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クラディールに憑依しました

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 ある日の事だ、俺は赤ん坊になっていた。
 覚める事の無い悪夢に身を任せて時が過ぎ去った、そして中学に上がる前だったろうか?


 『茅場晶彦』


 ゲーム業界でその名前が有名になり始めた。

 ――此処はSAOの世界か。

 俺の人生設計はこの時に決まった……筈だったのだが。


 中学に入って自分の顔に見覚えがある事に気付いた。
 特徴的な目付きに頭の骨格……。


「クラディールだよな、俺」


 茅場晶彦がこの世界に居ると知って、金を貯めてSAOを買うつもりだったのだが……どうする?
 このままでは主人公とヒロインが微妙な関係のままで、ゲームクリアも難しくなるんじゃないのか?
 けどなー……ヒロインにストーカーして主人公とのキューピット役かー……俺の人生詰んでるジャン?

 まぁ、成るように成れ成れ、俺の知ったこっちゃね。

 こうして俺の人生は半ヤケクソ気味で時間だけが過ぎていった。
 SAOβ版は応募しまくって何とか割り込む事が出来た。

 ゲーム内での行動は三つ。

 一つ、レベル上げとソードスキルの確認。
 二つ、フィールドやアイテムの確認。
 三つ、鍛冶スキルによるオリジナル武器の生産確認。

 ぶっちゃけ三つ目のオリジナル武器はネタ装備だ、初期生産の短剣を組み合わせて作ってみたが、店売りでも充分製作可能だった。
 ……ゲーム後半での強度が問題になるな――リズベットに無理言って作らせるか。


「流石ベータ版、狭いわ」


 ゲーム内を適当に歩き回るとヒースクリフや主人公のアバターを何度か見かけた。
 触らぬ神に祟り無し、そうやって俺は特に行動を起こす事もなく本サービス開始日を迎えた。


 まずは夕方の鐘が鳴るまで全力でレベルを上げる。
 装備を整える為に食費を無視してとにかく金を稼ぐ。

 夕方の鐘が近い――街に戻って最後の装備を整えてからローブでも買うか。
 街に戻ると一部の人間が慌しくなっていた――ログアウト不能に気付き始めたか。

 鐘が鳴り、茅場晶彦によるSAOチュートリアル開始。

 俺はβ時代に確認した脱出経路を背後にして、見えない壁が消えるのを待っていた。
 壁が消失したのを確認した俺は一気に階段を駆け上がり、二階から飛び降りて街の外へと駆け出した。
 次の街へ進みながらレベル上げの続きだ……ついでに牛だか蜂蜜だかのクエストもクリアしていくか、アレはアレで重宝したしな。



 あの日から約三十日、第一層のボスはまだ攻略されていない。
 だが俺が篭ってるダンジョンには、二週間ほど前から戦い続けるもう一人のお仲間が居た。


「よう、繁盛してるかい?」
「……別に、効率なんて考えた事も無いわ」
「まぁ、そう言うな、今日も飯と水を持ってきたぜ、食ったらペアで経験値稼ぎだ」


 この作品のヒロイン、近い将来《閃光のアスナ》と呼ばれる女だ。

 ダンジョンに篭って昼夜問わずのデスマーチをやってたら狩場が被った。
 日に何度も顔を合わせるもんだからアイコンタクトで敵を譲ったりしている内に話をする様になり。
 『良かったら飲むか?』と水を渡したりと――徐々に餌付けしていった結果がこれだ。

 俺からパンと水を受け取り一気に口の中に放り込んで飲み込んだ。


「……いつも通り食費は払うわ」
「いや、今日に限っては要らねーよ」
「え?」
「毒入りだからな」
「くはッ!? ……う、嘘!?」


 ガクガクと体を震わせアスナが地べたに伏せる。
 アスナの剣を蹴り飛ばし、安全を確保する。


「んー、有り合わせのアイテムと知識だけでやってみたが……中々行けるモンだな」
「な、何でこんな!?」
「社会勉強って奴だな、ほれ、俺のHPカーソルを見てみろよオレンジじゃない、緑のままだ――システム上は犯罪扱いにはならないって事だ」
「……オレンジ? 緑?」
「あー、そこからかよ……盗みや傷害罪――殺人罪、つまり犯罪を起こすとカーソルがオレンジに変わり、モンスターと同じ扱いになる訳だ
 ――良く見てろ」


