| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

MR編
  百四十一話 母の祈り、母の言葉

 
前書き
はい、どうもです!

また半年ぶりとかいうふざけた更新頻度で申し訳ありません。

今回は原作でもボクが好きなシーンの一つでございます。

では、どうぞ!! 

 
翌、1月12日
午後12時49分
第二校舎 三階北端 電算機室。

遠く、昼休みの廊下から響く声が聞こえるこの場所で、明日奈は背筋を伸ばした綺麗な姿勢で座っていた。どこか緊張したような面持ちでソワソワと時計を時折眺めるその前で、和人と他に二人、彼と同じメカトロニクスコースの生徒が端末を覗き込んでいる。

「カズお前、これじゃ遊びなさすぎんだろ……こないだ試したじゃねぇか。遊び無くして、俺がどうなったか忘れたっていうんじゃねーだろうなぁ?」
「あぁ、あの時のトシの顔は面白かった。ほんとに吐きそうだったもんな」
「水道まで連れてくほうは気が気じゃなかったけどな~」
「そういうこといってんじゃ、ねぇ」
「「あたっ」」
ぽこっ、と生徒の一人が和人ともう一人の脳天に軽いチョップを加える。二人は苦笑しながら画面を再び覗き込むと、和人のほうが肩をすくめた。

「けどなぁ、遊びがでか過ぎると挙動によっては、ラグるだろ?」
「そのために、お前の兄上特性の最適化プログラムがあるんだって、期待できないわけじゃないんだろ?」
「まぁ、な」
本人もそれなりに工夫してたみたいだし、と、和人が苦笑して息を付く、そうしていよいよもってソワソワし始めた明日奈を見て、パシ、と手を叩いた。

「よし、それじゃあ初期設定はこれで済ませよう、ユウキさん、聞こえますか?」
『はーい、聞こえまーす!』
不意に、和人が明日奈に向けて呼びかけた。もちろん、和人は彼女のことを他人行儀にユウキさん、などと呼んだりはしない。彼が呼びかけたのは、アスナの肩に乗った、透明なアクリルのドームで包まれた機械に向けて、だ。
アルミを切り出した基幹部にハーネスで固定されたそれは、ソケットから二本のケーブルがつながっており、片方が和人の使うパソコン、もう片方は、アスナの携帯端末につながっている。

その機械につけられたスピーカーから和人の呼びかけに答えるようにして《絶剣》、ユウキの声が響いたのだ。

「それじゃあ今から、レンズ周りおの初期設定(イニシャライズ)をしますんで、視界がクリアになったら言ってください」
『はいはーい!』
明日菜が今つけているのは、和人と彼の仲間たちが開発した、《視聴覚双方向通信プロープ》と呼ばれる機器だった。

これは簡単に言うなら、現在アミュスフィアなどを使っているユーザーに、ある一定の条件を満たした端末からネット回線を通じて、遠隔地の視覚、聴覚の共有を行うというシステムだ。
現在アスナの肩に乗っているこの機械からは、音と映像、つまり、人間が得る視覚、聴覚の収集情報がデータとしてアスナの携帯端末に送られている。その端末からネットを介して、ユウキの居る横浜港北総合病院に送信されたデータが、メディキュボイドの中にいるユウキに届く。仕組みとしてはごく単純な物だが、実はこのシステムにはもう一つ、ちょっとした仕組みがある。
視覚情報を送るためのカメラが、VR空間内のユウキの視界や動きと同期するようになっていて、彼女の見たい方向を自由に見ることが出来るのだ。ユウキからすると、彼女は今、アスナの肩の上にちょうどユイくらいの妖精サイズで乗っているような感覚になっているはずである。
ちなみにこのシステムは元々、和人がユイのために涼人などを巻き込んで始めたシステムなので、そういう意味でもちょうどユイサイズ、というわけだ。

カメラの初期設定を終えた和人が、「さてと」と、パソコンから明日奈に視線を返した。

「それじゃ、これでとりあえずはおしまいだ。一応スタビライザーは組み込んであるけど、急な動きは避けてくれ。マイクの集音性も十分なはずだから、大きな声で話したりはしないように」
「了解、りょーかい、り ょ う か い」
あれこれと注意事項を並べ立てる和人に、明日奈はせかせかと返事をする。苦笑して片づけを始める和人に見せつけるようにわざわざゆっ……くりと立ち上がって、明日奈は悪戯っぽく笑いながら教室を出た。
校舎を移るべく、中庭に差し掛かると、ユウキが一等大きな歓声を上げる。

『うっ、わぁ!おっきい学校だねぇ!』
「ふふっ、ごめんねユウキ、ホントは学校の中を案内したかったんだけど、昼休み終わっちゃうのよ」
『いいよ、授業見学するの、すっごく楽しみ!』
本当にうれしそうに声を上げるユウキに、アスナは小さく微笑む。弾む足取りで、次の授業にユウキを参加させる許可をもらうために、職員室へ向かった。
が、そこかしこの景色を見てはその都度歓声を上げていたユウキが、目的の職員室の前まで来ると急に静かになる。それどころか……

