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最後の弔い

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第一章

                 最後の弔い
 その者の名前を聞いてだ、誰もが眉を顰めさせた。
「まだ生きているのか」
「都を追われたというのに」
「おめおめとだ」
「生き恥を晒しているのか」
 こう言う、その者は。
 道鏡だ、かつて孝謙女帝の寵愛を受けていた。だが今は。
 下野において薬師寺別当としているがだ、訪れる者はなく。 
 共にここに配された彼の弟や弟子達と共にいるだけだ、その彼のことを聞いて世の誰もがこう言ったのである。
 しかし当の道鏡はというと。
 この日もだった、都から寺に持って来た書や経典をだ。
 読み書き写していた、その彼にだ。
 弟がだ、彼の傍に来て言って来た。
「今日もご精が出ますな」
「うむ、こうして学んでいるとだ」
「お心がですね」
「落ち着く」
 道鏡は弟に穏やかな声で答えた。
「実にな」
「いつも通りですね」
「そうだ、やはり拙僧はな」
「学問ですか」
「学問が好きだ」
 何よりもというのだ。
「こうして学んでいるとそれだけで満足だ」
「そうですか、しかし」
「この下野でもだな」
「兄上はとかく言われていますが」
「そうだな」
 わかっているという返事だった。
「それは私も聞いている」
「そのお耳で」
「当然のことだ」
 受け入れている言葉だった。
「私は確かに帝のお傍にいたのだからな」
「しかしです」
「私が専横を働いたり帝位を望んだとかか」
「そうしたことはなかったのですが」
「しかしだ」
「それでもですか」
「拙僧は帝のお傍にいた」
 道鏡はまたこのことを言った、その太い眉でしっかりとした顔立ちでだ。筆を動かしうつt。
「それならな」
「帝がお隠れになれば」
「こうなるものだ」
「それが世ですか」
「それならばだ」
「仕方ないですか」
「そうだ、帝あっての我々だったのだ」
 達観している言葉だった。
「だからあの時もだ」
「帝がお隠れになられた時も」
「そなた達は兵を起こそうとしたな」
「はい」
 その通りだとだ、弟も答えた。
「我等が危ういと思いましてので」
「この様になるとだな」
「命さえと思いましたので」
「例え死を賜ってもだ」
「よいとですね」
「拙僧は思っていた」 
 あの時というのだ。
「それに御主達まではだ」
「兄上が」
「だから拙僧のことはよかったのだ」 
 自身がどうなろうと、というのだ。
「全くな」
「だからあの時我等を止めたのですか」
「そうだったのだ」
 まさにというのだ。
「そしてこうしてな」
「この様な場所に流されてもですか」
「いいのだ」
「そうなのですか」
「むしろ僧が兵を起こすなぞ」
 そうしたことはとだ、ここで道鏡は弟を咎める言葉を出した。 
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