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八神家の養父切嗣

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四十四話:選択肢


 始まりはいつもと同じだった。逃れられぬ運命に従うだけで抗うこともなく一人の少女の下に舞い降りた。少女の名は八神はやて。類いまれなる魔力量がある以外は何ら変わりのない普通の女の子。心が痛まなかったわけではない。だが、心を守るために痛みを意図して感じないようにしていた。

「闇の書として主はやてを喰い殺しにきた災厄が私の正体だ」
「ロストロギア……闇の書」
「主は私が来るまで至って幸せだった。だが、ある日、主の両親が事故で他界した」

 語られるのはアインスの記録に残るはやての記憶。どこにでもある家庭が一瞬にして崩れ去ったあの日。これも自分がもたらした不幸かと半ば自虐的に考えていた。何よりも幼い子どもが泣くこともできずに孤独に震えている姿は見るに堪えなかった。そんな時にあの男が現れた。

「『―――初めに言っておくとね、僕は魔法使いなんだ』切嗣は主にそう名乗っていた」
「血の繋がっていない父親……あたしと同じだ」
「それでも家族だと思えるのはお前の父親がそれだけ愛を注いでくれたからだろう」

 自らを親戚と名乗る八神切嗣にはやては引き取られた。初めはぎこちなかった二人も次第に打ち解け、本当の親子のように仲が良くなった。しばらくは穏やかな生活が続いた。だらしない父親を叱る娘という微笑ましい光景も良く見られた。アインスですら疑わなかった。彼ははやての味方であると。

「守護騎士達が現れても主は暮らしぶりを変えなかった。絶対的な力などいらないと言い、私達を家族として受け入れてくれた。それは切嗣も同じだった」
「それがどうして事件になったんですか?」
「闇の書は蒐集をしない場合主のリンカーコアを蝕んでいくのだ」

 ただ平凡に生きることすら許さずに主を争いの中に巻き込んでいく。それが闇の書。はやての危機を察知した騎士達は主の命を守るために蒐集を行い始めた。その行動が何の意味もない行動だとも知らずに。ある男の思惑通りに動かされているとも気づかずに。

「蒐集の過程で高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンと幾度となくぶつかり合った」
「……あなたは止めようとはしなかったんですか?」
「私に意志を伝えるすべはなかった。いや……あったとしても伝えようとはしなかっただろうな。全てを諦めていた。救いが訪れることなど信じていなかった」

 どうせ今回も同じ結末が訪れるだろうと疑いもせずにただ受け入れていた。だからこそ気づけなかった。本当の敵が既に自分達の傍に居たということに。自分を永遠に呪縛から解放する方法がこの世に存在したという事実に。

 そうして運命の日が訪れた。闇の書の最後のページが埋まる時が来たのだ。雪の降る聖夜に全ての歯車がかみ合い男がその正体を明らかにした。穏やかな父親という素顔を覆い隠す正義の味方という仮面を着けて。

「聖夜に私は再び眠りから目覚めた。世界を、全てを壊すためにな」
「そんなの……あんまりだよ。望んでいないのに……」
「闇の書としての私には破壊以外の機能は存在していなかったからな。しかし、それもまた切嗣達の計画通りだった」

 闇の書を主と共に永久凍結する。それこそが闇の書の呪いを永久に断つ方法だった。その為に衛宮切嗣という男は八神はやての養父となった。彼女と過ごした5年間の全ては監視の為であり、最後の最後で裏切り封印を確実にするための布石でしかなかった。……否、そうであればどれほど楽であっただろうか。

「切嗣の目的は怪しまれることなく騎士達の監視をすることと、主を絶望に落とし最後の覚醒を促すこと。父親になったのはそれが目的だ」
「酷い…酷いよ。どうしてそんなに酷いことを……」
「世界を守るためだ。私が主の下に来たことで主は幾多の世界を破壊する爆弾と化してしまった。それを防ぐために……主ごと私を封印するしかなかったのだ」

 少女一人の犠牲で世界が救われる。少女を助けるならば世界は滅びる。理性的に考えれば簡単な選択だろう。一人の為に世界を犠牲にするなど傲慢にも程がある。だから正義の味方は大勢を救うために少女とその家族を犠牲にした。

 だが、奇跡が起きた。死ぬべき運命にある者達が救われたのだ。悠久の時を眠るはずだった氷は溶かされた。他ならぬ、それを行った正義の味方の涙によって。

「あいつは全てが終わった後、家族を愛していたと……泣き叫んでいた。皮肉にもそれがきっかけになり主は救われた。感情を捨てた機械になることができないのなら正義の味方になどならなければよかったものを……」

 最後の最後で愛を見せたことが奇跡を引き起こした。奇跡を誰よりも否定しながら自分自身で奇跡を起こしてしまった。それがどれほどの裏切り行為かは彼にしかわからない。

「結果として私も主も守護騎士達も皆が救われた。最高の結果だが、それが切嗣の今までの人生全てを否定するきっかけになった」
「最高の結果なのに……どうして? また一緒に暮らせばいいのに」
「平和を守るために今まで数え切れない人間を殺してきた。それなのに一切の犠牲は必要なく全てを救える選択があったと言われてお前は正気を保てるか?」

