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ウルキオラの転生物語 inゼロの使い魔

作者:銭亀
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第5部 トリスタニアの休日
  最終章 剣と私怨

 
前書き
お久しぶりでございます。作者の銭亀です。
まず初めに、投稿が非常に遅れ大変申し訳ありません。
また、8.9月に関しまして、実習の関係で投稿ができないと思われます。
学業のほうも、10月から少し楽になると思いますので、10月からはきちんと定期的に投稿できるかと思われます。
しばしお待ちください。
 

 
夜が明けて昼。

中央広場、サン・レミの聖堂が鐘をうつ。

十一時であった。

タニアリージュ・ロワイヤル座の前に、一台の馬車が止まった。

中から降りてきたのは、リッシュモンである。

彼は堂々とした態度で劇場を見上げた。

御者台に座った小姓が駆け下り、その鞄を持とうとした。

「よい。馬車で待っておれ」

リッシュモンは首を降ると、劇場の中へと入っていった。

切符売りの男は、リッシュモンの姿を認めると、一礼した。

切符を買わずに、リッシュモンは突き進む。

芝居の検閲もその一職務の高等法院の彼にとって、ここは別荘のようなものであった。

客席は若い女の客ばかり、六分ほど埋まっていた。

開演当初は人気のあった演目だが、役者の演技が酷いために評者に酷評された。

その結果客足が遠のいたのだろう。

リッシュモンは彼専用の座席に腰かけると、じっと幕が開くのを待った。




続いて劇場にやってきたのはアニエスとルイズであった。

ルイズは何が何やらわからないままに、この劇場の近くの路地にアニエスとともに張り込んでいた。

先ほどの馬車が姿を見せると、アニエスが動いたので、一緒に出てきたのである。

ルイズは疲れてくたくたであった。

なにせ、昨晩は一睡もしていないのである。

それに、アニエスは何の説明もしてくれない。

ネズミ退治はいいけれど、誰がネズミなのか教えてくれてもよさそうなものなのに……。

アニエスは黙して語らない。

劇場の前でじっと待っているルイズの前に、懐かしい人影が姿を見せた。

ウルキオラにエスコートされたアンリエッタである。

アンリエッタはルイズのためにウルキオラが購入した平民の服の上にローブをまとい、街女のように髪を結いあげていたが……、ルイズが見間違えるはずもない。

二人は先ほどアニエスが放った伝書フクロウからの報告で、ここを目指してやってきたのであった。

「……姫様。ウルキオラ!」

小さくつぶやき、続いて大きく怒鳴って二人に駆け寄る。

「ルイズ……」

アンリエッタはその小さな体を抱きしめた。

「心配しましたわ!いったい、どこに消えておられたのです?」

「ウルキオラさんに協力してもらい、街に隠れておりました。黙っていたことは、許してちょうだい。あなたには知られたくない任務だったのです。でも、アニエスとあなたが行動を共にしているとの報告を今朝聞いて、驚きました。やはりあなたはわたくしの一番のお友達。どこにいてもかけつけてしまう運命にあるのですね」

