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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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マザーズ・ロザリオ編
  第229話 心の悲鳴

 
前書き
~一言~

早めに投稿出来たのはとても良かったのですが………相変わらず、とても重たいです…… 。
あぁ……早くあの世界に還りたい、とか 書いている途中で思っちゃったりしたほどで…… 苦笑

と、とにもかくにも、お二人のお家の話はこの話で一旦終了ですね……、直ぐに投稿できた割には、とても長かった気がします……。そして、重い話だから……やっぱり、オリ分を物語に組み込むのがとても難しい……涙  で、でも、なんとか頑張れましたので、温かい目でお願いします……!

最後にこの小説を読んでくださって、ありがとうございます! これからも、頑張ります!!


                          じーくw 

 


 次の母、京子の言葉に思わず2人は絶句してしまう事になった。

「それは見たけど、あんな学校の成績評価なんて、あてになりませんよ」
「あんな……学校?」
「っ……」

 その言葉は、つい数日前までの事がまるで嘘の様だったから。

 これまで、京子は、明日奈や玲奈が通う学校について、口出しは殆どしなかった。

 あの学校は、和人や隼人、里香、佳子……、大切な人達が集まる場所。現実世界でも大好きだと言える学校だった。なのに、母の言葉は それを完全に否定された気分だった。

 京子は当初こそは、訝しんでいたのだが、その学校に()が同じく入学している事を知り、急拵えの学校だと考えていたのを一先ず止めたのだ。だが、玲奈に関して言えば良い(・・)。どんな高校ででも、例え大学であったとしても、()の傍で学べると言うのであれば、これ以上は無い事だろう。

 だが、それは明日奈にとっては益になるものかどうか? 

 それを京子は考えだして、詳しく調べたのだ。

「いい、明日奈。三学期は学校の他に家庭教師を付けるわ。最近流行ってるネット越しじゃなくて、ちゃんといえに来て貰います」
「ちょ……ちょっとまってよ、なんでそんな急に……」

 明日奈が思わず立ち上がりそうになるのも頷ける。
 確かに強引な物言いをする母は、珍しくもない事だが、今回のはあまりに突然であり、少しも意見を訊いたり、尊重したりしてくれない理不尽さがそこにはあったから。
 
 そして、明日奈同様、いや ある意味ではそれ以上に反応したのは玲奈だった。

「なんで、お姉ちゃんだけ……? 私も、急に言われるのはとても困るって思う。お姉ちゃんと同じ気持ち。でも、今回はどうして……?」

 玲奈は、京子が明日奈の名前しか呼んでいないのだが、真意を聞く為、思わず口に出していた。

 明日奈と玲奈。

 2人の方向性は基本的に同じ方向へとベクトルが向けられていた。だが、以前までは 内容に関しては、其々違っている部分はあった。……それは別におかしい事ではなく、明日奈と玲奈は容姿は極めて似ていると思うのだが、2人が双子である、と言う訳ではない。玲奈が1つ、明日奈より学年が下である姉妹だ。だから、受験を受ける事が出来るのも玲奈が後からになるから学ぶ順番が違ってくるのもおかしい事じゃなかった。

 しかし、それはSAO事件以前までの話だ。

 あの事件が起こった故に、2年と言う長い期間、閉じ込められてしまった。

 その世界では、勉強等は出来る筈もなく、そして 現実世界に帰還して、18歳以下の元SAOプレイヤーならば、入学試験及び、入学金なしで受け入れてくれて、教育課程に二年の遅れが生じてしまった子供たちを救済してくれている学校へと入学を果たした。

 そして、初めて、姉の明日奈と玲奈は同じスタートラインに立ったのだ。
 
 元々、姉だから、兄だから、と贔屓をする様な母親じゃないし、厳しくはあるものの、明日奈と玲奈はいつも求められている物は同じだったんだ。 
 
 だが、今回は何やら不穏な影が見えた気がした。

「玲奈。あなたは大丈夫なの。……あなたはもう、何をすべきか、その道がしっかりと見据えているの。運も実力の内、とは言ったものです。あなたはこれまで頑張ってきたから。あのおかしな世界に囚われてしまった事を刎にして、彼の傍で(・・・・) 見聞を広げて、身に付ける事が出来る事はどんな事でもチャレンジしてみなさい」
「っ……!」

 玲奈は、京子に返す言葉が見つからなかった。

 京子が言っている人物は……、最早言うまでもないだろう。親公認の仲である事を認めてくれていると言う部分に関しては 確かに有難いとは思う。……だけど、この言い方では心から嬉しい、と喜ぶ事が出来なかったのだ。





 また、自分の脳裏に……ノイズの様な物が闇から囁かれる様に、響く感覚がした。





『本当“ザザ”―――羨ましい―“ザザ”――じゃ――“ザザ”』
『超低確率で“ザザザ”―――じゃ“ザザ”――できな“ザザザ”―――だろ?』
『――ラッキー“ブッ……ガガガガ”――肖り“ガ、ガガ”――』






