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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第1章始節 奇縁のプレリュード  2023/11
  7話 互いの進む先

「ん~、やっぱり久々の外は良いわね!」


 身体を伸ばしつつ吐息を漏らしながら、グリセルダさんが宣うあたかも出所直後のような台詞を聴き、メニューウインドウに表示されるデジタル時計の時刻を確認する。
 現在の時刻は午後一時。門番を撃破し、一悶着の末にダンジョンの扉が開いたのが午前十時より少し前くらいだったと記憶している。意外にも短期決戦であったようである。


「およそ三時間ってところか」


 ダンジョン滞在時間のうち四分の一はグリセルダさんからの説教によるものなのだが、無用な火種を掘り起こすのは避けたいので黙止を決め込む。
 しかし、慣れない戦闘もあってそれなりに疲労は蓄積したのだろう。女王のLAで見せた機転と思い切りの良さは、ともすれば彼女の強みになりそうに思えるが、何も見出した才能を性急に磨き上げることなど望みはしない。無理せず確実にレベリングと装備を整えていけば、きっと前線でも指折りのプレイヤーに食い込める。今は十分に休養を摂ってもらいたいものだ。


「あら、そんなものしか経ってないのね。もっと掛かってたような気もするけれど」
「それだけ集中していたんだ。今度は旦那さんや、ギルドの人と攻略できるようなクエストを新しく仕入れておくから楽しみにしておいてくれ」
「ええ、そして近いうちに最前線まで上り詰めた時は、今度こそ力になるわよ」
「………そうだな。レベリングも楽しくなりそうだ」


 意気込みを見せるグリセルダさんは、不思議と歳不相応に微笑ましい。これから先、彼女やそのギルドの仲間と戦列を築くときが来るならば、それはお世辞を抜きにして待ち遠しい。いや、グリセルダさんにはそれに足るセンスがある。時間さえあれば、彼女は確実に前線でも指折りの剣士として名を馳せるはずだ。
 そもそも、俺達が前線に残るためにキバオウが提示してくれた条件だった。最前線をひた走るプレイヤー達とは趣を異にする俺達は、聖竜連合の批難の矢面に立たされることも少なくはなかった。それでも、情報を秘匿しなかったことについて一定の評価をくれていたキバオウは、俺を庇うような素振りを見せてくれた。
 二十五層、最初のクオーターポイントにおいて《ALS》は多くの精鋭を死亡させてしまい、甚大な被害を被ってからは最前線から身を引いた。それからは《血盟騎士団》と《聖竜連合》の二枚看板が前線を席巻しているが、それに伴い最前線のプレイヤーに何ら恩恵のない隠しクエストや隠しダンジョンの発見は貢献として見られないようなことが度々起こるようになった。高レベルプレイヤーを多く擁する血盟騎士団からの冷ややかな溜め息や、エリート志向からレアアイテム至上主義へと推移した聖竜連合からのあからさまな讒言さえ聞くこともある。それでも隠しコンテンツに挑み続けているのは、やはりキバオウへの恩義があるからかも知れない。


――――まあ、前線で役に立つ情報やったら一番なんやけど、そればかりは高望みっちゅうもんや。
――――坊主が駆けずり回って見つけよる、その情報のおかげで中層プレイヤーは効率的に強うなれるんやで。
――――うちの若いのも感謝しとった。いうても、攻略本は匿名やけどな。それでもやつら、よう目ぇ輝かしよるんやわ。
――――こん情報取ってきた人のために、絶対に最前線に行ったるんやー、ってな。あの言葉、全然関係ないのにワイもホンマ嬉しかった。

――――せやから、その………なんや…………いつも、おおきにな。


 いつかのボス攻略会議の後の、珍しくキバオウから切り出された会話。
 周囲の罵詈雑言、果てはプレイヤーとして器用貧乏なスタイルの俺はボス攻略から追い出されるかという瀬戸際にあって、彼は俺の有用性を主張して助けてくれたあと、いつもはモスグリーンの集団と揃って帰っていくところを、その時だけは人気のないバーで慰められた。聖竜連合からあらぬ嫌疑を向けられるリスクさえ度外視した行為に、当時の俺はただその真意を素直に認めることもなかった。そんな一幕の記憶。
 どうして今更そんな事を思い出すのか。なぜ今頃になって彼を思い出すのか。それを理解する頃には目の前に居る女性プレイヤーは俺の頭を抱き締めていた。


「いや、どうしたらこうなるんだ?」
「………仕方ないじゃない。貴方が突然涙なんて流すんだもの。私だってどうしたら良いのか分からなくて………気付いたら、こうなってたのよ………」


