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ソードアート・オンライン 少年と贖罪の剣

作者:星屑
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第十六話:崩れ落ち行く鉄城で

 
前書き
次はALO編かぁ……どうやってレンを絡ませればいいんだ… 

 


「レン!」

「……よう、どうやらユメの方が先みたいだな」

 白コートの裾を引かれる。振り返ると、泣きそうな顔をしたユメが立っていた。そんな彼女の身体はほぼ全身が光の粒子に覆われていた。

「そんな顔をするなよ。また会えるさ」

 そう、また会える。俺たちは生きているのだから。
 遂に溢れてきた涙を指先で拭ってやる。

「絶対だよ」

「ああ。絶対、会いに行く」

「…ん! ならばよし!」

 流石の強がりで、ユメは涙を乱暴に拭った。そして、オレから一歩下がって、

()()()!」

 そう、笑顔で消えていった。少しばかりの別れだ。きっと、探し出してみせる。

「ユメさんとの別れは終わったのかい?」

「別れって程大袈裟じゃないだろう。お前ともだ、ディアベル。さっきはありがとうな。お前がいなければ、ユメを助けることはできなかった」

 隣にはいつの間にかディアベルの姿があった。よく見なくても、その騎士の象徴たる青き鎧はボロボロだ。それだけ、身体を張ってくれたのだ。

「君には返しきれない恩があるからね。あれで、少しは返せるといいんだけど」

「さてな。言っておくが、オレは貸したものはキッチリ返してもらう主義だからな?」

「……お手柔らかに頼むよ」

 苦笑いするディアベルに、オレも吊られて笑みを浮かべる。出会った当初は気に喰わない奴だと思っていたが、長く付き合ってみるものだ。

「じゃあな、ディアベル」

 長く共に戦った戦友に拳を突き出す。その意図を考えるまでもなく、彼は理解したようだ。

「ああ。また会おう、レン」

 互いの拳をぶつける。籠手の堅い感触を感じた直後、彼もまた、光に包まれて消えていった。


「レン!」
「レン君!」

 今日は名前を呼ばれる事が多い。仲良く同時に呼んできた二人に、思い切りウンザリした顔を向けてやる。

「見せつけてるのか?」

「なっ」

 パッ、と二人で繋いでいた手を離す。どうせ喜び合って無意識にだろうが、その無意識を意識させるのがオレとユメの役目だ。だがまあ、今日のところはここまでにしておこう。

「冗談だ」

「お前は無表情だからタチが悪い!」

 無表情、か。さて、そんなつもりはないのだがな。寧ろ、昔は表情がコロコロ変わって面白いと妹達に言われたものだが。
 いや、変わってしまったのだったな。もうオレは、昔のようには笑えないのだろう。

「……レン君」

「どうした、うじうじアスナ」

「うじっ…!?」

 だからと言って、感傷的になるのはもうやめだ。今この場に、それは相応しくない。

「このゲームをクリアした二人がそんな辛気臭い顔をするもんじゃないぞ。胸張って、現実に帰れ」

「それは違う! 俺達がヒースクリフを倒せたのはお前が–––––!」

「そんな細かいことはどうでもいいんだよ。いっそ自慢してくれ。『俺がSAOをクリアしたんだ』ってな。そっちの方が、あっちで見つけやすいだろ?」

 そんな身も蓋もない言い草に、キリトもアスナも呆れたような表情をしていた。

「相変わらずだね、レン君のそういうところは」

「なんとでも言え。オレにだって変わらないものはあるさ」

 そう、変わらないものはきっとある。オレという存在にこびり付いた物は、そう簡単に剥がれおちたりはしないはずだ。あの後悔も、無力感も。
 オレは一生、それらと向き合って生きていくのだ。

「……じゃあな、キリト、アスナ。あっちで会える日を楽しみにしている」

「俺もだよ、レン。またな」

「きっと、探し出すからね!」

 時が来た。泣き笑いのような顔をした二人が光に溢れ、そして、消えて行く。

 程なくして、このフロアにいた全てのプレイヤーは光の粒子に姿を変えて消えていった。暗いフロアを照らすその光の乱舞に、しばらくオレは、目を奪われていた。



† †



 しばらく経って、オレは体力と精神力の限界を感じて背後の壁に凭れかかった。恐らく、彼らは程なくしてこの世界から解き放たれるだろう。あの茅場の事だ、嘘はつくまい。
 そして、そのプレイヤーの一人でしかないオレにもその時は間も無く訪れる。

