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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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百三 毋望之禍

阿鼻叫喚だった。


「お、落ち着け!二人とも…ッ」
「ナルト様に対して無礼極まりない言動、万死に値します」
「非常に、かなり、とても、気に食わないですが、同意見です。いくら依頼主だからといって、言っていい事と悪い事があります」
「いや警護する身だからな!?護衛対象だからな!?」

急変した白と君麻呂の態度に、慌てて声を荒立てる。紫苑に死の予言を下された途端、普段の涼しい顔は何処へ行ったのかというぐらいの二人の変わり様に首を傾げながらも、ナルトはすぐさま白と君麻呂を押し止めた。今にも紫苑に詰め寄ろうとする二人を足穂と共に取り押さえる。

それでも猶、紫苑を忌々しげに睨み据える白と君麻呂。いつもならば従順なまでに従う二人の珍しい様を怪訝に思いながらも、ナルトは叫ばずにはいられなかった。

「君麻呂、殺気を出すな!白も冷気を纏うんじゃない!何故こんな時ばかり息が合うんだ、お前達は!?」







激昂する白と君麻呂をどうにか宥めたナルトは、足穂の案内で控えの間へ通された。

居住まいを正すナルト達の前で、落ち着きを取り戻した足穂が、こほんと咳払いする。だが寸前の白と君麻呂の怒り具合によほど驚いたのか、さりげなく二人から距離を取っているのが見て取れた。

「どうぞお許しください。紫苑様は度々あのように人の死を予知なさるのです」
平身低頭して詫びる足穂に、「顔を上げてください」と慌てて伝えるナルトとは対照的に、白と君麻呂は揃って「「予知?」」と眉を顰める。
「しかしお気になさらぬよう」

ナルトの声に従い顔を上げた足穂の言葉に、白と君麻呂がすぐさま同意を示した。
「そうですよ!気にしては駄目です、ナルトくん」
「予知などそうそう当たるものではありません、ナルト様」
「いえ、今までのところ百発百中です」
二人して代わる代わるナルトに声をかけていた白と君麻呂だが、足穂の感情の無い一言で一瞬にして顔色を変えた。

「「な…⁉今、気にするなって…⁉」」
「ですから、気にされても無駄だという事なのですが…」
足穂の淡々とした返答に、またもや表情を変える二人を、死の予言を受けた当の本人たるナルトは感慨深げに眺めていた。当事者にも拘らず、あまり表情が顔に出ない白と君麻呂が珍しく熱り立つ様子を微笑ましげに見ている。
そのあまりに穏やかな眼差しを受け、逆に戸惑った足穂がナルトに訊ねた。

「あまり…驚かれないんですね…」
「ん?何がですか?」
「いえ、死の予言を賜わった大抵の者はどんなに落ち着きのある者でも取り乱します。ですが、貴方は…」

まるで他人事のような口振りだ、と暗に告げる足穂に、ナルトは得心がいった顔で肩を竦めてみせる。
その仕草はとてもまだ十二・十三歳の少年とは思えないほど大人びたもので、現在対峙しているこの少年は本当に子どもなのだろうかと足穂は錯覚を覚えた。

「…人はいつか死ぬものだよ」
ナルトは穏やかに微笑む。しかしながら、口にした言葉はとても重過ぎて、そして切実めいたものだった。


「――そんな事より、失礼ながらお訊ねしたい件が幾つかあるのですが…」
自らの死の予言をそんな事と一蹴して、ナルトは足穂へ問うた。

「此度の紫苑様の警護の任、何ゆえ各国に依頼なさらなかったのですか?依頼を受けた身、このような事をお訊ねするのは不遜ですが、火の国にほど近い御国故、普通なれば木ノ葉隠れの里に依頼するのが条理なのでは…?」
至極丁寧なナルトの質問を受けた足穂は微塵も機嫌を損ねる事なく、返事を返した。

「疑問を抱かれるのも無理はありません。確かに火の国と我が鬼の国は同盟を結んでおり、木ノ葉隠れとも親交関係にある…。ですがある一件で、聊か溝が出来まして…」
徐々に顔を曇らせる足穂に、ナルトが話の続きを促す。
国の内情故、普段の足穂なら決して話さない内容なのだが、ナルトの前では何故か口を滑らせてしまう。自然と唇から紡がれる鬼の国の込み入った話を足穂は淡々と語り続けた。

