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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第十二話 信頼の昼

 アラーム音と言えば、何かしらの曲であることが多い。
 
 歌い手がいる曲の人がいれば、テレビCMでよく聴く曲など様々。

 男性としての理想を言えば、恐らく好きな女の子の声で起こされることだろう。

《マスター、そろそろ起きないと昼夜逆転しますよ?》

 まぁ俺の場合はどの候補にも当てはまるような当てはまらないような、丁度中間辺りのアラームが待っていた。

 デバイスから発せられる声に、俺は酷い怠気と頭痛に襲われながら目を覚ます。

 アルコールによる二日酔いってこんな感じなのかな、なんて未だ体感したことのないことに興味を抱きつつ、俺は窓から差し込む日差しと壁に取り付けられた時計を確認する。

「朝……と言うか、もう昼か」

《睡眠時間として七時間。 マスターには丁度良いでしょう》

「七時間も寝たのは久しぶりだったから驚いたよ」

 フェイトが姉さん用の部屋で睡眠をとり、俺も自分の部屋で仮眠を取った。

 ……仮眠と言うか爆睡だったけど。

「頭スッキリさせたいし、洗面所へ行くか」

 立ち上がり、少しふらつきながら俺は洗面所へ向かう。

 大きなあくびをし、後頭部を掻きつつ木の片開き戸を開け、

「っ――――」

 俺は言葉を失い、静止した。

 そこには姉さんの部屋で眠っていると思っていた同居人/フェイトがいたからだ。
 
 俺の住む部屋の洗面所の用途は二つある。

 一つは手洗いや鏡を見ながら身だしなみを確認する、と言う洗面所としての役割。

 そしてもう一つ、奥にある浴室を利用する人にとっての脱衣所。

「へ……?」

 風呂上りのため、バスタオルで髪を拭いていたフェイトはこちらを振り向き、瞬きを繰り返しながら小さな疑問符のある声を出す。

 対して俺は、そんなフェイトの身体から目を離せなかった。

 布一つ纏わぬ、生まれたままの姿。

 それが今、俺が見ている光景だ。

 濡れた肢体、上気した頬、綺麗な曲線を描く腰。

 きっと将来は女優なりモデルになっても問題なく活躍できるだろう、なんて思えるかもしれない。

 ……ある一点を除けば。

「フェイト……その傷……」

 俺が見たのは、フェイトの背中を中心に広がる無数の傷跡だった。

 切り傷でもなく、打撲とは違う傷の形と種類。

 細長い火傷と言うべきような傷が、綺麗な彼女の肢体を穢しているように見えたんだ。

 だから――――、

「き……きゃああああああああ!!!」

 そもそも女性の裸と遭遇したら悲鳴が上がるに決まってる、なんてお約束にまで思考が回らなかった。

「見ないでぇ!!」

「ぎゃああああッ!?」

 タオルを巻いたフェイトの突撃に反応できなかった俺は、彼女の右平手打ちをを喰らう。

 そこに魔力変換資質・電気を流し込まれた俺の全身に高電圧の奔流が駆け巡った。

 あまりの激痛で悲鳴を上げる俺だが、これのおかげで右肩と右足の違和感や凝りが治ったのは余談である――――。


*****


「ごめんなさい」

「こちらこそごめんなさい」

 それから小一時間が経過し、ちゃんと服を着たフェイトと全身の痺れが抜けた俺は、リビングで合流したと同時に土下座をし合った。

 俺は不可抗力とは言え、裸を見てしまったこと。

 フェイトは動揺していたとは言え、本気の一撃を入れてしまったこと。

 お互いに深く深く反省するために全世界共通の謝罪をするのだった。

「ごめん、完全に寝ぼけてた」

 そう、普通に考えれば起きたら先にフェイトが姉さんの部屋にいるかの確認をするべきだったんだ。

 万が一にもフェイトが逃げたら……なんてことを考えるのが、彼女を捕まえた側のすることなのだから。

 それすらしないで放置したということは、俺は無意識のうちに彼女が逃げていないと思って疑わなかったんだ。

 結果としてフェイトの裸を見てしまうと言う大惨事を起こしてしまった。

(管理局の魔導師としても、人としても最低だな)