 聞いている俺が赤面しそうなくらい震える声で、恥ずかしそうに言われる。言葉の末尾に至っては尻すぼみもここに極まれりとばかりに、まさしく蚊の鳴くような音量だった。
 それにしても、全く以てSAOの感情表現(エモーショナルエフェクト)は杓子定規で困る。そもそも人の感情をデータで表現するには未だ障害も多かろうに。おかげでこのような弊害が発生する始末だ。


「貴方もいろいろ抱えてるのかもね。私も、関係の浅い相手にアッサリ弱いところ見せちゃうときだってあるから、その気持ちはなんとなく分かるわ。付き合いが長い所為で打ち明けられないことだってあるもの」


 経験の差というものだろうか。やはり年長者から聞く発言は重みが違うように思えた。
 しかし、頭を抱えていた手が後頭部を撫で始めたところで、そろそろ俺も羞恥心で居たたまれなくなる。意識を止水の域にまで鎮め、開眼し、一言。


「………ありがとう。もう大丈夫だ」
「良いのよ、このくらい。まだ若いんだから、少し気が緩むくらい誰にだってあるわ」


 妙なリアクションはない。どうやら赤面だけは回避したらしい。やはり感情エフェクトはある程度制御は出来るようだ。


「でも、無理はしないでね。独りで抱え込んじゃダメよ」
「分かった。何かあったら相談するから、その時はまた話でも聞いてくれ……今は、もう少しだけ頑張ってみる」


 もしかしたら、ただ怖かったのかも知れない。
 キバオウの激励に意味を見出せず、ただの同情の為だけに発せられたその場凌ぎだったのではないかと疑っていたこともあったし、前線から排斥された後にヒヨリを引き抜こうとするギルドだって少なくはなかった。縋る相手などいないと思い込み、ましてや前線で戦い続ける理由(ヒヨリ)まで奪われそうになった恐怖は、斯くも俺を消耗させていたのだろうか。
 しかし、最前線にはおらずとも攻略を目指すプレイヤーは間違いなく存在するのであって、彼が言おうとしていたのはまさしくグリセルダさんのような誰かのことであるのは理解していた。それでもこうして目の当たりにしないと認めようとさえしなかった。どんなにキバオウやヒヨリやクーネ達が助けてくれたのに、俺は仲間に自分の《疲弊》を見せる事が、助けを求めることが出来なかった。

――――本当に、どこまでも情けない。

 思わず零れた自嘲の笑いは、それでもこれまで吐いた溜息よりずっと気が楽に感じた。
 

「ま、これでお互い何かしら整理がついて良かったわ。それに意外と、歳の離れた間の友情ってもの成立するのね」
「自分から友情とか言われると、すごい否定したくなるが………そうなんだろうな。そういうのもあるんだろう」


 偶然フィールドで会って、モンスターに襲われていたから助けて、成り行きでクエストを一緒にクリアした。俺の中ではまだ実感がないから頷いて答えることは難しいが、フレンド登録まで済ませていれば、あながち否定はしづらい。ヒヨリだったら、こういう時は素直に受け入れてしまえるのだろうか。本当に、羨ましい性格だと思う。不覚にも、俺もそう在りたいと思わされるところがまた癪だ。


「じゃあ、そろそろ戻りましょうか」
「俺も情報屋にクエスト情報を渡しに行かなきゃいけないし、次の仕事もある」
「私も、旦那に分かってもらえるよう頑張ってみるわ。じゃないと、せっかく教えてもらった情報が無駄になっちゃうし」
「頼むから無駄にしないでくれよ」
「分かってるわよ。なんたって私の旦那さんなんだから」


 それは果たして自信を持ってよいのだろうか。
 グリムロックさんとやらの為人(ひととなり)を知らない俺にとっては返答に困るところだが、深い追求は無意味と悟る。旦那さんを説き伏せるのはグリセルダさんの役目だ。俺がまだ見ず知らずの彼について伝聞の情報を知ったところで何も始まらないし、この事についてはグリセルダさんの裁量を信じる他ない。


「………っと、そう言えば、スレイド君は知り合いにお針子さんなんているかしら?」


 ふと思いついたように、顎に指を当てたグリセルダさんが問いかけてくる。
 心にあった清涼な余韻は押し流されるが、されど友人の質問を蔑ろにする事も出来ない。
 

「布系防具を着ていれば嫌でも世話になるからな。それなりに知ってると思うぞ」


 金属防具であれば《鍛冶師》で剣ごと修繕を依頼できるが、布系の装備はそうも言っていられない。
 ヒヨリも取得している《裁縫》スキルを習得しているプレイヤーはごく僅か。故に、お針子として商売人の域に達しているものの奇人変人(キワモノ)に属する《アシュレイ》や《ローゼリンデ》、性癖に難のある異常者(変態)だが付き合いの長い《リゼル》には世話になることも少なくはない。客が職人を選べない業界。それが《お針子》である。


