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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第六十八話 葛藤

■ 帝国暦486年9月20日 クレメンツ艦隊旗艦ビフレスト アルベルト・クレメンツ


「今回の訓練だが、気付いた事は?」
「やはり攻守の切り替えが問題でしょう。思ったよりも手間取る。反乱軍に出来る奴が居れば必ず突いてくると思います」

俺の問いに副司令官のワーレン少将が答える。頼りになる男だ、見るべきところはきちんと見ている。

「すまん。俺のところがやはり遅れるか」
「それでも大分良くなったさ。あともう一息だ」
「うむ、まだ時間は有る。諦める事無く続けよう」

申し訳なさそうに謝罪するビッテンフェルトを俺とワーレンが励ます。アイゼナッハも無言で頷いている。うん、艦隊の雰囲気は悪くない。まだまだ伸びるだろう。

艦隊が編制されてから、もう一ヶ月が経つ。この間、俺たちは日々訓練に明け暮れていた。艦隊としての錬度も大分上がったろう。十月十五日に出兵だがそれまでには実戦に耐えられるだけの実力を得られるはずだ。

当初編制されたばかりの頃は酷いものだった。俺はワーレン少将、ビッテンフェルト少将、アイゼナッハ少将の力量、癖を知らないし、彼らも俺のことはほとんど知らない。試行錯誤の連続だったが、それでも耐えられたのはこの機会を逃したくないという共通の思いがあったからだろう。

訓練していくうちに判った事は、艦隊が非常にバランスよく編制されている事だ。ヴァレンシュタインはかなり俺たちのことを調べたらしい。攻撃力の強いビッテンフェルト、堅実で攻守にバランスの良いワーレン、アイゼナッハ。俺が彼らを理解するように、彼らも俺を、互いを理解し始めた。それに連れて艦隊の錬度もぐんぐん上がった。

成果が出れば訓練にも力が入る。当初攻撃一辺倒だったビッテンフェルトも守勢に対して貪欲にワーレンから学び始めている。士官学校では同期だったこともあり親しいようだ。元々攻撃では群を抜く力を持っていた男だ。守勢でも有る程度の力をつけられれば、敵にとっては恐ろしい存在になるだろう。問題は気質的に攻撃を好みすぎるところだが、ま、それは仕方ないだろう。


「そろそろケンプ提督に演習を申し込んでみようと思うのだが、どうかな?」
「なるほど、それはいいですね。向こうも演習相手を探しているかもしれません」
「うむ、腕が鳴るな。望むところだ」
「……」

俺の提案にワーレンもビッテンフェルトも賛成する。アイゼナッハも頷いているから賛成なのだろう。俺はこの男が喋るのを自己紹介のときしか見ていない。不思議な男だ。妻子もちということだが家ではどうなのだろう? もしかして家では賑やかな男なのだろうか?

訓練と言えばヴァレンシュタインには世話になった。訓練場所一つとっても他の部隊とかち合ってはいけない。場所の選定から補給まで全て彼が取り仕切ってくれた。相談に乗る、と言ったのは嘘ではなかった。

特に補給が最優先で受けられたのには驚いた。ミュッケンベルガー元帥の決裁を受けたとは言え、兵站統括部に借りを作りたくないシュターデンは良い顔をしなかったのだ。ふざけた奴だ。

そんな中ヴァレンシュタインが一言兵站統括部に連絡を入れるだけで補給が受けられたのには驚いた。あまりの迅速さに気味が悪くなって副官のフィッツシモンズ少佐に確認したが“中将は色々と貸しがあるんです”と言う。

“貸し”とは何だろう。問いかけると兵站統括部の厄介事は、ほとんどヴァレンシュタインに来るのだと教えてくれた。不思議な話だ、厄介事とは何か、重ねて訊ねると少佐は少し口籠もった後“横領、横流し、密輸、その他諸々です”と小さな声で答えてくれた。

兵站統括部は物資を扱う。それだけに横領、横流しが生じ易い。特に艦隊、基地への輸送では密輸を含めて不正が発生し易いのだ。その摘発、後始末がヴァレンシュタインに集中するのだという。

横領? 横流し? 密輸? その他諸々? 兵站統括部にも監察があるはずだが何故ヴァレンシュタインにそれが? 益々判らなくなって、“どういうことだ”とこちらも小さな声で問いかけると少佐は詳しく話してくれた。

