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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第二十七話 マクシミリアン・シンドローム

 マクシミリアンは13歳の誕生日を迎える頃には、トリステイン王国は空前の好景気に沸いていた。

 公共事業によって生まれた雇用で失業者は減り。農業改革によって食物が多く採れて、値段が下がり餓死者は減った。

 しかし、それはあくまで王領や改革に肯定的な貴族達の領地での出来事だった。
 マクシミリアンの改革を良しとしない一部の貴族たちは、未だに重税を課して領民を苦しめていた。
 絶えかねた領民の一部は、先祖から受け継いだ田畑を捨て、王領……取り分け王都トリスタニアを目指した。

 そういった訳で、現在、トリスタニアでは大量の流民が問題になっていた。

 トリスタニアの城壁前ではトリステイン全土からやって来た大多数の流民がテントを張り生活していて、大貧民街といっても差し支えないほどの規模に膨れ上がっていた。
 マクシミリアンは父王エドゥアール1世と協力して、炊き出しの準備と移住先を探す様に指示した。
 ……と、言っても移住先は半ば決まっており、深刻な労働力不足の北部開発地区に人夫として移住させる予定だが、受け入れ準備が整うまで城門前に置く事になった。
 炊き出し用の備蓄は全員分に行き届くか微妙だったが、幸いな事に貴族の一部に炊き出しの援助をしたりする者が現れた事で無事、流民全員を賄うほどの食糧が確保できた。
 彼らは全てマクシミリアンの『ノブレス・オブリージュ』に感化された者達で、その数は日に日に増えていった。

 ……

 トリスタニア市内にある王立劇場では、先代のフィリップ3世の活躍を劇にした出し物が上演されていた。
 演目は『英雄王のロレーヌ戦役』で、永らくゲルマニアと領土問題になっていたロレーヌ地方に侵攻したゲルマニア軍に対し、それに立ち向かう英雄王フィリップ3世と屈強な魔法衛士たちの活躍を描いたものだ。

 劇場内の来賓室には、豪華な椅子に座って演劇を楽しむ老齢の貴族が5人居た。

「先代フィリップ3世陛下が崩御されて幾分か経ったが、最近の若い連中の現状を先王陛下がご覧になられたら、なんと御思いになられるか」

「本当に嘆かわしい。平民どもに媚を売る貴族のなんと多い事か……まったく、トリステイン貴族の風上にも置けん」

 最近、増えている『軟弱な貴族』を心底嫌い、こうやって集まっては愚痴を言い合っていた。
 彼らは自らを『古き良きトリステイン貴族』を守る貴族の中の貴族、と位置づけていてマクシミリアンの改革に何かと口を挟んで来たし、昨今増えているマクシミリアンに感化された者たちを『軟弱で精神のイカレた奴ら』といって嫌っていた。
 もっとも、マクシミリアンにとって彼らは『声のでかい老害』でゆくゆくは排除すべき存在だち考えていた。

「しかし、このままではフィリップ3世陛下が愛されたトリステイン王国は滅んでしまうぞ。何とかしなければ」

「甥の領地では平民どもが一家総出で逃げ出して、税の取立てに難儀しているそうな」

「まったく、甘やかすからこうなるのだ、見せしめに、二、三人殺せば平民どもも黙るだろう」

「おお、そろそろフィリップ3世陛下の突撃の場面だぞ」

「ああ、これを見ないと始まらないな」

 演劇は佳境に入っていた。

 彼らは先代のフィリップ3世の精神的後継者も名乗っていた。
 『古き良きトリステイン国王と貴族』を体現した先王とそれに付き従う魔法衛士達の姿は、先王死後、十数年経った今でも色あせる事は無く、彼らの心の中に今だに生き続けていた。

 演劇の題目になっている『ロレーヌ戦役』は2回あり、いずれも大勝利を収めたが、あくまで局地戦での勝利で、賠償金は取れず、戦後、財政を悪化させてしまった。1回目は宰相として辣腕を振るったエスターシュ大公の手腕で破綻は免れたものの、大公失脚後の2回目では財政破綻寸前の所を、後のクルデンホルフ大公が大量の持参金を持って支援し、その功績でクルデンホルフ大公国を誕生させてしまった。