『はぁぁ……』
この重たいため息である。

「?ど、どうしたの?ユウキ」
『あ、えっと……その、ボク昔から苦手だったんだよね、職員室……』
あまりに深刻そうな声を出した後のその発言に、思わず明日奈は吹きだした。

『あぁ、笑ったあ!ひどぉい!』
「ふふっ、ごめんごめん、意外な……弱点?だったから。まー、でも大丈夫大丈夫、この学校の先生ってなんていうか……先生っぽくないから」
苦笑しながらそんなことを言って、職員室の扉を開ける。

「失礼します」
「し、しつれいしまぁす!」
自分の後に続いて挨拶をしたユウキにクスリと笑って、明日奈は目的の人物、次の現国の教師を探す。と、そこには、先客がいた。

「うん、いいでしょう、頑張りなさい」
「ありがとうございました」
差し出した書類を見て一つうなづいたその教師に頭を下げているのは、美幸だった。

「うん?おや、結城くん」
『ふぇ?』
「あっ」
「?明日奈?」
此方に気が付いた教諭が明日奈の名字を呼んだ途端に、自分の名前と勘違いしたのだろう。ユウキがそれに反応して声を上げる。つられたように美幸もこちらに気が付いた。

『あ!サチ!』
「えっ?あ、その機械……」
「あー、うん、そういうこと」
「……ふむ?どういうこと、なのかな?」
両手をすくめて問う教諭に、明日奈は苦笑しながら説明を始めた。
この、中等部の現国を担当するこの男性は、白髪が似合う初老の男性だ。
一度定年退職した後、この学校の設立に当たって募集された教師枠に手を上げ、再就職したのだそうだ。年齢は年齢だが、機械には十分に精通しており、校内各所に設置された各種端末を器用に操って見せる。
そんな相手なので、およそこの頼みごとにも抵抗は薄いだろうと予想していたのだが、それでもやはり、突飛な提案なだけに、話をする際は緊張した。が、大よそ明日奈の予想通り、教諭は湯呑を傾けながらうなづき、快諾してくれた。

「うん、いいでしょう。えぇっと?生徒さんの君は、なんと言ったかね?」
カメラに向けて微笑みながら、教諭が尋ねる。突然自分に振られたことに少し驚いたような声を出したユウキだったが、即座に元気の良い声で答えた。

『ゆ、木綿季、紺野木綿季です!』
「うん、木綿季くん、良かったら次からの授業も出てきなさい。今日からちょうど、芥川のトロッコをやるんでね、あれは最後までいかんとつまらんから」
『は、はぃっ!』
思わぬ言葉に明日奈自身も驚いたが、同時に喜んだ。やはりこの人に頼んでよかった。

「失礼しました!」
『しつれいしましたぁ!』
「ふふっ、失礼しました」
二人……いや、三人でそろって職員室を出ると、明日奈とユウキが同時にため息をつく。そんな様子を見て、美幸が楽しそうに笑った。

「よかったね、明日菜、木綿季さんも」
「ホントだよ~」
『うん、ありがとうアスナ!それにさ……あ、えっと』
「あ、そっか」
言い淀んだユウキに、サチが気が付いた。そういえば自分は、向こうの名前は彼女に教えたがこちらでは名乗っていない。

「えっと、改めまして。私は、美幸、麻野美幸って言います。呼びにくいようなら、明日奈もそう呼ぶから、サチでも良いです。よろしくね、木綿季さん」
言いながら彼女はカメラと向き合って、いつも浮かべる、小さくはにかむような可愛らしい笑顔を浮かべる。

『うん!よろしくお願いします!あのね、ボクも、ユウキでいいよ。「さん」なんて、なんだかくすぐったいから、さ』
「ふふっ、うん。ユウキ」

────

「それじゃあ、また後でね、明日奈、ユウキも」
「うんッ」
『後でねー!』
放課後を一緒に帰宅する約束をして美幸と別れた明日奈とユウキは、そのまま教室へと向かった。
教室に入ると、明日奈の友人達が肩の奇妙なマシンに首を傾げたが、ユウキの事情っ共に軽く説明すると、流石にこういう学校にいる生徒なだけに素早く事情を理解し、次々に自己紹介を始める、そんなこんなで本鈴が鳴り渡り、皆が席に付く。
教壇に立った老教師に日直の号令に従って礼をすると、明日奈の肩でもカメラが上下に動いた。
いつも通り始まった授業をいつも通りに受けるなかで普段と少し違ったのは、明日奈がユウキに見えるよう教科書となっているタブレット端末を少し高めに掲げて居たことくらいか、そんな授業の中……

「それじゃあ、初めから読んで貰いましょう。紺野木綿季さん、お願い出来るかな?」
「……はっ!?」
『は、はいっ!?』
危うくそのタブレットを落とし掛ける羽目になるほど、明日奈は驚いた。まさかいきなり、それも教師自らそんな発想をしてくるとは思いもしなかったのだ。

