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ULTRASEVEN AX ~太正櫻と赤き血潮の戦士~

作者:???
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2-2 運命の出会い

浅草・花やしき遊園地。
ここは帝都やその付近で暮らす人々が訪れ、ひと時の時間を楽しむ夢のような遊園地。だが、この花やしきもまた、世を忍ぶ仮の姿。
その実態は、『帝国華撃団・花やしき支部』。本部とは別に設置された別支部なのだ。
この遊園地の地下には、巨大な格納庫やラボが存在しており、そこである二人の女性が研究室にて話し合っていた。
「巨大な降魔が現れて、マリアはんたちの力でも敵わんかった…ちゅうことですな」
「ええ。そういうことになるわ」
二人の女性のうち、後ろ髪を二つの三つ編みに結った紫の髪に、眼鏡をかけた女性が試験管を片手にため息を漏らした。もう一人の、茶色の髪に米田と同じ模様の軍服を着込んだ女性が腕を組んで頷く。
「うーん、普通の降魔やったらまだよかったんですけど、その馬鹿でかい降魔が相手となると…」
光武では戦うことさえも難しい。試験管からビーカーに液体を移す。
すると、ボン!!試験管から小さな爆発が起きて、紫の髪の女性は髪形がめちゃくちゃに崩れてしまい、顔も汚れてしまった。
「あら、大丈夫?紅蘭」
「あかん…またやってもうたわ」
その紫髪の女性こそが、椿がジンに話していた『李紅蘭』である。ここで技術者としても働いているのだ。紅蘭はすぐに顔の汚れを塗れたタオルで洗う。
「あ、せやあやめはん。さっきの続きなんですけど、光武の調整は今の倍以上に行ってみます。したところでその巨大な降魔と戦える力を光武に与えられるとは思えへんけど、何もせんよりはマシでしょうし」
あやめ、と呼ばれたもう一人女性。
彼女の本名は『藤枝あやめ』。彼女も帝国華撃団の一人で、年若いが『副司令』という地位にある。
「ごめんなさいね。あなたほどの技術師ってほとんどいないのに…」
「ええですってあやめはん、うちは機械をいじるの大好きなんです。寧ろ願ったり敵ったりですわ」
眼鏡をかけなおしながら、紅蘭はあやめに屈託のない笑みを見せた。
「にしても気になりますな。その巨大な降魔を倒したっちゅう…赤い巨人」
すると、紅蘭は赤い巨人について興味を示してきた。
「一体何もんやろ。いきなり現れて、降魔を倒して颯爽と姿を消すなんて…街で子供たちの間で流行っとる『少年レッド』みたいや。こっちの方でも子供たちの噂になってたほどやし」
少年レッドとは、帝都の子供たちのためにある中年の紙芝居師が朗読する勧善懲悪ものの紙芝居である。いわゆるレッドという少年が活躍するヒーロー活劇だ。その少年も颯爽と現れて、悪党を懲らしめて颯爽と姿を消す。例の赤い巨人がそのレッドと重なって見えたのだろうか。
「…」
それを聞いて、あやめの表情に曇りが生じたが、紅蘭はそれに気づかない。あやめは赤い巨人のことを考えていた。
(…彼が目を覚ましたことは、当日米田さんから聞き及んでいた。でも、まさか…『変身』することができたなんて…)
実はあやめも、ジンが赤い巨人に変身する力を持っていたことを知っていたのだ。
(でも、どういうこと?ジン君は、『あれ』がなければ変身できないはず。にもかかわらず、街での戦闘中に変身した…いえ、考えてもわかることじゃないわ。なんにせよ、巨人化したジン君の姿に、政府も軍もかなりの反応を示すことに違いないわ。時期に『綾小路伯爵』からも連絡は来るでしょうね。悪い方向に傾かなければいいんだけど…)
巨大降魔を倒すほどの圧倒的な力を持つ巨人に、軍がどんな動きを見せてくるか。ジンの正体を知っているだけあって、それによって不安がかきたてられる。
すると、その部屋に設置されていた電話がジリリリ…と音を鳴らした。あやめはすぐに受話器を手にとって電話に出た。
「はい、こちら藤枝…あ、米田司令」
通話相手は米田のようだ。
「え…『彼』が、目を覚ました?本当ですか!?…はい、はい。わかりました」
少しの間の通話の後、あやめは受話器を電話に戻した。
「どないしたんです?」
「米田司令からの命令よ。ここでの作業が終わったら、私と紅蘭にも帝劇へ移転するように」



