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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五十話 それぞれの思惑(その1)

■ 帝国暦486年4月20日   フェザーン アドリアン・ルビンスキー


「それで、フリードリヒ四世は持ち直したのか」
「はい、昨日国務尚書リヒテンラーデ侯が帝国全土にフリードリヒ四世の快癒を通達しました」

残念だな、と俺は思った。フリードリヒ四世は意識不明のまま約十日、意識回復後さらに十日ほど安静状態にあった。あのままフリードリヒ四世が死に、帝国内で後継者争いが発生してくれれば良かったのだ。最近の帝国の攻勢に対して同盟はいささか押され気味だ。

帝国が一、二年程度混乱することは同盟だけでなくフェザーンにとっても望ましい事だった……。いや、フリードリヒ四世が死んでも混乱が生じただろうか? 皇帝不予、その時点で内乱が発生してもおかしくなかったはずだが混乱は生じなかった。あの若者が生じさせなかった……。焦るな、今回は混乱が生じなかったが次回はどうなるか判らん、火種は残ったままなのだ。

「ボルテック、ヴァレンシュタイン少将の事はわかったか」
「少将が何故遠征軍に参加しなかったかですが……」
ボルテックの歯切れが悪い、こちらを伺うような眼をする。あまり収穫はないか。

「二つの説があります。一つは宇宙艦隊司令部内で他の参謀の嫉妬を買ったためだと言われています。そのため追い出されたと」
「それは無いな。ミュッケンベルガーがそのような事を許したとは思えん」
もう少しましな話をもってこい。

「もう一つは、健康上の問題だそうです」
「?」
「ヴァレンシュタイン少将は病弱のようです。前回のイゼルローン要塞攻防戦、今回のオーディンでの治安維持、その両方で体調不良を訴えております」
体調不良か……本当にそれが理由だろうか? うがった見方をすれば、万一のためにミュッケンベルガーが彼をオーディンに残したとしか思えんが……。

「ヴァレンシュタイン少将について、もう一つ気になる情報があります」
俺の気を引くような言い方が少し気に障ったが、彼への関心がボルテックへの不快感を抑えた。
「それは?」

「今回、帝国軍で最も活躍した指揮官、ラインハルト・フォン・ミューゼル中将ですが、彼をミュッケンベルガー元帥に推挙したのがヴァレンシュタイン少将だそうです」
「……」
「さらにミューゼル中将の参謀長、ケスラー准将ですが、彼もヴァレンシュタイン少将が推挙しています」
自分の代わりというわけか。しかしミューゼル中将? 何処かで聞いたような気がするが

「ボルテック、ミューゼル中将とは?」
「ラインハルト・フォン・ミューゼル中将、グリューネワルト伯爵夫人の弟です」
「なるほど、姉の引きで出世したというわけではないか。帝国は若い人材が育ちつつ有るな」

世代交代が上手く進むようだと帝国の勢いは止まらんな。但し皇帝の後継者問題をどう解決するか、その問題が残っている。

「それにしても今回、帝国は大胆な手段で危機を回避したと思いますが」
「元々帝国にはそれが可能なのだ」
「といいますと?」

ボルテックは物問いたげな表情だ。説明してやるか。しかし、これが判らぬようでは自治領主の地位は無理だな。或いは判らぬ振りをしているのか、それならば中々のものだ、楽しめるのだが。

専制君主制では皇帝、寵姫、側近など個人に権力が集中しやすい。そのため、今回のように皇帝が倒れると権力者達の基盤が崩れ、混乱が生じる。しかし同時に専制君主制の利点は大胆な人材の抜擢が可能だと言う事だ。今回の帝国はその抜擢によって混乱を回避した。そういう意味では専制君主制とは暴君などが出る危険性は有るが非常に弾力性に富んだ政治体制だと言える。専制国家が時折急激に国力を増強させる事が有るのはその所為だ。