 耳を塞ぎたくても塞げない。目を閉じたくても、無理やりこじ開けられるかの様に、遮る事が出来ない。


 そして この、ノイズは 自らが生んだものだ。
 聞き取りたく無い言葉が、次々に頭の中に流れ込んでくる。その言葉こそが玲奈にとってのノイズ――。





――よくやったもんだよ。たった2年で明らかに階級を飛び越えてるんだから。一生安泰だよな。
――成金、玉の輿って言っちゃ、格好悪い気がするけど。ま、玲奈だし、大丈夫だろ。
――レベルが違うからなぁ。一個人で出来る事なんてたかがしれてる、って考え全部吹き飛ばされたし。そんな相手連れてきたんだから、マジでヤベェって。





 とうとう、拒絶反応を示していたのだが、その合間を縫って、言の葉を直接頭の中に叩き込まれてしまった。言葉の中に、いや 言葉に込められた負の感情が全面に押し出されていた。そして、それらが形を成し、言葉として放たれる。






――自分の力でもない癖に。
――どうやって懐柔したのやら……。
――色仕掛けでもしたってのか?






 決して正面から口に出している訳じゃない。
 暗く見える目の前の人間の表情から、ちょっとした仕草から。……誰もいない所を見計らっての密談から 集められた集合体。

 全く耳から離れない不快な……不協和音(ノイズ)として、玲奈の頭に蔓延り続けたのだった。









 そんな間にも、明日奈と京子の問答は続いていた。


 もう、玲奈には伝えたかった事全て話しきった、と言わんばかりに そこから出てくるのは明日奈の名前ばかりだった。

 いや、もう玲奈の頭には、膨大な不協和音(ノイズ)が蔓延っており、まるで訊き取る事が出来なくなってしまった。


 そして、明日奈もそんな玲奈の事に少なからず気づきつつも、自分の事だけで精一杯だったから、気にかける事が出来なかった。

「人の生き方は、自分で選びとっていくものでしょう? わたしも昔は、良い大学に入って、就職をする事が、人生の全てだって思ってた。でも、わたしは、……わたし()は変わったの。今はまだ、答えが出せないけど、本当にやりたい事が見つかりそうなのよ。今の学校にあと1年通って、それを見つけたいの」
「自分で選択肢を狭めても仕方ないでしょう。あんなところに何年通っても、なんの道も開けないわ。でも、編入先の学校は違うわよ。上の大学は一流校だし、そこで良い成績を残せば、お母さんのところの大学院にだって入れるわ。いい、明日奈。お母さんは、あなたに惨めな人生を送って欲しくないの。誰にでも胸を張って誇れるキャリアを築いて欲しいのよ」

 京子は、ここでゆっくりと視線を玲奈に向けた。

「人生は何が起こるか判らないわ。だけど、そんな中でも、数少ないチャンス。いえ
、数学的見地から言うなら、0%と言ってもいい幸運を玲奈は掴み取る事が出来た。それも、今まで頑張り続けた結果だとお母さんは信じてるわ。日々の積み重ねの結果が、輝かしいキャリアを築き上げれると言うものなの。明日奈も知っているとおり、玲奈にも才能や能力は十分すぎる程持っている。世界にたった1つ。ナンバーワンでオンリーワンの技術を持っている()の隣に立つ資格は十分に備わっている。申し分ないでしょう。でも、明日奈。あなたはそう言う訳にはいかないの。……努力や才能、そして能力。それらの壁を超える様なもの(・・)は早々現れるとは限りません。いや 無いと言っていいわ。あんな学校じゃあ、尚更」

 それを訊いて、明日奈は強く思った。
 何を想って、何をいわれて、妹が傷ついているのかが、今の母には判らないのだろうか、と。




 確かに、素性を知っていたと言うのに……実際に目の当たりにした()が齎す周囲への影響力は圧巻の一言だった。


 偏に『周囲』とは言っても、それは簡単に表されるものじゃない。
 この世田谷区……、東京都……、日本……。果ては世界。様々な業界の重鎮(トップ)たちが名を知っていると言うのだ。そして何よりも絶大な信頼を得ていると言う。


――彼が信じ、そして 手掛けている企業は、信じられる。間違いなく立て直せる。……間違いなく復活する。だからこそ、投資する事を惜しまないし、迷わない。


 と思わせているのだ。

 その影響もあり、周囲の期待値通りに見事に立て直したのが 件の事件により、地の底まで失墜した《レクト》だった。

 確かに、レクトは大企業。巨大企業だ。だが、世界から見れば、東洋の小さな島国の一企業に過ぎないのだという事を思い知った瞬間だった。

 だけど、それらの畏怖の念とさえ思われかねない周囲の視線が、何よりも彼の親が恐れていた事なのではないか? と明日奈は同時に感じた。


 だからこそ、仕切りに彼は『普通に接してくれて嬉しい』と言葉を続けたのだろう。


 そして、恐らく……いや、間違いなく玲奈も感じているのは明確だった。




 明日奈自身の考え、そして 玲奈の、……彼の父親の、気持ちの代弁をしたかった。気持ちが通じ合った事を。

――あの朱い空の下での事を。 涙を流しながら改めて告白をした玲奈の、……2人の気持ちを。

 だけど、今は妹を支える余裕は自分自身には無かった。ある意味では自分自身も窮地に立たされているも同義なのだから。

「そんな事より、私のキャリアって……?」

 だから、明日奈は話を反らせ、且つ 訊いておかなければならない事実を問いただす事にしたのだ。

「お正月に本家で引き合わされたあの人はなんなの? ……何を吹き込んだか知らないけど、あの人、もう私と婚約でもしたような口ぶりだったわよ。わたしの生き方の選択肢を狭めているのは母さんじゃない」

