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孤独の女王

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第五章

「動けないな」
「あれはきついですね」
「どう見ても」
「もう沈むんじゃ」
「例え沈まなくても」
 それでもと言うのだった、水兵達も。
「あのダメージですと」
「動かないでしょうね」
「物凄い爆弾だったみたいですから」
「一発受けただけで」
 戦艦が大破炎上している、その威力に驚いてもいるのだ。
 それでだ、士官はまた言った。
「どんな爆弾か知らないがティルピッツを一撃で潰してくれた」
「空からですね」
「そうなりましたね」
「ああ、もう戦艦よりもな」
 苦々しい顔のまま言う士官だった。
「航空機の方がいいのかもな」
「最近言われますね」
「日本やアメリカではそうみたいですし」
「ドイツもですか」
「もう」
「そうかもな、一隻だけでも結構イギリスを意識させてきたが」
 艦隊を率いておらず碌に出撃の機会もなかったがだ、ただ存在するだけでだ。
「それももうな」
「終わりですね」
「もう」
「そうかもな」
 士官は苦々しい顔のままだった、そのどう見ても再起不能となったティルピッツを見ながら。そして実際にだった。 
 ティルピッツは最早戦艦としての機能は期待出来ず砲台の様なものとして使用しようと思った、だがここでだった。
  再びランカスターの編隊が来てだった、その爆弾でだ。
 今度は完全にだった、ティルピッツを着底させた。横転したティルピッツは完全に終わった。
 その報告を聞いてだ、チャーチルは満足した声で言った。
「まずこれでだ」
「はい、いいですね」
「うむ、ティルピッツは存在しているだけで邪魔だった」
 報告をしてきた空軍の参謀将校に言葉を返した。
「それがいなくなったことはな」
「よいことですね」
「まさにな」
「しかしです」
 ここで参謀がチャーチルに言った。
「今回の作戦はです」
「五トン爆弾か」
「あの爆弾を特別に造ってです」
「そしてだったな」
「ランカスターを使っての作戦でした」
「奇抜な作戦だった」
 チャーチルもこのことは認めた。
「あの爆弾もティルピッツの為にある様なものだったからな」
「まさに」
「しかしだ」
 それでもとも言ったチャーチルだった。
「ティルピッツは確かに沈んだ」
「それも空からの攻撃によって」
「これではっきりしたな、戦艦よりもだ」
「航空機ですか」
「私もそう思わざるを得ない」
 自分の戦艦という艦種に対する感情にだ、チャーチルは感傷を感じながらもだった。それを強くは出さずにこう言った。
「時代は変わった、そしてティルピッツはだ」
「あの戦艦はですか」
「孤独の女王だった、しかもだ」
「しかも?」
「最後の女王となるな」
「最後の女王ですか」
「もう戦艦の時代は終わったからな」
 彼が今言った通りにというのだ。
「最後の女王だ」
「そうですか、それでは」
「最後の女王が死んだ」
 チャーチルはあえて己の感情を消して言った。
「今回の作戦でな」
「そうなりましたか」
「うむ、とはいっても敵のことであるからだ」
 しかも自分達が沈めた。
「弔うことはしないがな」
「ここで思いを寄せることはですか」
「しておくとしよう」
 ここまで言ってだ、そのうえで。
 チャーチルは自ら葉巻を出して先を切ったうえで火を点けた。その葉巻の味を堪能しつつその最後の女王に対して瞑目したのだった。


孤独の女王   完


                           2016・1・15 
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