「……ごふっ…」

 だが、この身に刻まれた痛みは消えず、この身体もまだ残っている。
 最早、心も身体もボロボロで立ち上がる気力すらないというのに、オレは往生際悪くこの世界に留まっている。

「あれだけ終わりを望んでいたくせに、いざ終わるとなるとこれか……」

 全くもって往生際が悪い。あいつらの望みを叶えたというのに、なぜこんなにも虚しいのだろうか。

 いや、答えなんてわかっている。
 ここで死んで行った彼らとオレを繋ぐものは、この世界にしかないのだ。
 だが、その世界は今正に崩壊しようとしている。
 
 下層から崩壊していっているのだろうか。オレのいるこのフロアは外壁が崩れ落ちる程度だが、地響きと破砕音は先程から激しくなるばかりだ。
 今も、このフロアを形成する柱が一本凄まじい音をたてながら倒れた。



「–––––…?」

 その、向こう。恐らくこの層の上へ繋がる階段の入り口。最早用済みとなってしまったその場所に、あり得ないものを見た。



「ネ、ロ–––––?」

 紅の衣装に、金の髪。そして何より、こちらを見据える翡翠の瞳が、オレの知る彼女と一致していた。

「そんな、バカなことが……」

 あり得ない。オレは、確かにこの手で彼女を貫いた。その感覚を、今でも覚えている。間違いなく彼女は死んだのだ。死んでいなければおかしい。


 けれど。
 思考とは裏腹に、オレの脚は一歩踏み出していた。踏み出す度に全身に痛みが走る。意識にノイズが走る。
 それでも、歩みは止めない。殺してしまったはずの彼女の下へ、ただがむしゃらに足を前に出す。

「……っ、待ってくれ…!」

 赤い衣裳の少女はゆっくりと階段を昇り始めた。
 まるで、こちらを導くかのように彼女は先を往く。オレは、この意識が途切れないように歯を食いしばりながらついて行くことしかできない。


「……これは」

 長かった螺旋階段も終わりを迎え、広い空間に足を持ち上げたオレを待っていたのは、見慣れた青い光の柱だった。
 転移門の光。どこに繋がっているのかは分からないが、確かにその光はオレの目の前にあった。

 そしてネロと目が合い、彼女が微笑む。オレが口を開きかけた刹那、彼女は踵を返し転移門の光へ飛び込んだ。

「っ、くそ……」

 もしこの転移門がどこにも繋がっておらず、この電子の大海原に投げ出されるとしたなら。もしかしたら彼女は、オレを迎えに来たのかもしれない。
 そうだ、そうだよな。オレだけが生きて帰ろうだなんて虫が良すぎる話、認められるはずがない。

「…………」

 恐怖は、ある。
 当たり前だ。死を前にして恐れぬ人はいない。だが、彼らの大願を叶え、そして彼らの下へ逝くことこそが、オレの贖罪に違いない。

 これで、本当の''終わり''だ。

 光へ手を触れる。身体が引っ張られる。視界が白く染まった。



† †



「ここは……?」

 風が体に吹き付ける。少しの肌寒さを感じながら、オレは瞼を開いた。

「なっ!?」

 オレは見知らぬ草原に立っていた。周囲に壁はなく、あるのは果てしない大空。いつも鉄城の隙間から覗き見るだけだった空が、視界いっぱいに広がっていた。
 ならば、ここはアインクラッドの外だと言うのだろうか。いや、違う。外は外だが、もっと厳密に言うのならば、頂上。約一万もの人間を閉じ込めた鉄城の、最も高き場所。全てのプレイヤーが切望した最後の層。
 だとするのならば、オレの背後には–––––

「–––––『紅玉宮』」

 草原、いや、このフロアの中心に建つ巨大な真紅の建築物。
 
 そう、これこそが『紅玉宮』。
 茅場のシナリオ通りに進んでいたならば、ここで、この世界最後の戦いが繰り広げられたであろう場所だ。

 ならば。
 紅玉宮の中で、勇者の訪れを待つ人物は一人しかいない。


「そうか」

 そうだ。
 まだ、''終わり''なんかじゃない。
 オレの戦いはまだ、何も終わっちゃいない。

「そうなんだろ、ネロ?」

 傍らに立つ彼女へ問い掛ける。当然のことだが返事はない。だが、それで構わない。死んだ後も態々オレに喝を入れに来たのだ。オレの知っているネロならば、この問いの答えなど決まっている。