 明日奈の脳裏に浮かんだ記憶。
 あの世界で、リズに言った嫌な記憶(・・・・)の源泉がそこだった。

「……結婚もキャリアの一部よ。物質的に不自由のある様な結婚をしてしまったら、5年、10年先に、必ず後悔するわ。あなたの言うやりたい事だって、できなくなっちゃうわよ。その点、裕也君なら申し分ないわ。派閥争いの絶えないメガバンクよりも一族経営の地銀のほうがずっと安定しているし」

 ここまで話た時、明日奈は玲奈の身体が一瞬震えたのを見た気がした。多分、同じ気持ちなのだという事も理解する事が出来た。

「………何も反省してないのね。あんな事件を起こして、わたしと、それにレイだってそう。……大勢の人達を苦しめて。そもそもレクトの経営を危うくしたのは、母さんが選んだ須郷伸之なのよ」
「やめてちょうだい」

 京子は盛大に顔をしかめて、煩い羽虫でも払うかのように、左手をぱたぱたと振った。

「あの人の話は聞きたくもないわ。……だいたい、あの人を気に入って養子にしようって言い出したのは、お父さんですよ。人を見る目がないのよ、昔から。大丈夫よ、裕也君は覇気がない所はあるけど、その分安心できるじゃない」

 確かにその部分に関しては、父親の彰三に非があると言える。

 父は以前より身近な人間をあまり顧みない所があったのだ。須郷の開発・経営能力と上昇志向のみを評価し、内部の人間性に。……そして、あろう事か レクトに匿っていたと言える過去事件を起こしている狭山の事に関してもそうだ。人の内面を見る事無く盲目に信じてしまったからこその抜け穴だった。――その事に関しては、父も口に出し、認めている。

 だが、須郷に関しては、以前に増して徐々に攻撃的な性格が強まっていったのは 周囲から与えられる苛烈なプレッシャーに原因の一端があったのだと明日奈はおもえた。

 そして、その圧力の一部に、間違いなく目の前の母親、京子の言葉だって含まれていると確信している。……現に2人ともがそれを感じているのだから。

 横目で見た玲奈は、まだ俯いており 膝の上に乗せていた拳に不自然な力が入っていて、震えているのが見て取れた。何も言えない玲奈に代わって、いや 自分自身の為にも明日奈ははっきりと硬化した声で言った。

「――ともかく、あの人とお付き合いする気は全くないわよ。相手はレイのように自分で選ぶわ」
「いいわよ。あなたに相応しい、立派な人なら誰でも。――ただ」

 ここから先の言葉が、大きな波紋を呼ぶ事になる。結城家始まって以来の大きな、大きな波紋が――。


「言っておきますけど、あんな子―――あんな施設の生徒は含まれませんからね」
「………」

 京子のその言い方に、特定の人物を指し示すような響きを感じて、明日奈は再度慄然とした。

「……まさか……調べたの? 彼のこと……………」

 かすれた声で、呟く明日奈。京子自身は否定も肯定もせず、さらりと会話の方向を逸らした。

「どんな場所でも例外と言うものはあるわ。天才と呼べる人材が現れることだって、確かにある。歴史上でも、珍しい事じゃない。………でも、それは本当に少ないことなの。玲奈のことで、あなたもよく解ってる筈よ。だから、解ってちょうだい。お母さんもお父さんも、あなた達には幸せになってほしいのよ。受験をさせる幼稚園を選ぶ時から、ずっとそれだけを願ってきたの。それに、浩一郎が買ってきたあのゲームに気まぐれで手を出したことを、本当は後悔している筈よ。ほんのちょっと躓いちゃったけど、まだまだじゅうぶん立て直せるわ。いま、真剣に頑張ればね。―――これから、いくらでも輝かしいキャリアを積み重ねられるのよ」
 
 明日奈は唇を紡いだ奥に、みせない様に強く歯を食いしばりながら思った。



 キャリア、キャリアと口にしている母だが、全て母のキャリア(・・・・・・・・)なのだという事が。



 自分自身の事は勿論、玲奈の事、兄の浩一郎の事も全て『輝かしいキャリア』の一部であり、自分達が《SAO》事件に巻き込まれた事や、SAO事件の後のALOでの事件の企業の大打撃が、全て『自分のキャリアが傷ついた』と感じているんだ。