それからそばに控えたアニエスに気づく。

アニエスは膝をついた。

「用意万端、整いましてございます」

「ありがとうございます、アニエス。あなたはほんとに、よくしてくださいました」

とここで、ウルキオラが口を開いた。

「こいつがアニエスか?」

ウルキオラから突然名を呼ばれたアニエスは困惑した。

「ええ、そうですわ。ウルキオラさんに援護をお願いしたいというのは」

アンリエッタの言葉にさらに困惑した。

「陛下、一体何のお話でしょうか?」

「ごめんなさい。あなたにもしものことがあったらと思い、ウルキオラさんに援護をお願いしましたの」

「本意ではないがな」

ウルキオラがアンリエッタに続いて言葉を発する。

「援護…ですか?」

そんな会話をしていると、また劇場に観客が入ってきた。

マンティコア隊を中核とする、魔法衛士隊であった。

獅子の頭に蛇の尾を持つ幻獣にまたがった苦労性の隊長は、その場にいた全員を見つめて目を丸くした。

「おや!これはどうしたことだアニエス殿!貴殿の報告により飛んで参ってみれば、陛下までおられるではないか!」

慌てた調子で隊長はマンティコアから降りると、アンリエッタのもとへと駆け寄った。

「陛下!心配しましたぞ!どこにおられたのですか!我ら一晩中、捜索しておりましたぞ!」

泣かんばかりの勢いで、人のいい隊長は声を張り上げた。

とうとう魔法衛士隊まで勢ぞろいなので、なにごと?と見物人が集まってくる。

騒ぎになりそうなので、アンリエッタはローブのフードを深くかぶった。

「心配をかけて申し訳ありません。説明は後で致しますわ。それより隊長殿命令です」

「なんなりと」

「貴下の隊で、このタニアリージュ・ロワイヤル座を包囲してください。蟻一匹、外に出してはなりませぬ」

隊長は怪訝な顔をしたが、すぐに頭を下げた。

「御意」

「それでは、私は参ります。ウルキオラさんはアニエスと共にお願いします」

「私は姫様にお供しますわ」

ルイズが叫んだ。

しかし、アンリエッタは首を振る。

「いえ、あなたはここでお待ちなさい。これは私が決着をつけねばならぬこと」

「しかし」

「これは命令です」

毅然と言われ、ルイズはしぶしぶ頭を下げる。

アンリエッタはたった一人、劇場へと消える。

「お前はここで待っていろ。直に終わる」

ウルキオラが発すると、アニエスとともにどこかへ向かっていった。

そして……、後にはルイズのみが残された。

ルイズは邪険な表情を浮かべた。

「いったい、何がどうなってるのよ」




ウルキオラはアニエスとともにタニアリージュ・ロワイヤル座のわき道を歩いている。

しばらくして、アニエスが足を止めたので、ウルキオラも後に続いた。

「初めてお会いする。アニエスだ」

「ウルキオラだ。アンリエッタからお前の援護を頼まれた」

ウルキオラがアンリエッタを呼び捨てにしているのを怪訝に思ったが、今はそんなことを気にしている時ではなかった。

「陛下から何か頼まれているようだが、無駄な手出しは無用だ」

「鼻からそのつもりだ。だが、もしお前が死にでもしたらアンリエッタに何を言われるか分かったもんじゃないからな。俺の判断でお前の援護を行う」

アニエスはその冷徹な言葉に畏怖を覚えながらも、圧倒的力の片鱗を感じ取った。

「すきにしろ」

それからまた足を進め始めた。

しばらくすると、何やら地下への通路に到着した。

「この先に何かあるのか?」

「まあな。直ぐにわかる」

そういって、二人は地下の闇へと消えていった。




幕が上がり……、芝居が始まった。

女向けの芝居なので、観客は若い女性ばかり。

きゃあきゃあと黄色い歓声が沸いた。

舞台では、煌びやかに着飾った役者たちが悲しい恋の物語を演じ始める。

以前ルイズが観劇した……、『トリスタニアの休日』である。

リッシュモンは眉をひそめた。

役者が笑うたびに、見得を切るたびに、無遠慮に飛ぶ若い女の声援が耳障りなのではない。

約束の刻限になっても、待ち人が来ないのが気がかりなのであった。

彼の頭の中では、質問せねばならぬことがぐるぐる回っている。

今回の女王の失踪は、自分の通さずに行ったアルビオンの陰謀なのか?

もしそうなら、その理由は?

そうでないなら、早急にトリスタニアに内在する第三者勢力を疑わねばなるまい。

どちらにせよ面倒なことになったと、リッシュモンは独りごちる。

そのとき……、自分の隣に客が腰かけた。

待ち人だろうか?

