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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第四十九話 襲撃(その3)

■ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン

俺たちがリッテンハイム侯を連れ屋敷を出てくると皆驚いたようにこちらを見た。無理も無いだろう。オッペンハイマー伯は拘束され猿轡を噛まされたまま、しかも俺に殴られたために顔を腫らし、鼻、口からは出血している。それをリッテンハイム侯が黙って見ているのだ。

本来ありえない構図だろう。留守番をしているシューマッハ中佐に事件の解決を報告し、或る依頼をしておく。中佐はちょっと驚いたようだが、判りましたと言ってくれた。俺たちは侯爵達を兵員輸送車に乗せ、(もちろん、1台に一人だ)帝都防衛司令部に向かった。

「ギュンター、今回の一件、アントンには話すんだろう?」
「…知っているのか、俺がアントンと連絡を取っているのを」
「知っているよ。ブラウンシュバイク公を暴発させないためだろう」
「ああ、そうだ」
「今回の件もきちんと伝えて欲しいんだ。ヴァレンシュタインは頭がおかしくなっているから気をつけろ、リッテンハイム侯に発砲してもう少しで殺すところだったってね」

ブラウンシュバイク公のところにはフェルナーがいる。他にもアンスバッハ、シュトライト等人材はリッテンハイム侯より揃っているが、当の本人が馬鹿だから油断は出来ない。フェルナーも苦労をしているだろう。

「本当に発砲したのか?」
信じられないといった表情で聞いてくる。ちょっとからかってやろうか。
「ああ、頭を吹き飛ばしてやろうと思ったんだけどね、火薬式銃は反動がきつい。外れたよ」

「お、おい」
「冗談だよ。ギュンター」
「冗談になってないぞ、エーリッヒ」
どういう訳か俺が冗談を言っても誰も笑ってくれない、何故だ?

「まあ、余り心配は要らんよ中佐」
「しかし、リューネブルク少将…」
「大将閣下が今リッテンハイム侯を殺す事は無い」
リューネブルクがそういってキスリングを宥めると、ヴァレリーがリューネブルクに問いかけた。

「何故、そう言えるんです? 私は本気で殺すんじゃないかと思いましたけど」
「それは無い。今、リッテンハイム侯を殺せば彼に味方する貴族が暴発しかねない。それにブラウンシュバイク公が次は自分が殺されるのではないかと怯え、やはり暴発するだろう。それは大将閣下の望むところではない」

そうではありませんか、とリューネブルクが問いかけてきた。俺としては頷かざるを得ない。現時点であの二人を殺して得られるメリットは大きくない。雑魚どもが騒ぎたてかえって収拾がつかなくなるだろう。

「閣下の真の狙いは警備部隊の引き締めでしょう、違いますかな?」
鋭いな、リューネブルク。そこまで判っているか。
「どういうことです、リューネブルク少将」

「キスリング中佐、閣下が心配していたのは、警備部隊の中にリッテンハイム、ブラウンシュバイク両家に通じる者が出るのではないか、と言う事だ。そうなれば警備など行なっても何の意味も無い事になる。事実オッペンハイマーがそれをやった。だから閣下は…オッペンハイマーを見せしめにして、警備部隊を引き締めにかかった」

リューネブルク、キスリング、ヴァレリー、三人が俺を見詰める。俺は苦笑しつつ頷いた。
「そうですね。命令を無視すれば、たとえ副総監でも処断される。そうわかれば、警備に真剣になるでしょう。いいところで動いてくれましたよ、オッペンハイマー伯は。おまけにいいストレスの発散になりました」

「ストレスですか?」
「ええ、御偉方はすぐ厄介な問題を押し付けてきますからね。たまにはこういうのがないと」
キスリングとヴァレリーは呆れた様な、リューネブルクは人の悪そうな笑顔を見せている。なんか不本意だな。

■ ギュンター・キスリング

まったくこいつの人の悪さにはあきれる。ミサイルは打ち込むわ、銃はぶっ放すわ、それで真の狙いはオッペンハイマーだと。おまけにストレスが発散できた? リッテンハイム侯が聞いたら血管ぶち切れ、脳ミソ沸騰するぞ。こいつとアントンは姿形も性格も違うのにどうしてやる事が似ているんだろう。周りを巻き込んで本人だけは涼しい顔をしている。周りは皆苦労するよな、フィッツシモンズ大尉も大変だろう。俺とナイトハルトも苦労した。お前はいいよな、ナイトハルト。俺も宇宙に出たくなった…。

■ ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ

そういうことか…。狙いは警備部隊の引き締め。だからリューネブルク少将はあんなに落ち着いて、いや楽しんでいたんだ。あたふたした自分が馬鹿みたいだ。こんなので副官なんか務まるんだろうか。それにしてもストレス発散? 何考えてるんだろう。いつか必ずお仕置きしてやる。リューネブルク少将、あんたも一緒よ。あんた達二人は、私たちがあたふたしているのを見て楽しんでいたんだから。きっちり落とし前は付けさせてもらうわ。


