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馬鹿兄貴

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10部分:第十章


第十章

「それが済み次第だ。いいな」
「ええ、覚悟は決めてるわ」
「安心しろ、御前は幸せになる」
 健一はその呆れ果てている日和に対してにやりと笑って言ってきた。
「絶対にな。何しろ御前の為に命を捨てるとまで言い切って腹まで切ろうとした奴だからな」
「それはわかってるわ」
 兄の言葉に応えると共に横にいる彰人に顔をやるのだった。
「それはね。よくね」
「御前も小僧の為に命を賭けろ」
 健一はこのことを妹に対しても告げた。
「わかったわ」
「勿論よ。こうなったら私も」
 彰人もまた日和に顔を向けて微笑んでいた。彼女はその彼の微笑んでいる顔を見つつ彼女自身も微笑んで言うのであった。
「命を賭けるわ。一生ね」
 その言葉が終わるともう部屋に連れて行かれ白無垢に着替えさせられ後は怒涛の展開で結婚となったのであった。その式の間健一はずっと泣き笑いだった。何はともあれ彼は日和のことを考えその相手を認めて尚且つその幸せを心から願っているのだった。そのことはわかった式だった。
 ところが。話はこれで終わりではなかった。
「小僧!」
 次の日の朝二人で同じ部屋に寝ていると五時にいきなり健一が部屋に怒鳴り込んで来たのだった。
「起きろ!すぐにだ!」
「起きろって!?」
 彰人は布団から飛び起きてまずは枕元の時計を見た。
「まだ五時ですよ」
「そうだ、五時だ」
 五時と言われても平然としている健一だった。まだ一番鳥すら鳴いてはいない。
「いい時間だな」
「といいますと」
「朝の稽古だ」
 こう言うのである。
「まずは十キロのランニングだ」
「十キロですか」
「そう、そしてそれから道場での鍛錬」
 見ればもう空手着に着替えている健一だった。
「それもやるぞ」
「空手のですか」
「今日は朝は空手だ」
 まずは空手というのだった。
「夕方は柔道と剣道は」
「柔道と剣道ですか」
「俺は武道の先生もやっている」
 実はそうなのであった。確かにかなり強いがあまりにも破天荒な人間なので道場主としての評判は今一つである。だが普段の行いよりはまだ評判がよかったりする。
「だからだ。やるぞ」
「はあ」
「おい、日和」
 ついでに横で寝ている日和も起こす健一だった。
「時間だぞ」
「わかったわ」
 日和はすぐに布団から飛び起きたのだった。彰人も日和も和服で寝ていた。お揃いの水色の和服である。
「それじゃあ。着替えるから」
「早くしろ、いいな」
「ええ、それじゃあ」
「いいか、小僧」
 健一は日和に告げた後でまた彰人に言ってきた。
「御前はまず心はある」
「心はですか」
「しかしだ」
 だが、であった。
「まだ技と体はまだだ」
「心、技、体ですね」
「この三つが完全にあってこそ日和を完全に幸せにできる」
 こう断言するのであった。
「完全にな。そして」
「そして?」
「完全なテキ屋にもなれる」
 家業も話に出してきた。
「わかったな。それではだ」
「稽古ですか」
「鍛錬とも言う。毎日やるぞ」
「毎日ですね」
「嫌か?」
 ジロリと彰人を見て問うてきた。
「毎日の稽古は。嫌か?」
「いえ」
 健一の問いににこりと笑って返す彰人だった。なお既に彼の家族に今日からはこの家に住むことになったと言われている。これまた強引にだ。
「是非。御願いします」
「よし」
 彼のその言葉を聞いて満足気に頷く健一だった。
「それでこそ俺の弟だ」
「弟ですか」
「御前は日和の伴侶になった」
 その伴侶になったというのもつい昨日のことである。
「ならばだ。日和を護る為にだ」
「武道もですね」
「わかったな。ではな」
「はい、やります」
「すぐに着替えろ」
 あらためて彼に言う。
「着替えて。ランニングからやるぞ」
「毎日ですね」
「日和もやっているがな」
「日和さんもですか」
「自分の身は自分で護る」
 話が先程とは完全に矛盾しているがそんなことに構う健一ではない。
「だからあいつにも教えておいた」
「そうだったんですか」
「そして小僧」
 ここまで話して彰人を再び見る。
「御前もまた。その日和を生涯護る為にだ」
「はい、武道を」
「身に着けろ。そしてそのうえで完璧なテキ屋になれ!」
「わかりました!」
 彰人もまたその言葉に応える。こうして彼等は修行に入るのだった。日和の為に。


馬鹿兄貴   完


                2008・12・18
 
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