 二重の意味で反省しないといけないこともあり、正直言って結構落ち込んでいる。

「ううん。 私こそ、何も言わないで勝手に風呂場を使ったんだし、こうなることも分かってるべきだったから」

 対してフェイトもまた落ち込んでいた。

 まだ裸を見られた恥ずかしさが抜けてないのか、顔を見ると頬赤くし、瞳は今にも涙を流しそうな勢いだ。

 そんな状況でも俺のことを一方的に責めず、自分の悪い点のみを自覚して反省していた。

「いやいや、浴室を使っていいって言ったのは俺のほうだし、その点についても結局は俺の責任だよ」

 捕まってる身とは言え、フェイトだってお年頃の女の子だ。

 風呂も入れない環境は嫌だろうから、寝る前に一度浴室の使い方を教えていたということを、痺れている小一時間の間に思い出していた。

 寝ぼけていたと言うか、完全に抜けていた。

「で、でも……」

 しかしフェイトもなぜか諦めないで謝罪の言葉を捜す。

 それはこの子が責任感の強い女の子であるということ他ならなくて、きっとどんな言葉を尽くしても彼女は謝罪を認めてもらうのを諦めないだろう。

 なら、

「それじゃさ、答えて欲しい質問があるから、それを答えたら許すってのはどう?」

「え?」

 俺は彼女が少し迷い、頷いたところで問う。

「身体の傷……あれは、母親に付けられた傷なのか?」

 ビクッと、驚いたようにフェイトの全身が跳ね、更に目を大きく見開いた。

 それが動揺なのは俺じゃなくても分かるほどで、同時に彼女の顔は先ほどとは真反対に青ざめていく。

 言葉にしなくても、それが正解であるいうことを意味しているのは分かる。

「……分かった、ごめん。 イヤなこと、思い出させちゃったな」

 だから俺はフェイトの返事を待たず、謝罪した。

 今度の土下座に、フェイトは謝罪で返したりはしなかった。

 むしろ、

「ううん。 その、ありがとう……気を使ってくれて」

 どこか安心したように微笑んでくれた。

 無理に作った笑みだったけど、嘘偽りのない感謝の笑みなのだと思う。

「……遅くなったけど、昼飯にするか」

「うん」

 俺はゆっくりと立ち上がり、台所へ向かう。

 途中、フェイトの頭を撫でて、なるべく優しい声でそういった。

「え……あぅ」

「大丈夫だから。 俺が、何とかするからさ」

 驚きの声を上げつつも、撫でられることをフェイトは許した。

 目を細め、嬉しそうに受け入れるその姿は、年頃の女の子らしい可愛さがある。

 本当に妹がいたらこんな感じなのかな?