次の日から、浅草の問屋街は復興作業が開始され、ところどころのエリアが立ち入りを禁じられた。あの巨大降魔と、それを倒した赤い巨人のことは、結局なんだったのか、結局誰も分からないままだった。
「………」
この日、ジンは新たしい花組のメンバーとなる『米田の知り合いの娘』を迎えるために、椿と共に上野駅に来ていた。
だが、この日のジンはほとんど会話を吹っかけてこようとしなかった。先日の、米田の口から明かされた自分の正体について聞いてから、ずっとこの調子だった。
気まずい…椿は居心地の悪さを痛感した。せめて…何かジンの気が紛れるような話でも…。
「き、今日はいいお天気ですねぇ!」
「…うん」
…終わった。ジンの今のたったの一言で会話は途切れた。心の中で椿は悲鳴を上げたくなった。帝劇の仕事にジンが就き始めた頃は、彼は思った以上に楽しそうに仕事をしていたのに。
「あの、ジンさん。米田支配人がきっと、ジンさんのことを調べてくれると思いますから、元気を出してください」
「…あ…いや、いいんだ…椿ちゃんは気にしなくていい」
記憶を失っていることを気にしているのだと思ってフォローを入れてみるが、ジンはもう聞きたくない様子で、また会話を切ってしまった。全く効果のなかった自分の行動に椿は気落ちしてしまう。
…もうやめよう。椿を見てジンは、ひとまず自分や帝劇の真実について置いておくことにした。
「それより、例の人まだ来てないのか?」
駅は多くの人達で埋め尽くされていた。ごちゃごちゃしていてどこに誰がいるのかわからない。
「み、みたいですね…困ったなぁ」
急に今回の仕事の件の話に移って少し戸惑った椿だが、周囲の客を見て迎えの対象の女性の姿がいないか確認を試みたが、該当する人物は見当たらない。
「そういえば椿ちゃん。迎えに来る『真宮寺さくら』って人の写真を見せてもらえる。もう一度確認しておきたいんだ」
「あ、はい。どうぞ」
椿は、『真宮寺さくら』の写真を見せる。
さくら、と何かと綺麗なイメージを抱かせる花の名前を名づけられたほどの女性。
「改めてみると、まさに大和撫子…って感じだね」
白黒に写されたその写真には、リボンで結われたポニーテールの後ろ髪と、恐らく桜色に染まっていることがイメージできる和服を着た少女が立っている姿があった。とても可憐な少女だった。年齢は外見から予測すると、ジンと同じ年くらいか一つ下くらいだろうか。
「いいなぁ…私もこの人みたいに綺麗になれたらなぁ…」
椿は、写真に写っている少女に憧れの視線を向けた。これだけ美しい少女だ。舞台でもきっと輝くに違いない。すると、ジンが不意打ちを食らわせてきた。
「椿ちゃんはそのままでもかわいいと思うけど?今日の服だっておしゃれだし」
