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とある科学の傀儡師(エクスマキナ)

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第29話 暗雲

 
前書き
想像以上に重い話になってしまいました。 

 
夜中、サソリは窓の外を眺めながら考え事をしていた。
奇妙なノイズ音は、夜の十時を回ると止まるようになっているが、巡回があるため、抜け出すのは容易ではない。

御坂からお礼の品として貰い受けた携帯電話がブルブルと震えだす。

サソリは、折り畳まれた携帯電話を開き、教わったばかりのメール受信に進める。

差出人 湾内絹保
件名 ありがとうございました
本文 今日会えて良かったです。
まだまだサソリさんの事を知りたいと思いますので、いくつか質問をしてよろしいでしょうか?

ちゃんと「はい」か「いいえ」で返信できる内容だ。

サソリは、返信メールを開き本文に入力した。
宛先 湾内絹保
件名 Re. ありがとうございました
本文 はい

これは澱みなく行えた。
は行一回のあ行二回
簡単な操作だ。

すぐにメールが帰ってきた。
「嬉しいですわ。では、好きな食べ物についてですが。
リンゴはお好きでしょうか?」

リンゴはあまり食ったことがねえな。
「いいえ」
またしても、すぐに新しいメールがやってくる。
「ブドウはお好きでしょうか?」
「いいえ」
「ミカンはお好きでしょうか?」
「いいえ」
「モモはお好きでしょうか?」

............

これが永遠と続き、サソリは完全に睡眠不足となる。段々と夜が白々と明けていった。
それでも忘れる隙もなく、携帯電話がブルブルと震えてメールが来たことを伝えている。

コイツ、寝ないのかよ!?

もう、開く気力さえわかずにテーブルの上に置かれた、唯の騒音メーカーを舌打ちしながら睨みつける。

湾内という人間は、サソリに取っては初めて間見えた女性だった。
好意を向けられてはいるが、それが本当なのか見当がつかない。
そういう異性関係は、サソリには皆無だった。

あの娘
オレに近づいて何のメリットがある?
裏で大蛇丸に繋がっているのか?

むしろ、スパイとして湾内を疑ってしまうのも忍としての哀しい性だ。

いやそれよりも、あの写真だ

唯一にして、壊れた自立式カラクリ人形を壊してしまった事を示してしまう証拠品。
傷は癒えず、チャクラも不十分という状態ではあるがこれ以上厄介な事を増やす訳にはいかない。

気にかかるのは、先の戦いでの木山だった。
アイツ自身、教え子を目の前で失う恐怖を味わっている。
親がいない子供。
それは、幼少期のサソリも経験している。
大人の勝手な都合でいつも代償を払わされるのは子供だ。

ああ、嫌なことばかり思い出す。
両親がいない子供時代のこと。
そして、ここに居るであろう大蛇丸へ憎しみを増大させる。

せいぜい、実験に勤しむがいい
オレが必ず

******

翌日の朝、御坂がいつものようにやってきた。
「おはよー、サソリ!うげっ?!」
ノイズのような音に御坂が苦い顔をした。
「何でキャパシティダウン使われているのよ?」
「きゃぱしてぃ?」
「これ聞いている状態じゃあ、能力が使えなくなるのよ」
謎が解けたサソリは、睡眠不足と相まって力無く、布団の上に倒れ込んだ。
「そうか、チャクラが練れないのはそいつのせいか」
「うるさいから止めるわよ」
「ああ」
スイッチを弄ると大きな換気口から排出される音がなり、ノイズが鳴り止む。
「ひょっとして、脱走防止かしら?だとしたら徹底しているわね」
「アイツならやりかねんな」
鬼軍曹ことサソリの担当看護師が腕を鳴らして眼を光らせているイメージが過る。

「いやー、黒子は朝から駆り出されているし、夏休みだから暇なのよねー」
パイプ椅子を用意して、背もたれ部分を抱き抱えるように座る。
「佐天さんの病室にでも行ってみようかしらね」
「アイツなら、今日診察らしいぞ」
「あら、じゃあダメね」
「ふー」
サソリがグッタリと座っているのに気が付いて御坂が質問をした。
「大丈夫?ちょっと顔色悪いけど」
「ちょっとな、昨日来た奴いただろ」
「湾内さんと泡浮さん?」
「湾内と連絡が取れるようにしただろ、これを見ろ」

