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思わぬ奇病

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5部分:第五章


第五章

「私は別にね」
「おかしくないのか」
「だってそうじゃない」
 さも当然といったような口調だった。
「不健康な生活していたら当然身体が弱るわよね」
「ああ」
「そうしたら免疫も落ちるし」
「だから伝染病にかかるのか」
「私はそう思うわ」
 やはり口調はそのままだった。
「だから。それはね」
「不思議じゃないか」
「そう思うけれどね。話を聞く限りは」
「そうなのか」
「他にわかったことはあるの?」
 夫にさらに尋ねる。道には通行人もいれば飼い主に連れられて散歩をしている犬もある。夕方のごく有り触れた街の日常の中である。
「病気について」
「命には別状のない病気らしいな」
「それは何よりね」
 夫の言葉を聞いて微笑みになった。やはりこのことは大きかった。
「それで死なないっていうのは」
「あとどうもよくわからないんだが」
「今度はどうしたの?」
 声で首を傾げる夫に対して問う。
「いや、この星についてだよ」
「この星?」
「最初から変なウィルスはなかったよな」
「ええ」
 夫の言葉にまずはこくりと頷く。
「それはね。確かになかったわ」
「命に関わるような悪質なものはなかった」
 このことをまた言う。
「確かその筈だったよな」
「今のところはね」
「けれど入植して二百年も経つし」
「それでも見つかるケースだって考えられるじゃない」
「ううん、どうかな」
 ジョンにとってはどうにも引っ掛かるものがそこにはあるのだった。そしてそのことを隠すことなく率直にクリスティに対して述べるのだった。
「空気感染するようなものならそれこそな」
「まず見つかるっていうの?」
「入植の時にまずするのはそれだよ?」
 ウィルスの探索である。入植に際して行うのはまずそれなのだ。探索をして生活環境を整備するのと共にそれを優先的に行いそれから本格的に入植するのが常だ。
「それでどうして」
「訳がわからないのね」
「そういうことだよ。何でかな」
「とにかくは」
 首を捻りながら夫の疑念に応えた。
「患者さん達の診察結果を見ないとわからないわよね」
「全くだ。じゃあ今は自分が病気になっていないことを神に感謝するか」
「そういうことね」
 こう言い合っても不安が消えることはなかった。次第に病気の調査が進みあることがわかった。それはシリウスの市民達にとっては驚くことであった。
「成人病!?」
「あの肥大化するあれが!?」
「嘘だろ!?」
 誰もがニュースを見て驚きの声をあげた。驚かざるを得なかった。
「そんな筈はない」
「そうだ」
 彼等は口々に言う。
「こんなことってあるのか」
「まさか」
 容易には信じられなかった。だが次第に。皆確かなデータを見せられて納得した。せざるを得なかったというのが現実であった。
「まさかとは思ったが」
「そうね」
 ジョンはこの日の朝テーブルで新聞を読んでいた。クリスティがそれに応える。二人の今日の朝食は和食だった。味噌汁にメザシが見える。
「こんなことってあるのね」
「ウィルスはウィルスだった」
 ジョンは言う。新聞から目を離してはいない。
「しかしな。それだけでは何の影響もないなんてな」
「突然変異でそうなったなんてね」
「ああ、全く」
 どうにもわからないといった様子で首を横に振りながら妻に応えた。
「こんなこともあるのか」
「まだ突然変異の原因については調査中だったわね」
「ああ、それはまだだ」
 新聞を読みながら妻に答える。
「それはな。しかしだ」
「とりあえずの原因はわかったのね」 
 こう夫に問うた。
「それでも」
「そうだな。何はともあれ痛風や糖尿病の人がこのウィルスにかかると」
「ああなるのね」
「原因がわかればどうということはない」
 これまでになく素っ気無い言葉だった。今までとは状況が全く異なっていた。
「それさえわかればな」
「それさえなのね」
「ああ、それさえだ」
 こう妻に述べる。
「わかってしまえばどうとでもなる、病気というものはな」
「それで患者さん達は伝染病ではなく痛風や糖尿病の治療を受けているのね」
「ああ、そうだ」
 また妻に答えた。
「今はな。だから俺は助かったのか」
「言ったでしょ。痛風や糖尿病になったら大変だって」
「それはわかるが」
 苦い顔で妻に言葉を返した。
「それでも。これは」
「これは?」
「随分苦しい治療だな」
「あら、そうかしら」
「ビールが飲めなかった」
 まず言うのはこのことだった。
「これが一番辛かったな」
「ワインじゃ不満だったのね」
「好みの問題だからな」
 仕方ないというのだ。酒というものはとりわけ嗜好が出るものだからこれは仕方のないことであった。ジョンも自分でわかっていることはわかっているのだ。
「これについてはな」
「そんなに嫌だったの」
「まあそれでも」
 しかしここで言葉を変えてきた。
「和食とかは悪くなかったな。鶏肉もな」
「そうでしょ?ヘルシーもいいものよ」
 にこりと笑っての夫への返答だった。
「特に今日の御飯はね」
「これか」
「どうかしら、今日のお米は」
 御椀にある米をさして問う。
 
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