ちなみにこの日の椿は、いつもの売り子さん衣装ではなく、空色のワンピースを着ている。いつもとまた違う雰囲気を漂わせた。それに対して、ジンはモギリ服を着させられている。別に悪い気はしないのだが、モギリが街をうろつくというのは奇妙じゃないだろうかと心配になった。
「っ!や、やだ…ジンさんってお上手なんですね」
いきなり容姿を褒められ、椿は照れくさくなって頬を染めた。そんな椿のリアクションを気に求めず、再びジンは辺りにさくらの姿がないかもう一度見通してみる。
今回新しく花組のメンバーに迎えられるさくらは、米田の知り合いの娘だと聞いている。
(彼女が僕の正体を知っている…なんてあるわけないか)
自分の正体について、実は彼女が何か知っているのでは?なんて期待を寄せたが、そんなわけないか、とすぐにその根拠なしの予想を忘れることにした。
だが、ジンはふと思う。
(花組の正体は、降魔と戦う秘密戦闘部隊…だとしたら彼女も…)
戦うために、帝劇入りを果たすことになる。そう思うと、どこか切なさを覚える。戦いが似合いそうに見えないこんな少女が、あんな恐ろしい化け物と戦うことになるなんて…。
それにしても、例のさくらは一向に探してみても、やはり姿が見えなかった。
「もしかして、行き違いになったんじゃないか?」
「そうかもしれないですね。困ったなぁ…どこに行っちゃったんでしょう」
二人はすっかり困り果てた。
「…聞き込みをもう少しだけ続けてみよう。それで見つからなかったら、僕が街を見て回って探してみる。椿ちゃんはそのとき一度帝劇に戻って」
「すみません…」
「謝ることじゃないって」
気にしないでくれ、とジンは首を横に振った。
それから二人はもう少し辛抱強く、さくらの姿を探し回った。しかし、それでもなかなか見つからない。一体どこに行ってしまったのか。
「すいません」
最後に二人は、ある二人の若い将校にさくらの姿を見かけてないかを尋ねてみた。その二人の将校は、一人は逆立った黒髪でいかにも生真面目そうな二枚目、もう一人は白いスーツが似合いそうな少し調子のよそうな印象を抱かせる男だ。服装から見ると、軍人のようだ。
「あぁ、その子なら…上野公園の方に向かっていくのを見かけたかな。後姿だけを見ただけで、顔までは見てないんだが」
二人目の男が、公園の方角を指差した。この駅からも、何人か公園の方角に向かって歩いているのが確認された。しかし、なぜ公園の方に向かったのか。集合時間よりずっと前にここに来たから、時間つぶしのつもりで向かってしまったのだろうか。
「すまない。俺たちもこれから、上野公園で同期の連中と卒業祝いの花見の予定なんだ」
「あ、そうなんですか。すいません、お急ぎのところ引き止めちゃって」
「いや、気にしないでくれ。探している人が見つかるといいね」
一人目の男がジンたちに言うと、彼らも上野公園に足を運ぼうとした、そのときだった。