「無理かね?」
何という事もなく、初老の教師は訪ねた。それに明日奈が何かを答えるよりも前に、ユウキが答えた。

「よ、読めます!」
教師が生徒に指名をし、生徒がそれに答えた。こうなってはもう明日奈にはユウキに読ませる以外の選択肢はない。ユウキの代わりにその場で立ち上がると、彼女の視界に入りやすいよう、テキストをカメラの前に掲げる。

「よ、読める?」
ユウキの年は15歳、明日奈とは二つほど歳が離れているが、明日奈が受けているのは中学3年生の授業だ。学力に年齢的な差異はない、が、それでも明日奈は思わず訪ねていた。
ユウキ自身も緊張しているのだろう、ややふるえ気味ながらも、力の籠もったような声がスピーカーから響く。

「も、勿論。これでもボク、読書家なんだよ……?」
言って、一つ息を吐くと、ユウキはしっかりとした抑揚をつけながら朗読を始めた。

ハキハキと滑らかに前世紀の名文を読んでいくその声を聞きながら、明日奈は少しだけ目を閉じる。
胸のキャンパスに描き直した教室の風景の中には確かに、明日奈の隣に立って教科書を読む木綿季の姿が写し出されていた。

……いや、これは想像だけで終わる景色ではない。

近年、生命科学や脳科学など各種学問の発展に伴って、医学は凄まじい発展を見せている。極々近い未来には、HIVを根絶させ、AIDSを根治させる薬品が開発され、ユウキが現実世界に帰還する日が来るに違いない。その時には、この景色も現実の物となる。それだけではない、並んで共に学校へ通い、下校の時には他のみんなと共に――


『あの嬢ちゃんは、多分死ぬぞ』
「…………ッ」
――現実へと、引き戻された。

『お前が、頭のどっかで奇跡的に特効薬ができて嬢ちゃんのAIDSが治るとか期待してるんなら……その考えは捨てとけ』
その言葉が心の柔らかい部分を刃のように切り裂き。

『覚悟の話だ』
血を流させ

『その覚悟が出来ねーなら』
心を、壊死させようとする……

『あの嬢ちゃんにこれ以上深入りしとくのはやめとけ』

────

「うん、そこまでで良いでしょう」
『は、はい!』
「さて――」
気が付くと、教諭の制止と共に朗読は終わり、明日奈は殆ど条件反射的に席に座り直していた。

『ど、どう?……アスナ、変じゃなかった?』
「…………」
『?アスナ?』
「うんっ?あぁ、うん、大丈夫。ユウキ、凄く上手だったよ?」
『本当に?アスナ、ちょっとボーッとしてなかった?居眠りしちゃ駄目だよ?』
「私はそんな事したことありませんっ」
失敬な!とでも言いたそうに小声ながらもきっぱりと答えた明日奈に、ユウキはクスクスと笑って返す。勿論、からかわれたのである。

────

その後、六限も同じように授業を受けて、明日奈は約束通りにユウキに学校内を案内しはじめた、予想外だったのは、放課後であるにも関わらずかなりの人数のクラスメイトが付いてきたことか……

「はあぁ、つかれたぁ」
『面白かったねぇ!』
「ふふっ、お疲れ様、明日菜」
心底楽しそうに笑うユウキとは対照的に、クラスメイトに囲まれたことで物理的にそれなり以上に消耗した明日菜が中庭のベンチに腰掛けて呟くのを、どこかほほえましそうに美幸がねぎらい、自販機で購入したミルクティーのコップを手渡す。

「さっきちょっと見えたけど、十人はいたもんね、はい」
「ありがとう。もうみんな興味深々だったよ~ユウキもすぐ打ち解けてたし」
『みんなが良くしてくれたからだよ、ボクが一番楽しかったもん!』
ニコニコと笑いながら肩のプロープを見た明日奈に笑い返すようにうぃんと動いたカメラに同期してスピーカーからそんな声がする。その言葉に心底嬉しそうに微笑むと、彼女はミルクティーに口を付けて、ほぅ、と小さく息を吐いた。
空は少し冷たい風の吹く、冬の午後だ。少し早い放課後の校舎には、どこかで活動する野球部や吹奏楽部の声や音楽だけが遠く響き、静かな時間が流れていた。

『……あのね?アスナ』
「?」
不意に、ユウキが口を開く。

『今日は、ホントにありがとう。ボク絶対忘れないよ、今日の事』
「ッ……」
その言葉を、言葉通りの意味として受け取れたなら、どれだけ楽だろう?いや、あるいは言葉以上の意味など無いのかもしれない。ユウキにとっては、その言葉は真に言葉通りの意味を持つのだから。今日起きた出来事を、“生涯”忘れない、と。