 そして、さらに言えば、言葉巧みに隠しているが、『ゲームに手を出して、後悔している筈』と言っている時に、『あなた達は』と付け加えなかった。

 そうだ。玲奈に関しては、あのゲームをしなければ、京子の言う幸運とも巡り合わなかった。京子が『施設の生徒は含まれない』と言ったものの、その後に言った『例外』と言う言葉で巧みに躱し、僅かに肯定をしていた。
 つまり、0%の確率のままの結果が訪れていた筈なのだから。

 だからこそ、決して2人のことはささず、されとて 明日奈自身には悟らせる様に言葉を選び抜いたのだ。
 
 そして……明日奈は、戦う気力を全て奪われた気がした。もう何も言い返すことが出来なかったからだ。




 だが、これで終わりじゃない(・・・・・・・)

 ……本当に大きな波紋は。これまでに無かった波紋は此処からだった。





 明日奈は 力無く、立ち上がろうとしたその時だった。


『……母さんに、何が判るっていうの………』


 消え入りそうな声が聞こえてきた。
 この静寂な空間において、僅かな声量でも聞こえる筈なのに、気のせいだったのではないか? と思える程の小声。
 京子も同じ感じだった様で、返事を返すことは無かった。だが、声が聞こえた気はした為、ワイングラスに口をつけていたのを離し、グラスを置いた。

 それと同時に、――……始まった。



「……母さんに、わたし達の何が判るっていうの!!!!」



 烈火の如く、椅子から立ち上がって憤激するのは玲奈だった。

 指しの京子もこればかりは想定外だった。今まで――無かったこと。それは 久しく忘れていた、と言った類ではなく、間違いなく、一度も無かったことが起きたのだから。

 真っ向からの反論はあったとしても、感情のままに、言葉をぶつけられることは。

「……れ、れい……?」

 明日奈は思わず息を飲んだ。
 もう、戦う気力を根刮ぎ奪われたと感じていた自分とは違い、今回の憤怒を腹の底にまでずっと貯めていたのだろうか、或いは 玲奈の想い人のことを言われ続けていたあの京都での時からの積み重ねなのか、それは 明日奈にも判らなかった。

「…………」

 京子は、想定外だったものの、決して取り乱すことはせずに、ただ 玲奈の目を見ていた。

「母さんが、キリト君。……和人君の何を知ってるっていうの! お姉ちゃんやわたしが、戦ってきたあの世界のことを、なんだと想ってるの!! 隼人君のことを、なんだと想ってるの!! わたし達の幸せなんて、全然考えてない! 全部、全部母さん自身のキャリアが傷ついたとしか思ってない癖に!」

 一度噴火すれば、それは留まることが出来ない。烈火の如き怒声は同じくとどまらなかった。 
 
「わたしは、人として、大切なことを、あの世界で学んだ! 人は、1人じゃ絶対に生きていけないことを、あの世界で学んだっ! 誰かを支えて、支えてもらって初めて《人》になれる、って事も……学んだ! 母さんが言う『おかしな世界』で! それに、母さんの言う『収容施設』『矯正施設』でも!」

 玲奈は 目を血走らせ、肩を大きく揺らせながら、続けて想いの丈の全てをぶつけた。

「わたし、母さんの言う、『含まれない施設の子』のおかげで、いま生きていけてるの! わたしも、お姉ちゃんも! あそこの皆のおかげで、あの世界で生き抜いてきた人達全員のおかげで、今ここで、こうやってご飯を食べて、自分の事ばかりで、幸せなんか願ってくれてない母さんの話だって聞く事が出来てるの! 全部、全部 皆のおかげなんだよ! そんなの、そんなのっ、人として、人としておかしいよ! そんなのっっ!! キャリアがそんなに大切なのっ!? 大事な心を捨ててまで、何も考えない心を牢獄の中に閉じ込めた生活に、進路にどんな意味があるっていうの!!?」

 堪えきれなかったのだろうか、ついに玲奈の目には涙が溜まり、そして、勢いよく散らばり続けている。

「隼人君のことだってそうだよっ! 皆、皆……、隼人君を()として見てくれてないっ!! あんなに、話をしたのに……、皆、皆…… 隼人君を内面を見てくれてないっ! 何も変わらない、わたし達と何も変わらない! とても心優しい男の子なのに! なのに……っ、隼人君は、レクトにとっての――結城家にとっての莫大な利益、財産、そんなふうにしか皆の視線は感じられないのっ!! 母さんだってそうだよっ!!」

 脳裏に描いているのは、隼人の姿だった。

 SAO時代から――そして現代に至るまで、様々な彼の姿が脳裏に鮮明に浮かび上がった。


――表情に、あまり感情が出なかった時の表情。
――何処か儚さを醸し出した表情。
――そして、そんな仮面の隙間から、時折見えたあどけない表情。
――屈託のない笑顔の表情。