「先ほどの予知ですが…紫苑様が予知なさるのは大体においてお傍に仕える者達の死だけです。というのも、死を予知された者は紫苑様の為なら命を投げ出そうという者ばかりでした。もし、彼らが予知を裏切り、生き延びたとしたら、」
そこで一度唇を噤んだ足穂の言葉尻を捉え、ナルトは己の予想を静かに告げた。

「――命を落としていたのは紫苑様だった?」
「…仰る通りです。故に近頃では鬼の国の者でありながら、紫苑様の予知を賜わるのを恐れ、避ける者さえいる有り様…。そんな紫苑様に心を痛めた者が仕出かしてしまった事件こそが、木ノ葉隠れの里との親交関係に亀裂を入れてしまったのです」
悲痛な面立ちで顔を伏せた足穂の話に、ナルトは黙して耳を傾けた。白と君麻呂も足穂が話し始めてからは沈黙を貫いている。
暫しの静寂の後、足穂は意を決したように打ち明けた。

「鬼の国の衛兵の一人…私と旧知の仲だったススキという者が紫苑様を案じるがあまり、木ノ葉隠れの里に無断で潜入したのです」
「…何の為に?」
そこでようやく口を開いた君麻呂が問うと、足穂は益々沈痛な面立ちで俯いた。

「鬼の国の巫女は死ぬ事が許されない。予知された者は巫女の身代わりとなって死ぬ事で巫女を生かす…これが巫女と鬼の国に住まう者に与えられた運命なのです。おそらくススキは…紫苑様を巫女の呪縛から逃れさせたい一心だったのでしょう。その何らかの方法が載っている巻物を彼は探し求めていた。そしてそういった希少な類が載っている書物は大概が忍びの里にある。…ですが、何度交渉してもそんな秘蔵の品の貸し出しを里が了承するはずがありません。木ノ葉も然り。思い余ったススキは…、」

木ノ葉隠れが厳重に保管している巻物を奪取する目的で里に潜入し、捕らえられたと言外に含ませ、足穂はそれきり口を閉ざした。足穂の話に思い当る節でもあるのか、人知れず思案するナルトの傍らで、白がおずおずと訊ねる。

「ではそのススキという方は…今も木ノ葉に捕らえられていると…?」
「いえ、既に他界しました…。木ノ葉から自害との知らせを受けましたが、私にはそれが真実なのか判断出来ない…っ!」


忍びにとって秘蔵の巻物の窃盗は非常に重い罪である。それがたとえ他国の人間が犯した罪であっても、許される事は無い。
しかしながら同盟国同士故、鬼の国は木ノ葉隠れの里にススキを引き渡してほしいと懇請し、木ノ葉隠れもそれを了承した。その間、ススキは木ノ葉厳重警戒施設に収容されたが、数日後には引き渡す手筈になっていたのだ。

だが結果は、ススキの自殺という衝撃的な報告を受けた鬼の国。
確かに窃盗目的で里に潜入したススキの罪は重いが、それが死という形で返ってくるなど、鬼の国は思いもよらなかった。特に木ノ葉隠れは他の忍びの里に比べたら温厚な里だと耳にしていただけ、衝撃も大きい。第一、本当にススキが自殺したのか、それとも他殺なのかは鬼の国からしたら判別出来ないのである。遺書でもあれば話は別だが。

「従って、我々は木ノ葉隠れの里に容易に依頼出来なくなりました」
「…それで、何処の国にも所属していない組織に依頼したと?」


火の国にほど近い鬼の国は小さな国家にも拘らず、大国の侵略を受けずに依然として残っている。それはひとえに、鬼の国にいる巫女の存在と、そしてその巫女に封印されし妖魔が大いに関係していた。
つまり、もし妖魔【魍魎】が実際復活し、それを滅ぼしたとなると、鬼の国は瞬く間に周囲の大国に侵略されてしまうだろう。
要するに、妖魔の存在は鬼の国が侵略を受けずこのまま存続する為の保険そのものなのである。

表向き火の国と同盟を結んでいる鬼の国だが、現在ススキの件により木ノ葉隠れに依頼する事に聊か抵抗がある。だが他の忍び隠れの里に依頼するも、その後ろ盾には国がある。仮に復活した妖魔の封印及び殲滅が出来たと知られれば、各国は挙って鬼の国の侵略に乗り出すかもしれない。
その危機を回避する為に鬼の国はわざわざ何処の国にも所属していない『暁』を指名してきたのだ。