横目で眺めたが、違った。

深くフードを被った若い女性である。

リッシュモンは小声でたしなめた。

「失礼。連れが参りますので。他所にお座りください」

しかし、女は立ち上がろうとしない。

これだから若い女は……、とリッシュモンは苦々しげな顔で横を向くと、

「聞こえませんでしたかな?マドモアゼル」

「観劇のお供をさせてくださいまし。リッシュモン殿」

フードの中の顔に気づき、リッシュモンは目を丸くした。

それは失踪したはずの……、アンリエッタその人であった。

アンリエッタはまっすぐに舞台を見つめたまま、リッシュモンに問うた。

「これは女が見る芝居ですわ。ご覧になって楽しいかしら?」

リッシュモンは落ち着き払った態度を取り戻し、深く座席に腰かける。

「つまらない芝居にめを通すのも、仕事ですから。そんなことより陛下、お隠れになったとの噂でしたが……。ご無事で何より」

「劇場での接触とは……、考えたものですね。あなたは高等法院長。芝居の検閲のうち。誰もあなたが劇場にいても、不思議には思いませんわ」

「さようで。しかし、接触とは穏やかではありませんな。この私が、愛人とここで密会しているとでも?」

リッシュモンは笑った。

しかし、アンリエッタは笑わない。

狩人のように目を細める。

「お連れの方なら、お待ちになっても無駄ですわ。切符を改めさせていただきましたの。偽造の切符で観劇など、法にもとる行為。是非とも法院で裁いて頂きたいわ」

「ほう。いつから切符売りは王宮の管轄になったのですかな?」

アンリエッタは緊張の糸が途切れたように、ため息をついた。

「さあ、お互いもう戯言はやめましょう。あなた今日ここで接触するはずだったアルビオンの密使は昨夜逮捕いたしました。彼はすべてを喋りました。今頃はチェルノボークの監獄です」

アンリエッタは一気にリッシュモンを追い込んだ。

しかし、そのようにすべてを知られながらも、リッシュモンは余裕の態度を崩さない。
嬉しそうな笑みを浮かべる。

「ほほう!お姿をお隠しになられたのは、この私をいぶりだすための作戦だったというわけですな!」

「その通りです。高等法院長」

「私は陛下の手のひらの上で踊らされたというわけか!」

「わたくしにとっても不本意ですが……、そのようですわ」

リッシュモンはいつもは見せぬ、邪気のこもった笑みを浮かべた。

ちっとも悪びれないその態度に、アンリエッタは強い不快感を覚えた。

「わたくしが消えれば、あなたは慌てて密使と接触すると思いました。『女王が、自分たち以外の何者かの手によってかどかわされる』。あなたたちにとって、これ以上の事件はありませんからね。慌てれば、慎重さは欠けますわ。注意深ききつねも、その尻尾を見せてしまう……」

「さて、いつからお疑いになられた?」

「確信はありませんでした。あなたも、大勢いる容疑者のうちの一人だった。でも、わたくしに注進してくれたものがおりますの。あの夜、手引きをした犯人はあなただと」

疲れた、悲しい声でアンリエッタは続けた。

「信じたくはなかった。あなたがこんな……。王国の権威と品位を守るべき高等法院長が、このような売国の陰謀に加担するとは。幼き頃より、わたくしを可愛がってくれたあなたが……、わたくしを敵に売る手引きをするとは」

「陛下は私にとって、未だ何も知らぬ少女なのです。そのように無知な少女を玉座に抱くぐらいなら、アルビオンに支配された方が、まだマシというもの」

「私を可愛がってくれたあなたは嘘なのですか?あなたは優しいお方でした。あの姿は、偽りだったのですか?」

「主君の娘に、愛想を売らぬ家臣はおりますまい。そんなこともわからぬのか。だからあなたは子どもだというのですよ」

アンリエッタは目を瞑った。

自分は何を信じればよいのだろう?

信じていた人間に裏切られる、これほどつらいことがあるだろうか?

