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ソードアート・オンライン ~紫紺の剣士~

作者:紫水茉莉
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アインクラッド編
  9.卵を取りに行こう!

第21層のフィールドは、一言で言うなら“森林”である。森林は森林でも、巨木が多く連なって葉を繁らせているので地表にあまり日が届かず、昼間でも薄暗い。おまけに地面が湿っていたり苔が密に生えていたりして滑りやすく、あまり来る気にならないフィールドである。当然女性から文句も出る。例えば。
「・・・あぁもう暗いこの道!なんかぬるぬるする!」
木に生えていた滑子(なめこ)らしきキノコにうっかり触ってしまったミーシャが、この日何度目かの文句を叫んだ。
「文句言わないのミーシャ。卵のためよ」
「そうッスよ。ひいてはケーキのためッスよ」
「ぬるぬるしたもの好きじゃない」
クリスティナとナツになだめられながらも、ミーシャは口を尖らせた。
「あまり叫ぶな。余計にモンスターを呼ぶ」
「そんなに反応しないよ!」
俺の忠告にミーシャが言い返した直後、俺の索敵スキルに反応があった。ほぼ同時に、俺のやや後方を歩いていたタクミが「敵発見」と警告する。タクミの索敵スキルの熟練度はかなり高いらしい。
「今回はミーシャの負けやね」
シルストの茶化しに鼻で笑って答え、ミーシャは「戦闘用意!」と押さえ目で叫んだ。


襲ってきたモンスター≪slippery・mushroom≫は、全長1.5メートルぐらいの、名前通りのぬるぬるしたキノコ型モンスターだった。体全体が正体不明のぬるぬるに覆われていて斬撃属性の攻撃は中々ヒットしなかったが、リヒティのメイスが強力なお陰で然したる苦労もせずに倒すことができた。前衛(アタッカー)の女性陣は終始悲鳴をあげっぱなしだったが。
「帰りたくなってきた・・・」
アンがげっそりした表情を浮かべて呻く。
「まぁまぁ、もうちょっと頑張れって!あと少しだから、な!」
だろ?とでも言いたげにリヒティが此方を見てくるので頷く。決してこれは嘘ではない。マップを開かなくても確認できる距離だ。
「もう見える。あれだ」
俺が指差すのにつられて、ミーシャ以下全員が視線を上げた。連なる木々の中程の高さに、茶色い草や枝の塊が見てとれる。シルストが首を傾げつつ呟いた。
「あ、あれ・・・巣?鳥の巣?」
「そうだ」
「なるほど!鳥の卵があるかもしれないんだね!」
はしゃいだ声を上げるミーシャだが、その笑顔はどこかぎこちない。それもそうだろう。皆の疑問を代表してクリスティナが俺に尋ねた。
「あの巣・・・大きくないですか?あと・・・高くないですか?」
「そうだな」
金属装備を除装しながら、俺はとどめの一言を通達した。
「この中に、木登りが得意な奴はいるか?」

突発的木登り体験をすることになったのは、案内役である俺と、意外なことにシルストだった。
「昔はよく木登りやっとったんよ」
嬉しそうにシルストは言って、目当ての大木を見上げた。
「たっかいねぇ、やっぱ」
「俺が先に行く。ついてきてくれ」
「りょーかい」
返事を返したシルストはとても楽しそうだった。


