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宇宙へ

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第五章

「ゲシュタポの拷問で死ぬことは」
「嫌だね」
「はい、ですから」
「そうだね、それではね」
「亡命しましょう」
「そうしよう、ただ」
 ここでだ、博士はあらためて言った。
「問題はどの国に亡命するかだけれど」
「アメリカしかないでしょう」
「あの国しかないのだね」
「ソ連に逃げられますか?」 
 同志の彼は強張った顔で博士に問うた。
「あの国に」
「まさか、あの国に入れば」
「ゲシュタポみたいな組織があります」
「KGBだね」
「そしてです」
 それにというのだ。
「その長官のベリヤは」
「ヒムラー長官と同じだね」
「むしろさらに悪質かも知れません」
「嫌な噂が多いね」
「ソ連の粛清自体もかなりなので」
「行くことは危険だね」
「はい、あの国には」
 とてもというのだ。
「フランスは我々を恨んでいますし」
「派手に倒したからね」
「イギリスはもう余力がなく」
「我々に資金も技術もね」
「援助出来ません、ですから」
「アメリカしかないね」
 まさにだ、この国しかというのだ。
「資金も技術もあって」
「我々を無下に粛清なぞしません」
「ではね」
「はい、アメリカに亡命しましょう」
 こう言うのだった。
「ここは」
「わかった、それじゃあね」
 博士も頷いてだ、そしてだった。
 博士達はアメリカに亡命した、同志達と共に。
 そしてアメリカに入ってだ、こう言ったのだった。
「研究が続けられる、それなら」
「はい、人をですね」
「月に送りますね」
「そうするよ、私のロケットで」
 必ず、というのだ。
「それが私の夢であり望みだからね」
「ではですね」
「このアメリカで、ですね」
「研究をしていきましょう」
「是非共」
「ではね」
 博士は実際にだった。亡命先のアメリカでもだった。ロケットの研究を続けて遂にだった。アポロ十一号が月に届いて星条旗が月に刺さるのを観てだった。
 その端正かつ知的な顔を綻ばさせてだ、こう言った。
「人は遂に月まで行けたんだ」
「博士の開発されたロケットで」
「遂にですね」
「我が国はやりました」
「アメリカが」
「そう、人間がね」
 博士はアメリカとは言わなかった、人がと言ったのだった。
「月に行けたよ」
「ですか、人がですか」
「月に行けた」
「そう言われるのですね」
「そう、行ったのは紛れもなく人だから」
 だからと言うのだった。
「本当によかった、人は遂にそれを成した」
「博士のロケットで」
「それが適いましたね」
「そのことをこれ以上はないまでに幸せに思うよ、私は」
 これが博士の言葉だった。
 フォン=ブラウン博士は確かに人を月まで自身のロケットで送った。このことの功績は今も歴史に残っている。しかし彼はそれを国を替えて行ったことは批判する声もある。だがナチスに捕らえられてもあくまでそのことを目指したことも事実だ。そして実際に彼の手によって人類は新たな第一歩を踏み出せた。このことは紛れもない事実であり書き残しておくことにした。彼の業績を誰もが知ってもらいたいと思い筆を置く。


宇宙へ   完


                           2015・10・17 
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