 いつの間にか真紅の扉は目の前にあった。とてつもなく重厚な扉だ。これまでのどのボス部屋の扉と比較にならない程に、ただ只管に重い。

 だが気圧されることはない。
 死者にまで心配されて、今更ウジウジなんかしていられるか。

「さあ、終わらせよう」

 見送る視線に左手を上げて、オレはその扉を開いた。



† †



 深紅に彩られた宮殿。開いた扉のその先に、血色の玉座に座す白き王がいた。
 挑戦者の少年が右手を振る。現れたウィンドウを操作すると、その装いは青い燐光を放ちながら変化した。

 純白の外套は漆黒に染まり、背中の剣は濃紺の色合いを纏う。
 対する王は何もせず。ただ黙し、微笑みを浮かべるだけであった。


「一つ、ハッキリさせておこう」

 勇者が舞台に立つ前に、魔王は唐突に口を開いた。
 勇者は足を止め、玉座に座す王を無言で見やる。

「私はずっと疑問に思っていたのだよ。何故、ネロ君が私の正体に辿り着いたのかを」

 勇者は眉を潜める。
 そう、彼が魔王の正体を悟ったのはネロという少女から死に際に伝えられたからだ。その直後、彼は魔王に勝負を挑み、一度敗北をすることになる。
 では何故、なにも手掛かりなどない状況から、彼女は魔王の正体を看破したのだろうか。

「その疑問を明らかにする為には、彼女の現実世界での素性を知らなければならない。なに、マナーなど気にする必要はないよ。むしろ彼女は、君に知ってもらいたいはずだ」

 徐に、魔王は玉座から立ち上がる。そして、その顔に少しの哀しみを滲ませて、口を開いた。


「彼女の名前は『茅場茜音』。私の歳の離れた妹であり、私と同等の技術を持つエンジニアだ」

 勇者の顔が驚愕に染まる。
 無理もないだろう。この世界で最も信頼していた少女が、この世界の創造者たる魔王の妹だったのだから。

 だが、それで合点がいった。
 彼女の他プレイヤーとは一線を画す『攻略』と『無死者』への拘り。彼女は、自身の兄の野望を止めたかったに違いない。だからこそ、自分の命を懸けてまでこの世界にやって来た。その有り余る情熱が、最終的に彼女の道を踏み外す遠因となった。

 しかし逆に、疑問も出てくる。
 ネロと魔王は幾度となく顔を合わせているはずだ。ならば何故、今この瞬間まで彼は自分の妹に気づかなかったのか。

「いやなに、簡単な話だよ。私はこの世界を創り上げる為に私の全てを注いでいた。そのせいで、妹とはもう何年も会っていなかったのだよ。顔も、声も忘れてしまっていた。
 君も出会っただろう、彼女のサイバーゴースト……いや、彼女のコピー体に。私も彼女に出会ってね。その時の彼女の髪を掻き上げる仕草で、私は気づいたのさ」

 やはり、間違いなく彼女は死んでいた。ならば、彼の言うコピーとはなんなのだろうか。

「先も言った通り、彼女は私に及ぶ程のエンジニアだった。恐らく、彼女はこの世界に入る前に自力で死の枷を外したのだろう。
 だが、彼女の性格は君もわかっているだろう?あれだけの罪を犯し、君を深く傷付けてしまった。もう、生きていられるとは思わないに違いない。
 しかし、死ぬならば、少しでも君の力になりたい。だからこそ、彼女は自分の魂をこの電子の世界へ解き放つことを選択した」

 勇者は何も言わない。
 ただ黙し、瞳を閉ざし、魔王の一言一句を聞き逃さないようにしている。

「会話も、会うことすらほとんどなかった私達だが、考え方は同じらしい。
 彼女は、ナーヴギアで自分の脳をスキャンし、焼き切って死んだ。結果、そのスキャンは成功し、彼女の記憶と思考は電脳化され、この電子世界を漂うことになった」

