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隠棲

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第一章

                       隠棲
 韓信と言えば知らぬ者はいないまでの者だった。劉邦を皇帝にまでした最大の功労者であり戦になればまさに勝てる者はいないまでだった。
「まさに天下の柱」
「大将軍に相応しい方よ」
「軍はあの方が第一」
「勝る者はいない」
 誰もがこう言った、そしてその多大な功績も認められてだ。
「楚王に相応しいな」
「天下の諸王のお一人にな」
「その功を考えればな」
「あれだけの方はおられぬ」
「素晴らしい方だ」
 誰もが言うことだった、そして。
 韓信自身もだ、建てさせた見事な屋敷の中で周りの者達に言っていた。
「わしがこうして王になれたことはだ」
「はい、その軍略故」
「その功故にですね」
「なれましたな」
「王にまで」
「わしは最初ただの穀潰しだった」
 若い頃のことをだ、韓信は笑って言った。
「人の家で食わせてもらうな」
「そう聞いています」
「先日食わせてくれたご老女に礼をされましたな」
「亭長のご一家にも」
「あの老女には約束をした」
 天下の美酒に馳走、若い頃は夢にも見なかったそうしたものを楽しみながらだ、韓信は錦を着て言うのだった。
「礼は必ずするとな」
「そして実際jにですね」
「礼をされましたな」
「あの時ご老女は礼なぞいいと言われたそうですが」
「それでも」
「うむ、それでもじゃ」
 まさにというのだった。
「わしは恩は忘れぬからな」
「だからこそですな」
「礼をされた」
「そうなのですな」
「そうじゃ」
 その通りという返事だった。
「わしはそうしたのじゃ」
「左様ですな」
「そして亭長のご一家にも礼をされましたが」
「ご老女よりは少なかったですな」
「あの一家は確かにわしを世話してくれたが」
 それでもというのだ。
「途中で、ですね」
「嫌になって食事を止められた」
「だからですか」
「老女には一生使えぬだけの大金を渡したが」
 その亭長夫婦にはというのだ。
「減らしたのじゃ」
「そうでしたか」
「その礼の分だけですか」
「途中で止められただけですか」
「減らされましたか」
「そして何よりもだ」
 玉の杯、美酒を入れたそれを満面の笑みで見ながらだった。韓信はさらに言った。
「わしの通り名を知っておろう」
「あの股くぐりの」
「そのことですか」
「あれをさせた者に役を預けたのもな」
 中尉という官職に就けたこともというのだ。
「礼なのじゃ」
「大王が今に至るですね」
「そのことになったからですね」
「それ故に」
「うむ、あの時わしは剣を持っておった」
 韓信は若い頃働きもせず長い剣をいつも持っていた、それでその剣は只の飾りかと周囲に嘲笑されていたのだ。 
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