一方民主共和制だがこちらは個人に権力が集中する事はない。そのため帝国で起きるような混乱が生じる事も暴君が出る事もないが、その反面専制君主制における大胆な人材の抜擢は民主共和制では期待出来ない。つまり安定性は有るがダイナミズムには欠けるのだ。

そのため民主共和制では余程のことが無い限り急激な国力の増強もないが、低下もない。ま、結局はそれぞれの政治制度を有効活用できる人材がいるかどうかだ。今回の帝国はその人材に恵まれた。そうでなければ大規模な内乱が発生していただろう……。

俺の説明を聞いたボルテックは納得した表情をしていた。ボルテック、頼むから俺を失望させるなよ。

「ところで、同盟軍のほうだがロボス司令長官の後任はどうなった?」
「はい。今現時点で三人の候補者が出ています。先ず、第一艦隊司令官クブルスリー中将、それから国防委員会情報部長ドーソン中将、最後に統合作戦本部長シトレ元帥です」

「? シトレ元帥? 」
「はい、異例では有りますが本人がそれを望んでいるようです」
「……」
「どうかしましたか?」
「同盟も侮れぬ、自ら第二線に立つ事を希望する人間がいるとはな。まして頂点にいるシトレ元帥が自ら格下の司令長官に就くか」

常識ならクブルスリー、非常時ならシトレということか。ドーソンは政治家どもの駒だな。誰を選ぶかで同盟の政治家たちの質がわかるということか。なかなか楽しませてくれるではないか……。

もし同盟の政治家達がドーソンを選ぶようだと同盟の先行きは危うい。帝国、同盟、フェザーンの勢力バランスが崩れる事も有るかもしれない。そろそろフェザーンは新たな道を探る必要が有るかもしれない。総大主教に話すのは……まだ早いだろう……。

「ボルテック、同盟に今回の帝国の騒動、それとヴァレンシュタイン少将、ミューゼル中将の情報を流しておけ、それから帝国にもロボスの後任人事のことを流すのだ。それぞれがどう判断するか、楽しませてもらおう」


■宇宙暦795年5月2日  自由惑星同盟統合作戦本部 ヤン・ウェンリー

シトレ本部長より、統合作戦本部への出頭を命じられ執務室へ行くとそこにはシトレ本部長のほかにキャゼルヌ先輩がいた。キャゼルヌ先輩は今まで本部長と話をしていたのだろうか、本部長の前に立っている。

「ヤン大佐、掛けたまえ」
「はい」
私がソファーに座ると、キャゼルヌ先輩が私に近づき文書を渡した。そのまま、私の前に座る。

「ヤン大佐、フェザーンの駐在弁務官事務所より、今回の帝国の騒動の詳細が送られてきた」
「これがそうですか」
「うむ」
「失礼します」

私は本部長に断ると資料を読み始めた。やはりヴァレンシュタイン少将が動いたか。それにしてもこれは……。
「本部長、随分詳しく書いてありますが?」
「フェザーンが調べた情報だろう。こちらの駐在弁務官事務所ではここまで調べる事はできん。向こうには向こうの思惑があるのだろうが、今回はありがたく利用させてもらおう」
「ヴァレンシュタイン少将が混乱を抑えたのですね」
「そうだ、君の想像したとおりだ。ミュッケンベルガー元帥は今回の事態を最初から想定していたようだ」

帝都防衛司令官代理、憲兵副総監、それに宇宙艦隊、装甲擲弾兵も彼に味方している。これではオーディンは小揺るぎもしなかっただろう。ミュッケンベルガー元帥が兵を引いたのが不思議なほどだ。

「ヤン、お前さんが気にしていた左翼の指揮官もわかっている。ラインハルト・フォン・ミューゼル中将、グリューネワルト伯爵夫人の弟だ」
「……皇帝の寵姫の弟ですか、しかし実力は本物です」
「厄介だな、有能な前線指揮官と前線、後方を任せられる参謀か。ヤン大佐、君は帝国がこれからどう出ると考える」
なるほどこれが本題か

