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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第二十六話 アントワッペン始末

 2週間後、トリステインを揺るがしたアントワッペンの事件は収束を迎えた。

 近隣の領地から次々と援軍がやってきたものの、当事者が一部を除いて殆どが死亡した為、事後の処理に何かと手間取ったが首謀者のド・フランドール伯の妹、フランシーヌが……

『全ては、兄とアントワッペン市の裏社会の重鎮らが企てたもの』

 と、証言した為にド・フランドール伯に責任を全て被せる形になった。

 ……

「そして、ド・フランドール伯爵家は取り潰し……か」

「御意」

 トリスタニアの新宮殿の自室にて、マクシミリアンはその後の報告を受けた。
 ちなみに報告している者はミランだった。

「で、ド・フランドール伯爵領は王領になるのかい?」

「王宮ではその様に手続きを取っているそうです。もう一つ、アントワッペンの件で報告がございます。一部のアントワッペン市民が現在、北西部に建設中の新都市への移住を求めています」

「まあ、あんな事件があった後だ、無理もない……移住の件は了承すると伝えてくれ」

「御意、報告は以上でございます」

「そうか、下がってよい。久々のトリステインだ、奥さんや娘さんにサービスしておく事だね」

「……ありがとうございます」

 ミランは踵を正すとキビキビと去っていった。
 杖無しではまともに歩く事もできなかったミランだったが、マクシミリアンの『複製』で新たな足を手に入れた。
 ミランは感激の余りに男泣きして、今まで以上に絶対の忠誠を誓った。

 クーペの報告でミランの養女が以前会って友人になった少女アニエスだった事も知ったし、親子間が上手くいってないことも知った。
 現在、ミランは人柄の好さを買われ官房長官的な役職に就いている。各部局の調整役でトリスタニアを離れる事が多く家にはろくに帰っていない。
 個人的な事柄なので口に出したりはしないが、マクシミリアンはあの親子が仲良くなる事を望んでいた。

 そして、アニエスの出身地のダングルテールで何が起こったか追加の探索も命じてある。

 ミランが去った後、マクシミリアンは席を立ち自室とは別の部屋の様子を伺った。
 現在、この部屋には妹のアンリエッタが魔法の勉強を行っているのだ。

 ……事は、数日前にさかのぼる。
 アンリエッタは何を思ったかマクシミリアンに……

『おにーさまに魔法を教えてほしい』

 と、言ってきたのだ。
 アンリエッタも5歳なのでマクシミリアンも、『そろそろ良い年頃かな?』 と思い父王にお伺いを立てると『承諾』と帰ってきた。

 アンリエッタは別室でライトの練習を行っているはずだ、マクシミリアンは別室の様子を伺ってみると、中からグスグスと鼻をすする音が聞こえる。
 実はこの部屋の中は暗室になっていて、しかも鍵が掛けられてあるのだ。

『怖い思いをしたほうが早く覚える』

 と、いう持論を実践中で、アンリエッタは暗闇に怯えながら必死に『ライト』を唱えていた。
 この部屋から出るには、『ライト』を唱えて部屋の何処かにある鍵を探すか、または『アンロック』を唱えて出るかの二つしかない。
 期限もあり、夕暮れまでに出られなければ、その日の夜はマクシミリアンとは別々の部屋で一人で寝なければならない。
 意外とマクシミリアンはスパルタだった。
 時折、『おにーさま助けて』、とか『暗いよう』とか、声が聞こえて、マクシミリアンは助けるべきかと大いに迷ったが何とか思いとどまった。

