| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第七十四話 第三次ティアマト会戦(その3)

■ 帝国暦486年12月3日 ファーレンハイト艦隊旗艦 ダルムシュタット  アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト


敵の左翼は後退しつつある。右翼も後退しつつある事を見ればどうやら本隊より後退命令が出たのだろう。ようやく擬態に気付いたか。遅かったな、お前たちはいささか攻め込みすぎた。逃がすわけにはいかない。

「参謀長、このまま前進し、敵を内側へ押し込むように攻めるぞ」
「はっ」
参謀長のブクステフーデが艦隊に命令を伝える。

ケンプ、レンネンカンプ、ルッツの三人が敵を前へ前へと押し込む。その敵を俺が内へ内へと押し込むのだ。このまま内へ押し込み続ければやがて連中は中央の艦隊になだれかかる様に後退することになる。そうなれば敵の中央部隊も艦列を崩し、効果的な反撃は出来ないだろう。

その時点で敵の後方に展開し、包囲殲滅する。四個艦隊、六万隻の艦隊を包囲殲滅するのだ。これ以上の大勝利は有るまい。この会戦に参加できた事は俺にとって一生の思い出になるに違いない。

こちらは順調に攻撃している。気になるのは右翼のクレメンツ艦隊だが、あちらも問題ないようだ。ビッテンフェルト少将が敵の側面を粉砕する勢いで内へ押し込んでいる。相変わらず剛性な攻撃をする男だ。敵は少しづつ内へ集結しつつある。

しかし、これこそ適材適所というべきだろう。司令部にメックリンガーを置き、実戦指揮官に俺たちを抜擢する。ヴァレンシュタイン中将、恐るべき男だ。この戦いの本当の総指揮官はヴァレンシュタイン中将だ。あの男の指揮の下俺たちは戦っている。

「閣下、どうなされましたか?」
「いや、なんでもない。戦況が順調なのでな。ついビッテンフェルト提督の艦隊運用を見ていた」

副官のザンデルスが心配そうに問いかけてくる。いかんな、気を引き締めよう。まだ戦いは終わったわけではない。感傷にふけるのはこの戦いが終わってからでも遅くは無いはずだ……。


■ ミューゼル艦隊旗艦 ブリュンヒルト  ウルリッヒ・ケスラー

「敵艦隊に対し攻撃を続けよ、休ませるな」
ミューゼル提督が指示を出す。反撃命令が出て以来、戦局は一変した。敵の両翼はこちらの反撃を受けつつ後退し始めた。先程まで戦況の悪さに苛立っていた提督も今では落ち着いている。

敵の両翼は、おそらく中央部隊と連携を取ろうというのだろう。しかし敵の中央部隊もこちらの猛攻に耐えられず、少しづつ後退しているため両翼の艦隊は連携した行動がとれずにいる。損害は大きなものになるだろう。

クレメンツ、ケンプ両艦隊の動きはまさにフェンリルの両顎のようだ。敵艦隊を押しつぶすべく動いている。このまま反乱軍が何もせずに敗北するとは思えないが、この状況から逆転するのは難しいだろう。我々の勝ちはほぼ確定している、後はどれだけ勝てるかだ。

「しかし、元帥も一言こちらに連絡が有って良いだろう。もう少しで負けるのかと思った。そうは思わないか、ケスラー」
「ですが、そのおかげでこちらは必死に敵を押し込みました。敵があれ程両翼を前進させたのもその所為です」

「敵を欺くには、味方からか……」
「はい」
ミューゼル提督は感慨深げに吐いた。その通りだ、敵を欺くには、先ず味方から。私は、いや私たちは敵も味方も全てを欺きつつ戦い続けている。

この戦いが終わったら全てをミューゼル提督に、そして分艦隊司令官達に話さなければならないだろう。これしか方法が無かったと思っている。おそらくミュラー、ロイエンタール、ミッターマイヤーは判ってくれる筈だ。

しかし、ミューゼル提督は到底素直に受け取る事は出来ないだろう。彼の怒りを思うと今から気分が重い。だがやらねばならんだろう。この問題はきちんと説明しておくべきだ。そうでなければ、ミューゼル提督とヴァレンシュタイン中将の間でまたしこりが生じるだろう……。



■ 同盟軍宇宙艦隊総旗艦ラクシュミ ヤン・ウェンリー

状況は良くない。いや、悪くなる一方だ。敵の攻撃は巧妙としか言いようが無い。中央を押し続け、両翼を閉じるような形で攻めてくる。このままだと第三、第九艦隊は第七、第八艦隊の火線上に移動する事になるだろう。

第三、第九艦隊にはそのことを注意しているのだが、敵の攻撃が強力で巧妙なためどうしても内側に押されてしまうのだ。どうにかしないと、第三、第九が潰された後、第七、第八が潰されるだろう。あるいは一気に包囲殲滅を狙ってくるかもしれない。

「第三、第九艦隊は何をしているのだ、あれでは第七、第八の邪魔になるだけではないか」
ドーソン司令長官が怒声を上げる。しかし誰も答えることが出来ない。

皆、表情が暗い。判っているのだ、今の第三、第九艦隊には敵の攻撃を防ぐ手段が無い。そして終焉が迫っている事もわかっている……。一つだけ対策がある。しかし危険が大きい。場合によっては全軍崩壊になるかもしれない……。

