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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第六十二話 ベーネミュンデ事件(その2)

■ 帝国暦486年7月16日  ミューゼル艦隊旗艦 ブリュンヒルト  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン

リヒテンラーデ侯と話をした翌日、俺はラインハルトに会うべくミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルトを訪ねた。帝国では大将に昇進すると個人に対して旗艦が与えられる。戦艦ブリュンヒルト、ラインハルトの旗艦として数々の戦いを制した戦艦だ。白い流麗な船体は優美といってよくラインハルトに相応しいだろう。ヴァレリーは艦を見た瞬間から歓声を上げ目を輝かせている。

艦橋に入ると、副長が挨拶に来た。ゲーベル中佐と名乗った。艦長はシュタインメッツ大佐、後のシュタインメッツ上級大将のはずだがどうしたのだろう。
「ミューゼル提督にお会いしたいのですが」
「ただいま、会議室で分艦隊司令官達と打ち合わせをしております」
なるほど、旗艦艦長も一緒だな。新たにミッターマイヤー、ロイエンタールも加入したし色々と忙しいようだ。

「時間はかかりますか」
「いえ、もうすぐ戻られると思いますが、お急ぎならお呼びしましょう」
「いえ、待たせていただきましょう」
「しかし、それでは」
「お気遣い無く、約束もなしに来たのは当方ですから」

俺は席を用意してもらい、待つことにした。まあ少しは殊勝なところも見せないとな。それにラインハルトも打ち合わせ中に階級が下の人間に呼び出されたんでは面白くないだろう。周りに対する見栄も有る。俺はこう見えても結構気を使う人間なのだ。幸いヴァレリーもいる、退屈はしないだろう。……結局ラインハルトたちが戻るまで一時間近くかかった。ヴァレリーはいらいらするし、気遣いなんてするもんじゃないな。

■ 帝国暦486年7月16日  ミューゼル艦隊旗艦 ブリュンヒルト  ウルリッヒ・ケスラー

打ち合わせを終え、会議室から艦橋に戻るとゲーベル副長が足早に近づいてきた。額に汗をかいている。
「参謀長閣下、ミューゼル提督はどちらに」
「提督はまだ会議室にいるが、どうかしたか」
「ヴァレンシュタイン中将閣下がミューゼル提督をお待ちです」
「!」

周りを見渡すと確かに中将が椅子に座っている。こちらを見て、片手を挙げてきた。副官のフィッツシモンズ少佐も座っているが、こちらは明らかにいらついている。
「……どのくらい前に来た?」
「……一時間ほど前です。提督をお呼びすると言ったんですが、待つと仰られて……」
「……」

目まいがした、一時間あの男を待たせた? 何考えている! さっさと呼べ。相手を誰だと思っているんだ、その辺のボンクラ中将じゃないんだぞ。俺たちを辺境星域に飛ばしたいのか! 怒鳴りつけたい衝動を抑えて俺は足早にヴァレンシュタイン中将の元に向かった。

「ヴァレンシュタイン中将、お待たせして申し訳ない」
「気にしていませんよ、ケスラー少将。ミューゼル提督はまだ会議室ですか?」
頼むから微笑むのは止めてくれ……。隣で副官が睨んでいる。こっちが本当だろう。
「もうすぐこちらに戻るでしょう。提督に何か?」
「……少々微妙な問題が起きまして……」

語尾を濁した? 珍しい事も有るものだ。ミューゼル提督が艦橋に入ってきた。ミュラー、ロイエンタール、ミッターマイヤー、キルヒアイスが後から続く。先に伝えておかなくてはなるまい。
「少しお待ちください。今提督をお呼びします」
俺は足早にミューゼル提督に近づいた。

「提督」
「なんだ、ケスラー」
「ヴァレンシュタイン中将が提督をお待ちです」
「ヴァレンシュタインが」
少し不審そうな表情でキルヒアイス中佐を見る。中佐も同様だ。どうもこの二人はヴァレンシュタインに素直になりきれていない。彼がこの二人に悪い感情を持っている様子は無いんだが……。
「既に一時間ほど待っているようです」
「一時間!」

ミューゼル提督だけではない。周りも皆ぎょっとしている。
「ミューゼル提督」
気がつくと中将が傍まで来ていた。相変わらず表情は柔らかい。
「ヴァレンシュタイン中将、随分と待たせてしまったようだ」
少し焦ったように提督が答えた。
「いえ、約束もとらずに来たのはこちらですから。少しお時間をいただきたいのですが」
この状態で嫌といえる人間はいないだろう。

「……内密の話かな」
「いささか」
「もう一度会議室に行くか、私だけかな」
「……いえ、皆さんにも聞いてもらったほうがいいでしょう」
少し考えてから答えてきた。
「そうか、では会議室に戻ろう」