いや……、裏切られたわけではない。

この男は出世のために、自分を騙していただけなのだ。

そんなこともわからぬ自分は、やはりリッシュモンの言う通り、子どもなのかもしれない。

でも、もう子どもではいられない。

真実を見抜く目を……、磨かなくてはいけない。

そして、真実を口にした時、動かぬ心をもたねばならない。

毅然とした口調でアンリエッタは告げた。

「あなたを、女王の名において罷免します、高等法院長。おとなしく、逮捕されなさい」

リッシュモンはまるで動じない。

そればかりか、舞台を指さして、さらにアンリエッタを小ばかにした口調で言い放つ。

「野暮を申されるな。まだ芝居は続いております。始まったばかりではありませんか。中座するなど、役者に失礼というもの」

アンリエッタは首を振った。

「外はもう、魔法衛士隊が包囲しています。さあ、貴族らしく潔さを見せて、杖を渡してください」

「まったく……、小娘がいきがりおって……。誰を逮捕するだって?」

「なんですって?」

「私に罠を仕掛けるなど、百年早い。そう言ってるだけですよ」

リッシュモンは、ぽん!と手をうった。

すると、今まで芝居を演じていた役者たちが……、男女6名ほどであったが、上着の袖やズボンに隠した杖を引き抜く。

そしてアンリエッタめがけて突き付ける。

若い女の客たちは、突然のことに震えてわめき始めた。

「黙れっ!芝居は黙ってみろっ!」

激昂したリッシュモンの……、本性を現した声が劇場内に響く。

「騒ぐ奴は殺す。これは芝居じゃないぞ」

辺りは一気に静寂に包まれた。

「陛下御自身ででいらしたのが、ご不幸でしたな」

アンリエッタは……、小さく呟いた。

「役者たちは……、あなたのお友達でしたのね」

「ええ。はったりではありませんぞ。一流の使い手ぞろいです」

「でしょうね、役者とは思えぬ酷い演技でしたもの」

リッシュモンはアンリエッタの手を握った。

その手の感触のおぞましさにアンリエッタは鳥肌が立つのを覚えた。

「私の脚本はこうです。陛下、あなたを人質に取る。アルビオン行きの船を手配してもらう。あなたの身柄を手土産に、アルビオンへ亡命。大団円ですよ」

「なるほど。この芝居、脚本はあなた。舞台はトリステイン。役者はアルビオン……」

「そしてあなたがヒロインを。こういうわけなのです。是非ともこの喜劇にお付き合いくださいますよう」

「あいにくと、悲劇の方が好みですの。こんな猿芝居には付き合いきれません」

「命が惜しくば、私の脚本どおりに振る舞うことですな」

アンリエッタは首を振った。

その目が確信に光る。

「いえ、今日の芝居は、わたくしの脚本なんですの」

「あなたの施政と同じように人気はないようですな。残念ですが、座長としては、没にせざるをえませんな」

役者に扮したメイジたちに杖を突き付けられているというのに……、アンリエッタは落ち着き払った態度を崩さずに言い放つ。

「人気がないのは役者の方ですわ。大根役者もいいところ。見られたもんじゃありませんわ」

「贅沢を申されるな。いずれ劣らぬアルビオンの名優たちですぞ」

「さて、舞台を降りて頂かないと」

それまでざわめき、おびえていたはずの若い女の客たちが……。

アンリエッタのその言葉で目つきを変え、一斉に隠し持った拳銃を抜いた。

アンリエッタに杖を突き付けていたリッシュモンの配下のメイジたちはその光景に驚き、動きが遅れた。

ドーン!という、何十丁もの拳銃の音が、一つに聞こえる激しい射撃音。

その音は音響を考慮された劇場の中、雷鳴のように轟いた。

もうもうと立ち込める黒煙が晴れると……、役者に扮したアルビオンのメイジたちは各々何発も弾をくらい、呪文を唱える間もなく全員が舞台の上に打ち倒されていた。

