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豹頭王異伝

作者:fw187
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潮流
  カルラアの翼

 マルガにも、歌は届いた。
 冷徹《クール》に戦況を読み感情を殺し最善の一手を模索する参謀長、ヴァラキアのヨナに。
 古代機械の中で眠り続ける主を護り不眠不休で結界を張る魔道師、サラエムのヴァレリウスに。
 ナリスの無事と帰還を一心に祈り続ける聖双生児、リンダの神秘的な霊能力が映像を受信。
 リンダは異母兄に良く似た黒い瞳と茶色の巻き毛を持つ華奢な男性、マリウスの姿を《視た》。
 1度も見た事の無い吟遊詩人を、出奔後の異母弟と直感的に悟る。

(見て、ナリス。
 貴方の愛する只一人の弟、アル・ディーンが歌っているのよ!
 私の脳裏に映る吟遊詩人の姿、心象《イメージ》を受け取って!!)
 パロの《予知者》は己に秘められた力を用い、湖の小島に眠る最愛の夫に精神接触を試みた。
 予知者は全身全霊を込め溢れる想いを乗せ、鮮明な映像を強力な波動に変換し投影する。

 如何なる理由に拠るものか聖王宮の一角、竜王の傀儡と化した真珠の片割れにも歌は届いた。
 ヤンダル・ゾッグは青星党と望星教団の主導する反乱を鎮める為、遙か東方に在る。
 一時的に放棄され自我の覚醒を得た竜王の傀儡、操り人形の潜在意識にも光の波動が響く。
 リンダが渾身の想いを込めて送り出した思念波、マリウスの歌が心の奥底に響き渡った。

 姉が愛する人に届けと強く念じた《歌》が、未知の次元回廊を通じ真珠の片割れに波及。
 二粒の真珠に精神の同調作用、共鳴現象が励起され聖王レムスの凍り付いた感情を融かす。
 死霊カル=モルを呼び込む原因となった間隙、心の隙間に生じた劣等感と自己否定の黒い罠。
 心を縛る黒魔道の術に優り闇の呪縛、封印を解く《力》を秘めた光の波動が心の隅々に浸透。
 聖王宮を魔宮と化す要因となった聖王の魂が根底から震え、歌声が強烈に鳴り響く。

「僕は…」
 レムスは常人の想像を絶する恐怖に直面、正気を喪った配偶者の手を取り両手で固く握った。
 パロに帰還してからの辛い日々の中で唯1人、己の味方になろうとしてくれた愛する妻。
 生ける操り人形と成り果てた王妃の手を固く握り、頭を垂れ嗚咽する若き聖王。
 歌が最大の効果を発揮したのは真珠の片割れ、弟の秘める心の闇に対してであったかもしれぬ。
 心の奥底で増幅された歌は掌を通じ、精神に異常を来たした妻の裡に吸い込まれて行く。

 パロ聖王国の貴族階級に巣食う陰湿な嫉妬と執拗な悪意、風土病と黒魔道の犠牲者。
 正気と理性を喪い廃人と化した沿海州アグラーヤ王国の姫、長姉アルミナの狂った精神の奥底に。
 マリウスの歌が響き配偶者の抱く慙愧の念、胸を灼く後悔の想いが伝わる。
 リンダと並び聖王国の命運を握る《パロ中興の祖》、《男でもあり女でもあるもの》。
 白銀の髪と紫色の瞳を持つ聖双生児、レムス・アムドロスは気付かなかった。
 感情を表す事の無くなっていた筈の聖王妃、アルミナが自ら微笑んでいる事に。

 総ての責任を引き受け重圧に押し潰されそうな事実上の最高責任者、ヨナにも歌は届いた。
 アルド・ナリスを死の淵から呼び戻す事は、総てに優先する。
 ドールに追われる男イェライシャの恩恵か、此処暫くの間は竜王の奇襲も途絶えている。
 上級魔道師ロルカ率いる数名の下級魔道師達も結界を解き、心話の増幅に魔力を投入。
 リリア湖の小島を護る最高指揮官ヴァレリウスは、強烈な念波を受信した。

 ナリスの半身とも言うべき実弟の歌と直観的に理解、心話を飛ばし魔道師達に指示。
 睡眠中の班も叩き起こされ、下級魔道師50名が古代機械の周囲に星形の魔法陣を展開。
 各5名の星型五角形、小五芳星の魔法陣10個が輝き更に大きな星を描く。
 上級魔道師達も思念を凝らし、大五芳星の真央点で魔法陣を強化。
 念波が完璧に同調され数倍に増幅され、白い星と青い星が共鳴し輝きを増す。

 茶色の巻き毛と人懐こい瞳を持つ吟遊詩人の姿と歌を、下級魔道師50名が増幅。
 リンダから届いた鮮明な映像、心象《イメージ》と音声。
 出奔した実弟の姿と声音、波動を精緻な思念波に変換し《光の船》内部へ送り込む。
 歌よ、届け。
 ナリスの、心に。

 無意識に洩らす言葉の端々から、裡に秘める激烈な想念を察知する魂の従者。
 主の《想い》を痛い程に理解する魔道師は、全身全霊を込め念波を送った。
(御聞きになられていますが、ディーン様の歌です!
 貴方が心を許す唯一の存在、最愛の弟から届いた贈り物ですよ!!)