「おーい!大変だ!『怪蒸気』が出てきやがったぞ!」

突然、駅の方へ一般人の男性が声をあげて駆けつけてきた。その男性の後に続いて、何かにおわれて大慌ての様子で、他の一般人たちもなだれ込むようにこちらに来ていた。
「怪蒸気だって!?」
「いやだわ…早くここから離れましょうよ」
「先日のデカい降魔といい…一体どうなっているんだ…?」
それを聞き、現在駅にいる客たちがざわつき始めた。
「上野公園…怪蒸気…?」
上野公園と聞くと、恐らくこの上の駅のすぐ近くの公園であることが予想される。だが、聞きなれない言葉が飛び込んできた。
「すいません、怪蒸気って…?」
どうも穏やかに聞こえない。一体何のことをさしているのか、怪蒸気の存在を知らせてきた男性に尋ねる。
「あんた、知らないのかい?降魔みたいに、この帝都とその付近に現れて暴れまわる機械のことだよ!」
「……ッ!」
つまり、人に害をなす存在ということ。あの時現れた降魔とそう言った意味では同一の存在といえた。
「降魔とならんで、帝都でかなり問題になってるんですよ。もちろん、私たちも問題視してて…」
椿がジンに、補足を入れてくる。降魔と同様に帝都の平和を乱す『怪蒸気』。それを帝国華撃団が見逃すはずがなかった。
「怪蒸気かぁ…先日の降魔といい、『降魔戦争』のときみたいに、あの赤い巨人が出てきたらいいんだけどな」
「…え?」
彼の耳に、気を惹くに十分な言葉が飛び込んできた。
(『降魔、戦争』…?それに…)
「トラ!トラ!!」
すると、上野公園の方角からまた声が聞こえてくる。その声に我に帰ったジンと椿がそちらを振り向くと、かなり悲痛な叫び声がけたたましく耳に入り込んだ。その叫びの主は、一人の中年の女性だった。身なりから見ると、それほど裕福そうな家庭の出ではなさそうだ。
なだれ込むように上野公園から逃げてきている人達の流れに逆らって、公園のほうへ走り出そうとしたところを、すぐ近くの男性が引きとめている。
「おクマさん下がって!あそこには怪蒸気がいるんだぞ!」
「で、でもトラが!うちの息子がまだ!っつ…」
息子…どうやらその女性は自分の息子とはぐれてしまったのだ。しかも、その女性…おクマは突然地面に膝を着いてしまう。
「おい、『大神』!」
まだ近くにいた二人組みの男のうちの一人が、もう一人の男の名を叫んでいた。大神と呼ばれた先ほどの男性将校が女性の下に駆けつける。
「大丈夫ですか!?」
駆けつけてすぐ、大神は女性に容態を尋ねる。見ると、彼女は膝や肩に痛々しい傷が出来上がっていた。
「あ、あんた…軍人さんかい?」
おクマは顔を上げて大神の顔を見ると、必死のまなざしを向けて彼に懇願しだした。
「トラが…うちの息子がまだ公園にいるんだ!早く助けておくれ!」
「何!?」
大神は上野公園の方を向くと、公園のほうから煙が立ち上り始めていた。
「『加山』!この人を見ててくれ!」
「お、おおい待ってくれ大神!」
大神は半場無理やり同行していた友人におクマを託すと、上野公園の方角に向かって走り出していた。
一方でジンの心にも焦りが生じていた。もし上野公園に、さくらがいるとしたらまずい。避難させなければ。
「椿ちゃんはここにいて。僕が行ってくる」
「あ、ジンさん!」
彼も椿を駅に残し、自分も上野公園の方へ駆け出した。



