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毒蜘蛛

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5部分:第五章


第五章

「本当に何よりです」
「そうですね。いや、ほっとしてます」
 そしてそれはだ。彼も同じだった。こうしてだ。
 彼は命が助かった幸運を神や仏に感謝した。そしてこの話をだ。クラスで話すのだった。
「いや、本当に運がよかったよ」
「っていうか本当にあの蜘蛛いたのかよ」
「それって洒落になってないだろ」
「しかも噛まれたって」
「どんだけ運が悪いんだよ」
「いや、助かったからさ」
 だからだというのだ。彼は言う。
「運がよかったよ」
「噛まれたら運が悪いだろ」
「違うだろ」
「いや、助かったからさ」
 それならだという彼だった。
「僕は運がいいよ」
「そうか。運がいいんだな」
「助かったからか」
「ああ、運がよかったよ」
 また言う彼だった。
「神様に感謝してるよ」
「っておい」
「御前それはないだろ」
 歩が腕を組んでお祈りをする仕草を見てだ。皆一斉に突っ込んだ。
「御前の家はお寺だろうが」
「お寺の跡継ぎだろうが」
「そうだけれどな」
「じゃあちゃんと手を合わせろよ」
「そこでそうするなよ」
「別にいいじゃないか。どの神様に感謝しても」
 しかしだ。歩だけがまだ言う。
「そうじゃないのか?」
「御前そんないい加減な信仰だとまた噛まれるぞ」
「それで今度は死ぬぞ」
「っていうか信心を叩き直す為にもう一回噛まれろ」
 随分なことも言われる。
「本当にどういう奴だよ」
「全くな」
「しかしまあな」
「噛まれたら死ぬからな」
「死なない程度に噛まれろよ」
 かなり無茶なことも言われる。
「その辺りは注意してな」
「しっかり噛まれろよ」
「噛まれてたまるか」
 そのことははっきりと言い返す歩だった。彼とてわざわざ死にそうになるつもりはないのだ。
「二度と噛まれたくないからな」
「じゃあちゃんとした坊さんになれよ」
「さもないとお釈迦様も怒るぞ」
 こう言われてであった。
「本当によ。蜘蛛っていえばな」
「蜘蛛の糸だけれどな」
 不意にだ。芥川のこの小説が話に出た。蜘蛛に仏教でだ。
「御前の場合は蜘蛛の毒だな」
「それになったな」
「あの盗賊は糸を切られて地獄に戻ったけれどな」
 この辺りかなり仏教的な話である。芥川の初期の作品らしいといえばらしい。
「御前もそうなるなよ」
「噛まれてな」
「わかってるさ。じゃあこれからは」
 今度は何処からかお祓いの棒を出してきて両手に持って振りながら言うのだった。
「心を入れ替えて。立派な坊さんになるさ」
「駄目だこりゃ」
「また噛まれるな」
 棒を振る彼を見てだ。呆れて言う周囲だった。何はともあれ彼は助かった。しかし危険は何時何処にあるのかわからないのだった。そのことは彼も内心よくわかったことだった。


毒蜘蛛   完


                  2011・6・27
 
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