 真っすぐな瞳に射抜かれスバルは何も答えられなくなる。己の行いを間違いだと突き付けられる。それも自分が起こした結果に。考えるだけで狂ってしまいそうになる。信じた正義はただの悪逆で、救ったと言える者達ですらただの被害者に過ぎない。間違えた理由は簡単、彼が正義の味方であろうとしたからだ。

「正義という集団秩序を善しとしておきながら、切嗣は弱者の味方でありたかった。その矛盾をあの日に見せつけられた。お前も非情になりきれないのなら、正義に肩入れするのだけは止めておけ」

 でないと―――地獄を見るぞ。
 
 アインスの瞳は雄弁にそう物語っていた。嘘ではないだろう。実際に彼の夫は紛れもない地獄を歩いている。きっと自分と同じように、いや、自分以上に己の生き方に自信が持てずに常に死にたいと思っている。

 幸せを感じれば感じるほどに苦痛を感じ、舌を噛み切りたくなる。そんな地獄以外の何ものでもない道を彼は歩き続けている。理解できなかった。苦しいのならやめればいい、逃げればいい。だというのに何故歩き続けるのか。もう、かつて夢見た地すら幻想だと分かっているはずなのに、何故。

「……私が憧れた正義の味方は今、何を求めて人を殺しているんですか? もうそんな方法じゃ誰も救えないって分かっているのに! 自分も相手も傷つくだけだって理解しているのに! どうしてこんな無意味なことを繰り返すんですか!?」

 怒りと悲しみが混ざった声でスバルは叫ぶ。止めて欲しい。切嗣にも、これから殺されるかもしれない人にも苦しんで欲しくない。ああ、どうして彼が自分に正義の味方をやめさせようとしているのかが今ならわかる。こんな残酷な行いを見ていられるわけがない。どれだけ先に進もうとも待っているものは破滅だけなのだから。

「そうだな。何か当てはまるとすれば、あれは……贖罪かもしれないな」
「贖罪…? 同じ間違いを繰り返すことがどうして贖罪につながるんですか?」
「それは―――」
「私から説明しようじゃないか、それは。くふふふ!」

 憂いに満ちた声で贖罪と語るアインスに対してなおも問いかけるスバル。その答えが語られようとした時、ドアが開きこの場所の主が顔を出す。その顔を見た瞬間にスバルは体の芯から冷たくなるような感覚を覚える。

 全てが楽しく、全てを諦めたかのような異形の笑み。舐めるように、ゴミでも見るように自身を見つめる黄金の瞳。整っていながらどこか壊れそうな顔立ち。この顔を見たことが無いというのに自分は彼を知っている。魂に、この機械の体に刻み込まれた技術がそう語り掛ける。
 彼の名前は―――

「ごきげんよう。私の技術によって生まれ、私の技術を超えた傑作、未来の正義の味方」
「スカリエッティか……ノックぐらいはしたらどうだ?」
「おっと、失礼。私は面白いものが見つかるとどうにも冷静さを欠いてしまうようでね、くくく」

 ―――ジェイル・スカリエッティ。
 この身を機械でも人でもないものに変えた技術を作り出した存在。いわば生みの親のようなものだ。しかし、そんな理由だけで親近感が湧くわけもない。自分という存在を生み出すためにどれだけの失敗があったかなど分からないし、その過程で出た犠牲など知りたくもない。抱く感情は全ての元凶に対する怒りのみ。その怒りを感じ取ったのかどうかは分からないがスカリエッティが視線をこちらに向ける。

「さて、既に分かっていると思うが自己紹介をしよう。私の名はジェイル・スカリエッティ。しがない天才科学者さ」

 自意識過剰とも呼べる名乗りにスバルは思わず呆れそうになるが、スカリエッティは至って真面目だ。そもそも彼の業績は犯罪者でなければ間違いなく歴史に名を残すと言われているほどのものなのだ。ある意味では正当な評価と言えよう。

「戦闘機人の生み出した広域次元犯罪者……」
「そう、残念ながら君の生みの親ではないが君の遺伝子には私の技術が生きている。簡単に言うと祖父のようなものだね」
「……嫌です」
「くふふふ、これは嫌われたものだね」

 心底嫌そうな顔で拒否するスバルにも全く動じずにスカリエッティは不気味に笑い続ける。年頃の娘を持つ父親にもこのメンタルがあれば余り傷つかないであろうが娘の負担は普通の家庭の子の倍にはなるだろう。

「それで……あなた達は何がしたいんですか? 拘束もしないで逃げられていたらどうするつもりだったんですか」
「それなら縁がなかったと諦めるだけだよ。私は君と話したかったのでね」
「私と? 戦闘機人だから?」
「いいや。確かに私の技術の産物ではあるがそんなものはデータから見ればいいだけの話だ。私が真に興味があるのは君の人間としての精神性―――正義のあり方だ」