怪蒸気出現から少し前の上野公園…。
絶好の花見日和だった。桜の花弁が美しく散り、上野公園を訪れた多くの人々を魅了する。
舞い散る桜を見るたび、人々は自身の幸せと平和を噛み締めていることだろう。
そんな中、一人の少女が公園の階段を駆け上がっていた。赤いリボンで結われた黒いポニーテールに、桜色の袴姿。
この少女こそが、新しい花組のメンバーとして選ばれた『真宮寺さくら』である。
彼女は上野公園の、帝都を見渡せる場所に来たところで、手荷物を置いて帝都の全貌を眺めながら呼吸を整えた。
「ここが、お父様が守った…帝都」
その壮大なスケールを誇る帝都の街に、彼女は感動を覚えた。さくらは袴の胸元から一枚の写真を取り出した。そこに映されていたのは、端正な男とさくらそっくりの美しい女性、そして男性に抱きかかえられている、幼い頃の彼女の姿だった。
「お父様、お母様。さくらは遂に来ましたよ。お父様の帝都に…」
写真をしまい、再び帝都の景色を眺めるさくら。こうして眺めているだけで、幸せな気持ちに溢れてくる。街が活気に溢れている証なのだ。
だが、そんな彼女や街の人たちを脅かす影が、何の前触れもなく動き出した。
がしゃん!と大きな音が聞こえた。なんだろうと思ったが、誰かが羽目を外してしまったのだろうと思って気にしなかった。が、その次に聞いた悲鳴を聞いて、さくらはすぐに目つきを変えて振り返った。
「か、怪蒸気だぁ!!」
「ッ!」
公園に設置されていた屋台や桜の木々を踏み壊したり殴って破壊しながら、人間より一回り大きな影が暴れていた。
さくらは悲鳴の聞こえた方角に眼を向ける。屋台や木々を、山吹色の人型機械が数台、暴れまわっていたのだ。
さくらは、手荷物にある一本の細長い袋を手に取ると、口で袋を縛っていた紐を解く。すると、袋の中から一本の刀が露となった。彼女の手に握られたその刀は、太陽の光で反射する刀身が星のように光り、その鋭さは点を羽ばたく鷹のような美しさがあった。
彼女は怪蒸気に向かって走り出し、叫ぶ。
「待ちなさい!」
暴れまわる怪蒸気たちが、さくらの声に反応して彼女の方へ振り返った。
「帝都の方々のお花見を邪魔する怪蒸気!この真宮寺さくらがお相手します!」
先ほどの少女らしい一面から一転して、凛々しさを兼ね備えた声で叫びながら構えた。すると、怪蒸気たちは彼女が自分たちに敵意を抱いていることを察し、その手に握られた刀を彼女に向かって振りかざした。
さくらは、自分に怪蒸気の刀が振り下ろされる直前で足に力を入れ、前に跳んだ。
「はあああああああああ!!」
振り向きざまに放たれた居あい抜きが怪蒸気に炸裂する。少しの沈黙を経た後、さくらの背後に立つ怪蒸気は上半身と下半身に切り裂かれ、機能を停止した。
しかし、まだ怪蒸気は残っている。
「ひい…ふう…みい…」
全部で三機も残っている。その全てが、さくらを標的として捕らえていた。
しかし、さくらは疑問に思う。
(どうして、こんな場所に怪蒸気が…?)
単に花見を楽しんでいた人達を襲う。たったそれだけの理由で暴れていたのだろうか。そう思うと、俄然この怪蒸気たちに対する怒りがこみ上げる。
疑問を抱く間も与えまいと、怪蒸気の刀がさくらに襲い掛かる。さくらは滑り込むように駆け抜け、怪蒸気の攻撃を回避、振り向いて怪蒸気の一体を真っ二つにしようとした時だった。
怪蒸気の一体に、石がどこからか投げつけられた。突然投げつけられた石にさくらは目を丸くすると、その直後に甲高い少年の声が聞こえてきた。
「よくも母ちゃんに怪我させたな!せっかく…せっかく長屋のみんなと楽しく花見してたってのに!」
石を投げつけてきたのは、一人の少年だった。アイリスともあまり変わらない、やんちゃな年頃に見える。この少年が、おクマの息子のトラ少年だった。
「だめよ坊や、離れて!」
すぐにトラに逃げるように言ったさくらだが、彼は怪蒸気に向かってさらに石を投げつけていく。無論たかが投石程度で倒れる相手じゃない。少年は、母を傷つけられた怒りを怪蒸気にぶつけ続けていく。怪蒸気は遂にトラをうっとおしく感じたのか、彼に向けて刀を振り上げてきた。トラも母を傷つけられた怒りを、怪蒸気から放たれる威圧感で消し飛ばされ、怖気ついて腰を抜かしてしまった。
「あ、うああ…」
「たあああああ!!」
さくらはすぐさまトラの前に駆けつけ、刀を盾代わりにかざし、怪蒸気の刀を受け止めた。
ガキン!と耳鳴りのように伝わる金属音が、さくらと怪蒸気の互いの刀がぶつかり合うと同時に鳴り響く。
「は、早く…!!」
さすがに、怪蒸気の力は強かった。さくらでも刀で受け止めるには無理があり、今にも押し返されそうになる。さくらはトラに早く逃げるように言うが、トラは恐怖のあまり立つこともままならず、さくらの声も届いていなかった。
このままではまずい。押し返される。
(お父様…!)
目を閉じ、何とか踏ん張ろうとするが、もう限界だった。
だが、そのときだった。