 それが、死んだ彼女が現れた真実。死んでも尚、この世界を終わらせようとする執念を前に、勇者は顔を伏せた。

 そう、彼女は死んだ。故に彼女の悲願を果たすのは、託された者にしかできない。
 それが自分である。折れかけていた心に火が灯る。見上げた先の魔王は、歓喜に身を震わせていた。

「ああ、いい表情だレン君。
 さて。時間もないし、そろそろ始めよう」

 玉座に立て掛けてあった鮮血の盾を手に取り、腰鞘の白剣を引き抜く。
 対し、勇者は背の濃紺の剣を引き抜き右手に握る。

「私と」

 勇者が舞台へと上がる。
 半径50m程の円形状に突出したステージで、魔王と勇者が向き合う。

「君の」

 世界の崩壊は加速する。
 だがこの場だけは時が止まったかのように、静寂が横たわる。

「決着の時だ–––––!」



† †



「はッ–––––、はっ–––––!」

 これまでに数え切れぬ程通ったその道を、少女は走る。
 握り締めた情報端末から、イヤホンを通して彼女の耳に新たな情報が送られる。

『–––––本日、午後三時からVRMMORPG、ソードアート・オンラインに囚われていたプレイヤーが次々と生還しているという情報が入りました。詳しい内容は未だ不明ですが、SAO事件発覚からの生還者は初めてとして–––––』

 そこまで聞いて、少女はイヤホンをむしり取るようにして耳から外した。情報はもう十分だ。後は、この目で確かめなければ。

 横浜港北総合病院。
 ほぼ毎日と言ってもいい程繰り返し通ったエントランスを早足で駆け抜け、面会の札を受け取る。看護師に礼を言うのももどかしく、少女は病室へ急いだ。

 この時、彼女の胸中には期待と不安が渦巻いていた。もしかしたら生還しているかもしれないという期待と、未だ囚われたままだという不安。それでも少女は希望を信じて涙を振り払う。

 ノックもせず、転がり込むように病室に入った少女が見たのは、慌ただしく作業をする医師や看護師の姿だった。

–––––心拍数がいきなり跳ね上がりました!

–––––酷い、発汗…!


 何が起こっているのか、少女には理解できなかった。だが、ただ一つ、分かったとするならば。
 彼女の兄は、まだ、帰ってきてはいないということだ。

「っ、ああ、君かい!?
 すまない、少しそちらに移動していてくれ」

 兄を担当している医師の指示に、半ば放心しながら従った。窓際の角に立った少女が見たのは、一年前のある時から同じ、苦痛に表情を歪ませた兄の姿だった。
 その体に動きはない。だが、心電図に表示される心拍数が異常だ。それに医師の一人が言っていたように、今までにない程、汗をかいている。

「まだ…戦ってるのかな」

 きっと、そうに違いない。あの兄のことだ。一人で全て背負いこんで、最後まで戦っているに決まっている。
 手の施しようがないことを悟ったのだろう。先程まで慌ただしかった看護師の姿はない。今は、主治医である倉橋医師と、少女と彼女の兄の三人だけだ。

 少女が倉橋に目を向けると、彼は静かに頷いた。
 ベッドの横にあった丸椅子に腰を下ろし、汗でぐっしょりと濡れた髪や首まわりを拭いてやる。そして、硬く握り締められた彼の手に、自分の手を重ねた。

「頑張って、兄ちゃん……」

 今の自分に出来ることは、彼の手を握り、祈ることのみ。滲み出した涙を拭って、彼女は祈りを捧げた。
 ただただ、兄の生還を。



† †



 濃紺の剣が翻り、鮮血の盾が迎え撃つ。火花と甲高い音が伝播し、荘厳な宮殿を震わせる。

「シッ!」

 盾の陰から迸った白剣の軌道を蹴り変え、勇者は体を回転させて盾の内側へと入り込む。
 その技巧に舌を巻きながら、魔王は冷徹に対処する。邪魔になった盾を素早く手放し、バックステップで勇者の一閃を躱す。

 恐ろしいまでの機転に瞠目する勇者の喉元を狙った突き。避け得ぬ一撃、だがそれも、彼の前では対処可能な刺突に成り下がる。
 魔王が手放した盾の縁を踏み付け、自身の体の前に掲げる。鮮血の盾を躱して奥にいる勇者を貫くことはできず、白剣は盾に防がれた。