(その前に世界が滅んでしまったら無意味だろうに…)
内心呆れながらもそんな事は億尾にも出さず、「なにとぞ紫苑様をお守りください」と頭を下げる足穂にナルトは承諾の意を示したのだった。















「紫苑様を封印の祠まで無事お届けするのだ!命を捨てる覚悟のある者のみ加われ‼」

館全体に響き渡る足穂の声。
紫苑はそれをどこか夢現に聞きながら、欄干から屋敷を俯瞰していた。眼下では、足穂が沼の国の祠へ巫女をお連れする護衛を募っている。
館の兵士達が挙って志願するのを視界の端に捉え、彼女は悲痛に顔を歪めた。

警護の任につきたいと本心から願う者が今この国にいるだろうか。死の予知を実際に受ければ、誰だって紫苑の傍にいた事を後悔するに違いない。

紫苑とて、本当は予知などしたくない。けれど彼女にとっては、それが己に課せられた使命であった。妖魔【魍魎】を封印出来る巫女がいなくなれば、遠からず世界は破滅する。それを防ぐ為の仕組みが予知なのである。
自らの死を察したその時、巫女の魂は肉体を離れ、過去の自分に死ぬ瞬間の映像を見せる。同時にその際、巫女の傍にいる者の姿をも視界に入る。その者は予知を聞き、己が身代わりとなって死ぬ事で巫女の死を防がねばならぬという考えに至る。

つまり巫女とは他人を犠牲にしても生き続けなければならない生き物なのだ。
何れ来たる妖魔の封印が解き放たれた時の為に。【魍魎】によって滅びゆく世界を救う為に。

そして今、その妖魔【魍魎】が蘇ったという。
本来ならば世界の危機故に諸国が一致して【魍魎】の封印及び殲滅に乗り出すべきなのだろうが、仮に封印及び殲滅出来たならばその後が厄介だ。鬼の国はとても小さな国家故、大国に攻められればあっという間に支配されるだろう。
いくら巫女の血筋を守る国とて、国の上層部は自国の保身を第一に考える。鬼の国の議会でもたらされた発言は先を見据えるなどというものだったが、実際は【魍魎】の復活を楽観視し、我が身可愛さ故である。妖魔よりも大国からの侵略を恐れているのだ。
そこで秘密裏に何処の国にも所属しない組織『暁』に紫苑の警護を依頼したのである。

紫苑とて【魍魎】を封印出来なければ、世界が滅びる事実を知っている。だが、上層部の決定には逆らえないし、どちらにせよ己が沼の国の祠に出向いて妖魔を封印しなければ、世界は終わってしまうのだ。

けれども紫苑はもう、誰も巻き込みたくなかった。巫女の運命やら役割やらから逃げ出したかった。先日、黄泉の配下たる四人衆に襲撃された際、鋭利なクナイを前に何もしなかったのも、己の死を回避する為に誰かを犠牲にしたくなかったからだ。
他人の屍の上でのうのうと生きている己にはもうほとほと嫌気が差していた。けれどもまた、生き延びてしまった。
突如介入してきた、あのナルトという少年によって。
ならばやはり己がすべき事は一つ。


紫苑は鋭く眼を眇めて、欄干から身を離した。母屋に戻り、身に纏う白の装束を脱ぎ捨てると素早く旅支度を始める。
その紫紺の瞳には決意の色が強く宿っていた。
















「乗り心地が悪い!もそっと女らしい身体になれ」
「いや、そもそも男だから」

背中から飛んでくる紫苑の野次に、ナルトは苦笑を零した。紫苑の文句を聞いて白と君麻呂の機嫌が益々低下してゆくのがわかる。
護衛対象を背負うナルトを挟んで移動しているのだが、前からも後ろからも不穏な空気を感じ取って、彼は今一度口許に苦笑を湛えた。


ここ数日ナルト達は、巫女の屋敷にて足止めされていた。
その理由は、紫苑の護衛に衛兵達を連れて行くという足穂の主張が原因である。けれども呼集に応じる者はさほど多くなく、足穂は毎日のように館を走り回っていた。

一刻を争う時期だというのに、悪戯に過ぎてゆく時間。
それにやきもきしていた頃、当の本人たる紫苑が旅姿に身を包んでナルト達の許へやって来たのである。紫苑の先導で館の裏出にある滝へ向かう。其処は以前、ナルトと四人衆の一人・クスナが対峙した場所なのだが、実はその滝の奥が抜け道となっているようだ。

