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思わぬ奇病

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1部分:第一章


第一章

                   思わぬ奇病
 そう感じたのはたまたまだった。朝起きて不意にであった。
「!?何かな」
「どうしたの?」
 妻のクリスティが怪訝な顔で彼に声をかけてきた。ブロンドに灰色の目を持つ妻は結婚して二十年を過ぎているがそれでも少女の頃の美しさを保っていた。
「風邪!?」
「いや、何かな」
 自分でふと探ってみたが頭が痛くもないし身体がだるくもない。何か急に違和感を感じただけであった。それも右足のごく一部にだけだ。
「ちょっと感じて」
「何を感じたの?」
「右足がね」
 まずはこう答えたのだった。
「ちょっとおかしいんだ」
「痺れるとか?」
「そういう感じかな」
「親指の付け根?」
 妻は今度はこう彼に尋ねてきた。
「それだったらひょっとして」
「そういえば近いか」
 妻の言葉に彼も頷いた。言われてみれば違和感を感じたのはその辺りだ。
「そこに」
「痛風じゃないかしら」
 眉を顰めさせて夫に言ってきた。
「それってまさか」
「痛風か?」
「だからビールを飲み過ぎなのよ」
 今度は心配する顔だった。
「いつも言ってるでしょ。ビールは身体にあまりよくないから」
「そんなに飲んでるか?」
「毎日どれだけ飲んでるのよ」
 今度は咎める顔と声であった。
「あれだけ飲んでならない方がおかしいわよ」
「そうかな」
「そうよ。じゃあ暫くビールは中止ね」
「えっ・・・・・・」
「ワインよ」
 そしてこう夫に告げるのだった。
「ワインにするわ。いいわね」
「ワインはあまり」
 だが彼はここであからさまに嫌そうな顔を妻に向けるのだった。
「どうもな。好きじゃないんだが」
「じゃあお酒自体駄目よ」
 妻の言葉は実に厳しいものであった。
「それだと。どっちがいいの?」
「わかったよ」
 観念した顔で妻に答えた。
「じゃあワインだよ。それでいいんだな」
「前から言ってるけれどビールよりワインの方がずっと身体にいいのよ」
 ここぞとばかり夫に対して言うのであった。
「ビールは悪酔いするし」
「そうなのか」
「ドイツ人を見ればわかるじゃない」
 ここでドイツ人を話に出すのだった。
「太ってるし頭は禿げてるのが多いし」
「ううむ」
 この言葉で自分の腹や髪の毛を意識する。腹を見れば確かに最近出て来ているし髪の毛も心配になってきた。思い当たるふしがないわけではない。
「ああなりたいの?ドイツじゃ痛風は国民病よ」
「だからワインか」
「そうよ。痛い思いしたくないでしょ」
「ああ、まあな」
「折角ここまで大きな病気一つしていないのに」
 こう言ってまた夫にビールのことを話すのだった。
「ビールを止めたらそれだけで違うから」
「じゃあこれから一緒に食べるのは」
「チーズ用意しておくわ」
 やはりこれが出て来た。ワインと言えば昔からチーズである。これはそれこそ二十世紀、人類が地球にあった頃から変わらない。遠く離れたこのシリウスにおいてもだ。
「あとは和風でお豆腐」
「お豆腐!?」
「これは凄く身体にいいのは知ってるわよね」
「ああ、それはな」
 この時代豆腐は皆が食べる食べ物になっていた。その栄養の高さと健康へのよさもまた誰もが知っているものになっていたのだ。
「知ってるけれどワインにお豆腐!?」
「何言ってるのよ、ジョン」
 妻はここで彼の名前を笑って言ってきた。やはり結婚したての少女の頃の微笑みそのままだ。テーブルの向かい側に座ってトーストを手で千切る動作も何処か少女らしい。
「日本人は白ワインでお豆腐を飲んだりするのよ」
「白ワインですか」
「お魚はそうじゃない」
 妻はここで魚も話に出してきた。
「ムニエルとかそうでしょ?あとフライも」
「ああ」
 これは彼もよく知っていた。実はビールでそういったものを楽しんできたのだ。ただワインが好きでないのでそうした食べ方をしていなかっただけだ。
「それと同じなのよ」
「じゃああれか」
 ここでジョンはあることに気付いたのだった。彼もまたトーストを食べながら言うのである。
「お刺身とか天麩羅も白ワインになるのか」
「そうよ。牡蠣料理もね」
「日本人は変わってるな」
「あくまでワイン派だけよ」
 こう断る妻のクリスティであった。
「日本酒がいい人はやっぱりそれよ」
「あれは少し」
 日本酒が話に出るとジョンの顔が雲った。
 
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