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2部分:第二章


第二章

「江戸の生まれか」
「あい」
 女はにこりと笑って辰五郎の言葉に答えた。
「訳あってここにいるんでありやす」
「へえ。まあ人それぞれやしな」
 ここに来るというのは碌な理由ではないことはもうわかっていた。売られてここにいるからだ。吉原にしてどの街の遊郭にしろそうなのだ。いる女は入る前も入った後も彼女達にとってはいいことはない。絢爛の裏には深い闇があったのだ。
 辰五郎はあえてその闇を見ようとはしなかった。表の絢爛を楽しむことにしたのである。陽気な彼はそうしたものを見るのを好まなかったのだ。
「それでや」
「あい」
 話を続ける。
「歳は幾つや」
「十五になります」
 そう話してきた。何か妙に女にしては低く太い声にも感じた。
「十五か」
「そうでありんすが」
「いや」
 辰五郎はもう一度女を見た。見ればその歳にしてはやけに大きく見えた。
「背が高いと思いましてな」
「そうでありんすか?」
「言われまへんか?」
 そう彼女にも問う。
「いえ、全然」
「そうでっか。ならええですけれどな」
 釈然としないまま答えるのであった。そうして酒がなくなったところで灯りを消しいよいよ床に入るのであった。
 床に入り着物を脱がす。そうして最初に胸に手をやる。ところが。
「!?」
 ないのである。胸が全然ないのだ。
「これは一体」
「どうしたでありんすか?」
「あっ、いや」
 辰五郎は驚きを隠せない。そうして下に手をやった。
 するとあった。彼と同じものが。彼は手に触れた二つの官職を味わい仰天した。そうして服を脱ぎかけたままでさっきの店の男のところに飛び込んできたのであった。
「どうしました、また」
 男はそんな辰五郎の姿に目を丸くして問うた。
「えらい格好ですけれど」
「えらいも何もあるかいっ」
 辰五郎は狼狽しきった顔で彼に述べた。
「何やあれは、男やないかい」
「何やもあれもそうですよ」
 男は平然とした顔で辰五郎に答えるのであった。
「だってここはそういう店なんですから」
「えっ!?」
 これは流石に思いも寄らぬことであった。男の店だというのだ。
 辰五郎は目を点にさせた。そうしてまた男に問うのであった。
「男やて」
「そうですよ、ほら」
 男は笑顔で辰五郎に述べる。その前に。
「まずは服をなおされて」
「おっと」
 気付けば彼の服は脱ぎかけで散々に乱れていた。それをなおさせたのである。
 辰五郎が服をなおしてから説明する。つまりは。
「お侍さんに多いんですけれど」
「ああ、江戸は多いんやったな」
 江戸にいる者のうち半分は武士であった。それとは違い大阪では武士は殆どいない。五十万はいたと言われる大阪だが武士は数百人程度しかいなかったのだ。その為武士というものを一生見たことがない町人すらいたのである。
「そうです。お侍さんでもそうですしそれに影響を受けた方々も」
「そっちの方もってことでんな」
「大阪ではそんな店はないですか」
「あらしまへん」
 興味がないので気付いていないだけかも知れないが少なくとも彼は知らなかった。
「初耳ですわ」
「そうですか。それはいい」
「何がええねん」
 思わずこの言葉が出てしまった。偽らざる本音である。
「何で男なんかとなあ、一緒に寝なあかんのや」
「いやいや、それがですね」
 男はそんな彼に楽しそうに言うのだった。
「これがかなりいいのですよ。まあ試しに」
「寝てみろっていうんか?」
「はい、是非どうぞ」
 笑顔で勧めてきた。
「損はしませんよ」
「そらもうお金も払ってるさかい」
 大阪人らしく金に五月蝿い彼はもう払っているのならば元は取りたいと思っていた。そしてそれを実行に移すつもりだったのだ。
「ほなええか」
「宜しいですね」
「だからや。お金払ったから」
 理由はそれにつきた。少なくとも自分を納得させた。
 
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