 アスナの肩にナイフを突き刺す、それと同時にアスナのHPが減少して俺のHPカーソルがオレンジに変わる。


「これで俺はモンスター扱い、攻撃しても殺しても犯罪にならない、街にも入れなくなるが――緑に戻すクエストもある」


 今度は麻痺状態のアスナに短剣を握らせて地面に突き刺す、そして俺の腕を無理やり通して切断する。
 肘から先が消滅エフェクトと共に失われた。

「――自分の腕を!?」
「これが部位欠損ダメージ、特定の攻撃条件で発生するんだが一定時間で元に戻る――正に当たり所が悪かったって奴だな
 ほれ、俺のHPは減少したのに――お前のHPカーソルは緑のままだ」


 アスナの手から短剣を引き剥がしてメニューにしまう。


「今の行為は窃盗にはならない、元々俺の武器だからな――意図的に盗ませて相手をオレンジにするって方法もある気を付けるんだな
 ちなみに麻痺毒は薬剤調合スキルの応用だ、お前さん人が良さそうだからな、行けると思って一気に使用回数を増やしてレベルを上げてみたんだよ
 ……そうだな、ついでに倫理コードってのも教えといてやるよ」


 俺はまだ痺れてるアスナの指を取りメニューを開いて倫理コードを解除する。


「メニューが勝手に!?」
「知らなかったのか? 麻痺してる相手や寝てる相手の指を使ってもメニューを開けるんだよ、外で寝る時は気を付けるんだな」
「――そんな」
「普通なら完全決着デュエルを了承させて殺したり、アイテムも金も奪ったり出来るんだが、倫理コードは違う」
「な……何?」
「エロい事し放題だ」


 俺の台詞にアスナの顔から血の気が引いていく。
 そして部位欠損ダメージで消滅した俺の腕が復元された――手を伸ばして違和感が無い事を確認する。

「ふむ、問題無い様だな……ちなみに、レベルの低い麻痺毒は早くて十分程で切れる――もう動けるだろ?」


 アスナはガバッと身を起こして俺から距離を取る。


「勉強になったかな?」
「……ええ、とてもね」
「後、剣は予備も用意しておけ、こうして落としたり奪われたり、折れたりした時が大変だぞ」


 そう言って蹴り飛ばした剣を拾ってアスナの方に投げ捨てた。


「……あなたは何がしたいの?」
「……ボスの部屋が見つかったそうだ、俺は行かないからお前は頑張って来い」
「話を逸らさないで」
「別に、単なるお節介だよ、寝る時は宿屋で寝ろ、あそこならシステムで護られてるから、寝てる最中に死ぬ事も変な事もされねーよ」
「……本気で言ってるの?」
「さっさと倫理コードをロックしろ――そっちも実践するか?」


 アスナがメニューを開いて倫理コードをロックする。


「――あなたが茅場晶彦なの?」
「俺がこんな壮大なゲームを作れるような奴に見えるか?」
「……見えないわ」
「だよなー、んじゃ、また何処かで会おう、一緒にレベル上げができて楽しかったぜ」
「出来れば二度と会いたくないわ」
「……そりゃ無理な相談だな、お前は男運が無さそうだしな、これまでもこれからも」
「――っ」


 心当たりが沢山あるだろうなー。


「まぁ、そう言う訳で、これからも何処かで会うだろう、じゃあな」


 俺は闇に紛れてアスナの元から全力で走り去った。


「危ねー、レベリングしてなかったら俺が一方的に串刺しにされてたぜ、早めにクエスト受けてオレンジを緑に戻しとくか」


 二日後、第一層のボスが倒され、緑に戻った俺は第二層で思う存分レベルを上げて楽しんだ。
 
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