 なんて思いながら、俺は改めて台所へ向かう。


*****


「大丈夫……か」

 彼の言葉を思い出しながら、彼に撫でてもらった頭に触れる。

 まだ微かに残る感触は、すごく心地よくて、受け取った言葉は嬉しくて。

 私は彼に、色んな感情を抱き始めていた。

 怒りや殺意みたいな沸騰するような感情じゃなくて、微熱のような感情。

 ほんのり温かくて、心地よくて……だけど、まだ物足りないって思うようなもので。

 不快感とは違う感覚は、私の人生で初めてのものだった。

「小伊坂、黒鐘……」

 ボソッと、彼の名前を口にした。

 この世界で出会った、不思議な少年の名前。

 ふと私は、彼に出会うまでの今までを思い出す。

 今まで、母さんに色んなことを頼まれて、色んな世界を訪れた。

 短期間だったけど、濃密な日々だったと思う。

 色んなロストロギアや発明品、骨董品を盗んだりしてきた。

 母さんに頼まれていたことだったけど、持ち主のことを思うと罪悪感があった。

 旅を繰り返して、色んなものを持ってきたけど、母さんが満足な顔をしたことはなくて。

 むしろ遅かったからとか、目的のものじゃないからって理由で暴力を受けた。

 私の身体の首から下、主に背中を中心に広がる傷の殆どは、母さんが鞭を叩きつけた痕だ。

 治癒魔法を使える人が身近にいないから自然治癒に任せてるけど、痕は呪いのように残ってる。

 彼に色んなことが暴かれて、自分自身で晒して、分かったことがある。

 私は怖かったんだ。

 母さんのためになっていると言う喜びで隠していたけど、本当は怖かった。

 その痛みが、その声音が、その日々が。

 私は私自身の意思すら言葉にできず、そして従うがままに海鳴に来た。

 そして出会ってしまった。

 小伊坂 黒鐘と言う、強い力と不器用な優しさ、そして消せない痛みを抱えている少年に。

「小伊坂、黒鐘……」

 再び、彼の名前を口にする。

 すると胸の奥がキュンと音を立てる。

 締め付けるような、だけど痛いって言うよりも気持ちいいような感覚。

 湧き上がって止まらない甘く切ない喜びと、『もっと』と言う欲望。

 知りたい。

 こんなにも彼を、黒鐘を想うこの感情の正体を。

「もっと、側に」

「フェイト?」

「ふぇ!?」

 そんな私は、背後からかけられた声に驚き、上擦った声を返してしまう。

「どうした?」

「な、なんでもない! そっちこそ、どうしたの?」

「卵足りないから買ってくるな」

「……え?」

 一瞬だけ、失礼だけど『この人、何言ってるんだろう?』と思ってしまった。

 そのくらい動揺というか、驚いたから疑問符を出すことしかできなかった。

「鍵は閉めとくけど、誰が来ても絶対に開けるなよ? 悪い大人かもしれないからさ!」

 財布や鍵は玄関にあるシューズボックスの上に置いてあったみたいで、台所から玄関、そして外に出るまでは数秒の出来事だった。

 勢いよくドア、そして鍵が閉じられた。
 
「……」

 そして私は昨日ぶりに一人になった。

《一応、私と言う監視もありますがね》

 テーブルに置かれた彼のデバイスが、唯一私を監視する存在らしい。

 でも、動こうと思えば私は出ていけるわけで、彼に追いつかれるよりも速く動けばきっと……なんて思ってるんだけど。

 彼自身、そんなことは分かってるはずだ。

 なのにこうして平気な顔をして私をこの部屋に残すのは、

「私、弱く見られてるのかな?」

 ふと思った言葉が、声として出てしまった。

 それほどまでに、彼の行為は疑問だらけで、彼のことをよく知るデバイスに聞いてしまうしかなかった。

《逃げられたとしても、あなた様のデバイスはマスターが所持してます。 あなたがデバイス無しで今後どうかできるとは思えないと見てるのでしょう》

「た、確かにそうだけど……」

 私のデバイス/バルディッシュは未だに彼の手元にある。

 だから私は普段より魔法をうまく使えないけど、この場所から逃げるくらいのことはできるし、逆に彼のデバイスを奪うことだってできる。

 まだ、納得のいかない私に彼……アマネは、淡々と語ってくれた。

《それにマスターは、少し分かりづらいかもしれませんが、あなた様のことを信頼しています》

「信頼?」

 私の問いにアマネはええ、と答えてから続ける。
 
《昨晩の一件で、マスターはあなた様がどういう人かを知りました。 あなた様は大変責任感が強く、そして優しい。 それこそ、自分自身の心を押し殺してまで母親に従い、悪事に手を染めるほどに》

「……」

 昨晩の一件とは、私が黒鐘の抱えているものを暴かれたあの尋問のこと。

 今でもあのことを思い出すと、少しだけ彼のことが怖く思えてしまう。

 だけど、あのあとの彼を見て、彼の言葉を聞いて、彼は決して悪い人じゃないんだって知った。

 そんな彼は逆に、私がどういう人間なのかを私を見て、私の言葉を聞いて理解したんだ。

 敵とか味方とか関係なくて、一人の人間として見てくれたんだと思う。

 それは嬉しいような、恥ずかしいような……。

《それに、マスターは嬉しいのかもしれません》

「嬉しい……何が?」

《事情があるとは言え、誰かと一緒に暮らしていると言うこの状況が、嬉しいのかもと思いまして》

 アマネは嬉しそうに弾んだ声で語る。

 彼が喜んでいるのだと。

 私なんかと一緒にいるのが、嬉しいことだって。

「でも、私は敵なんだよ? 裏切るかもしれない、逃げるかも知れないのに……嬉しいなんて」

《だとしても、です。 昨晩お話ししましたが、マスターは現在、家族と共に過ごせる状況ではありません。 ましてや両親はお亡くなりになってる。 この一人暮らしだって彼自身、自覚はしていないでしょうが、心のどこかでは家族のように誰かと過ごしたい感情が……寂しさがあったと思います》