 徐々に……彼の、彼自身が作り上げていた仮面が割れて落ちた。本当の素顔が見えた。そう感じた。


――涙を流し震えている表情。
――恥ずかしそうに頬を赤らめている表情
 
――そして……大好きだって言ってくれた時の表情。



 その顔は、これから先も、ずっと見ることが出来るだろうか。……後悔する、と言っていた母の言う5年、10年後と。この冷たさを感じる中でも、ずっと彼は笑ってくれているだろうか。……決して私のために、無理をせず、自然な笑顔を見せてくれるだろうか。

 隼人は本当に優しい。だからこそ、決して表には出さないって思える。
 だけど……、だからこそ…………。


「隼人君を苦しめるくらいなら……っ、私のせいで隼人君を苦しめる結果になる位なら……わたし、わたしっ………っ!!」

 
 ぼろぼろ……と涙を零し、嗚咽で続きの言葉を言えない玲奈。

 そこまで来た所で、明日奈は玲奈の身体をぎゅっ、と抱きしめた。

「わ、わたし……っ、わたしは……っ」
「大丈夫。レイ、大丈夫だから……」

 明日奈は、ただただ、玲奈の身体を抱きしめ続けた。
 そこから先の言葉は、明日奈は訊きたくない。恐らくは京子も何をいうか判っただろうから、好ましくはない筈だ。先程から、表情こそは変わらないものの、明日奈は感じたから。苦難を乗り越えて、2人は一緒になることが出来た。本当の意味で心を通わせることが出来た。

 だからこそ、隼人にとっても玲奈にとっても、それだけは、そこから先の言葉は言ってはいけない言葉だから。

「ありがとう。レイ」
「うっ……ううっ、だ、だって、だって……っ お、おかしいよ。こんなのっ……っ、なんで、なんで、好きになった人と、一緒にいられないの……っ? それが、わるい、こと、なの……? だって、だって、わたし、わたしもずっと、見てきたんだよ? おねえちゃんや、キリトぐん、のことも……っ」
「うん……うん………」

 明日奈の胸の中で泣き続ける玲奈。そして、その優しさゆえに、流している涙を止めてあげたくて、明日奈は何度も玲奈の背中を摩り続けた。

 そして、玲奈の背中を摩りつつ、明日奈は京子を見た。

「……レイを寝室まで連れて行きます」
「ええ。判ったわ」

 この時ばかりは、京子は反論等はしなかった。だが、それでも余裕さえある表情は消えてなかった。

 続けてワインを飲む姿を見て、明日奈は判った。今回の玲奈のこれ(・・)は、子供の癇癪。少々遅れた反抗期、程度にしか思ってなかったのかもしれない。直ぐにいつも通りになる、とも考えているかもしれない。
 でもなければ、母にとっての(・・・・・・)最高のキャリア(・・・・・・・)が消えてなくなってしまうのだから。それは絶対に避けたいはずだから。

 そんなどこまでも冷ややかささえ感じる母を見て、明日奈はドアに手をかけた所で、最後にす、っと息を吸い込んだ。

 玲奈が母にぶつかった。自分が言いたかったことの全てを言ってくれたかもしれない。……自分には余裕なんかないのに。

 そんな妹を見つつ、明日奈は胸の奥深くにわだかまっているものを最後にぶつけた。

「……キャリアを重視する母さんは、亡くなったお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの事を恥じてるんでしょ。……だって、由緒ある名家じゃなくて、ただの農家だったから。決して消せないルーツ……。どう努力しても、それだけは消せない。………それが不満なんでしょう?」

 明日奈の冷めた言葉に、京子は、今日初めて、大きく表情が変わった。
 玲奈の癇癪にはまるで変化が無かった筈なのだが、今回ばかりは違った。ただただ冷静に、明日奈に突かれた自分の中にある触れてはならない部分に触れられた。

 眉間に険しい谷間が生まれ、怒髪天を衝く、とまではいかなくとも、怒りの表情に変わった事を見届けた後に、明日奈は扉を閉めた。


 ダイニングルームでは、『直ぐに戻ってきなさい!』とだけ聞こえていたが、今日はもう戻る事は決してない。……だから、明日奈は泣き続ける玲奈を連れて、逃げる様に足早にホールを横切り、階段を駆け上がった。

 玲奈の部屋の前に衝くと、その部屋の扉を開けて、少々大きめのベッドに座らせた。

「…………おねえちゃん」

 座った所で、玲奈が明日奈に声をかけた。
 まだ、すぐ隣でいてくれているから。

「ん?」
「……ごめん、なさい」
「どうして謝るの?」
「……だって、だって……わたし……っ」

 玲奈の中の嵐は、徐々にさりつつある様で、母に対する考えは変わらず、そして認めたくはない事は代わりないものの、険悪な空気を作ってしまった事に対して、明日奈に謝ったのだ。

 だけど、明日奈はただただ、微笑むだけだった。

 心優しい玲奈だから、謝るだろうことは判っていた気がしたんだ。

「……感謝しかないよ。レイ。だって……レイが、初めて、だったんだよ? 母さんにぶつかったの。私は、理屈ばかりが出てきたり。何とか反論しようと考える事しか出来なかった。……でも、時には腹を割って話をする事も大切なんだって、レイに教わった。――レイの様に、素直な気持ちを伝える事は、出来ないかもしれないけど……、私も 認めてもらえる様に頑張るから」
「…………う、っ」