「そこまでだあああああああ!!」

「え…!?」
若い男たちの声が、さくらの耳に入った。目を開けると、白い軍服の青年とモギリ服の少年の二人組みが、自分たちのいる方角へ走ってきている姿が目に映った。
白い軍服の青年…大神は腰にしまっていた銃を取り出し、さくらとつばぜり合いを展開している怪蒸気に向かって発砲した。
そのとき、さくらは大神の姿に強い何かを感じ取った。さくらの目に映る大神の体から、何かオーラのようなものがほとばしっているように見えた。
(今のは…まさか、『霊力』!?)
さくらが驚きを見せているのもつかの間、銃弾がさくらの前の怪蒸気の体に突き刺さっていく。大神の銃撃を受けたその怪蒸気は、体中から煙を吹きながら倒れた。
「大丈夫かい!?」
さくらの前に来たところで、大神はさくらに声をかける。
「は、はい!」
「その子を連れて先に行くんだ!」
「で、ですが…!」
自分も戦ってこの子や帝都の人たちを守りたい。強くそう思っていたさくらにとって、子供の安全のためとはいえここで敵に背を向けることはあまり好ましく思えなかった。
迷う間も与えまいと、さらにもう一体の怪蒸気が三人に迫ってきた。そこへようやくもう一人…ジンが駆けつけてきた。
「この子は、僕が運びます!」
「す、すまない!助かる!」
大神は突如姿を見せたジンに少し驚きを見せたが、すぐに礼を言い返した。
「さ、君。こっちへ!」
ジンはトラを担いで、すぐにその場を離れようとする。しかし、そんな彼らを逃がすまいと、残ったもう一機の怪蒸気がジンの前に立ちふさがった。
「いけない!」
さくらがすぐにかけつけようとするが、大神と交戦していた怪蒸気が、ちょうど打ち込まれた大神の銃弾を刀身で受け止め、まるでジンの元に行かせまいと、すぐさまさくらの前に立ち塞がってしまう。
「く…!」
大神がさくらを助けるべく、援護射撃を放って怪蒸気を攻撃するが、怪蒸気は刀を振るい、なんと大神の銃弾を次々と切り落としてしまう。
「なんて奴だ…!」
苦虫を噛む大神。一方で、ジンの前に立ちふさがっていた怪蒸気の一体が、ジンに向けて刀を振り下ろした。
「ッ!」
ジンはトラを自分の中にしっかり抱きしめながら、怪蒸気の攻撃を避け始めた。上段からの振り下ろし、足を狙った下段攻撃と、なんとか紙一重で避けていく。しかし子供一人を抱えた状態で長く持つわけがなく、一撃を避けるだけでもかなりの集中力を要した。
すると、怪蒸気は足につま先を突っ込むと、そのまま地面を蹴り上げる。その影響でジンたちの頭から大量の砂が落ちてきて、ジンはおろか後ろにいる大神とさくらの視界さえも奪ってしまった。
「う、しまった…!」
このままでは、格好の餌食だ!大神やさくらの脳裏に焦りが生まれる。二人の予想の通り、砂のせいで視界を遮られてしまったジンや大神たちに向かって、彼らを取り囲む二体の怪蒸気の刀が同時に振り下ろされた。
ジンは、一瞬もはやこれまでかと思った。
このままじゃ…死ぬ…ッ!
だが、そんなことが許されるはずがない。自分はまだ何者なのか、一体なぜ赤い巨人の力を手に入れて目を覚ましたのか…分からないままだ。何もわからない状態で、こんなところで死んで…