「だったら、一つお願いを聞いてもらいたいの。厚かましいような気もするけれど、いいかしら?」
「どうせ装備の修繕を頼むところだったから構わないけれど、何をすればいい?」
「ふふ、やっぱり持つべきは親友ね。これを白系統に色彩変更(カラーリング)してほしいのよ。それとこれは一旦預かっておいて」


 いつの間に親友へ格上げされたのやら、考える間もなく渡されたのは女王のLAボーナスである漆黒のシースルーなベールと、クエストリワードである《クルジーン》が手渡される。
 やはり単純な黒の色彩はお気に召さなかったとなれば、思い切った変更は理解できなくもない。それでもクルジーンを渡される意味は、俺が解き明かすには困難を極める。それだけで真意に辿り着くとは分かっていながらも、ただひたすらに二品を凝視する俺に笑いを零したグリセルダさんが再び話し始める。


「私達、まだ結婚式っていうのをやってないんだ。こんなところだけど、こうして親友と出会って真面目に旦那とも向き合えそうなわけだし。そこで今しかないかなって思ったわけよ」


 この先、花畑みたいな層が有効化(アクティベート)されれば文句無しね。などと、悦に入ったグリセルダさんは一人呟く。思い立ったが何とやらを地で行くような彼女の生き様には感服させられるが、しかし無計画なように思えてならない。こういうことは、一人で浮足立っても良い様にはならないような気がするのだが。


「思ったわけよ、じゃないだろ。染色したあとのアイテムはどうするんだよ?」


 まさかグリセルダさんから「結婚式しようぜ。お前、新郎な!」などと言いだすわけではあるまい。
 ただでさえベールはレアアイテムに属する。クルジーンだって、クエストを周回すれば無数に手に入るだろうが、それでも難易度的に決して容易に入手できる武器ではない。そんなアイテムを簡単に出されれば、旦那さんのプライドはどうなってしまうのだろうか。


「だから預かってて欲しいんじゃない。旦那がやる気を出してくれたら、スレイド君から私達に渡してほしいの」
「そういうのはギルドの仲間に頼れないのか………」
「だって、そんなことしたら足がつくでしょ。ストレージだって共有してるんだから私はもう論外。それに、貴方が仲人(なこうど)をしてくれれば私が嬉しいし」


 頼られていると思えば聞こえはいいが、果たして俺で大丈夫なのだろうか。
 いや、考えても無駄か。グリセルダさんのことだ。なんだかんだでどうにかしてしまうだろう。


「あまり高望みはしないでくれよ」
「大丈夫よ。こういうのって、気持ちがモノを言うんだから」
「自分からワガママに巻き込んでおいて気持ちも何もないだろう」
「でも、助けてくれるんでしょ?」


 悪戯っぽい笑顔で、問いかけられる。
 まったく、上手いこと掌で踊らされているような気もするが、そう思うと敗北感が込み上げるので、面倒な思考は放棄する。


「………まあ、そういうのも悪くないな」


 面倒事に巻き込まれながらも、嫌な気はしない。
 少しだけ楽になったから安心したのか、友人と気が合ったことが嬉しいのか。

 ………どちらにせよ、もう少しだけ頑張れるという思いだけは、嘘ではなかった。 
 

 
後書き
ダンジョン脱出、ほんのり回想、キバオウさん善人疑惑回。


スレイドの立場は、詳細に説明すると細かくなりすぎて大変なので簡単にまとめると、聖竜連合からも血盟騎士団からも良く見られていない状態であります。
迷宮区攻略という分かりやすい貢献をしていないだけに、周囲の圧力は凄まじいものがあったんだと思います。
それでも彼の仕事の重要性を説いて後ろ盾になってくれたキバオウさんや、泣いちゃったスレイドを何も聞かずによしよししてくれたグリセルダさんは、このお話の中では屈指の良い人になるかも知れないですね。

ちらっと名前だけ出たオリジナルお針子プレイヤー《ローゼリンデ》さんはそのうち出ます。
このお話の中では屈指の地雷キャラになるかも知れないですね(震え声)


次回、更新はいつになるんですかね………



ではまたノシ 
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