「も、もう、何言ってるの?明日の授業だってあるんだから、三限が現国!遅れちゃだめだよ?」
「……うん」
わざと明るく言ってみたものの、自分の声が上ずる寸前のような気がして、不安になる。その気配を察されてしまったのか、あるいは単に偶然か、ユウキの返答はやけに静かだった。

「……ね、明日奈、ちょっと聞いても良いかな?」
「え?あ、うん」
隣に座った美幸が、沈みかけた雰囲気を立て直すように明日奈とユウキを覗き込む、

「そのカメラ、学校内じゃないと動かないの?」
「えっと、ううん。携帯の電波が届く場所なら、バッテリーさえ持てば大丈夫だってキリト君は言ってたよ」
「よかった!」
ぽんっ、と手を叩いた美幸は、いかにも良いことを思いついた、といった風な笑顔を浮かべると、カメラの向こうのユウキを覗き込んだ。

「なら、今日はユウキと一緒に帰れるね、ユウキ、外でどこか行ってみたいところとか、ないかな?」
「へっ?」
「あっ、そうだよ!外にも行けるんだもん、とりあえずバッテリーが持つんだったら、どこにでも行けるよ!?」
何も彼女と共にいけるのは学校内だけではないのだ。そう気が付いたとたん、明日奈は目を輝かせて言った。そして……

「じ、じゃあ……じゃあね……!」
どこか急いたようにして、ユウキが口を開いた。

――――

「…………」
そんな二人、否、三人を校舎の連絡通路から見ている涼人の姿があった。無言のまま、ただじっと彼女達を見るその瞳からは彼自身がどんな心境で居るのか、その感情を読み取ることは出来ない。

「……?ちょっと、桐ヶ谷君?」
書類を抱えて前を歩いていた杏奈が、訝しげな顔で彼に声を掛けた。その視線が、涼人の視線に誘導されるように下を向く。

「(結城さんと麻野さん……と、例の子か……)」
「……あぁ」
ユウキの存在は、今日校内中に噂になっていたことから、杏奈も知っていた。ややぶっきらぼうにそう言って自分に追い付いてきた涼人の隣を歩きながら、杏奈は問い掛ける。

「……何かあったの、彼女達と」
「……あん?なんだよいきなり」
努めて感情を感じさせない声色で、涼人が問い返した。どこかつまらなそうに無表情のまま、杏奈は歩き出す。

「別に。ただ随分と貴方にしては珍しい顔をしてたから」
「……意味が分からん、普段からこういう顔だろ」
「……はぁ」
若干辟易としたような表情でため息をつくと、彼女は苛立ったように即座に振り向いた。

「……なんだよ」
「少なくとも、普段の桐ケ谷君は彼女達のことをそんな目で見たりはしないわ。何なの?その人を憐れんでるみたいな目」
「……ッ」
反射的に何かを変えそうとして、しかし珍しく、涼人は言葉に詰まった。その様子にますます苛立ったようにして、杏奈は涼人をにらみつける。

「貴方の問題にも価値観にも物の見方にも私はたいして興味ないけど、少なくともその目は止めなさい、自分だけが物を達観して見れてるって思ってる、そんな自惚れ屋を見てるみたいで、イライラする」
そのまま杏奈は再び振り向くと、涼人を置いてつかつかと歩き出す。普段から杏奈は涼人と口喧嘩をするが、普段の彼女はこんなにも冷静に苛立ち、それを突きさすようにぶつけるような怒り方はしない。その所為だろうか、涼人には彼女を追うことも、言い返すこともできなかった。
いや……

「……図星かよ」
自分はあるいは、彼女の言う通り彼女たちのことを見下しているのだろうか……?人より少し違う経験をした自分の人生の上に胡坐を掻いて、尊く、幸せな時間を自分なりの精一杯で過ごしている彼女達を……?だとしたら……

「くそっ……」
吐き捨てるように言った自分への悪態は、無人の廊下の真ん中では、誰にも聞こえはしない。ただ、すでに遠く離れた杏奈が悔し気に、小さな声で言った。

「……らしくないのよ」

────

ユウキ、明日奈、美幸の三人が目的地である相鉄本戦、星川にたどり着いたのは、すでに五時半を回ったころだった。本当ならもっと早く付くところがここまで時間がかかったのは、学校からの通り道、中央線、山手線、東横線、相鉄本線と乗り継ぐ間に、何度もユウキの気になる物に寄っていっては近くでそれを見るといった寄り道を繰り返していたからだ。時間はかかったが、三人にとってはそれが楽しかった。
ユウキは何を見ても楽し気に反応してくれたし、明日奈と美幸の二人もそれに同調したり、簡単な解説を加えていったり、それが面白く、電車の中はともかく、それ以外の場所では周囲の目も機にせずプロープの向こうのユウキと会話しながら移動して行った。

