冬の澄み切った大気が青く晴れ渡っていたが、日光は柔らかく暖かかった。もう春なのだ。

「旅立ちの季節ね」

 カロリーネ皇女殿下が眩しそうに青空を見上げながらつぶやいた。その整った綺麗な横顔を見ながら、アルフレートは疑問を口にした。それは今まで聞きたくても聞けない事だったが、今のこの時にならば聞いても許されるような気がしていた。

「皇女殿下。一つ伺ってもよろしいですか?」
「なに?」
「殿下は、まだラインハルトのことを、門閥貴族のことを恨まれておいでですか?」

 カロリーネ皇女殿下は首を振った。

「半分かな。ラインハルトには何もされていないから、恨みも何もないわ。でも、門閥貴族、あの二人だけは許せない。絶対に・・・・!!」

 ぎりっと歯を食いしばった刹那、カロリーネ皇女殿下の顔に殺気がうかんできていた。皇女殿下の顔をよく見てきているアルフレートがぞっとするほどだった。

「でも、それさえ考えなければ、今はとても穏やかなのよ。あなたはどうなの?」
「私も正直ラインハルトには何の恨みもありません。強いて言えば門閥貴族に対してでしょうか。私たちは早く亡命を余儀なくされましたが、そのことはかえって良かったのかもしれませんね。なまじ力をつけていれば、ラインハルトと遠からず衝突することになる」

 その観測を皇女殿下は首を振って否定した。

「まだ終わったわけじゃないわ。私たちが自由惑星同盟にいる限り・・・・違うわね、そう、自由惑星同盟がある限り、ラインハルトはここにやってくる」

 そうなれば、自分たちはどうなるのだろうか。門閥貴族をやがては消滅させようというラインハルトにとって見れば、自由惑星同盟に逃れた者たちもターゲットなのだろう。ここに逃げて来ても安住の地ではない。ならば、力をつけてその時に備えるしかない。

「きっと歴代で初めてだと思うわ。皇女殿下が自由惑星同盟に亡命して、そこで艦隊司令官になるというのは。女性の艦隊司令官なんてかっこいいわよね」

 カロリーネ皇女殿下が微笑んだ。

「皇女殿下・・・」
「まぁ、そうならないように願いたいけれどね、残念ながらそうはできないでしょ。私たちがいなくなって他にも転生者がいればいいけれど、そうでなければ、ラインハルトはいずれ帝国を掌握するんだから」

 そのために、今はお互いが精進すべき時なのよ、とカロリーネは言葉を結んだ。



 
 

 
後書き
 ヤン・ウェンリーはこの一件でコーヒー党になったか・・・というと、全然そんなことはないのです。けれども、コーヒーを「泥水」とは以前ほど言わなくなったとか。 
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