サソリがテーブルの上に置かれた携帯電話を手に取ると御坂にメール部分を開いて見せる。

未読メール 34件

御坂が目を見開いて、サソリの携帯電話を弄る。

「!!?」
「全部、アイツからなんだが」
「ちょっと内容見せて貰って良い?」
「ああ」

差出人 湾内絹保
件名 好きな食べ物

チーズフォンデュはお好きでしょうか?

差出人 湾内絹保
件名 好きな食べ物

ピータンはお好きでしょうか?

差出人 湾内絹保
件名 好きな食べ物

キャビアはお好きでしょうか?

下にスクロールしていくがどれも名詞だけを変えたテンプレ文のように続いている。

「待って待って!湾内さん!食べ物総当たりで質問していく気?!」

「はい」か「いいえ」で答えられるメールを所望したので、湾内はしっかり守っているが、ここまでされる逆に恐怖だ。

「アイツに教えたのまずかったな。昨日から凄え来るんだが」
「返信した?」
「最初の方は返していたがその後は面倒になって返してない。それでも来るからもう......」

サソリがガクッと項垂れる。
よっぽど参ってしまったらしい。

凄いわね湾内さん
こんなに疲れきっているサソリ初めて見たわ

「御坂は、あの湾内とかいう奴を知っているのか?」
「んー、あたしもつい先日会ったばかりだから」
「どういう奴だ?」
「そこまでは」
「そうか」
「なになに、興味が出てきたの?」

御坂が興味津々どれもばかりにサソリの近くに椅子を移動させる。
「いや、やめさせてくれねえかと思ってな」
「ですよねー」

サソリは、ベッドから半身を起き上がらせた。
「御坂、質問いいか?」
「いいわよ」
「この機械で写真を撮ることが出来るのか?」
サソリが携帯電話を指差して、御坂に訊いた。
「撮れるわよ。貸してみて」
御坂が操作をして、携帯電話のレンズをサソリに向けて構えた。
「じゃあ、ハイチーズ」
カシャとシャッター音がして気難しそうなサソリが中心に写っている。

「ほら」
「ほう、どうやった?」
「このカメラのボタンを押し、真ん中のボタンを押すと撮れるわ」
携帯電話を持って、操作を確かめるように辺りをパシャパシャ撮っていく。

「これって写真が消せたりするか?」
「まあね、右上のボタンを押すと機能が出て、消したい写真を選んで消せるわよ」

御坂がサソリに見せながら、目の前でカーテンやピントがズレてぼやけている御坂の写真を消していく。
サソリも見よう見まねで写真を削除した。
「これは機械ごとに違うか?」
「いや、だいたい同じね。あたしもアンタの携帯電話を弄れるし」
「ほうほう」

サソリはニヤリと笑みを浮かべた。
これで写真を消す手段がマスター出来た。
あとは......
「よし、ありがとうな。湾内にはオレが直接言ってくるか」
「え?」
「また、今日の夜にやられたら堪ったもんじゃねーよ」
「そうだけど、この病室から抜け出すのは」
「そうだな......ちょいと部屋に細工する」
「分身を使うの?」
「いや、チャクラが使えなくなるのが使われているから、オレが行く」

キャパシティダウンの影響により、サソリはチャクラは練れない。
たとえ分身の術を使おうが、キャパシティダウンを使われた瞬間に消える可能性が高いことが想定される。

「よっと」
サソリは、引き戸を開けて渡された検査についての説明書き(済み)の裏にペンで術式を書き込んだ。
紙は、全部で4枚書き。
ペン先を滑らかに動かしながら、達筆な文字をA4用紙にビッシリ書き込んだ。