 深層睡眠状態に在った被治療者の瞼が、微かに動いた。
 神聖パロ指導者の唇が不明瞭な音声を発し、半覚醒状態に移行した兆候を示す。
「ディーン?」
 超人アルカンドロスの遺した超科学の産物、カイサール転送機の第13号レセプター。
 古代機械の承認する聖王家の正統後継者、初級魔道師免状を持つ夢想家。
 アルド・ナリスは無意識の裡に、マリウスの歌声を聴いた。

 光の波動と歌声が絶対零度の凍気、冷酷な波動に覆われ凍り付いた感情を融かす。
 絶望に染まった心に活力を注ぎ込み、希望を無くすなと語り掛ける歌の力。
 心地良い風が吹き、闇の衣が翻る。
 何処からか暁の光が射し、漆黒の衣に覆われ隠されていた影に届く。
 光を浴びた影が異なる形態へと変貌を遂げ、多彩な想念と豊穣な感情達が実体化する。

 リンダの《想い》が、マリウスの《歌》が。
 魔道師達に増幅され、ナリスに届く。
 暖かい温もりに包まれ、氷の世界が溶ける。
 遙か彼方から暁の光と風が届き、不可思議な声が響いた。

『貴方には全ての光と、全ての闇とを共に組み込んであります。
 光のみの解答も、闇のみの道も、共に誤りだと知りなさい。
 地上の闇ではなく、王の内に在る見果てぬ闇をこそ恐れなさい。
 正しい選択に縁って進んで来ている限り、貴方は常に《風》の消息に出会うでしょう。
 貴方を慕う数多の民に護られ、鍵を開ける刻を待ちなさい。
 暁の光は常に、王と共に在るでしょう』

 重苦しくうちひしがれる歌声が、封印していた記憶を甦らせる。
 ミアイル公子の暗殺を命じ、マリウスを犯人に仕立て上げた悔恨。
 唯一人の弟の帰還を渇望しながらも、自ら会う勇気を持てずにいた真の理由。
 自分より愛する者を選んだ弟、アル・ディーンへの嫉妬。
 憎まれて当然の命令を下した罪悪感、再び捨てられる恐怖。
 吟遊詩人マリウスの歌声が、優しく語り掛ける。

 君は、1人じゃない。
 僕が、傍に居る。
 僕は決して、君を見捨てはしない。
 力強い歌声が、心の奥底に響き渡る。

 誰一人、見る者の無い《光の船》。
 ナリスが無限の興味を注ぐ聖王家の秘蹟、古代機械の中で。
 麗人の閉じた瞳から、白く光る涙が湧き出す。
 滂沱と溢れ落ちる涙は尽きる事を知らぬかの様に、何刻までも流れ続けた。

 エルファ、サラミス、マルガ、ダーナム、カレニア、マリア。
 人々の心に、歌が響く。
 カラヴィア、サラエム、シュク、アルム、ジェニュア。
 竜の門に蹂躙される聖都クリスタル、魔宮へ変貌を遂げた聖王宮の最奥にも歌が届く。
 魔道師達の紡いだ遠隔心話の連絡網《ネットワーク》に乗り、パロ全域に歌は響き渡る。
 カルラアの与えた水色の翼が輝き、パロを光に導く聖王の誕生した瞬間かもしれなかった。

(あの詩人に、こんな奇蹟(ミラクル)を引き起こす魔力が潜んでいたとは思わなんだ。
 九百年も生きておるが、この様な素晴らしい歌は聴いた事が無い。
 あの頼り無い吟遊詩人は、『光と闇を其の身体で結ぶ』存在と納得した。
 一千年を生きた《北の賢者》、ロカンドラスも惜しい事をしたものだ。
 人間の領域を超越した大導師アグリッパと異なり、人の子の感情を理解する者だからな。
 歌の力を体感すれば何かが変わり、もう少しだけ人の世を見守る気になったかも知れぬ)

(あぁ、全く同感だな。
 それに何と言うか、ホータンで聴いた時よりも《響いた》。
 おぬしや魔道師達が此の場に居てくれて良かった、パロ中に歌が届き必ず何かが変わる。
 マリウスの歌は何時も俺の心に響き、希望と勇気を取り戻してくれる特効薬なのだからな) 
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