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トンデケ

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第六話 ポールシフト

「お邪魔しますよ~」

「いやだー!!」

武井の突然の訪問、いや出現に、百香は思わず悲鳴をあげて立ち上がった。
薄手のワンピースの胸元と裾を押さえ、
慌てて椅子にかけていたロングカーディガンを羽織る。

「な、なんですか! いきなり…」

「また会いに来るって言ったでしょ?」

「だからって、普通玄関から入りません?」

「へへ、急いでたもんでね。」

「前もって言ってくださらないと、驚くじゃないですか!」

「いやあ、すまん、すまん。しかし、そんな悠長なことも言ってられなくてね。」

その“いで立ち”がまた季節外れというか…。
赤いアロハシャツに黒いサングラスをかけている。

「なんて格好してるんです?」

「こりゃどうも、お恥ずかしい。ハワイの友人に会っていたものですからね。」

どうやら、ハワイから瞬間移動してきたらしい。

「それより、どうしてここがわかったんですか?」

「うん? ああ、それはね、テレポーテーション以外にも

 いろんな能力を持ってますから。

 千里眼とか透視を使えば、他人の住所だって簡単にわかるんです。」

武井は目の前のソファにどっかと腰を下ろした。

「さっそくなんですが、今日は、あなたに
 特別講義をしにやってまいりました。」

「えっ? はあ…」

「テレポーテーションのコントロール法を教える前に、
 ちょっと知っておいてほしいことがありましてね。
 これはあなたにとって、いや、全人類にとって
 大変重要なことですから、真剣に聞いてほしいんです。」

ずいぶんとまた大きく出たものだ。
なんですって? 全人類に関わることですって?
大げさねぇ。

すると武井は胸元のポケットから方位磁石を取り出した。

「これをごらんなさい。見方はわかるね? S極とN極。北はどっちかな?」

「赤い針が指す方でしょ?」

「そうです。方位磁石のN極は北を向きます。
 つまり北極付近はS極で、南極付近がN極になります。
 地球は言わば大きな磁石なわけですね。
 この磁場があるおかげで太陽から飛んでくる太陽風、
 放射線から地球は守られています。
 いわば、地球のバリアです。
 じゃあもし、このバリアとなる磁場が弱まってしまったら、
 どうなると思います?」

「磁場が弱まったら…? うーん、だから…、放射線が地上に降ってくる…」

「ほお、優秀ですね、飲み込みが速い。
 そう、その通り。実はですね、今、それが現実に起こりつつあるんですよ。」

「え?」

「それも急激にね。原因はポールシフトです。
 聞いたことあります? ポールシフト。 」

「ポールシフト? いいえ、なんですかそれ。」

「磁気が反転するんです。」

「反転て…、じゃあ…、S極とN極が…、入れ替わるってことですか?」

武井は穏やかな口調で、またもや想像を絶するとんでもない話しをし始めた。

磁気の衰弱、その原因は磁気の反転、ポールシフトにあるという。
ポールシフトがこの夏、早ければ六月頃から急激に起きるかもしれないと言うのだ。
地質学者によれば、ポールシフトはこれまで、360万年の間に11回も起きていると言う。
最近では77万年前の石器時代にも起きていたらしい。
計算上では33万年に一度起きるとされ、
前回のポールシフトから既に44万年が経過している。
つまり、もういつ反転が起きてもおかしくないと言うのだ。

ポールシフトの前兆として、まず磁場が急激に弱まってくる。
現に、過去160年の間で地球の地場が大きく衰えていることが
科学調査でも確認されている。
磁場が弱まると地球は無防備となり、最長で200年もの間、
放射線がダイレクトに地球へ降り注ぐことになる。
そうなれば当然、地上の生物や電子機器に多大な影響を及ぼす。
70パーセントの生物は死滅し、人工衛星や航空機なども制御不能に陥る。
皮膚がんで命を落とす人も増えるだろう。
NASAの主要施設は二次的被害を避けるため、既に安全なエリアへ移動したという。
また、地殻にも大変動が起こり、大地震や大噴火が頻繁に発生すると予想されている。

「まさか…。それが本当なら、とっくに全世界へ公表されてるでしょ。」

「ばか言うんじゃない。そんなことをしたら世界中がパニックになる。」

そうは言っても、そんなこと、にわかには信じられない。
地球上を揺るがすようなそんな大事件が、もうすぐ起こるっていうの?

「あのう、それどなたからお聞きになったんですか?」

「地球防衛軍」

「はっ? やだ、それってウルトラマンでしょ?」

「まあ、嘘っぽく聞こえるでしょうが、でも似たような組織が実際にありましてね。
 で、本部の上層部から我々に、力を貸してほしいって言ってきてるんですよ。」

「我々って… え? 私たち…ですか?」

「今、世界中のサイキックたちに招集がかかってるんです。
 でね、できれば、あなたにも協力してもらいたいんですよ。」

「わたしにも? いったい、なにをしろっていうんですか?」

「実はね、地球のコアの近くから、とんでもなく“でかいもん”が
 浮かび上がってきてるんです。
 そいつをみんなの力で、うーんと遠い時空の彼方へ
 丸ごと飛ばしてしまおうっていう作戦なんですがねぇ。」

「はあ…… はあ?」

“でかいもん”て何…?
ポールシフトとそれと、いったいどんな関係があるっていうの?

