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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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あくる日の黄昏
  第二話



時夜side
《東京都・街中》
PM:4時10分


『いいですか時夜?あの局面での場合の対応は―――』


最初に訓練プログラムを開始した場所に、俺達はいた。
爆撃で跡形もなく倒壊されたビルはその姿を元に戻している。

今も現在進行形で箱庭は発動中だ。
箱庭の術式は内部が幾ら破壊されても、マナを世界に浸透させる事で再びその姿を整え、再構築する。

そこで今、今日の訓練の反省とこれから課題についての話し合いをしている。
コンクリートの地盤に腰を下ろして、イリスと時切の会話に耳を傾ける。

……風が涼しいや。

最初は強く吹き抜けていた風も、今は俺の頬を撫でる程にその強さを弱めていた。
それが程良く心地よい。訓練で火照った身体を初夏の風と言えど冷たい夜風が俺の身体を冷ましていく。

不意に思った。
この風は何処から生まれて、何処に向かって行くのだろうか?


『―――時夜、聞いているのですか?』

「……えっ、もちろん聞いてるよ」


嘘だ。本当は意識を思考に飛ばしていた。
そんな俺を現実に引き戻す様に、諭す様なイリスの声が聞こえてきた。


『もう、ちゃんと聞いていませんでしたね?』

「いや、聞いてたから」

『嘘です、時夜は表情に出やすいんですから直ぐに解ります。』

『そうね、時夜の場合はわりかし顔で解る時の方が多いわね。大方風が心地いいとかと思っていたんでしょう?』


適切な発言。時切の言う通りだ。

だが、此処で開き直って聞いていなかったと言ってしまえば、逆にキツイお説教がくる。
イリスは俺の補助をする事を主とするが、教育面や私生活でも色々と口煩い。時に我侭も言う。

後半は違うが、大抵は俺の事を思っての事なのだろうけれど。
言っちゃ悪いけれど、それを煩わしく感じる事が多い。


『また、聞いていませんでしたね時夜。いいですか、だ―――』

「―――パパ!」


……今の声は。

イリスのお小言を遮る様に、一人の幼い少女の声が聞こえてきた。
不意に、再び思考に沈んでいた意識が現実に引き戻された。

…あれ、今の声はソフィア?

ここには存在しない少女の声に、俺は聞こえてきた方向である背後へと振り返った。
振り返ると同時、碧銀色の髪をした幼い少女が俺の胸へと飛び込んできた。


「……うわっ、とと」


思わず、身体が後ろに倒れそうになるがしっかりと堪える。
流石に、コンクリートに頭を打ち付けるのは痛い。前に前例がある為に用心する。


「…フィア?」


俺は胸に収まった碧銀色の髪をした少女へと視線を向ける。
そこにいるのは紛れもない、“俺の娘”の姿だった。そうして、彼女の愛称を口にする。


「…どうかしたのか、フィア?」


術式・箱庭は独界とは言え、俺が承認した存在は出入りが出来る事になっている。
故に別段、閉鎖された世界だからといってフィアが此処にいる事自体は珍しい事ではない。


「…んっと、ねぇママに言われてきたの」


舌足らずな言葉使いで話す、我が子の頭を優しく撫でる。
猫の様に、気持ち良く目を細める少女を愛おしく思う。…この子と初めて会ったのは三年程前の事。

この子と初めて出会ったのは三年程前だ。

初めての出会いはインパクトがあり過ぎて、今でも脳内にしかと刻み込まれている。
否、忘れる事等出来ない。嘗て、昏睡状態に陥っていた俺が目覚めてから数日後の昼寝時の事。

眠りから覚めると、俺の布団の中に得体の知れない全裸の幼女の姿があったのだ。
しかも、その風貌は見知った誰かと同じ碧銀色の髪をしていて、瞳は俺と同じ蒼穹の色をしていた。

あれには驚いた。思わず、思考が停止した程だ。それが俺と、娘であるフィアとの出会い。

後に解った事だが、フィアは“諧調”の“守護神獣”であるという事。
その事実が当時混乱していた俺に、諧調の化身であるリアより伝えられた。

守護神獣とは、永遠神剣の意思が具現化したもの。
神獣の姿は神剣使いの深層意識によって決定されるモノだ。

何故か、フィアは幼女の姿で生まれてきた。……俺には、ロリコンの気は無い筈なんだけど。
うん、無いはずだ。きっと、無いはずだ。そう、無いはずだ。そう、自分に言い聞かせた。

そして、何故フィアが俺の事をパパと呼ぶかと言うと。俺が諧調の担い手だからだそうだ。
ソフィアの中では自身にとっての母親とも呼べる存在である諧調。

その担い手=父親。その二人を足して夫婦。
そして、神剣使いの深層意識で生まれてくる自分を娘と称したのだ。

そういう解釈らしい、まぁ俺もリアも嫌ではないのでその関係を然りと受け入れているが。
自身と差ほど見た目の変わらない娘。自身よりも遥かに年上に見える少女。

普通ならばありえない関係だなと、深々とそう思う。
だが、既に自分は“普通”等に当て嵌まらない存在であると自覚する。


「―――パパ、聞いてる?」

「…あっ、いや……ごめん、聞いてなかったよ。どうしたって?」

「もう、ちゃんと聞いてないとダメですよ?」

「…うん、分かったよ。次はちゃんと聞くから」


そう、背伸びして物を言う娘の頭を、父親の様に優しく撫でる。
それに対して、気持ち良さそうに頭を擦り寄せてくる愛娘。

……癒されるなぁ。

仕事で疲れて帰ってきたサラリーマンが、我が子の顔を見て疲れが吹っ飛んでいく様な感じだ。
まぁ、俺ももう前世も入れたら三十路近いからな。そう言った感情も抱くだろう。


「それで、リアがどうしたの?」

「うん、そろそろ晩御飯の時間だって」

「そうか、じゃあお腹も減ったし帰ろうか」


ソフィアを背中に背負い、座っていたコンクリートから立ち上がる。


「そういう訳だから、今日の反省会はこれまでって事でいいか?」

『…しょうがないですね、ソフィアの顔に免じて今日はここまでにしておきましょう』


誤魔化された感がありますが。などと、イリスが小言で口にしてるけれど気にしない。
うん、聞こえない。藪を突くマネはしたくない。


「さて、お腹も減ってきたし…少し飛ばすよ」


そう、背中のフィアに問い掛けて俺は雑居ビルの屋上から飛び降りた。


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