劇場の客全員が……、銃士隊の隊員たちであった。

リッシュモンが怪しいと見抜けなかったのも無理はない。

銃士隊は全員が若い平民……、それも女性で構成されていたからだ。

アンリエッタはどこまでも冷たい声で隣の観客に告げた。

「お立ちください。終劇ですわ。リッシュモン殿」




リッシュモンはやっとのことで立ち上がった。

そして高らかに笑う。

銃士たちが一斉に短剣を引き抜いた。

気がふれたかのような高笑いを続けながら、突きつけられた剣に臆した様子もなくリッシュモンはゆっくりと舞台に上る。

周りを銃士隊が取り囲む。

何か怪しい動きをすれば、一気に串刺しにする態勢であった。

「往生際が悪いですよ!リッシュモン!」

「ご成長をうれしく思いますぞ!陛下は立派な脚本家になれますな!この私をこれほど感動させる芝居をお書きになるとは……」

リッシュモンは大仰な身振りで、周りを囲む銃士隊を見つめた。

「陛下……、陛下がお生まれになる前よりお仕えした私から、最後の助言です」

「おっしゃい」

「昔からそうでしたが、陛下は……」

リッシュモンは舞台の一角に立つと……、足で、どん!と床を叩く。すると、落とし穴の要領で、がばっと床が開いた。

「詰めが甘い」

リッシュモンはまっすぐに落ちていった。

銃士隊ははっとした顔をして、慌てて駆け寄る。

「落ち着きなさい。これも予測済みです」

そんな様子の銃士隊にアンリエッタは落ち着き払った様子で答える。

「陛下……」

隊員の一人が心配そうにアンリエッタを見つめる。

「心配いらないわ。信頼のおける部下と友人が穴の出口から潜入しているわ」

そういってアンリエッタは仕掛けのあった床から目をそらす。

(あとはあなたにお任せしますわ。アニエス)

そう心でつぶやいた後、誰にも聞こえないくらい小さな声を発した。

「お願いいたしますわ。ウルキオラさん」




穴は地下通路に通じていた。

いざという時のために、リッシュモンが造らせた抜け道であった。

『レビテーション』を使い、緩やかに落下した後、リッシュモンは杖の先に魔法の明かりを灯し、足元を照らしながら地下通路を歩き始めた。

この通路は、リッシュモンの屋敷へも通じている。

そこに戻ればあとはなんとでもなる。集めた金をもって、アルビオンに亡命するつもりであった。

「しかし……、あの姫にも困ったものよ……」

亡命した暁には、クロムウェルに願い出て、一個連隊預けてもらおう。それで再びこのトリステインに戻り、アンリエッタを捕まえて、今日かいた何倍もの恥をかかせた後、辱めて殺してやる。

そんな想像をしながら歩いていると……、明かりの中に人影が見えた。

一瞬後ずさる。

ぼうっと、暗がりの中に浮かんだその顔は……、銃士隊のアニエスの顔と見知らぬ男であった。

「おやおや、リッシュモン殿。変わった帰り道をお使いですな」

「貴様か……」

ほっとした笑みを浮かべ、リッシュモンは答えた。

「なるほどそういうことか」

見知らぬ男が口を開いた。

「非常時の時の抜け道がこの地下通路と言う訳か……そして、今実際にアンリエッタに追い込まれ逃げていると……それを斃すのがお前の役目か、アニエス」

その言葉にアニエスが答える前に、リッシュモンは冷徹な声を二人に浴びせる。

「どけ。貴様らと遊んでいる暇はない。この場で殺してやってもよいが、面倒だ」

リッシュモンの言葉に、アニエスは銃を抜いた。

「よせ。私はすでに呪文を唱えている。あとはお前に向かって解放するだけだ。20メイルも離れれば銃弾など当たらぬ。命を捨ててまでアンリエッタに忠誠を誓う義理などあるまい。貴様は平民なのだから」