「死んで…たまるかああああああ!!」

ジンが大声で叫んだ、そのときだった。
彼の体に一瞬だけ赤い光がともり、それが辺りの空気に異変をもたらした。
まるで、その場だけ時が止まったような感覚だった。
その猛烈な違和感に、大神とさくらは、いつまでも怪蒸気からの攻撃が来ないことを気にしてうっすらと目を開ける。頭から砂を被っていたものの、目に入ったわけではないので体に異常はなかった。
ただ、目を開けると、思いもよらない光景を目にする。
刀を振り下ろそうとした姿勢のまま、二体の怪蒸気たちの動きが止まっていたのだ。凍りついたともとれ、まるで最初からこの構えのままその場に設置されたモニュメントのように立ったままだ。だが、すぐに変化は訪れた。
二体の怪蒸気たちは刀を落とし、体中から火花を起こして気をつけの姿勢をとると、後ろに倒れこんだ。そして同時に、ボン!!と爆発を起こして木っ端微塵に砕け散ってしまった。
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
顔を上げ、トラを無自覚の内に下ろしたジンは、公園の土の上に膝を着いた。
(なんだ今のは…!?)
時間が止まった…?いや、違う。怪蒸気たちの動きが止められたのだ。他ならぬ…自分の体から発せられた『何か』によって。
「き、君!大丈夫か!?」
「お怪我はありませんか!」
後ろから大神とさくらの二人の声が聞こえる。ジンは息が荒いままだったが、振り返ってただ一言「大丈夫です…」と答えた。
「坊やも、怪我はない?」
「う、うん…」
トラ少年も怪我といえるものを負っていなかった。それを見て、さくらはほっとした。
大神は、破壊された怪蒸気の一機の近くで身を掲げ、怪蒸気の残骸を見てみた。
(おかしい…怪蒸気たちはさっき、明らかに俺たちを追い詰めていた。にもかかわらず、突然機能不全を起こして…)
勝手に自爆した。根拠はないが、軍人としての勘なのか明らかにおかしいと思えてならなかった。
怪蒸気の攻撃が収まった影響からか、逃げていた人や野次が、本の少しずつだが公園に集まってきた。
「ジンさーん!!」
すると、それに呼応するように椿がジンの元に駆けつけてきた。他にも、大神の連れである『加山』という男性と、トラの母であるおクマもその中に混じっていた。