「フッ!」

 そしてそのまま盾を蹴り押す。
 
 ある物全てを使い尽くし、そして打ち勝つ。どんなにギリギリの勝利でも構わない。それが、勇者の内に深く刻まれた『教え』だ。だから、ゲーム初心者にも関わらずここまで生き残ってきた。

「ムンッ…!」

 だが、魔王とてそれ位のことで動揺するタマではない。吹き飛んでくる盾を器用にも掴み取り、逆に一歩踏み込む。
 そして繰り出される朱色の斬撃。大抵のソードスキルを網羅している勇者ですら知らない、ユニークスキル『神聖剣』の一撃。


–––––柳剣流

「『瀧曻』」


 知らない?それが一体なんだと言うのだ。
 この世界の二年間と、更に現実世界で費やした四年。その年月に鍛え上げられた彼と彼の剣に、その程度は些事に過ぎない。

 青い燐光を散らし、濃紺の剣が朱色の斬撃を撃ち返す。
 本来ならば、カタナスキルの基本に過ぎないソードスキル。故にこれは、彼の修めた剣術とこのソードスキルの型が奇跡的に一致したからこその威力だった。

「–––––やはり」

 その自らの剣技を撃ち返して余り有る威力に、魔王は小さく呟く。彼の中で、一つの懸念が確信に至った。

「君の繰り出すソードスキルは、美しい」

 茅場が今まで見てきた全てのプレイヤーは、ソードスキル発動の際に自身の体をシステムに任せていた。あのキリトですら、多少踏み込みのアシストをするだけでシステムに規定された型を逸脱するに至っていなかった。まあ、それは仕方のないことだったのかもしれない。システムから逸脱し過ぎれば、ソードスキルは発動しなくなるのだから。
 
 だが、目の前に立つ男は違った。
 
 この世界を創り出したのはゲームプログラマーである茅場晶彦だ。当たり前のことだが、彼の専門はプログラミングであり『剣』ではない。
 勿論、剣に対する憧れから様々な文献を読み漁り、研究し、そして数多あるソードスキルを開発した。

 だが、彼は一度だってその剣技を現実で試したことはなかったのだ。
 故にこの世界の剣技は理屈ばかりの型。あらゆる文献に載っている知識を固めて形にしただけの、窮屈で、茅場自身が言うには『簡素で美しくない』技だった。

 だが彼は。彼の剣は美しかった。
 現実世界で剣術を学んでいた彼の剣は、伸びやかで『自然』だ。まるであの一閃の次に来るのが刺突であることが当たり前であるかのような錯覚を覚えさせる程に。
 システムに身を任せるのではなく、あくまでシステムはアシスト。動きの主体は自身の身体であるとする彼の剣に、茅場は憧れすら抱いた。

「茅場ァァッ!」

 憎しみも、恨みも、全てを抑え込んでレンは吼えた。これで終わらせる。全ての因縁を、この一撃で!


「まだだ。まだ、終わらせん……!」

 抱いた幻想の通り、エスピアツィオーネの切っ先は茅場の胸に向けられていた。

 自らが作り上げたシステムに縛られた身体が軋みを上げる。
 目の前の少年は、これを打ち破り彼の思惑すらも砕いてみせた。ならば、この世界の理たる魔王に不可能なはずがない。

 意志はシステムを超越する。
 
「っ!?」

 必勝を確信した刺突は、紙一重のところで純白の剣にその軌道をずらされた。
 両者の視線が交わる。最早互いの瞳には、身を焦がす程の私怨も、幼少より抱き続けてきた存在への憧憬もなかった。