「うわあ、眼が痛くなりそう」
細かい文字列に御坂が紙を覗き込みながら言った。
「よし」
サソリは、起き上がると文房具の糊を持って四方の壁へと貼り付けた。
「何してんの?」
「この部屋に入った瞬間に幻術が発動するようにする」
貼り付け終わると、サソリはチャクラを込めたか確認するように手を当てた。

「御坂、部屋に入り直してくれ」
「へっ?分かったわ」

御坂は、引き戸から出て行ってもう一度、引き戸を開けた。
そこには、ベッドに横になるサソリが映っている。
「??」
別に普段と変わりない。
いや、よく見れば熟睡しているように見えた。
寝るとしたら、ディフェンディングチャンピオンの青タヌキの相方の寝付きが要求される。
「どうだ?」
「うわっ!?なんで洗面台から?」

ベッドに横になっているはずの、サソリが洗面台からスッと出てきた。
イヤ、それでも現在進行形でサソリはベッドに横になっている。
「??」
「どうやら成功のようだな」
サソリは解の印を結び、御坂を幻術から解いた。
「その機械は、音を使った能力封じだ。だから、物にチャクラを馴染ませてやりゃあ、関係ねえと踏んだ」

「そんな便利な技が」

これがあれば、大変だったプール掃除をしないで済んだかもしれないのに!
悔しそうに病院の床をバシバシ叩いた。
「うるせえな!」

「さて、準備が整ったな。御坂お前も手伝ってくれ」
「あ、あたしも!?」

「お前は、湾内の近くにいた黒髪の娘を連れ出せ。湾内と二人で話しがしたいから」
「お、おっ!!」
「?」

サソリの信じられない行動に御坂の頭は高速で回転した。
あのメールの束の事かしら
そうか、湾内さんに告白されたからね
湾内さんについてもっと知りたいって考えた訳ね
まあ、それ自体は悪いことじゃないし
サソリの問題だしね
出来れば、黒子も頑張って貰いたいけど
あたしが口を出すことじゃないし

流石の御坂さんも妙な勘が働いて、お見合いのオバちゃんのような顔で悪巧みをする笑顔を見せた。

「何だよ?」
「何でもありませんよ。ふふふ」
「気持ち悪い笑い方してんな」


「でどうやって病院抜け出すの?正面から行けば捕まるわよ」
「白井は今日は来れないんだよな」
サソリが身体をゆっくり伸ばしながら、軽く身体を動かした。
「ええ、ジャッジメントの仕事で記録整理だって」
サソリは、病院着の上から暁の外套を着だした。
「よし、分かった」

サソリは、印を結び出す。
辺りに白い煙が立ち込めて、サソリを包み込み、煙が晴れると白井そっくりの姿に変化した。
常盤台の制服を見にまとい、二つにまとめた髪を窓からの風でなびかせる。
「!!!!?」
サソリ白井は、クルッと振り返る。
赤い髪のツインテールが揺れる。
「まあ、これでいいだろ?」
やる気が無さそうな感じで、力なく傾いて立つ。
白井にしては、妙にエラそうで言葉使いが乱暴で......あれ、普段の白井と変わらないが

「黒子?でもなんか違うわ」

雰囲気が全体的に。

「そうか......」
サソリ白井は目を閉じ、演技に集中する。白井の口調と動作を真似て、にこやかな笑顔を見せると御坂に向かって
「さあ、行きますわよ!お姉様!」
「えっ!?」
完全なる白井がそこには居た。

******

「忍者ってそんなことも出来るのね」
「まあな」
すんなりと病院から抜け出すこと成功して、学園都市の街中を二人で歩いていく。
もう、白井の演技から外れて、ただの無愛想な表情のサソリ白井になっている。
御坂より背が低くなり、御坂と話す時は見上げる形となる。
「もう、黒子の真似はしないのね」
「やろうか?お姉様」
「やっぱいいわ。アンタが言ってるとなると鳥肌が」
でも声は白井!

