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京料理

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3部分:第三章


第三章

 歌舞伎を観に行くことになった。場所は南座だ。
 その南座の前に来るとだ。もう客達が集っていた。
 身なりのいい客が多い。その中でだ。
 重役の人がだ。笑いながらこんなことを話してきた。
「やっぱり今日は違いますなあ」
「違いますか」
「あれですわ。三兄弟ですさかい」
 また三兄弟の話をするのであった。
「沢山贔屓の人が来てますわ」
「だからこんなに人が多いんですか」
「そうですわ。京都のお金ある人は結構来てますな」
 それは裕貴にもわかった。身なりで、である。
「ええことですわ。さて、そやったら」
「中に入りますか」
「そうしますか」
 裕貴だけでなく後輩も言った。その二人にだ。
 重役の人はだ。こんなことも言ってきた。
「中に入りましたら」
「中に入りましたら?」
「何食べますか?」
 善意そのものの笑顔での言葉だった。
「どれがええですか?」
「食べるのですか」
 それを言われてだ。裕貴はだ。
「南座で」
「はい、そうです」
 まさにだ。そこでだというのだ。
「どうですか?それで」
「はい、それでは」
 裕貴は内心を隠してだ。こう答えたのだった。
「御言葉に甘えまして」
「では三人で行きましょう」
 重役の人は彼のそうした本心を知らずにだ。善意のみで彼と後輩も誘った。そのうえでその南座の食堂にだ。二人を案内するのだった。
 その中でだ。後輩はだ。
 こっそりとだ。裕貴に耳元で囁いたのである。
「あの、いいんですか?」
「京料理のことだぎゃ?」
 裕貴も小声で囁く。
「そのことだぎゃな」
「はい、先輩京都料理は」
「大嫌いだぎゃ」 
 それはだ。全く否定しない。
「味なんて全然しないだぎゃ」
「それでもいいんですね」
「仕方ないぎゃ。これも仕事だぎゃ」
 それでだというのである。
「だから行くぎゃ」
「それで召し上がられるんですね」
「その通りだぎゃ。行くだぎゃ」
「わかりました。それなら」
 食べるのも仕事というのだった。こうしてだ。
 彼はその南座の食堂に向かうのだった。そこは落ち着いてかつ品のあるだ。いい内装の場所だった。二人はそこに案内されたのだ。
 そして四人用の席に座る。そうしてだ。
 重役の人は三人に同じメニューを頼んだ。それは。
 親子丼、それときつねうどんだった。その二つだった。
 その二つ、三組セットを見ながらだ。彼は二人に話した。
「いやあ、南座の食堂はですね」
「まさに京の料理なんですね」
「そうなんですわ」
 笑ってだ。裕貴に話すのだった。
「もう。これで京都料理がわかります」
「そうですか。それなら」
 とにかく内心を隠してだ。裕貴は重役の人の言葉を聞いていた。そしてだ。
 その親子丼ときつねうどんを食べた。しかしだ。
 味がない。その味のなさを味わってだ。彼は内心こう思った。
 やっぱり京都の料理だ、と。こう思ったのである。
 正直言って食べられたものではなかった。しかし仕事相手の誘いであり好意だ。食べない訳にはいかなかった。彼にとって辛いことに。
 
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