 ゆっくりと、玲奈は明日奈の胸の中に顔を埋めた。
 明日奈は再び、玲奈が落ち着くまで胸に抱き続けるのだった。


 そして、暫くしての事。

 玲奈が泣き疲れて、眠ったのを確認すると、明日奈は足音を殺しつつ、自室へと戻っていった。

 自室に戻ると、そのまま身体をどさりとベッドに投げ出した。身嗜みを整える為に、着替えていた高価なブラウスが皺になるのもかまわずに大きなクッションに顔を埋めた。


――やっぱりだ。レイのほうがよっぽど強いよ。私なんかよりも……。


 妹が代わりに想いの全てをぶつけてくれた。

 玲奈がいなかったら、あの場で自分は何を言っていたか判らない。

 編入の件を受け入れていたかもしれない。……キリトに関しての事。自分の好きな、大好きな人のことを言われて、反論もしなかったかもしれない。

 それらが脳裏に浮かんだ途端、目頭が熱くなるのを感じた。母のこともあるが、それ以上に自分自身に対する苛立ちがあったからだ。剣士として、悲しい涙や悔しい涙はもう流さない様に決めていたのだが、感情を堪えきることが出来そうになかった。

――何が、剣士だ。

 心の何処かで嗤う声がする。たかがゲームの世界で、剣を振り回してきただけ。現実世界にどれほどの影響を及ぼすと言うのだろうか?

――私は、よわい。とっても……よわい。強くなんか……ない。

 続けて、明日奈はそうも感じていた。
 あの世界で1人の少年に出会い、そして 輪が繋がっていって……自分は変わったと思っていた。誰かに与えられた価値観に盲従するのはやめて、本当に成すべき事のために、戦える人間になった筈……つもりだった。

 ところがどうだ?

 妹は、親から敷かれたレールを、強制されたルートを拒否してのけた。心を通わせた相手のおかげ、かもしれないけど、はっきりと。

 だけど――自分は出来ていない。

 一方的に支えてもらってばかりで……、何1つ、ここでは成す事が出来ていない。……なら、何のために現実世界に返ってきたのかが、まるで判らない。

「………キリトくん。……キリト、くん」

 いつしか、震える唇の隙間から、キリトの名前を何度も読んでいた。

 現実世界に帰ってきて早1年以上が経過する今でも、SAOで得た強靭な精神を苦もなく保ち続けている様に見える。……プレッシャーは、それなりに彼にもある筈だが、全く顔に表すことが無かった。

 ずっと、目標だと背中を追い続けてきた相手……リュウキの背中を追い続けてきたからこそ、強くなれたんだと、いつしか キリトにアスナは訊いた記憶があった。

 成長……と言う度合いで言えば、レイナもそうだし、……誰よりも深い深い闇を背負っていたリュウキもそうだろう。リュウキの闇を払い、光を差した結果になったのはレイナの優しさがあったから、と言う事も勿論知っている。
 そして、そのレイナの光は、現実世界でも消えることなく瞬き続けている。


――自分だけ、なんにも、変わることが出来ていない。


 妹の前では強がることができても、1人になればもうダメだった。
 キリトに会いたい、と言う気持ちが押し寄せてくる。レイナがそうしてくれた様に、自分もキリトに全てを打ち明けて、泣いて、泣いて……その胸に飛び込みたい。

 だけど、できない。

 何故なら、キリトが愛した自分は、きっとこの無力な結城明日奈じゃない。

 閃光の名を冠した2人の内の一角、最強とも囃されたあの世界の《アスナ》なのだ、と言う認識が重い鎖となって、明日奈を絡め取っていく。目に見えない鎖は、誰も抑えてくれない。……レイナにもこれは頼ることが出来なかった。


――玲奈の言う様に、私もキリトくんの傍で。


 思い馳せる。端末のデスクトップに設定しているキリトとの写真を見ながら。

 それを見て、キリトの夢を、将来の夢についてを隣で訊いた時の記憶が頭を過ぎったから。

 夕暮れの公園で……、いつも通り 休みの日、会える日は一緒に、愛する人と過ごしていた。その帰り。公園のベンチに座ってアスナは訊いたのだ。


『ねぇ、キリトくんは将来の事、どう考えてるの?』
『ああ。昔は無理って一蹴した事があったけど、オレ、プレイする側じゃなく、作る側になろうと思うんだ』

 キリトの言葉を訊いて、アスナは少しだけ微笑んだ。
 何故なら、確かに以前までは一蹴していた事を知っているから。リュウキとの話。

『良いものだぞ? プレイする側から、制作側に行く事は』
『いや、生涯ユーザーでありたい!』

 そう言っていた事を、訊いた事があったから。

 だけど、今のキリトは違った様だ。今はまだ 遥か雲の上の存在が傍にいるから、その影響を……。いや、それは違う。確かに切欠ではあるだろうが、これこそが、キリトが選んだ道だと思ったから。大きな光の傍で、その光に引き寄せられただけではなく、自分自身が大きく輝こうとしているんだという事が。……彼と、対等であるために。ずっと、対等で有り続けるために。