すっごい違和感!
何だろう、この例えようのない感じ

「ねえ、分身ってあたしも出来る?」
「できねーの?お前くらいなら簡単だと思うが」
「そういう能力者なら出来るんだけどね。あたしには全然」
「便利そうで不便だな」

二人揃って信号を渡り、交差点を左折した所でサソリ白井が何かに気づいて、御坂の上着を掴むと引っ張り上げて路地裏へと押し入る。
「ちょっ!痛いじゃない」
「居たぞ」

狭い空間で頭をぶつけた御坂が頭をさすりながらサソリ白井が顎で指し示した場所を見やる。

とある夏服フェスをしている店で目的の湾内と泡浮が楽しそうに、店先に並んでいる服を見て、会話していた。
「ど、どうするの?」
「泡浮を連れ出してくれ、湾内のメールの事でも良いから......なるべく時間を稼いでくれ」
「時間を稼ぐたってねー」
「あと、オレの名前を出すなよ」
「何で?」
「いいから」

御坂に話すのは面倒な事になりそうだ。
それに、オレ自身の問題でもあるからな。

白井の顔で怖い顔をしている。
これ以上聞くなのオーラが強く出ている

はっ!!?
ピーンと来たわ。
御坂の頭の中でサソリがモジモジしながら
「だって照れるだろ。湾内さんという女性と二人きりになるんだから」
という声がこだました。

しょうがないわね。出来の悪い弟を世話する姉と言ったところかしらね。

御坂は背が一回り小さくなっているサソリ白井の頭をナデナデした。
「何すんだ!」
「何でもないわよ。お姉さんに任せなさい」
御坂は路地裏から外に出て、服屋にいる湾内達に近づいた。
「あらー偶然ね(棒読み)」
「あら、御坂さん!昨日はありがとうございましたわ」
ぺこりと湾内は、頭を下げた。
「御坂さん、今日はどちらに?」
泡浮が見ていた、水玉のワンピースを元の場所に掛けながら言った。

「泡浮さんに用事があってね。ちょっまて良いかしら?」
「わたくしにですか?」
「そうそう、ゴメン湾内さん。泡浮さんをちょっと借りて良いかしら?」
「わたくしは、構いませんけど」
「ありがとうね」
泡浮の手を握るとやや駆け足でその場を後にする。

「どうしました御坂さん?」
「ちょっとね。なんか涼しい場所でお話しでも」

さあ、サソリ
頑張ってきなさい。

御坂と泡浮は、交差点を曲がり湾内の視界から消えた。
「?」
首を傾げて、湾内は二人の後ろを見ていた。

よし
邪魔ものは排除した
写真の消去をさせてもらうぞ

その隙にサソリは、変化の術を使い泡浮そっくりに化ける。
スレンダーな体型に黒髪のストレートだ。
常盤台の制服を身に付けたサソリ泡浮が路地裏から這い出てきた。
いきなり、女子中学生(しかもお嬢様)が路地裏から出てきたので通行人は、ギョッとしたように足を止めている。

ゆっくり感覚を確かめるように手足を動かすと、ポツンと一人でいる湾内に近づいた。
「湾内さん」
「あっ!御坂さんはどのような用事で」
サソリ泡浮は、ニッコリと上品に笑みを浮かべながら言う。
「何でもありませんでしたわ。では、行きましょう」
「行きましょうって、このお店で見ようという話ではありませんでした?」

ギクッ!
サソリ泡浮の顔が少しだけ困ったように汗を流した。

「そ、そうでしたわ!では、入りましょうか」
「はい」
店に入り、サソリ泡浮は湾内が持っている携帯電話を手に入れようと画策していた。
夏服フェアをやっているので、店内には海に行くようなの水着が売られている。
女の子なら誰もが足を止めて見入いるような可愛い柄の水着。
少しだけ、大胆に布面積が小さいビキニ。
パラオが付き、麦わら帽子を被ったハワイをイメージしたマネキンが夏の到来を実感させる。

「新しいのが欲しいですわね。前に着ていたものはサイズが小さくなってしまいましたし」

店内全域が女性だらけの花畑の世界に流石のサソリも居心地の悪さを見せ始めてる。
くそっ!
さっさと写真を消して、帰らなければ
こんな所にいるのはマズイ。

「泡浮さんは、こちらがよろしいのではないかと」
爽やかな青空をイメージしたようなビキニをサソリ泡浮に見せた。

「わ、わたくしはまたの機会にいたしますわ」
「あれ?新しい水着を買いたいっておっしゃってましたよね」

コイツから誘ったのかよ!