ユウキが目指してほしいといった場所、神奈川県横浜市保土ヶ谷区は、横浜であるという事実を一寸忘れてしまいそうなほどに、緑と住宅街の目立つ丘陵地だった。元来、多摩丘陵の南東端に位置するこのあたりは、関東平野の中でも起伏に富んだ地形をしているらしい。
数年前に改修が終わったという高架化工事のためか、高い位置にある駅前のロータリー上の歩道橋からは、夕焼け色に染まった空がとても広く、澄んで見えた。

「きれいな街……」
「うん、良い所だね、ユウキ?」
冷たくも、どこか清らかに感じるそのその街の空気を吸い込みながら、明日奈は明るい調子でプロープに語り掛ける、が、それに答えたユウキの声は、どこか申し訳なさそうに聞こえた。

『うん……ごめんね、アスナ、サチ。ボクのわがままにつき合わせちゃって……その、二人とこお家の人とか、大丈夫?』
「ふふ、うん。さっきちゃんと連絡したから」
「私も!それに、遅くなるのなんていつものことだもん!」
明日奈も美幸も微笑んで答えたが、美幸の方はすぐに気が付いた、明日奈の言葉は真実ではない。彼女の家が門限(たとえ体が家にいるとしてもだ)に厳しいのは仲間内では有名だ。今は五時半、普段から六時にはログアウトしているし、六時半には食卓についていなければ彼女は母親から叱りを受けるはずだ。それを心配して視線を移したが、明日奈は美幸の視線に気が付くと、微笑んで小さくうなづいた。
それでも、ということなのだろう。美幸は微笑みを返すと、ユウキのナビゲーションに従って歩き出す。

目的地である月見台にたどり着くまでに、ユウキは何度も、これまでとは違う声色の声を漏らした。魚屋やパン屋、神社、郵便局、住宅街の、大きなレトリバーの居る家や、よく手入れされた楠がある家などを見て、嘆声を漏らし、一言、二言と呟いていく。
そんな風に歩いている内に、あるいは、初めからあった予測に、明日奈と美幸は確信を持っていた。ここは、かつて彼女が……紺野 木綿季と、家族が暮らしていた街なのだ、と。

『その先の曲がったところにある、白い、小さな家の前で止まって……』
そう言ったユウキの声は、小さく震えていた。月見台の坂を上り切ったあたり、葉を落としたポプラの立つ公園の前に、他の家と比べるとやや小さめな、けれど広い庭を持った家があった。白いタイル張りに緑色の屋根のその家は、青銅製の門扉によく見るとサビが浮き、玄関先のボロボロになった鉢植えに茶色く果てた植物があること、玄関先にも土埃が溜まっていることから、そこに住む家人が、もう家に戻らなくなって久しいのだとわかる。

当然だ、かつてこの家に暮らしたのであろう家族はすでに一人を残すのみとなり、その一人も、もはや病院の無菌室から出ることはかなわないのだから。
左右の家からあたたかな団らんのオレンジ色が漏れる中吹いた冷たい冬風が、どこかそのさみしさを訴えてくるこの家の悲嘆の声のようで、美幸は無意識に胸の前で手を組んだ。

「ここが、ユウキのお家なんだね……」
『うん……もう一度、見られると思ってなかった……』
プロープの銀色の基部に優しく触れながら言った明日奈の言葉に、震えた声でユウキが答えた。すぐ目の前の公園の石垣に並んで腰かけ家の全景がカメラに入るようにすると、三人はしばらくだまって、その家を見つめていた。夕日の残照が、空を最後の暁色に染めて消えていく。ユウキは少しすると、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

『この家で暮らしたのは、ほんの一年足らずだったんだけど、でも、あの頃の一日一日のことは、ホントに、よく覚えてるんだ。ここの前はマンションに住んでたから、僕も姉ちゃんも庭が有るのがうれしくてさ、ママは感染症を気にしてあんまりいい顔しなかったけど、いっつも姉ちゃんと走りまわって遊んで、遊び終わったらママがクレープを焼いてくれた。ボクも姉ちゃんも、ママのクレープが大好きだったよ』
「クレープ?」
美幸が問い返すと、ユウキは嬉しそうに返した。

『うん!ママの十八番。色んなクレープの作り方を知ってたんだよ、果物とクリームの普通のとか、ハムとチーズのとか、オレンジのシロップに浸したのとか!』
「わぁ……すごいね、私まだシュゼットしか作ったことないや……」
「私なんかクレープなんて作ったことないよ~」
美幸の言葉に、明日奈が残念そうな声で答えて三人の間で朗らかな笑い声が起こる。ひとしきり笑って、ユウキの話は続く。

『他にも、そこのベンチでバーベキューしたり、パパと本棚作ったり、楽しかったなぁ……』
「バーベキュー……サチは、したことある?」
「うん、東北に住んでた頃、りょうと、しーちゃんと一緒にみんなで、りょうがお肉ばっかり食べるから、おばあちゃんに野菜も食べなさいって怒られてたよ」
『うひゃ、それウチではボクだったよ、ママがいっつもいうんだ、ピーマンとかナスも食べなさいって』
やや不満げに、けれど懐かしそうに言うユウキに、明日奈はほほえましさを感じて笑うと、少しばかり目を細めて言った。