要するに貴族が絡んだ犯罪が発端らしい。通常の犯罪なら監察も摘発できるのだが、貴族が絡むと及び腰になる。報復は怖い、しかし犯罪は摘発したい、その思いがヴァレンシュタインへの事件の丸投げになった。例の内乱騒ぎ以来、彼の容赦の無さは皆の知るところとなっている。

“中将は貴族に容赦しませんから”とフィッツシモンズ少佐が言う。ヴァレンシュタインは部内の処分規定に従って手加減無しに処分したらしい。当然貴族は反発し、その時ブラウンシュバイク公の名前を出したが、結果は悲惨だった。

ヴァレンシュタインはその場でブラウンシュバイク公に連絡を取り、微笑みながら“犯罪を摘発したが容疑者が公爵の名前を出している、軍内部の犯罪であるためこのままでは公爵の屋敷へ憲兵隊を送る必要がある”と伝えた。仰天したブラウンシュバイク公は当然その場で関わりを否定した。

その結果、容疑者はブラウンシュバイク公に罪をなすり付けようとした、という罪状まで付けられて憲兵隊に送られた。それ以来部内の厄介事がヴァレンシュタインに集まるようになったらしい。ヴァレンシュタインは真面目だから手を抜くと言う事が無い。その結果、少佐によれば“兵站統括部第三局は裏の監察局と言われて、監察局よりも怖がられてます。中将は憲兵隊にも影響力が有るから”と言う事になる。

つまりそういう諸々の厄介事をヴァレンシュタインが解決しているため周りもヴァレンシュタインの頼みを断れない。もっともヴァレンシュタインは私利私欲で動く事が無いため、周囲にとっては動き易いようだ。それにしてもあまり無茶はしないで貰いたいものだ……。


■帝国暦486年9月20日  ミューゼル艦隊旗艦 ブリュンヒルト 参謀長室  ウルリッヒ・ケスラー

私は一人、参謀長室で悩んでいた。今回の遠征で新たに編制された二個艦隊だが、あれの意味するところは明白だ。ヴァレンシュタインはミューゼル大将を切り捨てる気のようだ。例の一件でミューゼル大将の器量に見切りをつけたのだろう。

おそらく切り捨てた後、今回編制された艦隊の指揮官達を抜擢するつもりだろう。それだけの実力の有る男たちだ。それにしても良く集めたものだ。わずか二週間程度の期間であれだけの人材を集めるとは。

いや、違うな、以前から調べていたのだ。おそらくはミューゼル大将のために準備していたはずだ。自分、ミュラー、ロイエンタール、ミッターマイヤーもだ。彼の人材リストに入っていたに違いない。

ミューゼル大将もキルヒアイス中佐もヴァレンシュタイン中将に知られた事はまだ知らない。私もロイエンタール少将も口を閉じている。話すべきだろうか? 何度もロイエンタール少将と話をした。しかし結論は出なかった、唯一得た収穫は彼が非常に思慮深い人間だと言う事だった。ミューゼル提督が素直に中将に謝ってくれれば良い、だが出来なかったら?

中将は信頼されていないと言っていた。そうかも知れない……。ヴァレンシュタイン中将のこれまでの実績を見れば、到底ミューゼル提督の及ぶところではないだろう。しかし本人は自分の功績をたいした事とは思っていない節がある。大体出世欲も有るのだろうか?

一方ミューゼル提督は才能、野心、覇気いずれも傑出している事は確かだ。そんなミューゼル提督にとって野心も覇気も無いヴァレンシュタイン中将に及ばないとはどういう感情を引き起こすのだろう?

まして自分自身の功績をたいした事とは思っていないと知ったら。自分をちっぽけな存在に感じてしまうのではないだろうか? そして誇り高いものであればあるほど、自分にそのような思いをさせた相手を憎むのではないだろうか?

私が考えていた以上にミューゼル提督のヴァレンシュタイン中将への不信は強いのかもしれない。それとミューゼル提督のグリューネワルト伯爵夫人への想い。この二つを考えると謝罪は難しいかもしれない。
むしろヴァレンシュタイン中将に知られた事で暴走する可能性がある。私もロイエンタール少将もその中で苦しい立場に追いやられる事も有るだろう。厄介な問題だ。

それに、話してしまったらこのまま遠征に行くこと自体危険だろう。ミューゼル提督は私とロイエンタール少将を避けかねない。司令官と参謀長、分艦隊司令官が不和などになったら艦隊運営はバラバラになりかねない、自殺行為だ。ロイエンタール少将もそれを心配している。

