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納豆ジェネレーション

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1部分:第一章


第一章

                  納豆ジェネレーション
 今日の晩飯のメニューを見る。
 キスの天麩羅にホウレン草のおひたし、それに豆腐と若布の味噌汁であった。それと梅干がある。白い御飯は当然としてそこにあるのだった。
「よし」
 家長である浜野健吾はそのメニューを見てまずは満足そうに頷く。
「善き哉善き哉」
「何でそんなに嬉しいんや」
「いや、実は今日な」
 向かい側に座る女房の千賀子に対してここで少しむっとした顔になって語る。
「昼飯に吉野家に行ったんや」
「それで牛丼食べたんやね?」
「そう、ところがその横でや」
 顔をさらに顰めさせてそのうえで言葉を続ける。
「隣の学生かな。若い子が何食ってたと思う?」
「何食べてたの?」
「納豆食べてたんや」
 このうえなく顰めた顔になってしまっていた。
「納豆。あんなもん横で食うてたんや」
「ふうん、納豆かいな」
「ふうんちゃうわ」
 ここで女房の言葉に口を尖らせるのだった。
「あんなん食うてたんやぞ」
「あんなんかいな」
「そうや、あんなんや」
 さらに口を尖らせての言葉だった。
「納豆なんてな。あんなもん食い物とちゃうやろが」
「またそんなん言うてからに」
「牛丼はええ」
 まずはそれはいいとしたのだった。
「あれはな、アメリカやったらヘルシーメニューなんや」
「あんな油っこいもんがかいな」
「アメリカやったらあれでさっぱりしとるらしいわ」
「そのこと自体が信じられへんけれどな」
 女房にしてはそちらの方がであった。
「あれがヘルシーかいな」
「牛丼食うてる横でや。納豆食うなんてな」
「で、どないしたんや?」
「怒鳴りつけたるところやがぐっとこらえたった」
 とりあえずその程度の常識はあるようである。
「それでも。もうむかついてなあ」
「そんなに納豆が嫌いなんかいな」
「納豆は食い物やない」
 また言うのだった。
「あんなもんはな。悪魔の食い物や」
「悪魔なあ」
「悪魔やなかったらゲテモノや。食えたものやない」
「今時そんなに納豆が嫌いな人も珍しいな」
「わし等の代にはそうやったんや」
 なお彼は今四十歳である。中年である。
「その時にはな。まだ納豆なんてこっちじゃ滅多に食う奴はおらんかった」
「私食うてたで」
 女房はしれっとした顔で彼に告げる。
「広島やったら食うてたで」
「関西じゃ見たこともなかったわ」
 言葉からわかる通り彼は生粋の関西人である。
「あんなもんな。食うなんてな」
「けれど最近結構多いやん」
「世の中が狂ってるんや」
 彼の主観でしかないがそれでも言う。
「あんなもん。何で食えるんや」
「身体にええで」
「腐っとるやろが」
 関西人独特の発言である。
「わしの時のクラスの奴が一人好きやった」
「偉い人がおったんやな」
「全員で顔顰めて人間かって言うたったわ」
 しかしその偉人に対する扱いはこんな有様だったのであった。
「あんなもん食うてな。あんなまずいもんをな」
「まずいって食べたことないやん」
 実はそうであった。健吾は納豆を一粒も食べたことがないのだ。
「それも全然。ないやろ?」
「納豆を食わんでも生きていける」
 これが健吾の主張であった。
「わしは豆腐を食う。それだけで充分や」
「ほな朝の納豆は?」
「関東の奴等はそやから性根が腐ってるんや」
 これまたとんでもない暴論である。
「朝からあんなもん食うてな」
「あんなもんかいな」
「とにかくや。わしは納豆は食わん」
 頑迷なまでに言い切る。
「わしはな。絶対に食わんからな」
「ほな納豆あんたはいらんねんな」
「見たくもないわ」
 あくまで納豆を嫌うあまりここで千賀子の言葉の意味を理解することを忘れていた。
「わしの目の前には絶対に出すんやないぞ」
「まあ最近スーパーでも納豆は普通に売ってるけれどな。安いし」
「安くても高くても納豆を食うようになったら世の中おしまいや」
「納豆は北斗神拳かいな」
 これまた古典的な言葉である。彼等の世代の定番の言葉だ。
 
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