「そうですね、私は帝国が攻勢を強めると思います」
私の意見を耳にしたキャゼルヌ先輩はシトレ本部長と顔を見合わせた。どうやら二人の考えは違うらしい。

「ヤン、帝国は言ってみれば爆弾を抱えている状態だ。その状態で攻勢をかけてくるというのか?」
「ええ、そうです」
「ヤン大佐、その根拠は」

「いずれ起きる内乱のためです」
「?」
シトレ本部長もキャゼルヌ先輩も訝しげな表情をしている。私はここ一週間考え続けた結果を話した。

「帝国では後継者問題が解決していません。いずれ内乱が起きるでしょう」
「そうだ、ならば出兵などできんだろう」
「キャゼルヌ、ヤン大佐の話を聞こう。続けてくれ、大佐」

「はい。内乱が起きた時、帝国が一番避けたいと思っていることは、同盟が軍事行動を起し、混乱に付け込む事でしょう。ではどうすれば同盟の軍事行動を回避できるか? 方法は三つです。先ず、和平を結ぶ事。次に同盟に何らかの謀略を施し、軍事行動を起させない事。最後にこれまで以上に攻勢を強め、同盟の戦力を枯渇させる事です」

私は一旦言葉を止め、二人の表情を見た。シトレ本部長が軽く頷き、続きを促す。
「和平は有り得ません。それは帝国の国是に背きます。となれば残るのは謀略と攻勢です。謀略はフリードリヒ四世が何時死ぬか判らない以上、どの時点で行なうか確定できません。となれば現状で帝国がとる手段は攻勢を強める事しかないんです。幸い帝国にはヴァレンシュタイン少将がいます。万一の事があっても、ある程度の期間なら静謐を保てるとミュッケンベルガー元帥は今回の件で確信したでしょう。何もしなければ同盟は戦力を回復させ、内乱が起きた時必ず軍事行動を起します。帝国に選択肢は無いんです。おそらく年内にも出兵が有るでしょう。」

シトレ本部長もキャゼルヌ先輩も苦い表情をしている。二人は違う答えを望んでいたのか。
「ヤン大佐、君は私が宇宙艦隊司令長官になるのが最善だとキャゼルヌに言ったそうだね」
「はい」

「私には異存は無い。国防委員会に宇宙艦隊司令長官になってもいい、いや、なりたいと伝えた。しかし、残念ながら却下された」
「それは何故でしょう」
「理由は私が宇宙艦隊司令長官になれば、宇宙艦隊が統合作戦本部より強い力を持ちかねない。それは軍の統制上好ましいことではない、そういうことだった」
「なるほど」

一理有るのは確かだ。では誰が司令長官になる?
「現時点で宇宙艦隊司令長官に上がっているのは、第一艦隊司令官クブルスリー中将、それから国防委員会情報部長ドーソン中将の二人だ」
「ドーソン中将ですか、しかしそれは」
酷いな。彼に宇宙艦隊の再建など出来るとは思えない。

「君の言いたい事はわかる。しかしおそらくドーソン中将に決まるだろう。政府は帝国が内乱を恐れて出兵を控えるだろうと考えているんだ」
だからドーソン中将でも務まるという事か。最悪だ、内乱を恐れて必死の帝国軍に対し、凡庸とまで言われているドーソン中将が何処まで対応できるか? シトレ本部長もキャゼルヌ先輩も渋い表情になったはずだ。

「ヤン大佐」
「はい」
「君は今度、准将に昇進する」
「昇進ですか」
「そうだ。宇宙艦隊司令部の作戦参謀として君の智謀を振るってくれ。君の考えが正しければ、同盟は厳しい状況に有るようだ」

階級が上がれば、発言力も大きくなる。私の意見を少しでも通り易くしようということか。しかし、ドーソン中将は好悪の感情の激しい人だと聞いている。上手くいくだろうか。私にはとても自信が無かった。












 
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