「トラ、このお馬鹿!どんだけあたしが心配したと思ってんだい!」
おクマはトラの前に駆け寄ると、息子を自分の胸の中に抱きしめた。
「ご、ごめんよ母ちゃん…俺、母ちゃんがあいつらに怪我させられたと思ったら、我慢できなくって…」
「馬鹿な子だね…父ちゃんに続いてあんたまで死んじまったら…母ちゃんはもう生きる意味をなくしちまうよ…」
息子がもしかしたら…そんな最悪な光景を見ることがなかった。生きていてくれたことに嬉しく思いながらも、おクマは無謀な行動に出た息子をきつくしかった。母のきつい抱擁に、トラも泣きながら母に謝った。
さくらは身をかがめ、トラに向かって口を開いた。
「もう危ないことしちゃだめよ。お母様は、きっとあなたのことをすごく心配してたのだから」
「…うん」
よろしい、さくらはそう言って年上の女性らしく微笑み、トラの頭を撫でた。
「はぁ…もう、いきなり危ないところに行ったらだめじゃないですか!支配人たちも心配しちゃいますよ!」
「ごめん、椿ちゃん…なんか、体が勝手に動いちゃって…」
一方で椿も、ジン彼の前に立つと同時に、厳しい視線を浴びせながら彼を咎めた。
「それにしても、君たちはすごいな。怪蒸気に果敢に立ち向かうなんて」
すると、怪蒸気から視線をジンたちに戻した大神が、さくらとジンに向けて労いの言葉を送ってきた。
「いえ、そんな…あたしこそ無我夢中で」
さくらは謙遜した様子で大神に首と両手を振って見せる。すると、大神の元に、彼の連れである加山という男性が歩み寄ってきた。
「でも、君たちのおかげで、その少年は救われた。本来なら軍人である俺たちが防ぐべきことだったが…礼を言おう。
しっかし大神。いきなり友である俺を置いて活躍するなんて酷いじゃないか?心配だってしたんだぞ?」
「す、すまん…」
「まぁ、無事だったからいいさ。しかしこの状態じゃ花見をする気にはなれないな…」
加山は、現時点での上野公園の状態を確認する。さくらの木々がいくつか折れてしまい、屋台もめちゃめちゃだ。彼の言うとおり、これ以上花見はできそうにない。
「仕方ない。大神、俺たちでこの親子を送っていってやろう」
「そうだな…わかった」
大神は加山からの提案を了承し、トラとおクマの親子を二人の実家へ送り届けることにした。
「そうだ、最後に君たちのことを知りたいんだが、かまわないかい?」
できれば、危ない目にあっている子供を勇敢に救った彼らとはゆっくり話をしてみたかったが、時間が惜しい。大神はせめて名前を聞こうと思ってさくらたちに自己紹介を求めた。
「あたしは、真宮寺さくらといいます。仙台からこちらにやってきました」
「僕は……ジン、といいます」
「さくら君に、ジン…?苗字は?」
「…『米田』です」
記憶がないとはいえ、仮に付けられた苗字はまだ慣れていない様子のジンは、少し間を置いてから、自分の今の姓が米田であることを告げた。
「え、米田って…もしかして…!」
米田と聞いて、さくらはあ!と自分が何のためにここに来たのかを思い出したと同時に、ジンの苗字が…自分を帝都に呼び出したあの人物と同じであることに気づく。
「あの、さくらさん。そのことは後で…」
それ以上は帝劇の秘密に触れることになる。その話は後にしてくれと椿はさくらに耳打ちした。
「あの、あなたの名前は?」
今度は、ジンが大神に尋ねる。
「俺かい?俺は、『大神一郎』。じきに海軍士官学校を、この加山と一緒に卒業する身だ」
「うんうん、嬉しいぞ大神。俺も一緒にこの麗しいお嬢さんと勇敢な少年たちに紹介してくれるなんてな。やはり持つべきは親友だなぁ…」
自分も紹介してくれたことに、親友に感謝しながら加山も自己紹介した。
「ご紹介に預かった『加山雄一』だ。覚えておいてくれ。そうだ、そちらのお嬢さんは?」
「え?私ですか?」
いきなり加山から話を振られた椿は目を丸くして驚きをあらわにした。
「そりゃ、一人だけ仲間はずれってのも気まずいからな」
「えっと…私は高村椿といいます」
少し恥ずかしげに、椿も自己紹介した。
「椿ちゃんか、いい名前だ。覚えておくよ」
「大神さん、加山さん、そしてジンさん…今日は助けてくれてありがとうございました」
「ああ、ではまた会おう」
さくらからお礼を言われ、大神も笑顔でうなずく、そして加山と共にトラとおクマの親子を連れて上野公園を去っていった。
「大神さん、か…」
見送りながら、ジンは呟く。
軍人だからかなり頭の固そうな人名のではと思ったが、見るからに人のよさそうな男だった。自らさくらや子供を助けるために飛び出すことから、強い正義感を持ち合わせているに違いない。

もしかしたら、またいつか会うのではないだろうか。そんな予感がした。

それは、近いうちに敵うことになるとは予想もせずに…。



しかし、ジンは一方でもう一つ気になることがあった。
それは、突然怪蒸気の動きを止め、果てに爆発させた、自分の力。
(あれも…僕が持っている『赤い巨人』の力なのか…?)
今回はその力のおかげでトラ少年やさくらを、そして大神を助けることができた。
だが、自分の中に眠る強大な力に、迷いと恐怖を抱かずに入られなかった。
 
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