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バレンタインは社交辞令!?

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2部分:第二章


第二章

「いいことはいいだろうが」
「そうは思わないけれどな」
 浩太は冷めた声と目で言う。
「けれどそれしかないだろ」
「そうか?」
 卓に言われてもどうにもそうは思えない。いぶかしんでいると横から声がかかってきた。
「いいんじゃない、それで」 
 岩田さんだった。卓はそれを聞いてさらに元気になってきて浩太に言ってきた。
「それでいこうぜ」
「結局それか?」
「平和でいいだろ」
 卓はまだいぶかる浩太にこう述べた。
「どうだよ」
「まあな」
 確かにそうだ。武道で勝負したりするよりもアルコールで勝負するよりも実害等はない。せいぜい食べ過ぎて太るか虫歯になる位だ。糖尿病もあるがそれはまだ考えなくていい歳だった。
「じゃあそれでな」
「結局やるのか」
「ここまで来て逃げるとか言うなよ」
 卓は笑って声をかけてきた。
「チョコレートなんだしな」
「まあな」
 別に怖くとも何ともない。それを受けることにした。20
「勝負の日は」
「それを一番言う必要がないだろうが」
 浩太はこう卓に突っ込みを入れた。
「バレンタインデーだろ?」
「ああ、それで行こうぜ」
「わかったよ。それで負けたらどうするんだ?」
「負けた方が大吟醸一本だ」
「高くないか?」
「そうか?」
 だが卓はそうは考えていないようだ。平気な顔であった。
「そんなものだろう」
「そうかな。まあいいか」
 自分で自分に納得させることにした。強引だがそうするしかなかったからだ。
「じゃあバレンタインにな」
「ああ」
 こうして卓とチョコレートの数で勝負することになった。だがどうにも癪に落ちないままであった。
 それは会社から帰る時も同じであった。どうにも納得できないといった顔で首を捻りながら自分のアパートへと帰っていた。その時であった。
「どうしたのよ、そんなに難しい顔して」
「んっ!?」
 横から声がかかったので振り向くとそこには岩田さんがいた。私服のジーンズに着替えてそこにいた。
「岩田さんか」
「そうよ。どうしたのよ」
「どうしたもこうしたもさ」
 彼は岩田さんの言葉を受けて言う。
「さっきのあいつとの話だけれど」
「バレンタインのこと?」
「それだよ。どう思う?」
「別にいいじゃない」
「ああ、そう」
 それを聞いたところで思い出した。この流れを決めたのは彼女だったのだ。それを思い出して何か話を聞いたのが馬鹿みたいに思えた。
「そうなんだ」
「チョコレート食べられるわよ」
「そうだね」
 返事がぶっきらぼうなものになっていた。
「確かにね」
「それに義理チョコだけじゃないかも」
「いや、それはないだろうね」
 その言葉はあっさりと否定した。
「中学生や高校生じゃないんだからさ」
「またそれ?」
「だってそうじゃない」
 彼は答える。
「実際にそんな歳じゃないじゃない。好きな女の子からチョコレートを貰ったり好きな男の子にあげたりするみたいな。そうじゃない?」
「夢がないわね」
 そのえくぼを少し歪めさせて岩田さんは言ってきた。
「そんなんだと面白くないわよ」
「別に面白いことを言うつもりもないしさ」
 浩太はそのえくぼに対して言葉を返す。
「本当じゃない。そういうことは何時でもできるし」
「それを言ったらバレンタインだってそうよ」
 岩田さんは浩太のその言葉にこう返してきた。
「そうじゃないの?」
「それはそうだけれど」
 何か浩太の方が劣勢になっていた。彼もそれを感じていた。
「けれど」
「私はね」
「うん」
 ここで岩田さんが話を出してきた。
「こういうことは幾つになっても同じだと思うわよ」
「そうかな」
「そうよ」
 お決まりの言葉が返ってきた。
「少なくとも女の子はね。そうよ」
「女の子、ねえ」
 ちらりと岩田さんを見る。実は浩太と彼女は同期で同じ歳である。結果として卓を入れて三人は同期になるのである。
「女の子は幾つになっても女の子よ」
 岩田さんはそう説明する。
「そういうものなのよ」
「そうなんだ」
「だからよ」
 そしてまた言う。
「幾つになってもね。やっぱり」
「好きな人にあげたいの?」
「それは人それぞれだけれどね」
 浩太の言葉にははぐらかしで応えてきた。浩太はそれがどうしてかまではここでは考えはしなかった。
「まあそうかもね」
 こう述べただけであった。それですぐに忘れてしまうようなものであった。
「だからね」
 しかし岩田さんはまだ言う。浩太の思惑を越えて。
「ひょっとしたらよ」
「ひょっとしたらだね」
「誰かがチョコレートの本命を入れていて」
「それであいつに勝つってこと?」
「勿論向こうにもそういう可能性はあるけれど」
「どうだろうね」
 浩太はこの言葉には苦笑いを浮かべて首を捻ってきた。二重に懐疑的な仕草を示してきた。
「まあ可能性はゼロじゃないか」
「わかったかしら」
「期待はしていないよ」
 それでも彼の言葉は変わりはしない。変えるつもりもなかった。
「どうせ引き分けに決まってるさ」
「夢がないわね」
「こんなことで夢を見てもね」
 苦笑いを浮かべたまま言った。
「あまり何もないし」
「じゃあ何に夢を持つのよ」
 岩田さんもその声をむっとさせて彼に尋ねてきた。暗い夜道に二人の声が響く。擦れ違う人の多くが赤い顔をしている。それを見ていると何かバレンタイン前とは思えないいつもの日常であった。

 
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