 何よりロレーヌ地方を完全に統一したわけではなく、帝政ゲルマニアは東ロレーヌを『ロートリンゲン』と呼称していて、数万の軍と空軍を駐留させ虎視眈々と西側の動向をを伺っていた。
 一方トリステイン側も、統一をさせまいと少ない領地で孤軍奮闘していた『風の大家』のロレーヌ公爵に対し大幅に加増をしてゲルマニアに対抗していた。

 マクシミリアンにとっては、祖父である英雄王フィリップ3世は、そのカリスマ性を含めても一定の評価はしていたが、クルデンホルフ大公国など多大な負債を後の世に残し、死んでも影響を与え続ける大変厄介な存在である事などから常々苦々しく思っていた。

『生者が死者に勝つには何をすればいいのだろう……』

 というテーマが、最近のマクシミリアンの悩みだった。

 ……話を戻そう。

「さて……そこで、わしに良い考えがあるのだが……」

 一人の老害がしたり顔で、周りの老害たちと顔を寄せ合った。
 
「実はな……数日後に城壁前の流民どもをマクシミリアン殿下自らが視察される」

「うん」

「そこで哀れなマクシミリアン殿下は、流民の中に紛れていた暴漢に襲われて重症を負われるのだ」

「おお!」

「重症の度合いにもよるが、何らかの形で廃嫡できれば、我々はアンリエッタ姫殿下を擁立して……」

「そこまでだ! マクシミリアン殿下襲撃の協議の現行犯で逮捕する!」

 老害の陰謀は最後まで語られる事はなかった。
 突如、来賓室のドアが破られ、10人ほどの男達が雪崩れ込んできて老害5人をあっという間に拘束した。

「何者だ! 我々を誰だと思っている」

「そんな、聞かれていた!?」

「貴方達がどういう者か良く知っている、後は王宮の地下牢で聞こうか……連れて行け」

「待ってくれ! 高等法院に連絡を……」

「その必要は無い」

「横暴だ!」

「おお、おのれぇ~!」

 後日、老害たちの家は揃って取り潰しになった。
 マクシミリアンは改革する、一方で密偵団を強化して陰謀を未然に阻止する事にも力を入れていた。
 この一件は、ほんの一部……少しずつだが不貞貴族はその姿を消していった。






                      ☆        ☆        ☆





「経済は順調、次は富国強兵だ」

 マクシミリアンの命令でトリステイン中の銃職人が新宮殿に呼ばれ、とある一室に集められた、銃職人達に対してマクシミリアンは熱弁をふるった。

「みんな、僕の呼びかけに答えてくれてありがとう。みんなに集まって貰ったのは他でもない、新型の銃の製作を命じたいのだが、早速だがこれを見て欲しい」

 マクシミリアンの前には質素なテーブル置いてあり、そのテーブルの上には、これまで集めた『場違いな工芸品』が並べられていた。
 マクシミリアンは『場違いな工芸品』の中から一つの小銃を選んで職人たちに見せた。
 この小銃は『Kar98k』といって、地球では主にドイツ軍が使用したボルトアクションライフルの傑作だ。
 他にも『M1ガーランド』『ブローニングBAR』『RPD軽機関銃』などが置かれていた。

「この小銃と、皆が作っているマスケット銃を良く見比べてくれ、この小銃とマスケット銃、何がどう違うのか、良く観察・研究して少しでもこの『場違いな工芸品』に近づけるようにして欲しい。もちろん報酬は弾むし出来うる限りの支援は約束しよう、しかし、技術を他国に売り渡すような真似だけは止めてほしい」

 最後に『出来るだろうか?』と聞くと、職人達も魔法至上主義のトリステインで冷や飯食らい生活だった為に、やりがいのある仕事に飢えていてのだ。職人達は、既にやる気十分で二つ返事で引き受けてくれた。

 ……

 王立劇場での、マクシミリアン襲撃計画の発覚で未然に防いだものの、未だに、きな臭い感じのトリスタニアでは、マクシミリアンの安全を考慮して流民への視察は無期限の延期になった。
 執務室でマクシミリアンはクーペと流民の件で協議していた。