「ドーソン提督」
「なんだね、ヤン准将」
普段は碌に見向きもしないのに、縋る様に視線を向けてくる。こんな時だが可笑しくなった。

「場所を交換しましょう」
「?」
「第三、第九を中央に置きましょう。代わりに第七、第八を両翼に配置します」

「! 馬鹿な、何を言っている」
「非常識な案だとはわかっています。しかし、第三、第九は元の位置に戻ろうとして外側から攻撃を受け損害を出しています。積極的に内側へ後退すれば損害は少なくて済みます」
「……」

「第七、第八を代わりに両翼に配置し、敵のさらに外側から攻撃させるのです。今度はこちらが敵を包囲できます。敵の攻勢を止められるでしょう」
そう、敵の両翼の攻勢を止めるには内側からは無理だ。外側から止めるしかない。

「駄目だ! 第三、第九は損害をかなり受けている。敵の中央部隊の攻撃を受けきれまい。その後は我々が粉砕され敵の中央突破を許す事になる」
論外だと言わんばかりの口調だ、無理も無い。

「我々も出るのです。中央は第三、第九と我々で戦線を構築するのです」
「!」
ドーソン提督の目が飛び出すかと思うほど見開かれた。

「リスクの大きい作戦です。しかしこのままでは、なすすべも無く殲滅されるでしょう。他に手がありません」
「……」

ドーソン提督は助けを求めるかのように周囲を見渡した。しかし皆目を合わせようとはしない。提督は、戦況と私を見比べ始めた。汗が提督の頬を伝う。何度も唾を飲み込みながら私の顔を見ていた……。



■ 帝国暦486年12月3日 帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナ エルネスト・メックリンガー

味方は順調に包囲網を作りつつある。このまま行けばクレメンツ、ケンプ両艦隊を敵の後背に回らせるのも難しくは無い。どうやら完勝できそうだ。司令部の空気も明るくなっている。皆安心しつつあるようだ。

短期決戦、誰もが納得する勝利、ヴァレンシュタイン中将から提示された命題は厳しいものだった。しかし何とか達成できそうだ。いや、それ以上の完勝と言っていいだろう。

「敵、両翼の艦隊、中央に向けて後退します!」
なんだ、一体。中央に後退? 自滅する気か?
「敵中央部隊、左右に分かれます!」

左右に分かれた? ……場所を交換する気か! いかん、今度はこちらが包囲される!
「クレメンツ、ケンプ艦隊に命令! 現在の敵は放置、移動しつつある敵の中央部隊に注意せよ!」

司令部にも混乱が生じている。何が起きているか判らないのだ。
いきなり衝撃が走った。旗艦の近くで爆発でも起きたか? 何が有った?
「後退しつつある敵がこちらに向けて攻撃をしています」

「!」
予想外の敵から攻撃を受けた所為で味方は混乱している。クレメンツ、ケンプの攻撃が止まった事で敵に行動の自由を与えてしまったか……。

「ミューゼル艦隊、直属艦隊に命令、中央に移動しつつある敵に対し攻撃せよ」
上手い手だが、所詮は奇策だ。敵の中央は薄くなる。それではこちらの攻勢は防げない。中央突破で一気に勝負をつけよう……。

「敵、予備部隊が前線に出てきました! 攻撃してきます」
「!」
敵は予備部隊と後退しつつある部隊で戦線を構築しつつある……。

どうする。味方の両翼は敵の新たな両翼の動きに牽制されて本隊との連動は難しくなっている。敵の中央部隊は二万隻は有るだろう。こちらは直属艦隊、ミューゼル艦隊合わせて三万隻弱か……。

攻撃をするべきだろうか? 簡単には突破できないだろう。思い切って全軍で攻撃をかけるべきか? しかし手間取れば、長期戦になりかねない……。
「……これまでだな。全艦に命令、前面の敵を牽制しつつ後退せよ」

今のままでも十分に敵に損害を与えているだろう。敵の二個艦隊は当分の間、艦隊としての行動は難しいはずだ。全体で見れば三割程度の艦艇は失っている。此処が引き時だろう……。敵にも出来る奴がいるようだ、あの状態から戦局を互角に戻すとは。まだまだ油断は出来ない……。


■ 同盟軍宇宙艦隊総旗艦ラクシュミ ヤン・ウェンリー

敵が後退しつつある。どうやら生き延びたようだ。あそこで中央に攻撃をかけられたら防ぎきる自信は無かった。司令部もようやく空気が和らぎつつある。ドーソン提督は疲れたと言って自室に戻った。

司令長官として最初の会戦で全滅しかけたのだ。無理も無い、気持ちは判る。だが出来れば辞任してくれないだろうか? 提督がもう少し慎重ならこの敗戦は避けられたはずだ。今回の戦いで約二万隻近くを失った。第三、第九艦隊はほぼ五割の損傷率だ。全滅を免れたが完敗と言っていい。

それにしても帝国軍は手強い。馬鹿げた思いだが、戦うごとに強くなっている気がする。このままでは同盟はジリ貧になりかねない。どうしたものだろう、皇帝が死んでくれれば内乱が起きると思うのだが、余りにも不確定すぎる。当分死なないかもしれない……。

ユリアンの紅茶を飲みながら本でも読みたい気分だが、ハイネセンに戻ればシトレ本部長に呼び出されるだろう。その前に今後の帝国軍の行動と対策を考えておく必要が有る……。退役しようか、ふとそう思った。今回も給料以上の仕事をしたはずだ。そろそろ辞めてもいいかもしれない……。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