『作る側? どんなゲーム??』
『ゲームじゃなくて、現行のフルダイブ技術に取って代わる、より親密な形のワンマシン・インターフェース』

 そう言って、アスナに微笑むと 次は遠い空の彼方を見る様に、空を見上げた。

『これからが主流になっていくって信じてるし。全くの新しい試みだって事も判る。……まだまだ、追いかけてる段階だって思うけど、大航海時代って所だから、見つける物全てが大きな発見にもつながるんだ。……肩を並べる事が出来るかもしれないからな』

 キリトの多少は自虐感がある苦笑いを訊いて、アスナは自分自身が考えていた事が間違いない事を悟った。

 そして、キリトは続けた。

『色々な技術フォーラムに行ってみたり、まぁ ちょっと格好悪いけど、コネで最先端系に潜り込ませてもらったり、して勉強したりしてるんだけど……、基本英語ベースだから、中々大変で。この段階で、肩を並べるって、笑っちゃうけどな』


――……そんな事ないよー。


 アスナはそう言わんばかりに、そっと頭をキリトの肩に委ねた。それを感じたキリトは、ただただ微笑むのだった。
  
 
 そして、アスナは思い出に浸るのを止めた。
 
 キリトならば、何も迷うことなく、一直線にその目標に、夢に向かって突き進んでいくだろう。

 あの世界でもそうだった。
 いつしか、憧れを抱いていた少年は いつの間にか、肩を並べて、戦う様になっていたんだから。

 だから今回もきっと……。

――……私も、キリトくんと同じ夢を追いかけたい。叶うなら、ずっと彼の隣でいて……追いかけたい。その為に何を勉強すればいいのか、あと1年一緒に学校に通って、じっくりと見極めたい……。

 強く願うアスナ。
 だが、その道もいま絶たれようとしている。……玲奈の気持ち、感情のおかげで、確かに一時は保留になったかもしれない。……だけど、それが永遠に続くとは思えないから。

「……キリトくん」

 今すぐにでも会いたい。
 現実世界でなくてもいいから、あのいえで二人きりになって、彼の胸で思い切り泣いて、すべてを打ち明けてしまいたい。

 でも、出来なかった。

 再び思いが頭の中で交錯するから。つまり。

『キリトが愛した自分は、この無力な結城明日奈ではなく、最強剣士に名を連ねた 《血盟騎士団・副団長》《双・閃光の一角》そのアスナなのだ』

 と言う認識が、また 重くのしかかってしまっている。

 キリトに言われた『アスナは、強いな……。オレよりもずっと強い……』

 かつてあの世界で言われた言葉が耳元に蘇る。

 だからこそ、明日奈が弱さを顕にした途端、彼の心が離れていってしまうかもしれない。と考えてしまうのだ。それが何よりも怖かった。



「……現実世界の私になんか……なんの、力もない…………」



 これは……将来を暗示している光景、だろうか。

 アスナははっきりと見えた気がした。

 銀鏡仕上げの鞘を腰に吊り、キリトと腕を絡ませて、木漏れ日の下をどこまでも歩き続ける自分の姿。

 だが、もう1人の自分はどこか暗い場所に閉じ込められて、笑いさざめく2人の姿を覗き見る事しか出来なかった。

 甘苦い夢の中。……それでも、――あの世界に還りたい。と、明日奈は強く思うのだった。






 そして、姉の明日奈が葛藤をしている時。


 玲奈自身も、それは同じだった。

 泣いて、泣いて―――泣き続けて。

 そして、支え続けてもらって。
 今日も、そうだ。

――ただ、感情のままに 子供みたいに、癇癪を起こしただけで……私はなんにも……っ。

 あの時は、母に思った事の全てを打ち明ける事が出来た。母が言った言葉を全て否定したかったから。でも、その中にはなんの説得力もない、ただの感情論だけだった。感情ではなく理屈で全て完璧に返してのける母は、大学院の教授だ。
 あれで、伝わるなんて、思えないし。もう 思える筈もない。

「……おねぇ……ちゃん」

 瞼を閉じている玲奈だったが、眠った訳ではなかった。
 あのまま、優しい姉の胸の中でずっと過ごせば、眠られたかもしれない。でも、いままでも、そして これからも 姉に支え続けてもらう訳にはいかないから。その多少の自立心に似た感情が 少なからず玲奈に力を与えたのだ。ゆっくりと、ブラウスを脱ぎ、楽な姿でベッドに潜り込んだ。

『もう、大丈夫だから』

 と言わんばかりに。そして、目を閉じたんだ。
 姉の明日奈は、そんな自分の頬を一撫でしてくれた。……そして、1人になった。

 1人になった事で――再び孤独感が玲奈の中で沸き起こる。

――何が、大丈夫なもんか。……私は、私も 強くなんか、ない。ひとりになったら、こうやって、泣いてしまうだけで……。

 瞼を閉じているのだが、それでも止めどなく涙が溢れてしまう。

 そして、馳せるのは 姉の事と……リュウキの事だった。


――……あの朱い空の下で、ずっと一緒にいてください。と言った。……抱きしめてくれた。


 本当に嬉しかった。その笑顔に、いや 全ての表情に。《竜崎隼人》と言う人のすべてに救われたと言っていい。


――だけど……自分は彼に何をしてあげられる?