***


「シーちゃん、大丈夫ー?」
「大丈夫ー!」
ミーシャがかけた声に全く不安を感じさせない返事が返ってきて、アンはとりあえずホッとしてため息をついた。目的の大木はかなり滑りそうだが、2人は危なげなく上っていく。シルストはもともと田舎の生まれで、よく山を駆け回っていたらしい。この調子なら、すぐに巣に辿り着けそうだ。差し渡し2メートルはありそうな巣をぼんやりと見上げ、ぽつりと呟く。
「・・・にしても、なんで前にアルトが来たときは何もなかったんだろ・・・」
「それもそうね」
傍らに生えていたキノコ――――――これはぬるぬるしていない――――――に腰掛け、クリスティナは軽く首をかしげた。
「あれだけ分かりやすいオブジェクトなのに、何もないっていうのは少し変だわ。単なる景色にしては大きすぎるし」
「そうだな。前にアイツがここに来たのはいつだったんだろうな?」
「まぁ、シーちゃんとアルトがすぐに教えてくれるよ。高いけど、20メートル位だし」
ミーシャがそう言った直後、「あったよ!」と声が聞こえた。
「今回は当たりだったみてぇだな、タクミ」
「ん、よかった」
珍しくタクミの口角が上がっている。地上の6人が見上げると、シルストが卵を持ち上げて見せたところだった。
―――――――かなり大きい。
「ダチョウの卵より大きいんじゃねぇか?」
「ダチョウの卵を見たことがないから分かんないけど・・・2人ともありがとう!降りといで!」
ミーシャの言葉に手を振って返事をすると、アルトとシルストは巣を出て大木の幹に乗り移った。
その時だった。
「気を付けろ!!」
「モンスター!!」
アルトとタクミが同時に叫んだ、その直後。上空をさっと影が横切った。それは、5メートルほどはありそうな巨大な鳥だった。鳥は甲高い声で鳴くと、アルトとシルストのほうに襲いかかった。内心の焦りをあらわにした声音でアンは叫んだ。
「先輩!アルト!」
まず狙われたのはアルトの方だった。真っ黒な翼を広げ、漆黒の嘴を真っ直ぐに突き出す。アンは咄嗟に円月輪(チャクラム)を投擲したが、翼を掠めただけに終わった。
「ダメだ当たるぞ!」
リヒティが叫んだその瞬間、アルトは思いがけない行動に出た。
地面と水平な枝に飛び移り立ち上がると、モンスターに蹴りを放ったのだ。心なしか悲鳴に似た鳴き声を上げ、2人から離れていく。すぐにアルトはシルストのそばに戻ると
「すまない」
と言い、シルストを片手で抱き抱えた。
「んなぁアンタ何すんのぉ!?」
「降りる」
宣言通り、アルトは標高20メートルの高さから―――――跳んだ。
「ウソだぁぁぁ!!」
シルストの絶叫が響くなか、アルトは地面に着地した。
「うわおっ!」「大胆ね」「お前面白ぇな!」「すごーい・・・!」「シルストに殺されそう」
口々に呟かれる感想をさらっと聞き流し、アルトはシルストをストンと地面に降ろした。
「アンタ覚えとれ・・・」
「後にしてくれ」
すぐに武装を元通りにし、アルトはミーシャに問いかける。
「やるのか、やらないのか」
「んー・・・」
上空で旋回しながらこちらを警戒する黒鳥――――名前は≪Crow of dusk≫、宵闇のカラスだった――――をミーシャは見やる。
「ナツ!今日の夜ご飯はチキンライスでいい?」
「それ俺が作るんですよね・・・了解ッス。作ったことないッスけど」
ナツが苦笑すると、ミーシャは「よろしい!」と笑って、片手剣を抜いた。攻撃体勢に入ったのを見たのか、カラスは一声鳴いて猛然と此方に突っ込んでくる。
「ちゃっちゃとやってちゃっちゃと帰るよ!」
ステップ回避で華麗に攻撃を躱すと、ミーシャはお返しとばかりにソードスキル≪スネーク・バイト≫を叩き込む。了解!と真っ先に返事をしたのはリヒティで、弱点っぽい嘴を狙うが、流石に簡単に食らってはくれなかった。翼を打ち鳴らし、アンたちと距離をとる。
「やっぱりやるのか・・・」
「当たり前よ。ミーシャじゃけんな」
「そうねぇ」
呆れた様子を滲ませながらも、≪夜桜唱団≫は全員戦闘体勢に入った。


***


「そういえばさ」
無事カラスを狩り終えた帰り道、ふと思い出したようにリヒティがアルトに話し掛けた。
「さっきお前すげぇ動きしたよな。なんだったんだあれ?」
「・・・木の上の話か」
「あっそれ私も気になる!」
アルトは興味津々のリヒティとミーシャをどこか面倒くさそうに見た。だが答えないつもりではないらしく、軽く溜め息をついて口を開く。
「軽業スキルだ。自分にかかる重量を少し軽減する。システムアシストもある」
「へぇ~」
アンは思わず声を出して感心した。軽業と聞くとバク転なんかができるようになるスキルだというイメージを持っていたため、重量を軽減できることは知らなかったのだ。
「結構便利なんだね」
「ちゃんと答えるんじゃなぁ痛い痛い!やめてクリスやめて!」
「悪い子ねぇシーちゃんったら。そんなこと言ったらいけません」
アルトに毒を吐いてクリスティナに頭をぐりぐりされるシルストを見て、アルトは呆れていた――――ように見えた。




 
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