「柳剣流–––––!!」
「盾よ…!」

 あるのはただ、目の前の敵を超えんとする揺るぎない意志のみ。
 
 その思いに呼応して、濃紺の剣に眩い碧光が、鮮血の盾に迸る紅光が宿る。


「瀧 曻 ッ!」

「神 王 咆 !」

 
 絶大な力の衝突。空間が軋みを上げ、宮殿に亀裂が走る。

 それでも両者は、魂の叫ぶままに己の得物を振り抜いた。


「ぐっ」

「むっ」

 –––––地が裂ける。

 下層から徐々に侵食してきた崩壊の波はついに最上層たる紅玉宮にも及び、二人の立つ地面は砕けた。


「だが、まだ–––––」

「終わってねえ!!」


 それでもこの二人にとっては、世界の崩壊など最早些細なことである。
 足場がないなら作ればいい。自然落下していく瓦礫を踏みしめて、両者は再度剣を振り上げる。
 
「剣達よ!」

「神の盾よ」

 その背後には無数の剣軍。
 その眼前には絶対守護の盾軍。
 幾つもの剣と盾が、蒼穹を覆い尽くした。


『殲滅しろ』

 両者の声が重なる。恐ろしい程の剣が射出され、その全てを浮遊する盾が迎撃する。
 その光景は凄絶で。砕け散る剣と盾の残光を切り裂いて、両者は再び激突した。

 だが勇者の手に罪の名を冠する濃紺の剣はなく、その両の手には一振りの長刀が握られていた。

全工程投影完了(セット)

 その長大な刀の銘は『物干し竿』。かの剣豪、佐々木小次郎が振るっていたとされる一振り。
 それに刻まれた剣技は時空を超える三閃。三つの斬撃を同時に重ねる剣技の極み。

「燕返しッ–––––!」

 刹那三閃。重なった斬撃が、巨大化した鮮血の盾に亀裂を入れた。

「ぬぅ…ッ!」

「まだだ……!」

 意識が漂白される程の痛みを噛み殺し、物干し竿を投げ捨てた勇者は、左手に無骨な斧剣を掴み取った。
 
全工程投影完了(セット)

 斬ることなど到底不可能であろう荒削りの斧剣。圧倒的な力と物量で押し潰すことにのみに特化した鈍器にも等しい剣を、左手一本で頭上に振り上げ、右手を左腕に添える。
 この斧剣に銘はない。
 それでも刻まれた剣技は古の大英雄の絶技。人の身では決して達し得ない武の境地。人体の九つの急所を斬り抉る神速の連斬。

是、射殺す百頭(ナインライブズ・ブレイドワークス)

「ッ!?」

 両手から駆け巡る痺れと衝撃に、魔王は呼吸すら封じられた。顕現していた大盾も今の九連撃によって足場と共に崩れ去った。

「それでもッ……!!」

 それでも、彼の意思は折れてなどいない。まだ戦えると吼えつづけている。
 その揺るがぬ意思に応えるように、神王の大盾は再び勇者と魔王の前に現れる。

「集え極光よ!!」

 勇者の持つ濃紺の剣に、世界を染め上げる極光が集った。そこから繰り出されるのは言うまでもない。これまで強力なボスすらも組み伏せてきた至高の一撃だ。
 その威力たるや、創造主たる魔王の想定をも上回るに違いない。それ程の決意、意思の力がその剣には宿っている。

 だが、それに臆したかと問われれば、魔王は即座に『否』と返すだろう。臆してなどいない、寧ろ歓喜に打ち震えているのだと。

 幼い頃からの憧れが、今目の前にいるのだから。


「エクスカリバァァァアアアッ!!」
 
 だからこそ、今この瞬間。
 魔王–––––茅場晶彦の魂は至上の輝きを放つ。それは全てを超越する尋常ならざる意思の力。心意の業。

 自由落下する上空から、聖剣の一撃が振り下ろされる。
 この世界ごと染め上げてしまうような絶大な力の波動。それを前に、神王の大盾は輝きを強めた。

「イージスよ!」

 大盾が、その名を呼ばれ脈動する。既にひび割れた半壊状態の神の盾だが、使い手の意思の力が、盾を通して全てを防ぐという決意を固めた。

「うおおおおおッ」

「ぬぅおおああああッ」

 極光剣と神の盾が交わった。両者の腕に異常な負荷がかかり、鋭い痛みが駆け抜ける。
 それでも、彼らの意思の前でその程度は些細な事。そんなことよりも、少しでも、一歩でも目の前の宿敵の意思を超えんと全霊の力を込める。


 決着は、早くに訪れた。


「ぐ、ぅ……ぉぉぉあああ!」

「ぬぐぅ……アアア!」

 盾が砕け散る。
 光が消え、剣が弾かれる。

 世界が、静寂に包まれた。



† †



 ああ、なんと、幸福な時間だったのだろう。
 積年の夢、かつて憧れた英雄との命の奪い合い。何を得ても満たされなかった私は、今、何もかもを失ったいうのに、とても満ち足りた気分だった。

