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馬鹿兄貴

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8部分:第八章


第八章

「だからだ。いいな」
「ええ、じゃあそうするわ」
 日和も日和で言うのであった。
「少なくともこうしていきなりお兄ちゃんと対峙した人なんてはじめてだし」
「そうだったんだ」
「そうよ。皆大抵は逃げるのよ」
 うんざりとした顔で言う日和であった。
「こんなのでしょ?だから」
「そりゃ僕だってさ。覚悟はいったよ」
 彰人にしろそれを自分でも言うのだった。
「けれどさ。その人を好きになったらやっぱり」
「覚悟を決めるっていうのね」
「そういうこと」
 明るい声で日和に答えてきた。
「そうじゃないと。本当じゃないよ」
「また随分と格好いいこと言うじゃない」
「だからさ。君の為なら死ねる」
 またこの言葉が出て来た。
「その意気じゃないと誰かを好きになったら駄目だよ」
「何かその言葉って」
「ほう、小僧」
 健一は彰人の今の言葉に反応してきた。
「今日和の為なら死ねると言ったな」
「はい」
 彰人は健一に顔を向けて答えたのだった。今度は。
「そうですけれど」
「面白い。ならばだ」
 健一は不敵に笑って懐から何かを出してきた。見ればそれは。
「ドス・・・・・・」
「小刀だ」
 その不敵な笑みのまま二人に言葉を返してきた。
「切腹用のな」
「切腹ってまさか」
 日和は兄が何を考えているのかわかった。わかりたくもないが。
「お兄ちゃん、ひょっとして」
「もう一本持って来い」
「へい」
 妹の言葉を聞かずに後ろにいる組員に顔を向けて声をかけた。するとすぐにもう一本小刀が持って来られたのであった。剣呑な雰囲気と共に。
 こうして二本の小刀が持って来られた。健一はその二本の小刀のうち一本を彰人に差し出しつつ厳然とした声で彼に対して言うのであった。
「まずは一本は御前だ」
「はい」
「そしてもう一本は俺が持つ」
「それで何する気なのよ」
「切腹用の小刀だって言ったな」
「聞きたくなかったけれどね」
 憮然として兄に言葉を返すのだった。
「それでどうするのよ」
「まずさいころを振る」
 彼はまた言った。
「一と六なら何もない」
「何もないの」
「だが二か四なら俺が腹を切る」
 健一はさらに言う。
「三か五なら小僧が腹を切る。そういうことだ」
「じゃあ二か四しか出ないさいころ持って来てよ」
「ちょっと日和さん、それは」
「幾ら何でも」
 日和のあまりにもぶしつけな言葉に流石に突っ込みを入れる組員達であった。
「それじゃあ組長が」
「やっぱりそれは」
「いいのよ、何を考えているかって思ったら」
 彼等の言葉も聞かず忌々しげに述べるのだった。
「だったらお兄ちゃんだけ切腹しなさいよ、さっさと」
「こいつは御前の為に命を賭けると言った」
 だが彼はその厳然とした声でまた言うのだった。
「それなら。それを見せてもらおう」
「相手にすることないから」
 日和はすぐに兄を睨みつつ彰人に囁いた。
「こんな馬鹿兄貴の言うことはね。気にしないで」
「わかりました」
 ところがここで。彼はこう言うのであった。
「では受けます」
「そうか、受けるのか」
「言いましたよね。死ねるって」
「だからだ」
 健一もまた言ってきた。
「俺もこれをするんだ」
「何でお兄ちゃんまでなのよ」
「当然だ。俺も命を賭けている」
 こう日和に言うのである。
「御前の為にな」
「えっ・・・・・・」
「だからだ。御前の為には何時でも命を捨てる」
 これが彼の妹への想いであった。
「こんなこと屁でもない」
「そうですよね。だったら」
 彰人も意を決した顔で彼の言葉に応える。二人は今激しい緊張の中で見合っていた。
「やりますよ」
「さいころはあるか」
「あるわよ」
 日和が名乗りをあげてきた。
 
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