「例の襲撃計画、未然に防ぐ事ができてよかったです」

「おかげで民衆と触れ合う機会が無くなったよ」

「ですが、流民の数が多すぎて正確な数すら把握できていません。正直なところ視察が無期延期になってよかったですよ」

「流民の中にスパイが居る可能性があるって事か……その辺は上手くやってくれ」

「御意」

「ああ、例の計画書、読んだか?」

「トリスタニアのアンダーグラウンドを一掃する計画……でしたね」

「うん、アントワッペンの一件もそうだけど、ああいった連中が不貞貴族の手足となって、悪さをするのが通例だからね、だったら手足を切り取ってしまえば、そうそう悪さも出来ない」

「実は、殿下の御言いつけ通りに、現在、詰めの作業を行っているところです。朗報をお待ち下さい」

「そうか採用したのか、任せたよ」

「御意」

 数週間後、全密偵団員を動員してトリスタニアの『掃除』が行われる事になる。








                      ☆        ☆        ☆





 ひとまず、流民たちの受け入れの準備が出来たと報告があり、エドゥアール王は王軍の一部を護衛に付けさせた。
 この護衛には、マクシミリアンに感化された貴族……『マクシミリアン派』とでも言おうか、彼らも同行して事で貴族と民衆との間も狭まったように思えた。

 ミシェル・ド・ネルはアントワッペンの反乱以来、マクシミリアンの提唱する『ノブレス・オブリージュ』に傾倒し、勉強や魔法の鍛錬に明け暮れ、時間が空けば家人たちを連れて奉仕活動をしていた。
 当然、今回の流民騒ぎをミシェルは黙っているはずも無く、父に頼み倒して僅かな備蓄を持って駆けつけ炊き出しの指揮を取った。

「貴族様、大変ありがとうございます」

「ありがとうございました」

「ありがとう、貴族様!」

「そ、そうか、皆、向こうでも元気で」

 動き安いようにと男装姿のミシェルは、王軍に護衛され、新しい土地へと去って行く流民を眺めていると、老若男女、様々な人々から感謝の言葉を贈られた。
 照れながらも、手を振り返すミシェルに注がれる視線は暖かかった。

(私は間違ってはいなかった!)

 内心、握りこぶしを握っているとミシェルを呼ぶ声が聞こえた。

「ミス・ネルでございましょうか? 殿下がお会いしたいと仰っております。至急、新宮殿までお越し下さい」

「え? 殿下が……でございますか。分かりました、すぐに参ります」

 ミシェルは家人たちに後の事を任せると、持ってきた馬に飛び乗り新宮殿へと向かった。

 ……

 新宮殿に到着したミシェルは、謁見の間へ通された。

 謁見の間には、炊き出しに参加した貴族が数人居てお互い会釈をし合った。炊き出しの最中、友誼を結んだ者が居たからだ。

「マクシミリアン王太子殿下、ご入来!」

 家臣がマクシミリアンの入来を告げると、ミシェルを含めた貴族たちは一斉に頭を下げた。

「皆、この度の一件、真に大儀だった。民衆の護衛の為にこの場に居ない者たちを含めて、このマクシミリアンこの場を借りて礼を言おう」

 静寂が謁見の間を包み、マクシミリアンは続けた。

「多くの貴族が私財を提供してくれたおかげで、民衆は飢えることはなかった。父、エドゥアール1世陛下も大層お喜びだ。そして、その献身と忠誠に報いる為に諸君への謝状と金一封を預かっている。略式で恐縮だが、名前を呼ばれた者は、前に出て受け取って欲しい」

『ハハッ、ありがたき幸せにございます』

 家臣が一人一人名前を呼んで、マクシミリアンが謝状と金一封を渡した。

 入室したのが最後だった事で一番最後に呼ばれたミシェルは、ぎこちなくもマクシミリアンの前に出た。

「あの日以来だが、元気そうで良かったよ」

 ぼそっと周りに聞こえないように喋り、謝状と金一封を渡した。
 一方、ミシェルはマクシミリアンが覚えていてくれた事に感激する余り、それから後の事は覚えていなかった。

 この日以来、マクシミリアンに感化するものが更に増える事になった。
 当然、この状況を面白く思わない者も居るだろう。
 それらをいかに排除するか、マクシミリアンと彼の思想に傾倒した者達の奮闘は続く……

 
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