ミューゼル提督を説得するのが難しいとなれば、本末転倒ではあるがヴァレンシュタイン中将を説得するほか無いだろう。あの二人は本来協力し合うべきなのだ。有能な前線指揮官と類稀な軍政、軍略家。こんなところで対立するべきではない……。ロイエンタール少将を呼んでみよう、彼の意見が聞きたい。

五分と経たずにロイエンタール少将はやってきた。席をすすめ話をする。
「今度の遠征で新しく編制された二個艦隊だが、卿はあれをどう思う?」
ロイエンタール少将は黒い右目を沈鬱に曇らせながら答えた。
「……ミューゼル提督を切り捨てるつもりかもしれません……」
そうだな、裏の事情を知っていればそう考えるのが当たり前か。

「私は、ヴァレンシュタイン中将に会って来ようと思うが?」
「?」
「ヴァレンシュタイン中将を説得してこようと思う。ミューゼル大将とヴァレンシュタイン中将は協力し合うべきなのだ」
そうだ、協力し合うべきだ。

「参謀長の気持ちは判ります。しかし上手くいくでしょうか」
「判らない。あとは中将の聡明さに賭けるしかない……」
頼りない話だ。しかし、他に手が無いのも事実だ。

「小官も同行してよろしいですか」
「そうだな、そうしてくれるか」
無言で頷くロイエンタール少将に私は言葉を続けた。

「もし、駄目な場合だが、その時は全てを提督に話し、ヴァレンシュタイン中将がミューゼル提督を切り捨てる積もりでいる事を話そうと思うが?」
ロイエンタール少将は驚いたように眼を見張ったが直ぐに頷き言葉を発した。
「それがよろしいでしょう。ミューゼル提督も少しは自身の成された事を反省すると思います」

「但し、その場合ミューゼル提督はヴァレンシュタイン中将を恨むだろうな」
「……参謀長は、ミューゼル提督とヴァレンシュタイン中将のどちらを頼られますか」
“信じる”ではなく“頼られる”か。どちらに味方するかはっきりしろと言う事だな。

「……ヴァレンシュタイン中将だな」
「小官も同様です」
軍人としてはともかく、人としてはあまりにも未熟すぎる。安心して付いていく事は出来ない。それがミューゼル大将に対する私の評価だ。そして、ロイエンタール少将もヴァレンシュタイン中将も同じ思いなのだろう……。


■ 帝国暦486年9月20日 兵站統括部第三局 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン

ケンプ艦隊もクレメンツ艦隊も仕上がりは順調なようだ。このまま行けば十分に戦果を上げられるだろう。メックリンガー少将もミュッケンベルガー元帥の信頼を得つつある。問題は何も無い。あの二個艦隊が使えそうだと判断できた以上、後はどのタイミングでケスラーとロイエンタールに話すかだな。

あの二人の事だ、既に気付いているかもしれない。となると出来るだけ早いほうがいいだろう。自分も切り捨てるのかと疑心暗鬼になられても困る。出兵前の挨拶みたいな形で行ってみるか。そこでちょっとケスラーにでも話しておこう。ロイエンタールに俺が接触するのは避けたほうがいいだろうな。変に勘ぐられても困る。ケスラーから話してもらえれば良い。

「中将」
「なんです、少佐」
「お客様です、ユスティーナ・フォン・ミュッケンベルガーと名乗っていらっしゃいますが」
からかう様な表情でヴァレリーが話しかけてくる。

「……今何処に」
「そこでお待ちになっています」
「応接室にお通しして下さい」
どういうことだ、なんだって俺のところに来る? 俺のことを怖がっているはずだが。

応接室に入り、差し向かいで座る。困ったな、何から話そう?
「御無沙汰しております、中将」
「あ、ああ、そうですね。本当に久しぶりです。……今日は天気もいいですね」
何か思いつめた表情だな。場をほぐさないといかん、そうだ、とりあえずは天気の話だ。これなら問題ない。次は……、次は健康の話だな。

「あの……」
「はい? 」
「お願いがあるのですが」
「は?」
ちょっと待て、何か涙目になってるぞ。でっかい眼がウルウルしている。

「養父を助けて欲しいのです」
「?」
ちょっと待て、そこで泣くな。元帥を助けろ? その前に俺を助けてくれ、頼むから泣くんじゃない。俺は何も悪い事をしてないぞ。

ユスティーナ・フォン・ミュッケンベルガーはボロボロ涙を流し始めた。厄介な事が起きたらしい。先ずは彼女の涙を止める事が最優先だろう。これをしないと話が進まん。しかし困った事にどうやれば涙をとめることが出来るのか、俺にはさっぱりわからなかった。


 
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