「あちらで試着が出来ますから、一回着てみてくださいですわ。きっと似合いますわ」
青色の水着を渡されて、促されるがサソリ泡浮には無論そんな事ができるはずもない。

無茶言うな!
こんなモンが切れるか!
何か回避しなくては

「湾内さんはどのような水着を買いますの?」
サソリ泡浮が軽く咳払いをしながら、湾内に逆に質問した。
「そうですわね......今年は少しだけ大胆にしようかと思っていますの」
花柄の上と下で別れたセパレートタイプの水着を手に取る。

「サソリさんは、喜んでくれますでしょうか?」
頬に手を当てて、恥ずかしそうに眼を閉じている。
サソリ泡浮は青い水着を元の場所に戻している。
「ん?!」
湾内の意外な一言にサソリ泡浮は、一瞬だけ動作をやめた。
「あまり出しても良くないと聴きますし、難しいですわ」

オレの為に?
何故だ?
この娘は一体?

サソリには初めての経験だった。
湾内の言動や態度からは木山のように嘘を吐いているように見えない。

ま、まさか......
本当にオレの事を......

試着室に入っていく湾内を見送りながらサソリ泡浮は、真剣な顔になって悩み出す。
オレにか......
いや、まだ決まったわけではないが
もし本当にそうであるならば
はっきり言わないとならんな

オレは幸せにはできない
できるのは不幸にするだけだ

オレなんかやめて、別の所に行ってくれ

試着室から出てきた湾内がやや、照れながらサソリ泡浮の前にカーテンを開けて現れた。
セパレートタイプの水着に白い柔肌が妙に眩しく見えた。
決してサソリには手の届かない場所に咲く花のように見えてしまう。
サソリ泡浮は、上品に笑みを浮かべると
「似合っていますわ。湾内さん」
と言った。

ここに来て、サソリは自分で心から思った事を口に出した。

******

「本当に買わなくて良いのですの?」
「はい、あまり気に入るのがなかったですわ」
「そうですの。サソリさんに早く見せたいですわ」
ギュッと買ったばかりの水着が入った袋を愛おしいそうに抱きしめた。

だめだ
頼むから、オレから離れてくれ
オレと一緒にいてはダメだ

オレが出来るのは、壊すだけだ
血を抜いて、皮膚を剥いで洗う

近くにいたら、オレはお前を殺してしまうかもしれない
生気に満ちた眼がオレの手に触れた瞬間に色を喪い、何も映らないガラスのように無機質になる。
そのガラス玉はオレを見上げる。
オレの行いを咎めるように見続けている。
細くしようが、関係なく
全てを知っているかのようにオレを映し続けていた。

写真を消したら、終わりだ
もう、コイツとは

サソリはポケットから自分の携帯電話を手に取ると湾内へのメールを開いた。

宛先 湾内絹保

本文 はい

と入力してメールを送信した。
これが最後の言葉になる。

湾内のカバンの中で携帯電話が震え出し、サソリ泡浮の前で携帯電話を開く。
「まあ!サソリさんから返信が来ましたわ」
嬉しそうにメールの文面を読んでいる

「サソリさんってチーズフォンデュがお好きなんですの?」
最後に送った好きな食べ物は、チーズフォンデュだったらしい。
「難しいものですわね。いやでも、これはやり遂げなければいけませんわ」

サソリ泡浮は手を伸ばすと湾内の携帯電話を手に取る。
「?何をしますの泡浮さん?」

サソリ泡浮は、黙って写真のデータを開いた。
そこには、サソリが助けた時の勲章である無残に壊れた巡回ロボットの写真がある。
他に、美味しそうにケーキを頬張ってご機嫌にしている湾内の写真。
学校での泡浮を取っている写真。
ベッドで横になって寝ている写真。
友達と楽しそうに会話している写真。