「私の家では、そういうの無かったなぁ……」
明日奈の家には、十分すぎるほどに広い庭がある。けれどその庭で、母や父、兄と遊んだという記憶は明日奈にはなく、いつも一人で遊んでいた記憶だけがあった。だからなのだろうか、二人の話から見えるその景色は、深い憧憬となって彼女の胸を打った。

『あ、じゃあ、今度アスナのホームでバーベキューパーティしようよ』
「ほんと!?よーし、じゃあ、シウネー達も私の友達もみんな読んで思いっきりやろう!」
「あはは……沢山お肉用意しないとだね」
『ジュンとタルケンがめっちゃくっちゃ食べるから、ホントにそうした方がいいよ~?』
「えー?ジュンはともかく、タルケンも?そんなイメージないけどなぁ……」
そんなことを話していると、不意にユウキは思わず、と言った様子で少しだけ寂し気な声を出した。

『でもさ、この家、取り壊されちゃうんだって』
「えっ……?」
「どうして……」
戸惑ったような二人の声に、ユウキは少し空元気を絞るように、あえて明るい声で答える。

『コンビニにするとか、更地にして売るとか、なんか、いろいろなこと親戚中みんなで言ってるみたいだけど……どちらにしても、この家は壊されちゃうんだってさ。ほんとは、パパの遺産でしばらくは残してほしいってお願いしたんだけど……ダメみたい。だから、その前に一度見に来たかったんだ』
そう言ったあと、明日菜の方のカメラからは、サーボ音が幾度も聞こえてきた。家の各所を、細かくズームしてみているのだろう。ユウキの思いがその音から伝わり、明日奈は反射的に思ったことを口に出してしまっていた。

「……じゃあ、こうしたらいいよ」
『?』
「ユウキ、今十五だよね?十六歳になったら、好きな人と結婚するの。そしたら、その人がずっとこの家を守ってくれるよ」
「あ、明日奈!?」
「え?……あっ」
美幸に突っ込まれてから、自分がかなり素っ頓狂なことを言っていることに気が付いた。結婚などと言う人生の一大決心を手段として出したこともそうだが、そもそもユウキに好きな人がいるとして、それはほぼ確実にスリーピングナイツの誰かだ。しかし彼らは全員重病疾患患者なのだから状況は余計に複雑になるし、そもそもユウキや相手の気持ちや事情も結婚にはかなり関係してくるのだ。
しかしそんな明日奈の頭の回転をよそに、ユウキは急に大声で笑い始めた。

「あははははは!!アスナ、すっごい事考えるねぇ、それは思いつかなかったなぁ……おばさんは遺言状かけ~なんて僕に行ってたけど、遺言じゃなくて婚姻届けなら、うん!ボクも頑張って書こうって気になれるかも!!──でも残念だけど、肝心の相手がいないかなぁ」
笑いながらもそんな事を言うユウキに、明日奈は苦笑して返す。

「そう?ジュンとか、いい雰囲気だったじゃない?」
「えー、ダメダメあんなお子様じゃ……うーん、そうだねぇ……あ!なら、リョウさんとか良いかも!強いし、カッコいいし、頼りになりそうだし!!」
「ぅえっ!!?り、リョウ!?」
「○×▼□!!!?!?」
明日奈がいきなり大声をあげ、同時に美幸が意味不明な悲鳴じみた声を上げた。
いやまぁ、確かに彼は頼り甲斐があるというか何だかんだいろいろなところで助けてくれる男なのは確かだし、ユウキのこともすでに一度助けている上に彼ならこの家をしっかりと守り通してくれるだろうが、いやしかし彼は色々とガサツなところがあるしそもそも恋愛を「は?しらん」の一言で流しそうな朴念仁で、その所為でサチの気持ちにも、というかそうだそもそも彼はサチの思い人で……そんな明日奈の動転を、ユウキの愉快そうな声が再び遮った。

『あはは!ごめん、冗談だよ。だってリョウさん、サチの大切な人でしょ?』
「うぇ!?あ、ぅ、うん……」
自分に振られたサチが、手をモジモジと指せながら戸惑ったような照れたような声で小声を返す。その様子を面白がっているのか、あるいは可愛らしく感じているのか、ユウキはさらに続けた。

『ボク、まだ普通の恋愛もしたことないから、さすがに略奪愛っていうのはちょっとな~』
「り、略奪……!?」
「ゆ、ユウキ、そういう言葉どこで知ったの?」
『え?ねーちゃんが言ってたんだよ、略奪愛っていうのも愛なのかなって』
「ゆ、ユウキのお姉さんって……」
「もう、ラン……」
若干頬を染めながら、二人の女子高生がうつむきため息をつく。そんな二人の様子に楽しそうに笑って、ユウキはもう一度家の全景を見渡すようにカメラを動かしながら言った