■ レオポルド・シューマッハ

ヴァレンシュタイン大将が戻ってきた。彼はすぐ私の元にきて“揃っていますか”と尋ねてきた。憲兵総監クラーマー大将がまだだと答えると軽く頷いて奥の部屋に入る。部屋には既にエーレンベルク軍務尚書とリヒテンラーデ国務尚書の二人が来ている。
リッテンハイム侯邸での騒動を治めた後、ヴァレンシュタイン大将はエーレンベルク軍務尚書とリヒテンラーデ国務尚書、憲兵総監クラーマー大将をすぐ帝都防衛本部へ呼んで欲しいと私に連絡してきた。今回の件の報告を行なうのだろうが、果たして三人をわざわざ呼ぶ必要があったのだろうか。


■ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン

「申し訳ありません。お待たせしました」
部屋に入り、待たせたことを詫びるとエーレンベルク軍務尚書とリヒテンラーデ国務尚書が物問いたげな表情を浮かべている。
「今しばらくお待ち下さい。憲兵総監クラーマー大将が揃っていません」
二人は顔を見合わせ頷いた。

しばらくするとクラーマー大将が部屋に入ってきた。俺はともかくエーレンベルクとリヒテンラーデがいる事に驚いたらしい。“や、これは”とか“遅くなりました”
などと言っている。俺の方を見ようとはしない。

「ヴァレンシュタイン大将、我等を呼んだわけを話してもらいたい」
リヒテンラーデ侯が話しかけてきた。
「警備の陣を破り、リッテンハイム侯に接触した人間がいます」
一同はぎょっとした顔でこちらを見詰める。

「憲兵副総監オッペンハイマー中将です」
「なんだと、馬鹿な」
「事実です。クラーマー憲兵総監」
「それで、今どうなっているのだ? ヴァレンシュタイン」
「オッペンハイマー中将は命令違反、上官侮辱罪、さらに皇位継承の有資格者の身を危険にさらした事、反逆を煽った事、それらの罪で逮捕しました」

エーレンベルクの問いに俺は答えた。クラーマーはきょときょとしている。そんなクラーマーを横目で見ながらリヒテンラーデ侯がいぶかしげに俺に問いかける。
「リッテンハイム侯はどうした?」

「今回の一件、オッペンハイマー中将の独断だったようです。リッテンハイム侯は憲兵副総監が面会を求めてきたので警備上の事でなにか問題でもあったのかと思い屋敷に入れたといっています」
「信じてよいのか」

「信じてよいと思います、国務尚書閣下。今現在、リッテンハイム侯から調書を取っております」
「調書だと!」
信じられないといった口調だ。エーレンベルクとリヒテンラーデは顔を見合わせている。

「クラーマー憲兵総監、部下の監督不行き届きですね」
俺はクラーマーに話しかけた。この男にも責任は取ってもらう。
「そ、それは」
「もう少しで、大事になるところだったのですよ」
「どういう意味だ」
不審な表情で、エーレンベルクが聞いてくる

「オッペンハイマー中将は次の皇帝はサビーネ・フォン・リッテンハイムだと言ってリッテンハイム侯の野心を煽ったのです」
「 ! 」
エーレンベルクとリヒテンラーデの表情が厳しくなる。クラーマーは蒼白だ。

「本来ならオッペンハイマー中将の逮捕は、クラーマー憲兵総監、貴方御自身が行なわなければならないことですが、一体何をしていたのです?」
「そ、それは」
「まさか、オッペンハイマー中将の行動を黙認したわけではありませんよね」
「ち、違う、そんな事は無い」
エーレンベルクとリヒテンラーデは鋭い視線をクラーマーに向けている。クラーマーは凄い汗だ。

「帝都防衛司令部にも一度もこちらに来ていませんがどういうわけです?」
「そ、それは忙しかったのだ。色々と」
色々と? ふざけるな、お前は此処に来たくなかっただけだ。

「帝都防衛司令部に来られないほどですか? 今のオーディンで帝都防衛司令部ほど重要な職務を負っている部署はありませんが?」
「…」
「どうやら、私の指揮下では働きたくないようですね」
「そ、そんな事はない」
無理しなくてもいい。お前の望みどおりにしてやる。

「軍務尚書閣下、このままでは帝都の治安維持に重大な過失が生じかねません」
「そうだな。どうすれば良い、ヴァレンシュタイン」
「この状態を解消するにはどちらかがその職を離れるべきでしょう。幸い軍務尚書閣下は人事権を持っていらっしゃいます。ご判断ください」
「クラーマー憲兵総監、これまでご苦労だった。しばらく家で休みたまえ。いずれ新しい任務についてもらう」
「…」

クラーマーは何も言えずにいる。憲兵隊もこれで俺の言う事を聞くだろう。下はともかく上で俺に反感を持つ奴がいるからな。権力闘争は一度で十分だ。
「後任の憲兵総監は私が兼任しよう」
えっ、軍務尚書が兼任、実務は誰がするんだ?

「ヴァレンシュタイン、卿は憲兵副総監として憲兵隊を指揮せよ」
はぁ、なんだって。
「うむ。それは良い案じゃ。さすが元帥じゃな」

年寄り二人はうれしそうに話している。俺は何かとんでもない間違いをしたんじゃないだろうか。どう見ても墓穴を掘ったとしか思えない。喜んでいる老人二人を見ながら、俺は敗北感に打ちひしがれていた。なんでこうなった?


 
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