 ……しばらく時間がたったが、夕暮れまではまだ時間がある。
 マクシミリアンはドアの側に机を椅子を持ち出して政務を行い、時折、耳を澄まして、部屋の中を伺っていた。

「アンリエッタ、許してくれ。嗚呼、可哀想なアンリエッタ……アンリエッタェ……」

 ぶつぶつと独り言をしながら政務を行う、まったく仕事が手につかない。
 数十分後、ドアがガチャリと開いてポロポロ涙を流すアンリエッタが出てきた。

「おにーさま、『ライト』出来ましたぁ~」

「お、お、おぉぉーーーーっ、良くやったなアンリエッタ! よぉ~~~し、よしよしよしよしよしよしよしよしよしよし!」

「ぶえぇぇぇぇ~~~ん! おにーさまーーー!!」

「立派だぞアンリエッタ!!」

 泣きじゃくるアンリエッタを猫かわいがりするマクシミリアン。

「ぐすっ、今日はこれで終わり?」

「いや、今度は図書室で勉強だ」

「ふえぇ~……」

「大丈夫だよ、今度は僕も一緒にいるから」

「本当に? 一人にしない?」

「本当だよ、今日は一緒にいよう」

 アンリエッタを抱き寄せ頬にキスをした。

 ……

 アンリエッタの手を引いて新宮殿にある大図書室へ向かうと先客が居た。

『マクシミリアン殿下、アンリエッタ姫殿下、ご機嫌麗しゅう』

 見事にハモって二人に話しかけてきたのは、兄アントワーヌと弟アンリのジェミニ兄弟だ。
 アントワッペンでの一件では、ヘルヴェティア傭兵の軍師だったが、雇い主だった男に嫌われてクビになり、屋敷前でウロウロしていた所をマクシミリアンに拾われた。
 ゲルマニアに帰るか聞いてみたが、帰らずにマクシミリアンの家臣団へ仕官を願い出てきた。
 もちろん、マクシミリアンは二つ返事で承諾し、参謀本部にまわす予定だ。

「何を読んでたんだ?」

『実は禁書室を利用させていただきました』

「ん、そうか、しっかり知識を吸収してトリステインのために役立ててくれ」

 禁書室とは大図書室の奥にある階段で地下に降りた場所にある別室の事で、地球の書物をマクシミリアンが翻訳した書物が無数置かれている。
 誰でも閲覧できるという訳ではなく、家臣団の一員である事が絶対条件で二重三重もの『ディテクトマジック』が掛けられた通路を通らなければならなく、しかも、持ち出し禁止で、禁書を持ち出そうものなら『ディテクトマジック』の魔法が作動し、サイレンが鳴って衛兵が駆けつける仕掛けになっていて、最悪の場合、通路が崩れ落ちる仕掛けにもなっている。
 そして、一度でも禁書室に足を踏み入れた者が、他国に走ったりすれば漏れなく暗殺という惨めな末路が待っている。
 
「それにしても、カール・フォン・クラウゼヴィッツというゲルマニア人は聞いた事がないですが、会う機会がありましたら、是非ご一報を……」

「何日でも語り合いたいですね」

 ジェミニ兄弟が読んでいたのは、クラウゼヴィッツ著の『戦争論』のようだ。

「……ははは」

 マクシミリアンは乾いた笑いを浮かべた。

「他に誰か禁書室に居るのか?」

『はい、例のごとく、ミスタ・ラザールです』

 と、見事にハモり、『失礼します』と一礼して去っていった。

「……またか」

「おにーさま、お勉強しないの?」

「ああ、ごめん、行こうか」

「うん!」

 アンリエッタの手を引いて簡単な読み書きの出来る幼児向けの区画へ向かった。

(それにしても、よく身体がもつ物だ)

 アントワッペンの一件でもう一人家臣団入りした者が件の男ラザールで、平民出身だがあらゆる分野に精通する、万能の天才だった。
 発明家でもあるラザールに蒸気機関の研究をして貰おうと思ったものの、ここ1週間、禁書室に篭もって、様々な書物を読み漁っていた。
 身の回りの世話を殆ど省みないで読書に没頭していた為、せっかく登用したのに餓死されたら困ると、お付のメイドを一人置いて身の回りの世話をさせていた。

(ともあれ、仕事に取り掛かるまで、もう少し様子を見よう。天才と○○は紙一重っていうからね、束縛せずに好きにやらせていれば、面白い結果を生むかもしれない)

 後にマクシミリアンの予想は的中する事になる。

 アンリエッタに勉強を教えるわけになったのだが、勉強以上にアンリエッタに『王族たる者、進んで義務と責任を引き受けなければならない』と、マクシミリアンはフン族のアッティラ王の訓戒を少し改造した物を教えようと思っていた。

(国民の模範になるように、王族には貴族以上の責任が課せられる事を、アンリエッタにもしっかりと教えないとね)