 それは昨日教えてもらった、彼の抱える孤独。

 五年前に起こった悲劇が生んだ、彼の今。

 一人でなんでもしないといけなかった。

 だから一人で努力したんだと思う。

 アマネと言うデバイスがいても、人の支えがないのなら変わらない。

 彼は一人、ずっとずっと孤独に耐えてきたんだ。

 私と言う存在は、そんな彼の孤独を埋めている……のかな。

 それはそのまま、彼が私のことを必要としていることに繋がるわけで、

《フェイト様も、嬉しいのではないですか?》

「え……」

 私が思っていたことを突かれて驚いたけど、素直に頷いた。

 そうだ、私は嬉しいんだ。

 彼と過ごしている、この時間が。

「私も、家族に甘えたいから、黒鐘といるの……嬉しい、かも」

《左様ですか》

「で、でも、黒鐘には内緒だよ!? 絶対、絶対言わないで!」

《ふふっ……了解。 今の発言は保存せずに後で削除いたしますね》

 こんなことを聞かれたら、恥ずかしくて死んじゃうよ。

 ただでさえ、さっき裸を見られて恥ずかしかったんだから……中まで裸にされたら、もう耐えられない。

 そんな私の気持ちを知っているであろうアマネは、さっきからクスクスと笑っている。

 恨めしそうに見つめると、笑いを止めずに謝罪してきたけど、私は怒っていない。

 母さんのこと。

 私を心配しているであろう、この世界に連れてきたアルフの存在。

 ジュエルシードのこと。

 抱えていることはたくさんあるはずで、笑っている暇なんて……ましてや、楽しいとか嬉しいとか感じている暇なんてないはず。

 なのに私はこうして嬉しいとか、楽しいとか、色んな感情を抱いて過ごしている。

 そんなことができてるのも、彼のおかげなんだと思うと、私はここにいることを望んでいるかもしれない。

「――――フェイト!」

 突然、窓の外から聴き慣れた声がして振り返った。

「アルフ……?」

 そこには私と共にこの世界に来ていて、数日ぶりに再会した使い魔・アルフだった。

 私は喜んでいいのか、驚いたほうがいいのかよく分からないながらも、窓を破壊されたら困るので急いで立ち上がり、窓を開けた。

 と同時に、アルフは私を勢いよく抱きしめてきた。

 大人と変わらない身長のアルフに、私は少し息苦しさを感じながらも久しぶりの再会に喜びの感情が湧いてきた。

「ごめんね、アルフ」

「いいんだ、フェイトが無事なら」

 嬉し涙を流すアルフだけど、私の心境は次第に複雑になっていった。

(ああ、もう終わるんだ……)

 アルフとの再会は、彼との生活が終わることを意味している。

 分かってることだし、元々はそうするつもりだった。

 なのに短い時間で私はこの場所に居心地の良さを見出してしまった。

 だから、名残惜しくて……。

「フェイト、今すぐ逃げるよ!」

「え……」

 当たり前の言葉に、すぐに返事ができなかった。

 そうだ、私は逃げないと。

 逃げて、母さんにジュエルシードを届けないといけない。

 そのために今まで頑張って、そのためにこの世界に来た。

 ……なのに。

「フェイト、どうかしたのかい?」

「……」

 返事が出せなかった。

 迷っている……ううん、そうじゃない。

 答えはとっくに出ていて、だけど素直に出せないんだ。

 それが間違っていると思っているから、かな。

 私はこの場所にいたくて、でもいるわけにはいかなくて、その板挟みに苦しんでいる。

《――――ジュエルシードの発動を確認》

 後ろから聞こえたアマネの声に、私の迷いはほんの少しだけ振り払われた気がした――――。 
 

 
後書き
どうも、IKAです。

今回はちょっとしたトラブルとフェイトの感情を描きました……というかまたフェイト推しな話しになってる~( ̄▽ ̄;)

一応、無印編って私にとってはフェイト編と言う印象が強いので、作品にその傾向が出てるのかもしれません。

もうしばらく、フェイトの心情の変化をお楽しみいただけたらと思います。

そして次回は久しぶりに戦闘描写がある……かも! 
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