面倒そうにリッシュモンは言葉を続ける。

「たかが虫を払うのに貴族のスペルはもったいない。去ねい」

アニエスは絞り出すように、言葉を切りだした。

「私が貴様を殺すのは、陛下の忠誠心からではない。私怨だ」

「私怨?」

「ダングルテール(アングル地方)」

リッシュモンは笑った。

そういえば、この前自分の屋敷を去る時に……、こいつはわざわざ自分に尋ねた。

あれはそういうことだったのか、と、やっと理由のわかったリッシュモンは笑った。

「なるほど!貴様は村の生き残りか!」

「貴様に罪を着せられ……、何の咎なくわが故郷は滅んだ」

アニエスは、ぎりっと唇を噛みしめて言い放った。

唇が切れて血が流れる。

「殺してやるからそこを動くな」

「お前ごときに貴族の杖を使うのはもったいないが……、これも運命かね」

リッシュモンは呟き、呪文を唱えた。

杖の先から巨大な火の玉が膨れ上がり、アニエスに飛んだ。

ウルキオラは、アニエスの実力を見ようとあえて動かなかった。

アニエスは左手に握った拳銃を撃つかと思ったが、それを投げ捨てた。

「なに?」

身体に纏ったマントを翻し、それで火の玉を受け止める。

一気にマントは燃え上がるが……、中に仕込まれた水袋が一気に蒸発して火の玉の威力をそいだ。

が、消滅したわけではない。

アニエスの体にぶつかり、鎖帷子を熱く焼いた。

「うぉおおおおおおおおおっ!」

しかし、アニエスは倒れずに堪えた。

恐ろしいまでの精神力。

転げまわってしまうような全身が焼け付く痛みに耐えながら、剣を抜き放ちリッシュモンに向かって突進した。

ウルキオラは思わず目を見開いた。

その反撃に慌ててリッシュモンは次の呪文を放つ。

風の刃がアニエスを襲う。

散々に切り裂くが、鎖帷子と板金の鎧に阻まれ、致命傷とならない。

身体に無数の切り傷を負いながら、なおもアニエスは突進する。

次の魔法をリッシュモンが唱えようとした瞬間、アニエスはその懐に飛び込んでいた。

「うお……」

リッシュモンの口からあふれたのはルーンではなく……、真っ赤な鮮血であった。

アニエスは柄も通れとばかりに深く、リッシュモンの胸に剣を突き立てていた。

「メ……、メイジが平民ごときに……、この貴族の私が……、お前のような剣士風情に……」

「……剣や銃はおもちゃだと抜かしたな?」

全身に火傷と切り傷を負いながら、アニエスはゆっくりを突き立てた剣を回転させ、リッシュモンの胸をえぐった。

「おもちゃではないぞ。これは『武器』だ。我らが貴様ら貴族にせめて一かみと、磨いた牙だ。その牙で死ね。リッシュモン」

ごほ、と一際大きくリッシュモンは血を吐いた。

そしてゆっくりと崩れ落ちる。

辺りに静寂が戻る……はずだった。

リッシュモンのいる少し後方の別の通路から、一人の男が飛び出してきた。

杖を構えていた。

おそらくアルビオンの貴族だろう。

リッシュモンの命で待機していたのだろうか?