滝の抜け道を抜け、館を出たナルト達は、従者たる足穂に無断でよいのか、と進言したのだが、紫苑は頑なに首を振るだけであった。


以上の事があって、ようやく任務を実行し始めたナルト達一行。
現在、鬼の国の巫女・紫苑を連れて、目的地である沼の国へ向かっている最中なのだが、普通の人間ならばかなりの日数がかかってしまう。
従ってナルトが紫苑を背に乗せて、木の枝から枝へ飛び、移動しているのだ。

最初は白と君麻呂が、己が紫苑を連れて行くと進み出たのだが、双方とも彼女に良い印象を抱いていないのは明らかである。特にナルトへ死の予知を齎してからの紫苑に対する態度が顕著だ。

表情にこそ出ていないが、不穏な空気が醸し出されている。その矛先を向けられている紫苑は全く気付いていないようだが、聡いナルトは即座に理解した。
これは自分が紫苑を背負ったほうが良いだろうと。


零尾暴走の危険を察した際、白と君麻呂だけを別行動にしたのも直観に従ったまでである。自分が倒れたら、零尾だけでなく彼らも暴走しそうな予感が何故かしたのだ。
とりあえず、よく女性と間違えられる白に頼まなくてよかったな、と紫苑を背負い直してナルトは思った。

まずは鬼の国の遺跡周辺の結界に閉じ込めている【魍魎】配下の幽霊軍団から紫苑を引き離さなければならない。ナルトが張った結界なら破られる事は無いだろうが、白と君麻呂の結界はさほど丈夫ではない。よって、誰かが結界内に侵入し、【幽霊軍団】と対峙する事で足止めしなければならない。
【念華微笑】の術でその足止め役に連絡を取ったナルトは、改めて鬼の国の深い森を突き進んでゆく。


ふと見知った気配に気づいて、ナルトは先鋒を務める君麻呂の名を呼んだ。
名を呼ばれた君麻呂が足を止めるのと、一本の矢が飛んできたのはほぼ同時だった。

「何者だ⁉」
矢を難なくかわした君麻呂が鋭く叫べば、矢を放った本人はあっさりその姿を現す。
紫苑の従者の足穂だった。

「何のつもりじゃ⁉」
付き人の登場に、すぐさま紫苑が怒りと動揺を露わにする。ナルトの背から身を乗り出しての主人の叱咤を、足穂は涼しい顔で受け流した。
「いつ何時であれ、紫苑様から目を離さぬのが私の役目」
固い声で淡々と答える足穂に、紫苑は館がある方角を指差した。

「お前など邪魔なだけじゃ!里に帰るのじゃ!」
「帰りません」
「帰るのじゃ!」
「帰りません」


暫しの間続く押し問答。
髪を振り乱して足穂に怒声を浴びせる紫苑と、感情の無い声音で否定の言葉を繰り返す足穂。

浴びせられる怒声と地団駄踏む紫苑の様子を背中で感じ取りながら、ナルトは遠い目で己の直観の正確さを改めて思い知ったのだった。


















山岳地帯にある『鬼の国』。
その更に更に奥に築かれた遺跡のある谷底では数多の武人像の軍団が密集していた。


「――アレが太古、諸国を蹂躙し、大陸を破滅手前まで追い込んだ『幽霊軍団』ねェ…」

遺跡周辺の結界によりその場から動けぬ傀儡人形の群集を、面倒臭そうに一望する数人の人影。その背後では大きな満月が逆光で彼らの顔を黒く塗り潰している。

復活したという妖魔【魍魎】の気配も、黄泉及び彼に仕える四人衆もいない事を把握した人影は、崖上から幽霊軍団を俯瞰していた。
その数人の人影の内、一際大きい影がゆらりと立ち上がる。その口許には獰猛な笑みが湛えられていた。


「さァ、祭りの始まりだ…ッ!」

喜々として戦の烽火を上げる鬼人。
その肩に担がれた巨大な得物が、満月の光に照らされ鈍く光った。
 
 

 
後書き
お待たせ致しました‼
国の内情に関して捏造多数です。また映画では紫苑を庇って死んでしまったススキさんがこの話では違います。ご了承ください!
白と君麻呂と紫苑に振り回される不憫なナルトにちなんで、今回この題名にしました。
読み方は「むぼうのわざわい」、意味は「思いがけずやってくる災難」です(笑) 
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