 
 それは、玲奈の中に生まれた疑念だった。

 ずっと、闇の中だった。だけど、昨日まではなかった、光を追いかけて、追いかけて、ゴールのない迷路だと思っていた場所から、抜ける事が出来た。

 だからこそ、笑顔が戻った。何処か偽っていた素顔が表に出る様になった。

 リュウキを長く、長く見てきた父親。綺堂が玲奈にそう話してくれた事は記憶に新しい。

 でも、今は違う。

 リュウキの回りには、本当に光だらけになっている。

 肩を並べて、歩いている《キリト》の姿。
 そのキリトの傍で、同じく笑顔を向けている姉の《アスナ》の姿。
 綺堂が願った通りに。いつもいつも、笑顔で決して分け隔てなく話しかける《リズ》の姿。
 まるで、妹が兄を慕う様に、笑顔を見せ、最大の信頼を向けているシリカ。
 同じ。……心に同じ闇を持って。それを払ってくれた、守ってくれた隼人の事を……間違いなく好きになっている、愛している、とさえ思える 笑顔を見せるシノンの姿。

 彼の、リュウキの後ろにはそういった笑顔が。……光が、彼を照らし続けてくれている。

――……でも、自分はどうなんだろう?

『オレは、嘘は言わない。……レイナは、オレの中の闇を払ってくれた光、だよ。――レイナが、一番だ』

 そう、笑顔を見せてくれている。ほろ苦甘く、本当に心地よい。

 だけど、その笑顔を曇らせかねないのが自分の今の境遇だった。

 だけど、それも違う。自分自身が至らないから。いつもいつも姉の明日奈や、兄の浩一郎の影で甘んじていたツケが、今。自分に向かっている。

 家の事も、結城本家の事も、全ては自分の一部なのだから。……それが、闇であったとしても、誰のせいでもない。自分がなんとかしなければならない事だから。

 光――と言ってくれたから。

 でも、それが出来なかった。 今も甘え続けて。反論したって、変えようとしたって、ただただ、子供の様に怒鳴るだけ。何一つ変えられない。

 ……リュウキの笑顔を失ってしまうかもしれない。心からの笑顔がなくなってしまうかもしれない。

 それが、レイナにとって、何よりも怖く、そして、何よりも辛い事だった。

 だから、そんな事になる位なら……。

「隼人くんと……、わ、わかれ………ッ」

 それは先程は 出てこなかった言葉を、出す事が……出来た。

 でも、その言葉を口にした途端に、暗闇に……一切の光も差さない暗黒に引きずり込まれる感覚がレイナを襲った。

「っ……っっ……」

 胸が締め付けられる程に、痛く。それに同調する様に鼓動が高鳴る。

「い、いや………だ」

 レイナは、それだけは嫌だった。
 リュウキがレイナの事を光だって、形容する様に、レイナにとっても、リュウキはかけがえの無い光。……暖かく身を包んでくれる太陽の様な光だった。自惚れる訳じゃないが、初めてリュウキの過去を打ち明けてくれた相手であり、それを抜きにしたとしても、リュウキに大切に想ってくれている事も、知っている。生半可な覚悟で、訊いた訳でも、支え続けると誓った訳でもないんだ。

 だから……そんな自分が何も言わずに、彼の元から離れてしまえば……きっと、心に傷を残してしまうだろう。……判る。リュウキは とても、何よりも優しいから。優しいからこそ。幼少期の事を、決して風化する事なく、何年も抱え続けたんだから。

 だから、今の自分の哀しみの全てを、思いの全てを打ち明けて、その全てを抱きしめて貰いたい。

 でも、それでも リュウキの事を傷つけてしまう結果になる。
 傷つけてしまう事、……それはどうしても嫌だった。耐えられる事じゃなかった。


 でも、それでも………。


 相反する感情が、レイナの中で渦巻く。

 また、明日。そう言ってくれるリュウキが居てくれている。そんな日々が崩れてしまう。どちらを選んでも。……伸ばして、伸ばして、掴んだ未来。光を超えた先、向こう側には 同じ結末が待っている。


「……こわい、こわいよ。……リュウキ、くん…………わ、わたし、どう、したら………」


 今、レイナには、そうとしか思えなかった。

 それは、甘苦い夢を見る事はなく……、ただただ ゆっくりと苦しめられる様な、眠る事を許さず、目を瞑る事も許されない。

 そんな中で、レイナは自分自身を強く抱きしめながら……、ただ 幸せだったあの家に還りたい、と強く願うのだった。


 
  
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