 身体は自然落下している。この天空に果てはない。あるとするなら、この時空すらカーディナルによって終わらせられた時だろう。そして、残念ながらその時は近い。

 だが、ああ。彼が引導を下すというのなら、納得しよう。

 私よりも高みから、彼は未だ私を見つめ続けている。その彼の両手に握られた物を見て、私は、目を見開いた。

 捩れた真紅の大剣。
 誇り高き魂を持っていた我が妹、いや、神の盾(アイギス)の『ネロ』が愛用していた剣。

 原初の炎。全ての生命の礎となる炎の原点を象った情熱の剣。
 その剣で、終わらせようというのか。
 その剣で、終わらせてくれるのか。


「茅場ァ!」

 フ、そんなに叫ばずとも聞こえているとも。ああ。私は、その刃を受け入れよう。

 腹部に衝撃、鈍い痛みが突き抜ける。その鈍痛が、どうしようもなく愛しく思えた。
 ああ、意識が霞む。いいや、まだだ。まだ、私には一つだけやり残したことがある。

–––––君に、一つ聞きたかった。

「……なんだ?」


–––––君は、後悔しているか?

 ずっと抱いていた疑問。
 今のこの境地に至るまで、私は後悔の連続だった。故に問わずにはいられない。私の憧れた英雄は、真に私の手の届かない処にいるのかと。



「オレは––––––––––––––
––––––––––––––––––––––
––––––––––––––––––––––
––––––––––––––––––––––
––––––––––––––––」



 ああ、そうか。
 そうだったな。
 君は、そういう人間だ。だからこそ茜が、そして私が彼に惹かれたのだ。ああ、やはり私などでは英雄には至れぬらしい。
 
 やっと、答えを見つけた。
 それは残酷な程に理不尽な答えであったが、私はそれに満足した。

 君に感謝を。
 君が、茜の最期を看取ってくれて良かった。

 そして最後に断言と共にこれを贈ろう。
 『君は、必ずこの世界に戻ってくる』と。そして、また会おうと。


「では、さらばだ」






–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––。



† †



 君に感謝を。
 よく、我が兄を止めてくれました。信じていた、なんて無責任なことを言うつもりはありませんが、それでも私は君が負けるとは思っていなかった。

 君は強い。間違いなく、あの世界の最強は君でしょう。それは、君が皆を守ろうとしたからだと確信しています。他でもない、己の意思で守りたいと願ったから、貴方は英雄として生きている。

 故に、君が英雄である限り、君は再びこの世界に戻って来る。
 そう、まだ、終わってなどいないのです。兄の研究に根ざした人間の悪意は、容赦なく君を食い潰しに来るでしょう。それは最早ただの私の想像ではない。
 それでも君は、その背に何もかもを背負って戦いに往くのでしょう。それに対して、私には、祈ることしかできない。

 ああ、愛しき君の旅路に祝福を。この電子の海から、私は何時までも君を見守っている。



† †



 どこか、悲しい夢を見た。曖昧で、頭はハッキリせず混乱しているが、大切な人が手に届かない遠くに行ってしまった、そんな夢だった気がする。

「……ぁ……っ」

 意識が回復すると同時に、体の至る所に激痛が走った。悲鳴を上げようとした喉にさえ、鋭い痛みがある。
 何故かうまく力の入らない瞼を無理矢理持ち上げると、目が痛くなるほどに白い天井が飛び込んでくる。

 ある程度目が慣れた所で、体を起こそうと、力を入れる。だがまるで力の入れ方を忘れてしまったかのように、この体はビクともしなかった。代わりに、再び全身に痛みが走る。

「……あ」

 絶え間ない痛みの波の中で、ふと左手に温もりを感じた。なんとか首だけを動かしてそちらを見る。

「–––––ああ」

 そこで寝息を立てる人を見て、全てを思い出した。
 そうだ。俺は、帰ってきたのだ。あの電子の牢獄から、生きて。
 払った代償は、余りにも大きい。だが、今は、この子の顔が見れて良かったのだと思っておこう。



「……帰って、きたんだな」

 あの世界に、未練はまだある。それでも前に進むのだ。オレに託してくれた、あいつらの為に。


 オレは、この世界で生き続ける。



to be continued 
 

 
後書き
これにてSAO編は終幕です。が、レンの物語はまだまだ続いていきます。これから先、更新が滞ることもあると思いますが、長い目で見ていただけると幸いです。 
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