『昔ね、ボクや姉ちゃんが薬を飲むのがつらかったり、苦かったりして泣くと、ママがいつもイエス様の話をしてくれたんだ。イエス様は、ボクたちに耐えることのできない苦しみはお与えにならないって。日曜日なんかにもお祈りに行ったりしてさ……でも、ママと姉ちゃんと一緒にお祈りしながら、ボクはほんとはちょっと不満だった。ボクは、聖書じゃなくてママの……ママ自身の言葉で話してほしいって思ってたんだ』
空は暁と菫の色から濃紺へと変わりはじめ、一番星が朱く光り始めていた。

『でも、今この家をもう一度見て、わかったんだ。言葉じゃなくてママはずっと気持ちでボク達を包んでくれてた。ボクが最後まで、前を向いて歩いていけるように、祈ってくれてたんだって……やっとわかったよ』
白い家の窓際に、ひざまづいて星空に祈りをささげる女性と二人の少女が、明日奈にも見えるような気がした。どこか手が届きそうなその星空を眺めながらいつの間にか、明日奈は自分の中にずっとわだかまっていたものを吐き出し始めていた。

「私もね……もう、ずっと母さんの声が聞こえないような気がする……ううん、聞こえないの。向かい合って話していても、私の言葉も伝わらない、母さんの心も伝わってこない……本当に話してるのかも分からなくなっちゃうの……」
「明日奈……」
以前に話を聞いていた美幸が、気を遣うように視線を向けた。こぼれた言葉が、夜空に溶けていく。

「ユウキ、前に言ったよね?ぶつからなければ伝わらないこともある……って。どうしたらそんな風にできるかな……どうして、そんなに強くいられるの……?」
聞いたユウキはというと、どこか戸惑ったように言った。

『ボク、強くなんかないよ……?』
「そんなことない、ユウキはいつも、誰と向き合ってても、すごく自然に見えるよ。私はいつも、人の顔色を窺って、尻込みしてばかり……」
『うーん……』
少しだけ眼が得るように唸ったユウキはしかし、直後にどこか自嘲するように言った。

『でもね……ボクも現実世界にいたころは、自分じゃない自分を、いつも演じてたような気がする』
「えっ?」
『なんとなく、分かってたんだ。パパとママは、ボクと姉ちゃんに心のどこかでいつも謝ってた。だからボク、パパとママの為に、何時も元気でいなきゃ、病気なんか、へっちゃらでいなきゃ、って思ってた……だからこっちの世界にきてからも、そんな風にしかふるまえなくなっちゃったのかも』
「…………」
『ホントのボクは……もしかしたら、世界中何もかもを恨んで、毎日泣き喚いてるような……そんな子なのかもしれないよ』
「……ユウキ……」
『でもね?ボク、演技でも良いって思うんだ。たとえふりだけだったとしてもさ、それで笑顔でいられる時間が増えるなら、全然かまわないじゃないって、さ。ボクの時間って、もうあんまりないから、遠くから、気持ちの端っこを突っつき合ったり、する時間がもったいないって、どうしても思っちゃって。だから最初からどーんっ!ってぶつかっていってさ、それで嫌われてもいいやって思うんだ。その人の心の近くまで行けたことには、変わりはないから』
それは、ユウキ自身がだれかに教わったことだったのか、あるいは、彼女の経験から来る言葉だったのか。そんな風に感じさせるどこか懐旧に近い響きが、ユウキの言葉にはあった

「……うん、そうだね……ユウキがそうしてくれたから、私達こうやって、こんな短い時間で仲良くなれたんだもんね……」
『んーん、それは違うよ。それは、アスナたちのおかげ』
「え……?」
『アスナがボクを追いかけてきてくれて、サチやリョウさんがアスナを連れてきてくれたからだよ……』
「クス……ううん、それなら、それは私達じゃない。明日奈のおかげだよ?明日奈、ホントに一生懸命だったから」
『そうなの?……そっかぁ……』
クスリと笑って美幸が明日奈のほうを見た。戸惑ったような様子の明日奈に、ユウキは嬉しそうに尚も言った。

『昨日、モニタールームのアスナを見て、声を聞いてたら、アスナの気持ちがすごく伝わってきたんだ……この人は、病気の事を知っても、それでもボクにもう一度会いたいって思ってくれるんだって分かって……ほんとに、嬉しかったんだよ、泣いちゃいそうなくらい』
少し恥ずかしそうに言うその言葉は、彼女の言葉が心からのものであることを伝えていた。ほんの一瞬言葉を詰めてから、ユウキは続ける。

『だから……お母さんとも、あの時みたいに真っすぐ話してみたらどうかな……?気持ちって、伝えようとすればちゃんと伝わる者なんだって思うよ?』
「…………」
それでも、ほんの少しの気後れが、明日奈の心を迷わせた。黙り込む彼女に、ユウキは今度は明るく続ける。