アニエスは再び剣を構えようとしたが、激痛が走り、剣を落としてしまった。

しかし、アニエスの目はそれでも光を失っていなかった。

アルビオン貴族の男を眼力だけで殺さんばかりに睨み付ける。

男が杖を振りかざそうとしたその時、男の体から噴水のごとく鮮血が噴き出した。

男の上半身がはじけ飛んだのだ。

その血がアニエスの顔にぴっぴとこびり付く。

アニエスは何が起こったのだと目を見開いたが、その原因と思しき方向へと顔を向ける。

そこには、右手握りしめ、その男の方にむけているウルキオラの姿があった。

ウルキオラが『虚弾』を放ったのである。

ウルキオラの右手は緑色の閃光が火花のようにチリチリと音を立てていた。

アニエスは『魔法だろうか?』と思ったが、そんなことを考察する余裕はなかった。

「今のは確実に死んでいた」

ウルキオラの言葉に、すまんと一言いうと、剣とカンテラを拾い上げた。

そして、アニエスは壁に肩をついてよろよろと歩き始めた。

今にも倒れてしまいそうなほどの激痛に耐えながらウルキオラの横を通り過ぎようとしたとき……体が浮遊感に襲われた。

アニエスは何が起こったのかわからなかった。

ウルキオラがアニエスを抱きかかえたのである。

「な、き、貴様…いったい何を…」

「その傷では走れまい。お前のペースに合わせるのは面倒だ。が、かといって放置していけば確実に死ぬだろう?別に俺個人としてはお前が死のうがどうでもいいが、アンリエッタに何を言われるか分かったものじゃないからな」