                      ☆        ☆        ☆





 アントワッペンの一件で、判明した二つの能力の一つ破壊光線の不具合を新宮殿に帰った後に研究してみた。
 人目につかない様に、無数有る地下室で研究を開始した。
 まず一つ、破壊光線は一発撃つごとに10分ほど間隔を開ければ、不具合は起こらずに何度でも撃てる事。
 もう一つ、破壊光線を連発したときに起こる、眼球の異変時にヒーリングを掛けてみると、どういう訳か治りが遅かった。
 最後に、眼球の異変が起こった際にフランシーヌが眼球を舐めたらたちどころに治った……と、何ともコメント辛い件を研究するべく、とあるメイドに協力して貰う事になった。
 ただの平民のメイドが、トリステインの王子に『眼球を舐めろ』と言われて抗えるはずもなく……
 この日以来、メイドたちのマクシミリアンを見る目が変わった。

(アホみたいな設定をつけやがって……)

 マクシミリアンは三馬鹿神に唾を吐きかけたくなった。

 ともあれ、実験の成果もあった。
 実際、眼球の異変が起こった状態で眼球を舐めて貰ったら、たちまちに異変が治った。
 次に男に舐めて貰ったらどういう結果になるか、実験すべきだったが止めておいた。マクシミリアンにそっちの『ケ』は無いからである。

 ……

 数日後、密偵頭のクーペがアントワッペンから帰ってきた。

「お帰り、クーペ。アントワッペンの復興は順調だったかい?」

 執務室で青年姿のクーペを労った。

「ありがとうございます。商人という生き物は何かと強かなモノでした。我々が口に出さなくても、見る見るうちに復興が進んでましたよ」

 クーペの様子だと復興は順調のようだ。

「アルデベルテを北部開発の労役に送ったと聞いたのですが」

「ああ、無罪放免とは行かなかったからな、3年の労役後に家臣団入りで手を打った」

 クーペは、黒幕の大商人アルデベルテの弁舌の才を惜しんで家臣団にスカウトしたが、流石に無罪放免では示しがつかないという事で、マクシミリアンは労働力として3年間の労役を指示した。

「その事ですが、先の反乱に参加したヤクザ者の大半は労役刑に処されてますので、下手に顔を合わせたらアルデベルテは報復されるのではないでしょうか?」

「その心配はないよ、顔を合わせない為に別々にするようにと言ってある」

「それは、差し出がましい事をしました」

 数年後、無事刑期を終えてアルデベルテは家臣団入りする事になる。

「うん……話は変わるけど、彼女は元気だったかい?」

 マクシミリアンは話題をフランシーヌの件に変えた。
 ド・フランドール伯爵家は改易され平民落ちしたフランシーヌは、その後、マダム・ド・ブランのド・ブラン夫人勧めで夫人の養女になった。

「ド・ブラン夫人の下で経営の勉強をしているそうですよ」

「そうか、幸せになってくれればいいね」

「それにしても以外でしたね」

「何がさ」

「ミス・フランシーヌを妾に向かい入れなかったなかった事ですよ」

「そうか? そんなに以外か?」

「気に入っておられたと、思っていたので」

「まぁ……色々と助けて貰ったし、嫌いじゃないけどさ、まぁ……縁が無かったんだよ」

「そうですか……」

 クーぺはそれ以上言わなかった。

 かくして、アントワッペンの反乱は幕を閉じた。

 都市が破壊されたことで、アントワッペンを去る人々も出たが、『返って団結力がついた』と言って残る者の方が多かった。
 何より、王領になった事で、直接、改革に口を出せるようになった。
 マクシミリアンは、商人達に聖地経由で綿花と桑の苗の輸入と栽培を命じた。
 縫製業といった軽工業が発達したアントワッペンで綿畑を作らせて綿織物を製造させ、次の桑の苗は予め桑畑を作らせ、後で『蚕』を輸入飼育し絹織物を製造させる予定だった。
 綿織物や特に絹織物はハルケギニアではまったくと言っていいほど見た事がなかった為、トリステイン随一の名産にさせるべく力を入れる予定だ。

 ひどい目にあったマクシミリアンだが、『結果的には良い方向へ向かう事が出来た』と活論付けた。



 
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