『……大丈夫!アスナはボクなんかよりずっと強いもん、ほんとだよ!』
自分が、強い。
彼女の言葉にふと美幸を見る。いつものようにやわらかな、けれどどこか強い意志を持って、彼女はユウキに同意するようにコクリとうなづいた。

「ユウキ……」
『アスナがどーんっ!ってぶつかってきてくれたから、ボクはこの人にならボクの全部を預けられるって、そう思えたんだ』
「……ありがと……ありがとう。ユウキ……」
彼女の言葉が、暖かい力……勇気となって、胸にしみこんでいくのを感じる。
完全に日が沈んだ夜空には、都心の強い人口の光にも負けない星たちが、キラキラと瞬いていた。

────

「それじゃ、また明日ね、ユウキ!」
『うん!また明日!気をつけてね!』
「うん、ありがとう」
星川駅に戻ったところで、プロープのバッテリー残量アラームが鳴った、
ユウキと挨拶を交わして別れ、美幸と明日奈は東横線に乗って都内へと戻る、乗ってから、20分ほどが経過しただろうか?唐突に、美幸がこんなことを言った。

「あの、アスナ……ちょっとだけ、聞いていいかな?」
「え……?どうしたの?」
少しばかり不安そうな、どこか影のある声色だった。明日奈は少しいぶかし気な顔になると、首を傾げる。

「ホントは、今聞くのはよくないかもって思ったんだけど……アスナ、昨日ウチから変える時……リョウと、何かあった?」
「ッ……」
これが恋愛小説や何かなら、それは何かしらの修羅場の始まりを意味するセリフのように聞こえなくもない、しかし今の明日奈にとってはその言葉は全く違う意味を持つ。
「なにかあったか」と言われれば、あった。昨日涼人に言われた一言一句は、今も明日奈の心を杭のように縫い付け、痛めつけているのだ。
しかしそれを目の前の少女に相談して良いのかどうかに、一瞬だけ彼女は躊躇う、彼女は涼人のことを心から慕っている、そんな彼の、聞きようによっては心無いともとれる発言を彼女に伝えてしまっていいのか、美幸の心が、自分と同じように、ユウキへの気持ちと涼人への気持ちで板挟みになってしまうのではないか……そう感じたからだ。しかし……。

「……明日奈……」
その思考を、ほかならぬ美幸が遮った。

「お願い、話して、ほしい……」
「……サチ……」
躊躇いが意味のない事であることは、この言葉によって知れてしまった。彼女は覚悟をした上で、そして何より、何かしらの予想をした上で何かがあったのだと確信して自分に語り掛けている。ごまかしは通じない。

「……じつは……」
「…………」
明日奈は昨日車の中で会ったことを包み隠さず、かいつまんで美幸に話して聞かせた。話すうちに美幸の顔には、二つの表情が浮かんだ。一つはやはり、という確信の表情。そしてもう一つは、どうしようもない、後悔の表情だ。

「私、リョウに絶対言っちゃいけない事言っちゃったよね……リョウの言ったこと、納得はできないけど……それでもそのことだけでも、ちゃんと、謝らないと……」
「……違うの……」
「えっ?」
ただ、話すうちに自分の中でも湧き上がってきた後悔に痛みを感じた明日奈は、その言葉を聞き落としそうになってしまうほどに、集中していた。だから、彼女の表情の変化には、気が付くことが出来なかった。

「違うの……アスナも、リョウも悪くない……悪いのは……私だから……私の、所為だから……」
「……え?それ、どういう……」
[間もなく……中目黒……中目黒です]
問い返そうとしたところで、アナウンスが美幸が降りる駅の訪れを告げる。結局電車を降りるその瞬間の別れの言葉まで、美幸はそれ以上一言も言葉を紡ぐことはなかった。

────

「…………」
長く乗っていた列車を降り、ようやく最寄り駅である宮の坂駅についた後も、明日奈は美幸の言葉の意味を考えていた。

“自分の所為だ”と彼女は言った。しかしあの会話はあくまで涼人と自分の間だけで起こっただけであり、彼女は関係ないはずだ……いや、まて、確か涼人はあの時……?
思考がまとまりかけた時だった、不意に、自分の右前方に、車が停車した、見覚えのあるその車の窓がするすると開くと、中からこれまた聞き覚えのある声が、彼女を呼び止めた。

「明日奈、今帰りか?珍しく遅かったな?」
「え?……兄さん?」
それは明日奈の兄である、結城 浩一郎の声であった。
 
 

 
後書き
はい!いかがだったでしょうか!?

原作でも、アニメでも、ユウキの思想、価値観、そして明日奈との深い絆が情景豊かに描写されていて素晴らしいシーンでしたね。僕自身このシーンが大好きで、特にユウキの「嫌われても、相手の心の近くに行けたことに変わりはない」という言葉は、彼女自身は否定していたユウキの「強さ」を今でも強く印象に残してくれています。

終わりには少しばかり伏線(?)を仕込みまして、今回は締めさせていただきます。

では! 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