 その言葉を聞いた瞬間に全身に鳥肌が立つ。狂おしいほどの欲望が全身に叩き付けられる。知りたい。全てを知りたい。己の知らぬものを全て知りたい。乾いた砂のように貪欲に知識を吸い取っていく。ただ目を合わせただけだというのにそれだけの悪寒をスバルは味あわされた。

「私は大きな夢や理想、つまりは欲望が大好きでね。不可能に近しい欲望を追っている者を見るとついつい応援したくなってくるのだよ。例えば……世界を救いたいという欲望などをね」

 黄金の瞳が獲物を見つけた蛇のように細められる。知りたいという欲求はスカリエッティの体の芯に刻み込まれた偽りの願いかもしれない。しかし、それが自分の願いであることに変わりはないと彼は貪欲に求めていく。だからこそ、非凡な願いを持つ者を慈しみその手で愛す(壊す)

「……それと切嗣さんの贖罪が何か関係しているんですか?」
「ああ、勿論! 大いに関係しているとも!」

 スバルの問いに嬉々とした表情で語り始めるスカリエッティ。それはまるで舞台の上で主役を張る役者のように。好きで好きでたまらないアーティストを語るファンのように。熱っぽく、うなされたように、どこか馬鹿にしながら語っていく。

「世界を救おうとした青年はある日気づいた。争いを終わらせるには必要悪がいると。そして青年は必要悪となり人類を救うために人を殺し続けた」
「…………」
「だが、ある時に彼は気づいた。それもまた過ちであったと。人を殺して得る平和など真の平和でないと気づいた。しかし、今までに築き上げた屍の山が道を正すことを許さなかった。さあ、彼はどうしたと思うかね?」

 歪んだ笑みで質問を投げかけるスカリエッティにスバルは何も返せなかった。まるで質問が刃となって己の喉に突き立っているかのように声を出そうにも何一つとして出すことが出来ない。心が砕けてしまいそうになる。自分の息の根を今すぐに止めたくなってしまう。

「彼は今までの犠牲に報いる為に変わらず殺し続けた。その先に全てが救われる結末が訪れると信じてね」
「そんな方法じゃいくらやっても何も変わらない! どうして同じ過ちを繰り返すの!?」
「いや、方法はある。私が見つけ出した。この世界を望むものに塗り替えてしまえばいいのだよ」
「世界を……塗り替える?」

 荒唐無稽な話に思わず間の抜けた顔をしてしまうスバル。しかしながらスカリエッティは自信満々な表情で、アインスはそれが当たり前といった顔をする。それを見てスバルも顔色を変える。この話は冗談ではないのだと。

「そう、私はその方法を見つけ出し正義の味方に教えた。犠牲に見合った対価を得ることが出来るとね」
「そんなことが本当に…?」
「ああ、平和な世界など思うがままだ。満足のいく(・・・・・)対価さえ払えば如何なることも叶えてあげよう」

 一体どのようにしてそれを叶えるつもりかは分からないが、スカリエッティの語り方を見るに既に完成はしているのだろう。しかし、何故だかスバルにはその方法が碌な方法だとは思えなかった。

「償いって……世界を平和にすること?」
「私にも彼の心の中までは分からないが契約内容としてはそうなっている。それと力を上手く使えば―――既に死んだ人間を蘇らせることもできる」
「……え」
「スバル・ナカジマ。君には―――生き返らせたい人はいないかい?」

 ゾッとするような笑みと共に言われた言葉にスバルの心臓は鷲掴みにされる。死者が蘇る。それは人類が生まれてから求め続け、忌避し続けてきた禁忌だ。誰しもが失った者を取り戻したいと願い、反対に殺した者が蘇ることを恐れる。
 
「君の母親を蘇らせることができる。それにあの火災をなかったことにもできる」

 悪魔のささやきがスバルの耳を打つ。優しかった母。もう一度の温かな胸の中で眠りにつきたいと思ったことは一度や二度ではない。それにあの火災で死ぬべきだったのは自分だったのではないかと思い悩むことも何度もあった。それらが全て解消させるのだとしたら、それはとても素敵なことではないのか。

「さあ、私達と手を組もうじゃあないか。私達は遺伝子の繋がった確かな家族だ。何も恐れることはない。君の仲間も平和な世界を見れば分かってくれる。戸惑うことは何もないよ」

 優しく、冷たい声が悪魔の契約を持ちかける。交わせばもう二度と戻ることはできないと分かっているのにその誘惑は強く、そして甘い。全てを取り戻せる。全ての犠牲を無かったことに出来る。誰もが幸せな世界を創れる。そう、自分がこの悪魔の契約を結んでさえしまえば、全てが救われる。

「おいで、私の家族」
「……あたしは―――」

 差し出された男の手に向けスバルは静かに自身の腕を伸ばすのだった。
 
 

 
後書き

 スバル・オルタになるか、それとも「だが断る!」するかは今後のお楽しみに。 
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