またアンリエッタを呼び捨てにしていることに気づいたが、それを咎める力はもうすでにアニエスには残されていなかった。

ウルキオラに抱えられながら、地下通路の涼しさを感じた。

その涼しさが心地よかった。

アニエスは生を実感し、幸運に感謝しながら気絶した。




三日後……。

魅惑の妖精亭は、いつも通り活気づいていた。

厨房ではいつものようにジェシカが皿を洗っている。

ウルキオラはそこから少し離れた席で紅茶を飲んでいた。

ルイズはその向かいに座っている。

特に何をするわけでもなく、ただウルキオラを睨み付けていた。

そんなルイズにウルキオラはため息をついた。

ウルキオラは、ルイズに迫られ、アンリエッタとの行動を共界眼で見せたのである。

さて、そんな映像を見せつけられたルイズは怒鳴ることなく、ウー!と唸った。

ウルキオラは『またアホみたいにピーピー喚くだろう』と思っていたため、少し疑問に思った。

怒鳴らなかったのは、シエスタとのキス事件のときのこともあり、ルイズの心は揺れていたからだ。

そんなこんなで、とりあえず機嫌はよくないぞということをウルキオラに伝えるために睨み付けているのだ。

そうして少しすると、羽扉が開き、二人の客が姿を見せた。

深くフードを被っている。

「いらっしゃいませ」

従業員が注文を取りに行くが、それを無視してウルキオラとルイズの座るテーブルへと寄ってきた。

ルイズは襲撃かと杖を握りしめたが、ウルキオラが紅茶を片手に「アニエスか」と呟いた為、フードの中を覗き込んだ。

二人のうちの一人がフードを持ち上げた。

「アニエス!」

アニエスはルイズにささやく。

「お久しぶりです。ヴァリエール殿」

「あなたがいるってことは……、もう一人は……」

「……わたくしですわ」

アンリエッタの声だった。

「二階の部屋を用意してくれ」

アニエスはそう従業員の女の子に伝えた。

すると、その女の子はばっとスカロンのところへ飛んでゆき、二階の客室を一室用意した。




「さてと……、ルイズ。まずはあなたにお詫びを申し上げねばなりません。何ら事情を説明せずに勝手
にウルキオラさんをお借りして申し訳ありませんでした」

「そうですわ。わたしをのけ者になんて、酷いですわ」

「あなたには、あまり重いことをさせたくなかったのです」

ルイズはアンリエッタにきりっとした目を向けた。

「でも、わたしももう子どもではありません。姫様に隠し事をされる方が辛いですわ。これからは、すべて私にお話しくださいまし」

アンリエッタはうなずいた。

「わかりました。そのようにいたしましょう。なにせ、わたくしが心の底から信頼できるのは……、ここにいる方々だけなんですもの」

アンリエッタの言葉に、ウルキオラは口を開いた。

「驚いたな。まさかお前に信用されているとはな」

ウルキオラの言葉をきいて、アンリエッタはウルキオラを見つめた。

少し目が合うと、アンリエッタは頬を軽く染め、俯いた。

「と、当然ですわ。あなたはアニエスを助けてくださいましたじゃありませんか」

「仕方なくだ」

ウルキオラは単調に答えた。

「仕方なくでも、助けられたことに変わりはない。感謝いたす。ウルキオラ殿」

アニエスはウルキオラに頭を垂れた。

そんなアニエスを見て、ウルキオラが発した。

「例ならアンリエッタに言え」

すると、アンリエッタもウルキオラに礼を述べた。

「いえ。私が感謝する側ですよ」

二人の礼の言葉に無反応なウルキオラを見て、ルイズが口を開いた。

「あんたねえ。お礼を言われた時ぐらい、答えなさいよ」

ルイズの言葉に、ウルキオラは少し考えた後、「受け取ろう」と答えた。

すると、ルイズが「普通、どういたしましてでしょ」と笑いながら言った。

アンリエッタとアニエスもルイズに次いで笑った。

部屋の中に、三人の笑い声が響いた。

ウルキオラは、なんともいえない感情を抱いた。

それを、『恥ずかしい』『照れ』だとウルキオラが知るのはまだ先の話で合った。




30分ほど経過しただろうか。

部屋にはアンリエッタとアニエスの姿はなかった。

立場上、あまり長居はできないらしい。

ルイズは先ほど、お疲れ様会のような催しをしようと提案したが、断られてしまった。

それに次いで、ウルキオラも部屋を出ようとした。

「そんなに急がなくでもいいじゃない』

ルイズが引き留めた。

ウルキオラは疑問をぶつけた。

「もうここにいる意味はないだろう」

しかし、ルイズは微笑した。

「ま、座って。いいのよ。どうせ朝までここ貸し切りなんだから」

ベッドを指さす。

座れということか?と思い、ウルキオラは腰かけた。

ルイズは、ベッドの前にテーブルを移動させ、そこにワインと二つのグラスを置いた。

「少し付き合いなさいよ」

ルイズはグラスにワインを注ぎ、ウルキオラに手渡す。

「いらん」

ウルキオラは軽く受け流した、

「一杯でいいから」

ウルキオラは仕方なく受け取った。

ルイズも自分のグラスを手に取り、ウルキオラの横に座った。

「わ、悪かったわね。不機嫌になって……」

「急にどうした気持ち悪い」

ルイズはキッとウルキオラを睨み付けた。

しかし、それもすぐにやめた。

「こ、これからは、どこかにいくときはちゃんと私にいってからにしてよね」

ルイズは少し照れくさそうに言った。

「なぜだ?」

ウルキオラは問いかけた。

ルイズはワインをぐいっと一気に飲み干すと、ぷはーと声を上げた。

乙女の欠片もなかった。

「自分で考えなさい!」

少し強めに言葉を発してから、もう一杯ワインを注いだ。




外はすっかり真っ暗になっていた。

部屋には空になったワイン瓶が数多く転がってた。

ルイズは顔を真っ赤にしながら、ヒックヒックとしゃっくり繰り返していた。

「その辺にしておけ」

ウルキオラはまだ一口しかつけていないワインの入ったグラスを片手にルイズに言った。

「うるひゃい!ウルキオラももっと飲みなさいよ~」

先ほどから、ずっとこんな感じである。

ウルキオラはアンリエッタとアニエスが出ていったときに一緒に出ればよかったと後悔している。

ある時は怒鳴られ、ある時は泣かれ、ある時は暴れるルイズを完全に手に余していた。

ウルキオラは高笑いしながらワインをラッパ飲みしているルイズを見てため息をついた。

たぶん……、今夜は長い。

間違いなく長いだろう。

夜明けは遠い。

もし、今宵乗り越えることができたならば……。

女の酌には注意しなければ……、とウルキオラは思った。 
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