どれもがサソリに取って眩しく、尊い一瞬だ。

全てが彼女に取って大事な欠片だ。
奪ってはいけない
壊してはならない

闇の中で生きているオレなんかのために、闇の中に進んで来なくていい

サソリ泡浮は、御坂から教わったやり方で巡回ロボットの写真を消去に掛かる。
「な、何をしますの!?」
湾内は、血相を変えて携帯電話を奪い返そうとするが、サソリ泡浮は指を動かしてチャクラ糸を縫い付けて動けなくした。
「へっ?」

データにすれば数百キロバイトのデータ量。
ものの5秒で写真は完全消去された。
『消去完了』
冷たい四文字をサソリ泡浮は、湾内に見せる。
「ひ、ヒドイです泡浮さん!なぜサソリさんの写真を消してしまうのですか!」
動けない湾内は、涙を流しながら抗議する。
サソリ泡浮は、チャクラ糸で操って湾内の手を差し出させ、携帯電話を優しく返した。

「オレは、お前が思っているような人間じゃない」
驚くほど、冷たい声でサソリ泡浮は言い放った。
サソリ泡浮は、変化の術を解いた。
暁の外套を身に付けたサソリが湾内の前に姿を現す。

「さ、サソリさん!?なんでどうしてですの?」

「湾内......今日はずっと付けさせて貰った。結論から言ってしまえば、オレはお前とは付き合えない。付き合う資格がない」
サソリは自嘲気味に薄く笑った。
「わ、わたくし直します!サソリさんに見合うようにしますわ」

違う
資格がないのはオレの方だ

サソリは、指を動かして湾内を歩かせた。
自分から距離を取らせるように、静かにゆっくりと歩かせる。
「サソリさん!」
湾内が泣きながら、懸命に後ろを向こうとする。
サソリは、顔を伏せたままチャクラ糸の制御限界まで湾内を離す。

レベルアッパーで木山が伝えていた事。
「あの子達は、幸せになるべきだ」

湾内
お前は、幸せになるべきだ
オレなんかよりずっとずっと......

「ありがとうな」
そう呟いた所で湾内の拘束が解かれ、チャクラ糸から解放された。
慌て、振り返るがサソリの姿は見えない。
湾内は、息を荒くしながら走り出した。
先ほど寄っていた店舗。
歩いた道、サソリが立っていた場所。
しかし、サソリはどこにもいない。
まるで最初から居なかったかのように

「サソリさん!サソリさん」
路地裏を入り、制服が擦れようが関係ない。
湾内には消えてしまったサソリしか頭になかった。

そんな
そんな
これが最後なんて

ゴミ箱を倒しても気に留めず、走っていく。
クモの巣が絡み付こうが関係なかった。
手に持っていた袋を落としそうになりながら、配水管で湾内は躓いた。
「痛い......」
膝から血が出ている。

不意に背後に立つ気配がした気がして湾内は、振り返った。
「サソリさん!」
しかし
「あれ、常盤台の子じゃね?」
「うは、お嬢様じゃん!どうよ俺達と楽しい事しない?」
三人組の不良が湾内を見下ろすように立っていた。
ジリジリとニヤけながら、手を伸ばしてくる太い腕に湾内は、恐怖に顔を引きつらせる。
「あ......あ......ああ」

持っていた紙袋を投げ付けると、慌て起き上がり、逃げようとするが腕を掴まれて、不良の胸元へ強引に引き寄せられた。
口元を押さえられて、悲鳴を上げることもできない。
もがいて脱出しようとするが、不良と湾内では明らかに筋力では勝てなかった。
不良の男がゆっくりと湾内の耳元で囁く。
「大丈夫だって、ちゃんと帰してやるから......いつになるか分かんねーけどな!」
「んーんー!」
「常盤台の子とヤレるなんて最高じゃね!」
湾内を引きずるようにして不良の男達は路地裏の奥へと消えて行く。

助けて
助けて......ください
サソリさん!
 
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