会議室に戻り、それぞれ適当に席に着くとおもむろにヴァレンシュタインが口を開いた。
「見ていただきたいものがあります」
ヴァレンシュタインは一枚の書簡を懐から取り出すとミューゼル大将に手渡した。
提督はその書簡に目を通すと一度ヴァレンシュタインに眼をやり、また書簡に眼を落とした。そのまま睨むように書簡を見ている。

「提督?」
ミュラーが気遣うように声をかけた。
「ああ、すまない。これにはこう書いてある。宮中のG夫人に対しB夫人が害意をいだくなり。心せられよ」
なるほど、確かに微妙な問題だ。皆顔を見合わせている。

「ベーネミュンデ侯爵夫人、幻の皇后ですか」
ロイエンタールが口に出す。“幻の皇后”に皆がロイエンタールを見詰めた。
「中将、これを何処で」
提督が書面をヴァレンシュタインに返しながら問いかけた。

「昨夜の事ですが、国務尚書からこれと同じものを見せられました」
「? ではこれは?」
「昨夜、家に帰るとこれが……」
「同じものが国務尚書と中将の下に?」
提督の問いにヴァレンシュタインは無言で頷いた。

「ミューゼル提督の下には、これは来ていませんか?」
「いや、まだ来ていない」
憮然とした表情でヴァレンシュタインの問いにミューゼル提督は答える。面白くないようだ。
「そうですか……。いずれ同じ物が来ると思いますが、この件で動く事は止めてください」

「何を言う、そのような事は出来ない。そうだろう、キルヒアイス」
「はい」
二人とも憤然とした表情で抗議する。
「この件は国務尚書より小官に調べよと命が出ています。もしかすると協力をお願いする事になるかもしれませんがそれまでは静観して欲しいのです」
「だめだ、そんな事は出来ない。姉上に万一の事があったら」
冷静さを失っているな、良くない兆候だ。落ち着いた中将と興奮した提督、周りもどう思うか……。

「提督、ヴァレンシュタイン中将の言うとおりにしましょう。提督が今なすべき事は艦隊の錬度を上げることです」
伯爵夫人が大切なのはわかるが、公私は区別しなければ、……。
「ケスラー……」
「過去に侯爵夫人に何度も命を狙われた閣下としては、納得がいきませんか?」
「!」
ヴァレンシュタインの発言に周囲が驚いて彼を見た。
「何故それを知っている」
そう、何故知っている? その件を知るのは当事者と我等皇帝の闇の左手のみのはずだ。しかし、ヴァレンシュタインは微笑むだけで答えない。

「グレーザーという宮廷医をご存知ですか」
「?」
いきなりヴァレンシュタインが話題を変えた。
「……確かその医師は時々ベーネミュンデ侯爵夫人の館を訪れていませんか。そんな話を或る女から聞いた覚えがありますが」
或る女か……、ロイエンタール少将が自信なさげに答える。

「ロイエンタール少将の言うとおりです。この書簡ですが、おそらく書いたのはグレーザー医師でしょう。彼は侯爵夫人と手を切りたがっている。これ以上の繋がりは身の破滅だと考えているのでしょう。そこから調べはつきます。あとは国務尚書に任せればいい。いかがです?」
「……」
結局ヴァレンシュタイン中将に全て委ねるということで話しはついた。


「何故ヴァレンシュタインは私があの女に命を狙われた事を知っているのだ?」
たしかに、何故知っているのだろう。
「……以前、妙な噂を聞いた覚えがあります」
ロイエンタール少将が困惑した表情で話し始めた。
「なんだ、それは」

「中将は、皇帝の闇の左手だと……。あれは多分サイオキシン麻薬事件の頃だと思いますが」
……それは私が流した噂だ。どの女から聞いた話だ、卿の情報源は女だろう、ロイエンタール少将。

「ミュッケンベルガー元帥の密命ではなかったのか?」
「小官も元帥閣下の密命と聞いた覚えがありますが」
「ええ、しかしそういう噂が流れたのも事実です」
ミューゼル提督、ミュラー、ロイエンタール少将が口々に話す。

「ケスラー、卿はサイオキシン麻薬事件では中将と一緒だったな。本当のところはどうなのだ」
明確に否定する必要が有るだろうな。放置すると私が彼に恨まれる。
「小官の知る限り、中将が皇帝の闇の左手などという事はありません」

「今回の一件、国務尚書の依頼と言っていましたが……」
「ベーネミュンデ侯爵夫人、グリューネワルト伯爵夫人、どちらも陛下にかかわりのある方です。となると……」
「闇の左手か……」
いかん。皆どうしてもそこにもっていきたいようだ。私のせいじゃないぞ、ヴァレンシュタイン、普段の卿の行いのせいだ。とはいっても何とかしないといかん。困ったもんだ……。





 
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