「と言うことでね、もう時間がないんです。
 あなたには早急に能力の制御法を
 身につけていただかなければなりません。
 修行は厳しいですよ。
 なーんて言うのは嘘です。はっはっは。
 なあに、すぐに使えるようになりますよ。自在にね。」

それにしても、その赤いアロハシャツにサングラス。
師匠にしてはなんとも軽率そうに見えるんだけど。
武井さん、あなたもしや、亀仙人のつもりか。 

何はともあれ、力の制御は今の百香にとって
最大の課題であることに変わりはない。

「なんだかあまりにもスケールの大きなお話しで、
 まだちょっと半信半疑なんですが、
 とにかく、私にテレポーテーションの操り方を
 教えてくださるんですよね。
 でしたら、是非よろしくお願いします。」

胡散臭さ満々だが、ここは武井に身を委ねるしかない。
制御のコツをマスターして、今は一刻もはやく安心したかった。

「テレポーテーションが使える人は、サイキックの中でも最強です。
 ですから、パワーを無防備に開放してしまうと思わぬ凶器になります。
 これから教えることは、あくまでも私の方法であって
 あなたはそれをヒントに、自分なりの制御法を見つけてください。
 いいですね?」

「わかりました。」

「では、まず呼吸法から…。」

力の制御にはまず、この呼吸法が大事なのだそうだ。
頭のてっぺんのさらに上辺りを意識しながら呼吸するといいらしい。
次にイメージ法。対象となる物体の移動先を明確にイメージすること。
初心者の場合は、あらかじめ安全に着地できる具体的な場所を
決めておくといいらしい。
そして、恐怖心などの感情を抑制すること。
百香にとってはこれが一番難しいように思われた。

「どうやって感情を抑制するんですか?」

「わりと簡単ですよ。右手を前に出して。
 その指先でおでこを丸く撫でてごらんなさい。」

言われるがままやってみる。

「撫でながら、好きな言葉を言ってみてください。
 なんでもいいから、繰り返し唱えるんです。
 ちなみに、わたしは仏教徒なので、『南無~』と唱えます。」

「なるほど。」そうかぁ… なにがいいかなぁ…
ってか、やっぱりアレでしょ。

「トンデケ トンデケ トンデケ」

「なんです?それ。」

「恐怖を感じると自然にこの言葉が頭に浮かぶんです。
 でも武井さん、極限状態で咄嗟にこんなことできますか?」

「できるかじゃなくて、やるんですよ。」

「はあ…」

「じゃあ、今度はそれを咄嗟に唱える練習をしてみましょうか。
 自分の声に集中しながら、おでこを丸く撫でるんですよ。
 いいですか? 」

咄嗟にかぁ…。できるかしら…。心配だから一応飛ばす場所決めておこう。
すぐに思いつく安全な場所って言ったら、とりあえず寝室のベッドか…

すると不意に、武井が強い力で抱きついてきた。
後ろに居るのはわかっていたはずなのに、
百香は思わず「きゃー」と叫んでその場にしゃがみこんでしまった。
おでこに手を当てるのも忘れ「いやだもぉー!」すっかりパニクっている。
「ほら、早く飛ばして!」
「あ、そっか。んもぉーー、トンデケーー!!」

叫んだ瞬間、体の圧迫感がすっと消え、直後にどこかで、
「ばしゃーん」大きな水音がした。
うん? バスルーム? 間もなく洗面所から
武井が全身びしょ濡れで現れた。
サングラスが斜めにずれ落ちそうになっている。
百香は慌てて洗面所へ駆け込み、バスタオルを手に戻ってきた。
手渡されたタオルで顔を拭きながら、
「圷さん… だめですよ叫んじゃ。それにおでこを撫でるのも忘れたでしょ。
 あれをしないと感情に飲まれて、力が安定しないんですよ。」

「ごめんなさい。寝室のベッドへ飛ばすつもりだったのに…」

「ふっ、まあ最初はこんなもんでしょ。じゃ、もう一度。」

「ええ? まだ続けるんですか?」

「もちろん! 何度でも付き合いますよ。
 その前に、ちょっと家で着替えて来ます。」

そういうと音もなく、目の前から武井の姿が消えた。
テーブルに置き忘れていった方位磁石の針が、
狂ったようにぐるぐると回転している。

百香はすっかりくたびれていた。
武井の荒唐無稽とも思える話しを無理やり頭にねじ込まれ
引き続き、今度はいきなりの実践訓練である。

「今日はもういいよ、お腹いっぱい。」

百香はうんざりして体をソファに投げ出した。
それを横目に、摩周は床に落ちた水滴を
丹念にペロペロと舐め続けていた。

 
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