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剣士さんとドラクエⅧ

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35話 月世界

・・・・

 月という物は、どこの世界でも変わらず美しい。

 月にはきっと神秘的な何かがある、と前世でもチラリとは考えていたけど、まさか本当にあるとはね……。流石は魔法がある世界。

「綺麗」

 美しい月の世界に一歩踏み出すごとに心が浄化されるよう。蒼く上品な美しさは、まるでミーティア姫様や義母上のよう。ああ、ククールみたいでもある。私には似合わない綺麗な世界。

 見事な美しさに惹かれてか、足取りすら軽く感じる。トントンと軽く飛び移るようにあちこち動いて、くるくると辺りを見渡す。あぁ、ここはきっと何時まで見ても飽きないんだろうな。しかもどこからか、これまた綺麗な音楽の旋律まで聞こえるし……。

「まさに奇跡……」
「びっくりしすぎだよ、エルト」
「そう、かな」

 目をまん丸に見開いて驚くエルトやヤンガスやゼシカやククール。驚いたものの、すぐに平常の表情に戻られた陛下や姫様。私はただただ最初から惹かれていただけ。キラキラしてて、吸い込まれるようで……なんて言ったらいいの?これ以上言葉が見つからない。

「ね、行こうよ」

 この月の世界の真ん中にはドーム状の建物がある。多分、その中に願いを叶える何かがあるんだ。そこにいるのは人じゃないかもしれない。

 トン、とまた足取りも軽く飛び出せば後ろからみんなが追いかけてくるのが分かる。あそこに早く行ってみたい。何があるんだろう。

 そして、着いた先には青く長い髪をした……人でない者が居た訳だけど。神秘的で美しい精霊が。

・・・・

 イシュマウリと名乗ったその精霊の言葉を聞いた途端、さっきまではしゃいでいたトウカが不意に逃げ腰になった。そう、いっそ怯えたような。……でも髪の毛も何も変わってないんだよね。良いことだけど、それならなんで怖がっているの?というか、トウカは武器も持っていない彼が……人間じゃないからってそんなに怖いの?

「記憶というのは。物にも宿るもの。体にも宿るもの」

 イシュマウリさんが鳴らすハープが澄んだ音色が僕らを包む。途端に僕達の靴が煌めく。音楽に共鳴したみたいで驚く。ただの靴のはずなのに。

「私にはあなたたちの望みが分かる。今は靴に聞いたのだよ」
「……靴に」

 僕たちの靴に聞いたって?そんなことが可能なものだったの?

「私は願いを叶える者。さて……悲しみにくれる王の元へ向かおうか」

 驚く僕達の前で、彼は再び手に持っているハープをかき鳴らしてみせた。



 イシュマウリさんがハープをかき鳴らす度に、パヴァン王が求めて止まなかったセシル王妃……と思わしきドレスの女性が現れる。彼女の姿は透けていて、実際のパヴァン王は見えていないようだから……もしかして、過去の幻影、なのだろうか?

 踊るように、歌うように、可憐な彼女はパヴァン王に語りかける。彼を信じきった目、楽しそうな笑顔。本当に、本当に彼を愛している彼女の声が、時間を超えて聞こえる。

 その姿を食い入る様に眺めているパヴァン王の表情は、悲しげで、切なげで、でも……少しずつ目に光が帰ってきているようだった。

『私の王様』
「セシル!」
『民のことを考えて一生懸命な貴男、誰よりも慕われる王様』

 彼女は笑う。健気に笑う。

 その笑顔は、時間を超えても……愛し続けた者に届いたようだった。

・・・・

 公式の場での完璧な立ち振舞、上品な動作。服装は単なる軽装の剣士といったもので特に旅人としては違和感のないものだが、これほどまでに完璧なマナーを見せる人間の着ているものではない。「彼」とも「彼女」とも取れるような中性的な顔立ちの恩人、トウカさんは先程まで仲間に見せていた温かい微笑みを完全に消し去ったような冷たい表情のまま、私の隣に座っていた。

 席順は特に指し示したわけではないから、リーダーであるエルトさんと同等の立場なんだろう。出身地は、トロデーンと言っていたか。ん?……トロデーンの、トウカ?

 もしや、と思う。トロデーンの剣士トウカといえば、世界最強とまで囁かれる最高戦力。齢一八歳にして近衛兵にまで上り詰めた猛者、どのような状況下でも君主を守る、決して敵に回したくはない存在。王家の狂信者とまで囁かれる者。

 本人だったとすれば、別人だったとすれば。どちらにせよ、この場で問いかけるものではない。にこやかとは程遠いトウカさんの機嫌を損ねることは得策ではない。何であろうとも。

「今後の旅で、お困りのことが有りましたら遠慮なく我が国に来て下さい」
「……お気遣い、痛み入ります」

 返事を返したトウカさんは、口元に薄く微笑みを浮かべていたが、その目は背筋をぞっとさせるような冷たいものだった。

 ……機嫌を損ねるようなことをした覚えしかない故に、どうしようもなく恐ろしい。

・・・・

 どんどんトウカの機嫌が悪くなっていくのを感じながら、居心地の悪い場所から僕はさっさと逃げた。多分、あの怒りは僕たちには飛び火しないと思うんだけど、正直見てるだけでも胃が痛くなるから……。

 トウカは男でも女でも、へなへなとした柔い人間が嫌いだ。人に頼ることしか出来なかったり、依存し続けるような人間を見ているだけでもイライラするらしい。

 それは、分からないでもないんだけど、文句を言われない絶妙な加減で態度を冷ややかにしたり、目つきを悪く調整したりして相手に喧嘩を売るのは心底やめて欲しいと思っているよ……。大人げない。今回の場合、相手は国王だって言うのに。

 僕らには見せないような冷ややかな目、感情をわざとらしく削ぎ落として相手を煽る声……あぁ、思い出した。思い出したよ。うっかり昔、たまたま居合わせちゃった、トウカがいけ好かないと思っていた貴族をそれとなく貶していたときのあれ、だ。もちろん、あのときほどではないんだけどさ……パヴァン王、かなし扱いに困られている。明らかな実力者をイラつかせたくはないのに、既に機嫌が最悪で困られている。

 まぁ、でも。僕は止めはしない。止めようとも……あんまり思わないかな。最初に言ったように僕には飛び火しないと思うんだけど、かかわり合いにあいたくないから。

 さっさと部屋から逃げ出すと、ククールから非難のこもった視線が飛んできた。ごめん、君も助けないから。そのいたたまれなさは僕、十分味わったから。逃げたいなら自分でタイミング掴んで逃げてよ。

 大人げないトウカをもう一度横目で見て、部屋を出た瞬間僕は大きなため息を吐いた。

 ……大きなお世話かもしれないけど、そんなので大丈夫なの?僕は庶民だけど、君は貴族じゃなかったっけ?そんなので当主になっても大丈夫なの?トロデーンにいた時の君もそんなことがあったけど、今よりもずっと理性的だったじゃないか。

 最近自由に戦えるようになって……もしかして、堪えが効かなくなったとか?やめてよね……心臓に悪い。
 
 

 
後書き
いまさらですが、……ある程度の礼儀がないとは言いませんがトウカはわりと社会不適合者です。勿論前世ではそんなことはありませんでしたが。 
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