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誘惑

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5部分:第五章


第五章

「だからこうなったんだよ」
「成程ね、それでなんだ」
「そうだよ。それでだよ」
 悪魔はその元に戻った雄太郎の頭を見てそれで話す。
「だからこうなったんだよ」
「じゃあ何の意味もないじゃねえかよ」
「そうだね。けれどさ」
「けれど。今度は何だよ」
「別にいいじゃない」
 笑ってだ。それでもいいだろうと話す悪魔だった。
 そしてその理由もだ。笑いながら話すのだった。
「あんたどっちにしろお坊さんになるんだよね」
「ああ、そうだよ」
「それならいいじゃない。髪の毛剃るよね」
「俺の宗派は別にそうでもないけれどな」
「まあ仏教のお坊さんだから」
 宗教が違ってもだ。悪魔はそのことを知っていた。それでなのだった。
 彼はだ。あらためてこう話すのだった。
「いいじゃない、なくなったら剃ればね」
「それでいいんだな」
「そう、いいじゃないか」
「ったくよ、気軽なものだな」
「他人ごとだし」
 悪魔は何処までも明るい。
「それよりもさ。あれだよ」
「あれって何だよ」
「折角あれこれと誘惑したのに」
 そのことにだ。悪魔は困った顔で話すのだった。相変わらず歩いている雄太郎の顔の横を小さな翼でぱたぱたと飛びながら話すのである。
「それには全然乗らないからね」
「適えて欲しい願いは無理って言っただろうが」
「だからそれは無理だから」
 阪神のことはどうしてもだというのだ。
「そういうことだからね」
「小さい話だな」
「そうだね。まああれだよ」
「あれって何だよ」
「所詮人間も悪魔も一人一人はちっぽけなもんなんだよ」
 話はだ。急に哲学的なものになった。
 その哲学的な視野からだ。悪魔は雄太郎に話すのだった。
「大した願いはないし適うものも大したことはないんだよ」
「御前が言うのかよ」102
「言うよ。まあそういうことだから」
「そうかよ」
「とにかく。契約はね」
 そのことについての話にもなった。それは。
「まあこれで終わりだからね」
「終わりかよ」
「そう、終わりだから」
 そのことについてはだ。悪魔は明るい顔で話した。
「御疲れさん」
「って俺何もしてないぞ」
「ついでに言えば何にもなってないよね」
「そうだよ。それで御疲れさんって言われてもな」
「どうってことないんだ」
「ああ。けれどこれでお別れか」
 雄太郎の方から言うのだった。
「それじゃあな」
「うん、じゃあね」
「本当に何だったんだ?」
 また雄太郎から言う。彼にしては何だったのか最後までわからない。
 それでだ。首を傾げていたがだ。その彼に悪魔が言う。
「いいじゃない。悪い結果にならなかったし」
「その代わりいい結果にもならなかったな」
「差し引きゼロだね」
「これが悪魔の契約か?」
「世の中ってそんなのだろうね。とどのつまりは」
 ここでも妙に哲学的なことを言う悪魔だった。そうしてそのうえでだ。
 彼はだ。雄太郎に最後に話した。
「おいら達悪魔もいれば天使もいるしね」
「仏もいるしな」
「宗教違うけれど大した違いじゃないか。じゃあまた縁があったら」
「その時俺の髪の毛はどうなってるんだ?」
「砂漠になってるね。絶対にね」
 これが悪魔の彼への最後の言葉だった。このことを言い残してだ。
 悪魔は姿を消した。そして残された雄太郎は首を傾げさせてこう言うだけだった。
「悪魔が仏教の坊さんのところに来るのか。変な話だよ」
 自分のそのパンクかヘビメタの格好には何も思わずにだ。こう言うのだった。そのやがてなくなる髪の毛をいとおしそうに触りながら。


誘惑   完


                2011・5・29
 
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